『第十四話』
アタシ、天馬咲希は体が弱くって、昔から入退院を繰り返していた。
中学の頃は、一人地方の病院に長期で入院することになって家族や幼馴染とは離れてしまって。
その間に、いつの間にか幼馴染達はバラバラになっていた。そんなこともアタシは露知らずにいた。
今は皆一緒になって、バンドを組むことになってアタシはとっても楽しい。
って、そのことは大事なことだけど今は置いておいて。
幼馴染の中に、一人だけ男の子がいる。
栗空想。
彼は幼馴染が来れなくなった地方の病院に、毎月の頻度でお見舞いに来てくれたいた。
そのことに申し訳ないという思いは募っていたが、彼はいつも「気にするな。やりたいことやってるだけ」と言ってくれていた。
そんなさりげない言葉、当たり前の行動にアタシはどれだけ救けられていたのか彼は知らないだろう。
幼馴染はみんなアタシにとって特別な存在。
でも、多分彼に関してはいっとう特別なのだと思う。
いつか絶対、絶対に恩返ししたい。
彼は「そんな必要はない」と言ってくれるだろうけど、恩返ししたいのはアタシの勝手だ。
何かをするのは自分の勝手、彼がよく使う理屈なのでアタシが使っても問題ない。
だから、だからこそ、
──天馬咲希は栗空想の手を絶対離したりはしない。
多分幼馴染皆どこか気づいていて、皆が気づいていることに彼だけが気づいていない。
曇った空は、ちゃんと晴れやかにしないとね。
─────
「でも、朝は遅刻ギリギリだったんだよ。びっくりしちゃった」
「へぇ、そうなの? 咲希が遅刻しかけるなんて珍しいじゃん」
「いつもすごく早く想くんと一緒に登校してるもんね。何かあったの?」
「えへへ、ちょっと寝ぼけて二度寝しちゃったんだー」
『教室のセカイ』。
ただ『セカイ』と呼ぶのは味気ないと何かつけないかと、どこぞの天馬妹の発案により改めて名付けられたそこで。
『Leo/need』の幼馴染四人はそんな雑談をしていた。
その様子をミクとルカは微笑ましそうに見ている。
「咲希っぽいっちゃ咲希っぽいね。──ってことは想は?」
志歩が咲希の言い分に納得して、一つの疑問が降ってきた。
先程穂波が言ったように想は咲希と一緒に登校している。
別々の学校に通っているため想が咲希を送っている形になるが、二つの学校はそれなりに距離がある。
咲希が遅刻ギリギリになったということは結論は一つしかない。
「えーっと、それは……」
咲希が申し訳なさそうに目を伏せる。
そこに、
「悪い、遅れた!」
ガラッと教室の扉が開いて噂の人物がやってきた。
「ソウ! 学校大丈夫だった?」
想のもとにパタパタと駆け寄る咲希。
「ん、なんのこと?」
「ほら、アタシが遅刻しそうになってもソウ一緒に来てくれたでしょ。それでソウは遅刻したんじゃって」
首を捻る想に咲希は先程話していて心配していた事柄を告げる。
そのことに「あー」と納得したように頷き、
「うん、遅刻した」
あっさりと遅刻を肯定した。
「やっぱりー!? ホント、ごめん!」
「なんだ、そんなこと気にしてたの?」
やけにあっさりとした様子の想を幼馴染一同は訝し気に見つめる。
「そんなことって、遅刻したりしたら内申とかにも関わるんだから気にするでしょ」
何も気にした様子の無い想に志歩は咲希の代わりと言わんばかりに少し厳しめの口調。
しかし、そんな志歩に対しても想はどこ吹く風。
「ふふふ、甘いよ志歩。今更遅刻が一回増えたくらいじゃ先生も気にしない」
「それって……」
「遅刻サボリの常習犯。違うガッコだから知らなかったでしょ」
穂波の心配した様子に想は堂々と情けないことを言い放ってみせた。
「……逆にそれは大丈夫なの?」
「いやぁ、補習と反省文って偉大だね」
一歌が首を捻ったところ、遠い目をする想。
幼馴染一同全然大丈夫じゃない、と思うが本人がこの調子だ。ツッコむのも野暮になってきている。
「もしかして、ここに来るの遅れたのって」
「今日は反省文だけで済んだね! 今までの分とかどこぞの爆弾魔に押し付けられた分とかちょっと量多かったけど」
「なんか話聞くのもバカらしくなってきた……」
訊ねた一歌への返答を見て志歩は頭に手を当て、疲れた様子を見せた。
その様子を見て想はからからと笑う。
だけど、咲希の表情は曇ったまま。
「でも、やっぱりアタシのせいで遅刻が一回増えたのは事実だし……」
「なんで咲希のせいになるの?」
「え、だってアタシが遅刻しそうになったからソウが遅刻して……」
申し訳なさそうな咲希に対して想はやれやれと肩を竦める。
「そんなわけないじゃん。そもそも遅刻したくなかったら、俺は咲希を放っておいて自分の学校に行ってたよ。咲希を待っていたのは俺の勝手で、それで遅刻したのは自業自得」
「あ……」
想が使ういつもの理屈だ。
自分の行動に関しては、自分に責任がある。
確かにそれは理に適っている。だけど、咲希はどうしても納得しきれない。
「ま、咲希に気にすんなって言っても無理だろうけど、それでも気にすんな。こうして笑い話にできてるくらいだ、これで思い詰めたりしたら損だ」
想は咲希の頭に手を置き、軽く撫でる。
幼馴染に対しての慰めたり、褒めたりする時のいつもの行動。
「うん……」
特に頭を撫でられる頻度の多い咲希はすっかり慣れてしまっていたが、でも今回はちょっとこしょぐったかった。
そんな二人を見て、他の三人は微笑ましそうに見ている。
「ほら、そこ見てないで練習するぞー」
「そうだ、スタジオ練習の成果、ミクちゃん達に聴いてもらわないと!」
想は邪険そうに他の三人の視線を追い払うように手を振り、咲希はすっかり元気を取り戻しておーっと拳を振り上げている。
「そうだね。それじゃ、準備しようか」
─────
「そう言えば」
練習の合間の休憩に、ふと思い出したかのように想が口を開いた。
「この『セカイ』に、『IA』っているの?」
想が口に出した『IA』という名前。
それに真っ先に反応したのは一歌と咲希。
「え、もしかしてイアもいるの……!?」
「ソウ、イアちゃんに会ったの!?」
「いや、会ったというかなんというかあやふやで……」
二人の勢いにやや慄く想。
「どういうこと?」
一方の志歩は冷静に想の曖昧な言葉を確認している。
「この前ちょっと、『セカイ』をうろついたんだけど──」
少し前に咲希達とは別に想一人で『セカイ』にやってきていた。
理由なんてものは特にない。強いて言えば、好奇心。
『セカイ』の在り方は説明されたが、分からないことばかり。
で、あるならば冒険心がそそられるのは男の子としては当然だろう。
いわば『セカイ』探索。
未知の世界に足を踏み入れるのは新雪に足跡を残すかのような高揚感を──
「想くん、ミクちゃん達がいるけど一人じゃ危ないから今度から私達に言ってね?」
「いや、別にそこまでしなくても……」
「言ってね?」
「……ハイ」
話の途中でにこやかな笑みの穂波に気圧される想。
実際、その時の探索ではミク達が見つからず一人で歩いていたので穂波の心配も分からないでもない。
閑話休題。
とりわけ目的もなくうろうろして色々な教室を見て回った。
視聴覚室や音楽室、今は不要であろう職員室なんかも見つけて、大体が基本的な学校の造りになっていることが分かる。
外に出てみるとまた違った何かがあるのかも、とも思ったがこの時は外に出るのはやめておいた。
流石に外に出るとなると一人では心細い。
ある程度見て回って、最後にここの星空を眺めて帰るか、と屋上に向かった。
その途中、歌が聞こえてきた。
ミクかルカが歌っているのか? と疑問を浮かべるが、声質的に二人とはちょっと違う感じ。
歌は今向かっている屋上から聞こえているもので、少しだけ慎重になりつつ屋上に顔を出す。
すると、
『────』
澄み渡った歌声が風と共に想の顔を通り過ぎた。
一瞬だが、圧倒された。
その歌声の持ち主を確認しようと、目をこらす。
星の夜空を背景にした屋上に佇んでいたのは白い少女。
『IA』
ミクやルカと同じバーチャルシンガー。
だが二人とは違う点がある。
バーチャルシンガーであるミクやルカは現実ではボーカロイドと呼ばれるプログラムだ。
そしてイアも同じくボーカロイドなのだが、ミクやルカとは提供している会社が違う。
ミクやルカが主流派であるならば、イアはどちらかというと傍流に属するだろう。
だから、イアがこの『セカイ』にいることに想は驚いた。
それと同時に『セカイ』は特定のバーチャルシンガーだけを内包した場所ではないのだとも理解する。
とりあえず、声をかけてコンタクトをとってみようとしたその瞬間。
「…………」
イアが想を見やっていた。
少し話しかけにくい、神秘的ともいえる雰囲気を感じ取ったその時。
一陣の風が屋上を吹き抜ける。
少しの間視界が奪われ、イアを見失う。
そして次に屋上を見ると、
「いない……」
イアの姿は忽然と消えていた。
「まぁ、そういうわけで実は夢だったんじゃないかという疑惑を自分に持っているところ」
話を聞き終えた四人の反応は、感心や懐疑など様々。
その中で、
「すごい……もしかしたらイアにも会えるかもしれないなんて……っ」
ミクフリークの一歌は興奮を隠せずにいる。
ミクやルカだけじゃなくてイアにも手を広げているとはホント幅広いなこのミク廃、と想は半目。
「で、実際の所どうなんでしょうか?」
約一人トリップしている幼馴染達から視線を外し、教室の奥の方にいるミクとルカに想は話を振る。
「いるはず、なんだけど……」
「私達も今どこにいるのかまでは分からないわね」
二人とも返答に自信無さげ。
どういうことかと幼馴染一同首を傾げる。
「あの子ってば神出鬼没って言えばいいのかしら。いつの間にかいなくなってる……それこそ想が見た時みたいにね」
苦笑しながらルカが答える。
手品みたいにその場から消えたのを神出鬼没ですましていいのかは疑問だが、ミクとルカが把握していない事情は理解できた。
「うーん、今度見つけたら縛っちゃおうかな……」
ミクはミクで何やら物騒な事を言っている。
「皆も見つけたら私達に言ってちょうだい。特に想は一度見つけられたのならもしかしたら波長が合うのかもしれないわ」
「最早扱いがUMAとかその辺なんですが……」
とは言え、ルカの言う事には想を含め全員が同意する。
特に一歌は熱心に頷いていた。
「楽しみだなぁ、イアに会えるの」
まだ出会ってもいないのに期待に胸膨らませる一歌を幼馴染達は全員温かい目で見守る。
五人が再び集まってからまだそんなに日が経ったわけではない。
それでも、こんな風に笑いあうのが当たり前のようで。
咲希の言葉じゃないが、この日常がすごく楽しい。
だからこそ──
栗空想はどこかに終わりを感じていた。
一週間ちょっと暇をもらって更新再開になります。
『雨上がりの一番星』編、『翳る曇り空に、一番星を』を開幕です。
初っ端から湿っぽい……? まぁ元から割と湿っぽい話なので……。
『IA』に関しては現実ではクリプトン社のボーカロイドではないのでバーチャルシンガーではないですが、この作品ではバーチャルシンガーとして扱います。
何故『IA』なのかは作中で明かされればいいなぁ……多分全部終わった後の後書きでの補足になるかと。
それではまたひと時お付き合い願えたら。
※オリ主のイメージイラストを置いておきます。作者がどんなイメージしているか気になった方はどうぞ。
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