パタパタと屋上に続く階段から響く足音が二つ。
「ほなちゃん!」
「……穂波!」
足音の正体はこの場にいなかった二人、咲希と志歩のもの。
「……! 咲希ちゃん……志歩ちゃん!」
「あ、二人まで」
振り返る穂波と少し驚いた顔をする一歌。
想にも言えるが一歌は『セカイ』に穂波を連れてきたことを誰にも言っていない。
ゆえに三人がたどり着いたのは一歌としては意外でもあった。
そしてその四人を見守る影が二つ。
「皆揃ったようだね」
「この星空は五人で見ないとね」
「ミク……ルカ……」
どうやらミクとルカはずっと見守っていてくれた様子。
二人とも四人の様子を見て微笑んでいる。
そう、四人。
「──って、ソウ!? なんでそんな隅で丸くなってるの!?」
残りの一人、先程自爆をかました栗空想は屋上の隅の方で膝を抱えて丸くなっていた。
「貝になりたい……」
「想っぽい叫びが聞こえたからなんかやらかしたんだろうけど」
渾身の叫びはどうやら屋上に向かっていた咲希と志歩にも届いていたらしい。
恥の上塗りである。
「もう、ソウ。こんな時に丸くなってないの!」
ずるずると咲希は想を隅から引きずり出している。
志歩は呆れ顔で、一歌は少し困惑した様子で咲希に引っ張り出される想を見ていた。
そんな四人を見て穂波はくすりと笑う。
ああ、いいな、と。
そんな小さな感慨を抱いて穂波は改めて皆に向かい、
「咲希ちゃん、志歩ちゃん……ごめんなさい!」
大きく頭を下げた。
穂波が呼んだ名前に一歌と想がいないのは既に済ませていることなので省略。
「わたし、クラスでひとりになって、不安で……でも、みんなに言えなくて……っ!」
懺悔の気持ちを穂波は告白する。
「高校でも同じことが起きたらどうしよう、って思ったら、クラスで仲良くしてくれてる友達のことしか考えられなかった」
どうしても穂波の瞳は潤んでしまう。
堪えようとしても難しいこと。
「わたし……みんなのこと傷つけて、逃げて……!」
「穂波……」
一歌がポツリと呟くがここに揃った幼馴染達は皆同じ気持ち。
穂波を責めるものは誰もいない。
「わたしがもっと強かったら……こんなことにならなかったのに」
「……ううん、アタシのほうこそ、ごめんね。ほなちゃんのことずっと助けられなくて……」
目尻に涙をためながら咲希はかぶりを振る。
「つらい時、ほなちゃんのそばにいられなくて……ごめんね」
「私も、ずっと穂波を一人にしてごめん。気づいていたのに、何もできなくて……」
咲希に続いて一歌もごめん、と口にした。
お互いがお互いに謝らなければ気が済まない。
「……みんな優しすぎるよ……。わたし、みんなのこと避けて、ずっと嫌な想いさせてたのに……」
「……当たり前でしょ。穂波のこと、大事なんだから」
ふぅ、小さく息を吐いて志歩は小さく頭を下げた。
「……本当に、ごめん。あんなキツイこと言って」
志歩も謝らずにはいられない。責めてもどうしようもない、苛立ちをぶつけたようなものだったから。
「志歩ちゃん……ううん。志歩ちゃんが気づかせてくれたんだよ」
志歩は謝ってくれたが、それでもあの厳しい言葉は必要だったのだろうと穂波は想う。
誰かが言ってくれなかったら穂波は未だに閉じこもっていたかもしれない。
「志歩ちゃんがあんなに怒ってくれたから、わたしも向き合えたの」
だから、と付け加え、
「ありがとう、志歩ちゃん」
「穂波……」
あらためて告げられた感謝の言葉に志歩はどこか気恥ずかしそうに顔を背ける。
「志歩、照れてる?」
「うるさい、さっきまで丸くなってたくせに」
からかい口調の想に志歩は反駁する。
想は小さく肩を竦め、一歩前に出て、穂波の前に立った。
先程丸くなっていたことは捨ておく。
「穂波」
みんながいる手前で言うには気恥ずかしいコト。
だが、恥はかき捨て。
「傍にいるってコト、改めて嘘にはしない」
「想くん……」
堰が切れた、とはこのことを言うのだろう。
穂波はバッと想の肩に顔を押しやった。
「少しだけ、貸して」
きゃーなんて黄色い声が聞こえたりするが、ここにいる誰しもが笑うことはしない。
「想くんの言葉……勇気づけられたよ……」
思わず聞き逃してしまいそうなか細い声。
想は穂波の頭に手を回して、軽く撫でた。少しだけ想の肩に押し付けられる力が強くなる。
「ぐす……っ、みんな、目、真っ赤だよ……」
「……咲希だって人のこと言えないでしょ」
「……別に、私は違うし」
「志歩、手鏡あるよ」
「なんで、想が持ち歩いてるの。ナルシスト?」
そんな軽口を皆で笑いあう。
穂波も想から顔を離して、一緒に笑っていた。
「──穂波。一緒にやろう、バンド」
一歌が改まって向き合って、穂波をバンドに誘う。
「もう穂波のことひとりになんてしない。これからはずっと、一緒だよ」
改まっての宣言。
「……うん。ありがとう、みんな」
穂波の答えは決まり切っていたもの。
だけど、これは儀式のようなもので改まって口に出すことに意味がある。
「えへへ! これでまた五人一緒にいられるね!」
やったー、と咲希は拳を突き上げていた。
「穂波、バンドやるならしっかり練習してよね」
「あー、しほちゃんが圧力かけてるー!」
「新人いびりは良くないと思いますー!」
無責任な咲希と想の言葉に、志歩はじろりと睨みを利かす。
「圧力にいびりって……やるなら真剣にやるのは当然でしょ。何、想は練習足りなかった?」
「俺にだけ名指しで本当の圧力かけるのやめません?」
「しほちゃん先生! 生意気言ってすみません!」
三人が騒がしく言いあっている様子を、
「……ふふっ」
穂波は微笑ましそうに眺めていた。
「どうしたの? 穂波」
「……ううん。みんなと一緒にバンドできるんだって思ったら、嬉しくて……」
この微笑ましいやりとりの輪に自分がいるのだと実感できて。
穂波は嬉しくてたまらなかった。
「やっぱりわたし……みんなと一緒にいたかったんだなっ、て」
「穂波……」
一歌と、騒がしくしていた三人も言い合いを止めて、穂波を見据える。
ようやくここにたどり着いた。
皆の本当の想いが一つになった瞬間。
「──うん、その想いを見つけるのを、待ってたよ」
凜とした声がそう告げると、
「えっ……! スマホが光って……!?」
「あれ……? アタシ達、なんで教室にいるの!?」
全員のスマホが光ったと思った瞬間、景色は変わっていて。
いつの間にか屋上にいた全員が教室へと移動していた。
「それは想いが歌になろうとしているからよ」
微笑みを携えたルカが告げる。
「さあ、穂波。あなたも一緒に」
「あ……はい!」
最後のピースである穂波が揃ったことにより『セカイ』の『想い』は成就した。
そしてそれとは別に穂波はペコリとミクとルカに向かって頭を下げる。
「あと……その……ありがとうございます。ルカさん、ミクちゃん。わたし達に、素敵な星を見させてくれて」
どうしても、穂波はお礼が言いたかった。
五人で一緒にあの景色を見れたのは、ルカとミクが傍で見守っていてくれたからのもの。
お礼を受けてルカとミクは微笑む。
「じゃあ、あとは──わかるよね?」
ミクの含みを持たせた物言い。
でも、それだけで皆でやることは分かっていて、
「うんっ! 演奏しようよ! みんなで!」
「いいね、何やる?」
こうやってバンドとして結成された以上やることは一つ。
演奏する以外無い。
「わっ!? またスマホが……!? って、ちがう! 『Untitled』が光ってる!?」
咲希の驚く声に、全員が手持ちのスマホを見る。
「本当だ、私のも……!」
すると全員同じようにスマホの画面が発光していた。
正確にはスマホに映し出されていた『Untitled』の文字が光って見えなくなっている。
そして、
「五人の『本当の想い』が歌になってるんだよ」
スマホからは聞いたことのないメロディー。
だけど、そのメロディーには不思議と皆馴染みがある。
「よかったら……私も一緒に歌っていい?」
「……うん。一緒に歌ってほしい」
少しだけ控えめなミクの提案に一歌は大きく頷いた。
一歌に──皆とってこれ以上のない申し出。
「この歌は、ミクとルカがいてくれたから生まれた歌だから」
「フフ、ありがとう。それじゃあ私は一緒に演奏させてもらおうかしら」
「それじゃあ一歌──、一緒に歌おう!」
スマホから流れる音楽に乗って、演奏を始める。
七人という大所帯になって、音は複雑に絡み合っていた。
だけど、初めて弾くはずの曲なのに皆の音は淀みなく、一歌とミクの歌声は澄んでいて。
全員が清々しい気持ちでその曲を演奏をできていた。
「……なんだか、昔から知ってるみたいに演奏できたね」
歌い終わって一歌は少しだけ気が抜けながらそう口にした。
「すごい……すごいすごいすごい!! 今の、すごいっ! 超楽しかった!」
咲希はテンションが上がりっぱなしですごいを連呼している。
「今の曲が私達の想いなんだとしたら、昔からずっと知ってる想い……だったのかもね」
「うん、わたしもそう思ったよ。懐かしくて……あったかかったもん」
志歩と穂波は演奏した感覚を確かめて頷きあっていた。
「ふぅ……」
想はというと大きく息を吐いていた。
「どうしたの、ソウ……もしかして楽しくなかった!?」
「楽しかった──楽しかったよ」
不安そうに訊いてきた咲希に小さく手を振って応える。
「楽しかったからこそ、肩の荷が下りた気分。安堵したっていうのかな、すっごく疲れてすっごく嬉しい」
適当な机に腰を掛けながら言った想の言葉に、四人は顔を見合わせて微笑む。
想が口にした『想い』を、皆少し違いながらも感じていたのだから。
「あ……『Untitled』の名前が変わってる」
一歌の言葉に改めて皆がスマホを見る。
すると一歌の言う通り確かに『Untitled』の文字は変わっていた。
「『needLe』……」
それは『針』を示す単語。
先程歌われた歌詞にも使われていて、だけどそれだけじゃない色々な『想い』が重なったタイトル。
「五人の想いが歌になったんだよ」
ミクの言葉に五人は再びスマホに映し出されているそのタイトルを見る。
「私達の想いが……」
「歌に……」
改めて言われるとその歌が持つ意味は非常に重い。
だけど、
「『needLe』……か。……大切にしたいね、この歌」
一歌の言葉に全員一様に頷いた。
─────
『セカイ』から戻ってきたら、既に日が傾いていた。
想は慌てて、神山高校から飛び出して自転車を走らせ宮益坂まで向かった。
女子学園の傍まで行って、幼馴染四人と合流する。
別れるところまで全員で話しながら歩く。
咲希なんかは鼻歌なんか鳴らして上機嫌の様子だ。
「楽しかったねー! 『セカイ』で演奏!」
「うん。気持ちよかったね。あんなライブ、きっとなかなかできないよ」
一歌の言う通り演奏し終わった時には、全員清々しい気持ちでいっぱいだっただろう。
色んな『想い』をため込んで、それを全部吐き出して昇華したような演奏だったから。
「あ……みて、空。あっちの星も綺麗だったけど、こっちの星も綺麗だよ」
志歩が指さし見上げた夜空は雲が少なく、星が輝く光がよく見えた。
「本当だね。きれい……。昔と全然変わってないね」
「……うん、そうだね」
穂波の言葉に一歌も頷く。
「変わったモノは俺たち含め色々あるけど、変わらないモノも確かにあるんだよな……」
夜空を見上げながら想は呟いた。
「想の身長は変わらないモノだけどね」
「まだ伸びるし、これからだし」
志歩のからかった言葉に、想は律儀に反応する。
改めて並んで歩くと穂波と身長がほとんど変わらない事実に想は打ちのめされそうになっていたが。
「なんだか、まだふわふわしてる! あれって、夢じゃなかったんだよね」
わーっ、と咲希は感慨深そうに『セカイ』での感触を思い出している。
「そうだよ。あの演奏も、今のふわふわした気持ちも、全部本物」
「人に話したら突拍子もない夢みたいなことだけど、本当じゃなきゃそっちのほうが嘘」
まるで夢みたいな出来事だった。
だけど、ここにいる皆は全員が本物の感触を得ている。
「だね。明日は普通に学校あるし」
淡々と志歩は事実を口にして、
「うっ。しほちゃん、現実に戻りすぎだよー!」
「まだ平日……というか週はじめなんですけど!?」
咲希と想がショックを受けていた。
咲希なんかは学校を楽しみにしている口だが、それでも全部が全部楽しいことではなく億劫になる時もある。
ふわふわした気持ちにいるなか現実に引き戻される単語として『学校』は強烈だった。
「ふふっ。そろそろ家に帰らなくちゃね」
穂波が口にした通り、既に夕暮れの時間は過ぎていて星が見えるくらいに空は暗い。
門限なんかを気にしない家でも、高校生が予定もなく出歩くには家族に心配をかける時間になりかけている。
「じゃあ、また明日。学校で会おう」
「うん! みんな、また明日ね!」
「俺に関しては放課後、会えたらかな。それじゃまた」
三人と別れて、想と咲希はいつも通り一緒の帰り道。
いつかの帰り道みたいな重い足取りは無く、軽やか。
それでも、二人はしばらく無言で歩いていた。
喋るのがもったいない気持ち。どこかあのふわふわした気持ちをまだ抱いていたい。
でも、
「うーん、すっごい楽しかった!」
咲希が大きく伸びをしながら口火をきった。
その様子を見て想はくすりと笑う。
ずっと黙ったままだなんてらしくないと思っていたから。
「これから、私達みんなでバンドできるんだよね……」
「ああ、これから一緒に、な」
少し前まで頭を悩ませていたのが嘘のよう。
離れ離れになっていた心が、また昔みたいに一つになった。
まるで奇跡のようで、でもそんなことはない。
みんなが、みんな足掻いて必死になって、頑張ったからこそ。
「志歩の指導がもっと厳しくなるなー」
「うっ、しほちゃん、手抜いてくれないよねぇ……」
五人が揃ったことで志歩による練習は更に厳しくなるだろうことは容易に想像できた。
やるからには本気で、を体現している。
咲希にもやる気も向上心もあるのだが、志歩のスパルタ指導には若干たじたじだ。
「でもでも、やっぱりみんなで一緒にいられることは本当にうれしい!」
パタパタと少しだけ小走りしてから、振り返る咲希。
「ね、ソウ。これからは皆ずっと一緒だね!」
太陽のような咲希の笑顔。
ここまで屈託のない笑顔を見るのはいつぶりだろうと想は思う。
こんな笑顔が見たくて、それでも想一人の力ではずっと見れていなかった。
幼馴染が揃ってようやく見れたモノ。
「……そうだな。ようやく、皆が一緒にいられるんだな」
「うん!」
ミクが言っていた『本当の想い』。
幼馴染全員が心の底では願っていた、皆一緒にいたいという想い。
この『本当の想い』が叶ったのだ。
嬉しくないはずがない、それこそ『セカイ』で演奏を終えた時は感無量だった。
それでも想の心には少しだけ翳りが残される。
「これからも『ずっと一緒』か……」
ポツリと呟いた言葉は誰にも届くことはなく夜闇に消えた。
「ソウ、何か言った?」
「いや、何も」
次回でメインストーリー編終わります。
色々語りたい気がしますが、次のあとがきが長くなるのでそこまで我慢します。