『天空の明星』   作:みなつき

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『第十五話』

「今日も練習疲れたーっ!」

 

 『セカイ』での練習が終わり、想と幼馴染四人が合流したところで咲希が伸びをした。

 

「これくらいで音を上げるなんて、咲希にはまだまだ特訓が必要そうだね」

「まだまだいけるから! ちょっと一息吐いただけだよ! もうしほちゃんってば厳しい―」

 

 志歩の揶揄った口ぶりに咲希が反駁する。

 その様子を見て、他の三人は笑いあう。

 志歩と咲希のこんなやり取りは既に何度も見ていて、そのたびにどこかおかしく楽しい気持ちになっていた。

 

「それにしても、少しお腹空いたかも」

「結構バンドの練習って体力使うもんね。私も少し……」

 

 一歌と穂波がお腹に手を当てて、少し恥ずかしそうにしながら笑いあっていた。

 

「ん、軽食ならこの近くでちょうどいいところあるよ。行く?」

「ソウのオススメ? じゃあそこにいこー!」

 

 そう言って咲希は想の背中を押し始める。

 押されながら、想は少し苦笑し、

 

「まぁオススメって言うのは少し違うかも」

 

 

 

──────

 

 

 

 想に連れられて幼馴染四人がやってきたのは外観は至って普通の喫茶店。

 どこかレトロな雰囲気を感じる以外特徴は特にない。

 想がさっさと中に入っていくため四人も続けて入っていく。

 内装は外観と同じく少しレトロな雰囲気を保ちつつ、外で見たよりは広く感じる空間。

 ジュークボックスを含めた雰囲気に添った音楽系のインテリアが少し目を引く。

 

「マスター、お客さん四……じゃなくって五人」

 

 想が声をかけると、喫茶店のマスターらしき壮年の男性がカウンターから顔を出す。

 

「やぁ、想くん。今は人いないから好きな席に座っていいよ」

「その時間だから来たんですけどね」

 

 人の良さそうな笑みを浮かべるマスターに促されて五人がテーブル席に座る。

 注文は各々好きなドリンクに全員で分けれる適当な軽食を頼んだ。

 マスターは注文を聞くと、カウンターに戻り準備を始める。

 

「ねぇ、ソウ。ここってどんなお店?」

「どんなって、見た通り普通の喫茶店」

 

 こそこそ話をするように咲希が想に訊ねるが、返答はあっけからんとしたもの。

 

「ちょうどいいって言ってたけど、何かあるの?」

 

 訝し気に志歩が首を捻る。

 何の変哲もない喫茶店。ちょうどいいとは言ったが、特段変わったところは見受けられない。

 

「それはね想くんがここのバイトで、人がいない時間を狙ったってことだろうね」

 

 マスターが注文したドリンクと軽食を持って笑顔で志歩の疑問に答えた。

 

「まぁそうですけど、あっさりバラさないでくれません? 後、店の味も保証できるからってのも一応ありますよ」

「ハハ、ごめんごめん」

 

 口をへの字にする想に、朗らかに笑うマスター。

 店に入ってきたとき想が人数を言い間違えそうになっていた。

 それは店員の時の癖だったのだろう、と幼馴染一同は得心がいく。

 

「へぇー、ここがソウのバイト先かー」

 

 きょろきょろと咲希が周りを見回す。

 何の変哲もない喫茶店と言ってしまえばそれまでだが、知り合いが働いているとなると興味深くなるもの。

 他の三人も咲希ほど露骨でないにしろ気になるのか、周りを見ていた。

 

「別に面白いもんないでしょ」

「でも、音楽系の置物が多いような……」

 

 一歌がジュークボックスを始め、オルゴールや壁にかかったギターに興味を示す。

 

「ああ、それは叔父さんが昔音楽やってたからだね」

「へぇ、そうなんだ。……おじさん?」

「オジサン?」

 

 穂波と咲希が同時に首を傾げた。

 いきなり出てきた『おじさん』という単語。

 

「このマスター、俺の叔父」

「想くんの叔父の栗空弦です。よろしくね」

 

 にっこりと笑うマスターに四人は驚きを露わにする。

 

「ちょっと、ソウ! どんどん情報叩き込まないで!?」

「面白いから、もういっちょ情報入れると姉さんもここでバイトしてる」

「めぐるさんもー!?」

 

 咲希がパンクしそうな頭を抱えてあわあわしはじめた。

 

「想がここに連れてきたのってバイト先ってだけじゃなくて、身内で気安く入れるからじゃ……」

「まぁそれもある」

 

 やや呆れ口調の志歩の言葉に想は特に否定せず頷く。

 

「なんか改めて想くんのこと知った、って感じがする」

「うん、バイト先のこと知っただけなのに色んな事知ったって感じ」

「大袈裟では?」

 

 穂波と一歌が少し呆気にとられた様子に横目に見ながら想は紅茶を飲んでいた。

 想としては別段幼馴染を驚かせたりしようとしたわけじゃない。

 この喫茶店はバーも兼ねているため、営業時間が切り替わるこのタイミングは人が少なくなるから連れてくるならちょうどよかった。

 ただそれだけ。

 

「しかし、想くんこんなに女の子を連れてくるなんて両手に華どころじゃないねぇ」

「叔父さん、怒りますよ? 幼馴染ってだけですー」

 

 唇を尖らせた想の言葉にマスターは「ああ」とどこか納得したような顔をして、

 

「じゃあこの中の誰かが、想くんが献身的にお見舞いに行ってたって子かな」

 

 爆弾を落とした。

 

「叔父さん!」

「いいじゃないか。別に怒るようなことじゃないだろう」

 

 口が軽い、と想は臍を噛む。

 このまま喋らせているとロクなことを言わない。その確信があった。

 

「えーと、多分それってアタシのことですけど……ソウがそのことを誰かに言うのって珍しい気が」

「叔父さんだからね! ウチの親からたまたま耳に入っただけ!」

 

 手をあげて応えた咲希に想は噛みつくように捲し立てた。

 だが、これでは何かあると言っているようなもの。

 

「ああ、あのコトは言ってないんだね。まぁ想くんなら隠すかな」

「あのコトって……?」

 

 マスターが口にした「あのコト」という言葉に一歌は首を傾げる。

 一歌だけじゃない、他の三人も無視はできないとマスターの次の言葉に耳を傾ける。

 

「想くんはね、中学の頃からここで働いていたんだよ」

 

 マスターが口にした内容に幼馴染達は目を瞠った。

 思わず想は手で目を覆いながら天を仰ぐ。

 できれば、隠しとおしたかったなぁと思うが後の祭り。

 そもそも本気で隠し通したかったらこの喫茶店に幼馴染を連れてくるべきではなかった。

 口止めもしてなかったことだし、ここまでバラされたら後は野となれ山となれ。

 それに、もしかしたらどこかでこの事を幼馴染に知っていてほしかったのかもしれないという甘ったれた気持ちがあったのかも、と想は考える。

 

「でも、中学生はバイトできないんじゃ……」

「だから『ここ』だったのよ」

 

 志歩のもっともな疑問に想はヤケクソ気味に答える。

 いっそ自分からバラしていったほうが気が楽だ。

 

「どういうこと?」

 

 さすがに要領を得ないのか穂波が訊ねる。

 

「就労してたってわけじゃない。身内の喫茶店を手伝っていただけ、まぁ家業の手伝いの延長みたいなもん。それでお小遣い貰ってただけだよ」

「なるほど……なんていうか結構ギリギリだね」

 

 一歌の言うようにセーフかアウトのギリギリのラインだろう。

 言い訳とするなら苦しいかもしれないが、見咎められなければ問題はない。幸い、お客さんも大概スルーしていた。

 それに労働という程の時間や内容で働いていたわけでもないし、駄賃も本当にお小遣い程度。

 

「でも、それってアタシのためだよね……」

 

 それでもお金が入り用だった。その理由。

 案の定咲希が気にしてしまう。だから想はこのことは隠しておきたかった。

 

「おや、責任を感じているのかい? だとしたら、それは違うんじゃないかな」

「え……」

 

 想がどう取りなそうかと考えていたところ、マスターのほうが先に言葉を取った。

 

「確かに想くんは君のためにここで働き始めたのだろう。だけど、それで責任を感じるのは筋違いだ。君は想くんに「私のために働いて」なんて言ったのかな?」

「いいません、そんなこと!」

「だろうね」

 

 穏やかな笑みを浮かべ、諭すようにマスターは言葉を続ける。

 

「責任の所在っていうのは難しいものだけど、想くんは決して君に責任を求めない。なら、自分勝手に責任を背負い込むのはエゴになると僕は思うよ」

 

 エゴとまでバッサリ切るのは容赦ない。

 とはいえ、

 

「それに想くんも君をそんな悲しそうな顔にするために働いていたわけじゃないんだ。なら、そういう風に落ち込むのはやめてあげないと報われないよ」

「……はい」

 

 大人の言葉だからだろうか咲希はいつも想が諭す時よりすんなり飲み込んだ気がする。

 如才ないなぁ、と想としては若干悔しい。

 

「まぁ想くんも想くんだ。こんなこと笑い話にしてさっさと話してしまえばよかったのに」

 

 マスターの矛先が変わって、想は渋い顔。

 

「わざわざ、言う必要もないでしょう」

「じゃあいつまで隠しておくつもりだったんだい?」

 

 痛いところを突く。

 いつまで、と言われれば想としては暴かれない限り言うつもりはなかった。

 だが、今こうして露呈し咲希に責任を感じさせる始末。

 これが言わないまま年月を過ぎれば? 想がフォローできないところでバレてしまったら?

 もしものことを考えるなら、マスターの言うように笑い話にでもしてしまえばよかったのだ。

 

「……降参」

 

 想は拗ねた子供のように肘をついてマスターから顔を逸らす。

 

「なんていうか、想が口で勝てないの新鮮」

「ふふ、本当に想くんの叔父さんなんだって感じだね」

 

 志歩と穂波が楽しそうに想の拗ねた様子を鑑賞している。

 幼馴染をここに連れてきたのは失敗だった気がする、と想は反省した。

 ここまで弱みを見せることになるなんて。

 

「まぁ、なんにせよ女の子に尽くすなんて男の子冥利な話じゃないか」

「言い方!」

 

 気持ちよく笑うマスターに思わず想は噛みつく。

 

「それに想くんがウチで働くようになって助かってるよ。なんたって人気者だからね」

 

 この叔父ここまで口が軽かったか? と想は恨みがましい視線を送る。

 もしかしたら想が幼馴染を連れてきたので気を良くしているのかもしれない。

 彼女ができなかった息子に始めて彼女ができた時の父親の気持ち、とか。

 この例えは無理があると想は心の中で一蹴。

 

「人気者?」

「へぇ想が、ねぇ」

 

 小首を傾げる一歌に揶揄いを含んだ口調の志歩。

 想がマスターにペースを握られっぱなしで他はともかく志歩が異様に楽しそうだ。

 覚えておけよの意を込めて視線を送るが、志歩はどこ吹く風。

 

「想くん、ここで何かしているんですか?」

 

 普通にバイトしているだけなら人気者という言葉はでてこない。

 穂波の疑問にマスターは鷹揚に答えてみせる。

 

「空いた時間にギターを弾いてもらってるんだ。弾き語りでね。それがウチのお客さんにはウケがいいんだよ」

「人気者は言い過ぎだと思いますけどね」

 

 中学の頃にこの喫茶店で手伝いを始めた想は元々音楽をやっていたマスターにギターを習っていた。

 その教えを受けている姿をお客さんの前でたまたま見せたのがきっかけ。

 やれ上手くなったか、とかこの曲弾いてみせてよなどなど好きに言われ想のギターが成長する様は常連たちの楽しみになっていった。

 それが定着したのかバイトの空いた時間にプチライブを行うのがいつしか当たり前になっていた。

 

「あ、ソウが前に外で弾くことあるって言ってたのってここで?」

「まぁそういうことになるな」

「なるほど、道理で想がギター弾くの様になってると思ったら」

 

 得心がいったのか頷く一歌。

 ただ家で弾いているだけではあそこまで人前で堂々と弾けない。格好がついていたのにはそれなりの理由がある。

 

「とはいえ人気だけで言うなら姉さんの方が人気だよ」

「廻さんも何かやってるの?」

「ここで歌ってる。俺のギターに合わせるときもあれば、普通に音楽流しながらとかでも」

 

 訊ねた穂波に想はあっさりと答えを返す。

 自分のことでなければ、説明するのも気楽なものだと想は内心苦笑。

 

「廻ちゃんの歌声は綺麗だからねぇ。想くんと合わせて常連にファンが多いんだよ」

 

 名物姉弟だね、と顎髭を撫でながらマスターが朗らかに答える。

 

「まぁ機会があれば姉さんの歌は皆にも聞いてもらいたいかな。今後の活動の励みにもなるかもしれないし」

「想がそんなに言うなら廻さんの歌は相当なんだろうね」

 

 感心した様子を見せる志歩。音楽関連で志歩をここまで興味惹かせるのは珍しい。

 実際、身内贔屓はあるのかもしれないが想の姉である廻の歌は相当レベルが高いと言える。

 冗談めかしで常連客から『喫茶店の華』と言われることもあるが、本人はそう言われるのは少し苦手なようだ。

 

「聞きたいって言うなら、ソウのギターここで聞いてみたいなぁ」

 

 咲希が表情を輝かせてそんなことを口にする。

 

「セ──別の場所でこの前弾いたでしょ」

「シチュエーションが違えばまた違って聞こえるでしょ! ここでどんな風に弾いているか見てみたい!」

 

 ダメかな? と小首を傾げる咲希。

 想は小さく溜息を吐く。

 

「一曲くらいなら……おじさん、スペース借りますね」

 

 咲希に頼まれて想が断るという選択肢はほとんどない。

 と、言うか小首をかしげてダメ? と懇願するなんてどこの小悪魔風だ。多分ナチュラルにだけど。

 

「別に一曲と言わずに二曲でも三曲でも。僕も想くんのギターは好きだからね」

 

 マスターからの誉め言葉は世辞として受け取っておく。

 

「やっぱり想って咲希に弱いよね」

「ふふ、そうだね。でも私は例えば志歩ちゃんが頼んだとしても想くんは断らないと思うよ」

「確かに、想なら……こう言ったらなんだけど私達なら断らない気がする」

「やめてよ、想像できるのが逆に嫌」

 

 ギターの準備をしている間に聞こえた幼馴染のやり取りに関して想は聞こえなかったことにした。

 

 

 

─────

 

 

 

「それじゃ想、咲希お疲れ様」

「みんな、おつかれさまー!」

 

 喫茶店で想が結局三曲ほど披露した後、解散と相成った。

 三人と別れた後、想と咲希は二人で歩く。

 自転車のタイヤが転がる音。咲希の楽しそうな笑い声。

 何も変わらないいつも通り。

 

「それにしても、今日はソウの色んな事知っちゃったな―」

「一歌も穂波も言ってたけど大袈裟じゃない?」

「おおげさじゃないよ」

 

 苦笑した想に、咲希は真剣な口調で言葉を続ける。

 

「だって、アタシがいない間のソウのことだもん。とっても大事なコト」

 

 そんな咲希の真剣な声に想は少し怯む。

 こんな風に大事と言われるほどじゃないのに、と複雑なキモチ。

 

「病院にいる間、アタシは色んなコト知らないままだった。ソウのことも、いっちゃんのことも、しほちゃんのことも、ほなちゃんのことも」

 

 遠方の病院での入院だ。咲希が知れる情報には限度があった。

 でも咲希はそれをしょうがないとしない。

 

「入院していた時はどうしてもムズカシイことだったけど、だからこそ今アタシはみんなの事をいっぱい、いっぱい知っていきたいんだ! 今までのことも、これからのことも!」

「……そっか」

 

 いっぱいの笑顔を向ける咲希。

 その眩しさに想は目を逸らしそうになる。

 ──ああ、本当に眩しい。

 だから、

 

「ね、ソウ。これからも皆一緒にいようね!」

「……そうしていけたらいいな」

 

 こんな咲希の単純な願いに想は頷くことができなかった。




日常回。
お見舞いのことについての補足も含めてます。現実的な妥当なラインを探るのが難しかったりします。
オリキャラはオリ主以外にも割と気軽に出す感じになりそうです。
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