『天空の明星』   作:みなつき

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『第十七話』

「天文台?」

 

 『教室のセカイ』にて、一歌は咲希が口にした単語を反復していた。

 教室にいる全員の視線を一身に受けながら咲希は堂々ととある提案を口にする。

 

「そう! 次の土曜日に、みんなで行こうよ! 普段は見られない天文台の中も見れちゃうんだって」

 

 どうやらチラシか何かで天文台が開放されることを知ったらしい咲希はこれだ、と感じたらしくこの提案を持ってきた。

 

「あ、それ知ってる……! たまにしか一般開放しないんだよね。星のことも教えてくれる講演会みたいなのもあるから、わたしも行ってみたかったんだ」

「おおー、さすがほなちゃん、星博士!」

「博士ってほどじゃないよ……それに有名なところだし」

 

 咲希の星博士という言葉に謙遜しながら照れる穂波。

 小さい頃星が好きだった穂波だが、今でもそれは変わってないらしく、少し話しただけでも随分造詣が深いと感じられたものだ。

 

「なるほど、ここか」

 

 想は手元のスマホで検索をかけて、咲希の言っていた天文台について調べていた。

 穂波が言うようにそれなりに有名らしい、公式のサイト以外でも結構情報が出てくる。

 星に関する講演についても星座みたいな簡単なことだけじゃなく、宇宙においての星の成り立ちや果ては惑星探査車についての話もされているらしい。

 

「天文台で行われるような講演を聞きたいってんなら穂波は十分博士だよ」

「もう、想くんまで……」

 

 少し揶揄った口調の想に穂波は頬を更に赤くする。

 

「そんな所があるのね。星の勉強までできるなんて、面白そうだわ」

「そうだね。なんとなく見上げるより、星のことを知って見たほうがもっと楽しく見れそう」

 

 ルカとミクのそんな言葉を聞いて想はふと考えた。

 この『セカイ』に存在するミク達は案外、現実の事を詳しくは知らないのかもしれない。

 天文台が一般知識ではないとはいえ、ルカとミクの反応は天文台がどんなものかちゃんと分かっていない感じだ。

 未だに『セカイ』に関してはそこに属しているミク達含め謎が多い。

 

「でしょー、楽しそうでしょー」

「星なら、天文台なんて行かなくても見れるでしょ。ていうか、ここの方が綺麗に見えそうだし」

「そ、それはそうだけど……たまにはあっちでも一緒に星見ようよー」

 

 冷めた志歩の意見に咲希が食い下がる。

 

「というか志歩のその意見はちょっと情緒が足りない」

「それを想が言うの?」

 

 半目で志歩を見た想に当人はやや呆れた反応を返す。

 まるで人が浪漫の足りない人間みたいに言ってくれるものだ。

 

「ソウの言う通りだよー、しほちゃん。それに天文台近くのカフェ行ったり、洋服見たり、カラオケなんかもできちゃったりしてー……」

「そっちのほうがメインじゃないの?」

「うぐっ」

 

 鳩尾にダメージが入ったような声を上げる咲希。

 

「そ、それもあるけど……」

「図星な事は否定しないのね」

 

 想からも呆れ気味の言葉を貰い、咲希が泣きつく相手は一人しかいない。

 

「ほ、ほなちゃーん。しほちゃんが……しほちゃんとソウがー」

「よしよし」

「穂波ー、あんまり甘やかさないのー。というか一応最初は庇ったんだから人の名前入れるな」

 

 泣きついてきた咲希の頭を撫でている穂波。

 そんな様子を後目に、想は肩を竦めて小言を口にする。

 

「志歩はあんまり興味ないの? 天文台」

「別にそういうわけじゃないけど、わざわざ遠出までして見なくてもいいでしょ」

 

 それに、と志歩は自前のベースを引っ張り出す。

 

「その時間があるなら、もっと練習したいし」

 

 とことんリアリストな意見は志歩らしいといったもの。

 その志歩の言葉に一歌が、ああと頷く。

 

「志歩は花より団子っていうか星よりベースだもんね」

「……何その例え」

「え? 変かな?」

 

 ことわざを捩った言葉を口にした一歌だが、意味が分からんと言わんばかりの志歩の視線にきょとんとしていた。

 

「言いかたっていうか、いっちゃんってそういう妙な例え出すことあるよね!」

 

 元気よく一歌の言葉を妙と言い放った咲希。

 えぐい、と想は俯瞰。

 

「妙……」

 

 案の定一歌はショックを受けたようで、うーんと一人で考え込みはじめてしまった。

 

「さ、咲希ちゃん、追い打ちかけちゃダメだよ……」

「穂波、フォロー入れてるようで絶妙にトドメ刺しにいってる」

「え!?」

 

 フォローを入れる行為それ自体が一歌の例えが変だったことを認めているようなもの。

 最早この話題を引っ張ることが一歌にダメージを与えかねない。

 

「なんにしたって、遊ぶだけなら駅前でもできるでしょ。わざわざ──」

「音を合わせるには、互いの気持ちを知ることも大事よ」

 

 バッサリ切って捨てようとした志歩の言葉をルカが遮る。

 

「え?」

「たまには音楽以外で、同じ景色を見ることも悪くないわ。いい演奏をするためにもね」

「うん、私もそう思うな」

 

 ルカの言葉に追従する形でミクも頷く。

 言われた側の志歩は難しい顔。

 

「志歩、アーティストの意味は?」

「……芸術家」

 

 唐突に投げられた想の問いかけに志歩は眉根をよせて答える。

 

「芸術──一番分かりやすいのは絵かな? ただただ絵だけ描いてればいいモノができるわけじゃないってのはよく言われる話だよね」

「言いたいことは分かるけど厭味ったらしい」

「そっちの言いかたも中々に酷いね!?」

 

 不躾に返される志歩の言葉に想は思わずツッコミを入れてしまう。

 とはいえ、志歩も言い分は理解しているらしい。

 

「しほちゃん……ダメ?」

 

 ルカと想の言葉で難しい顔をしていた志歩に咲希からのダメ押し。

 

「……はぁ。ちょっと考えさせて」

 

 ここまで言われてダメと言い張ったら完全に志歩一人が悪者だ。

 ちょっとずるいかと思いつつ、理はこちらにあるのでそこは無視する。

 

「その日バイトあるから、行くならシフト変えてもらわないといけないし」

 

 しょうがないといった風情の志歩。

 その様子を見て咲希は満面の笑みを浮かべる。

 

「しほちゃん……! ありがとうー!!」

「だからくっつくのやめてってば、うちのお姉ちゃんじゃあるまいし……」

 

 思いっきり志歩に抱き着く咲希。

 なんとか引きはがそうと志歩がじたばたしている。

 スキンシップとしては過剰なくらいだが、咲希が幼馴染に抱き着いたりするのは常態化していた。

 咲希なりの親愛表現を志歩は割と苦手としている。曰く姉に似ているとのこと。

 余談であるが、想に対しては手を握ったりして代用している。さすがに異性に抱き着かない理性はあって想としても安心して──手を握るのも大概ではあるが。

 

「さすがだね、ルカ」

「私はちょっと背中を押しただけよ。志歩も本当は行きたかったんじゃないかしら」

 

 志歩が何かと理由をつけていたが、その実一緒に行きたかったというのは案外腑に落ちる。

 今も昔も志歩が素直じゃないのは幼馴染内じゃ共通認識だ。

 

「それに、想の理屈も後押しになったんじゃないかしら。でも、厭味ったらしいってのは確かにね」

「ルカさんまでそれ言います?」

 

 思いがけず飛び火したルカの言葉に想は半目になる。

 

「想の言葉って納得させられるんだけど、たまに迂遠になるというか……」

「えっと、私は想くんの言葉は正しいと思うからそれでいいと思うよ?」

 

 一歌と穂波による追い打ちとフォロー。

 なんかさっきの一歌みたいになってきた。こっちのが直接的な分余計にダメージ大きい気がして想は思わず鳩尾を押さえる。

 

「でも、だからって浮かれて練習が適当になったら許さないから。練習で手を抜いたら絶対行かない。わかった?」

「うん! 練習は毎日しっかりやるよ!」

 

 ようやく咲希を引きはがした志歩はぴしゃりと釘を刺す。

 一方の咲希は当然と言わんばかりに元気よく返事をした。

 

「毎日って……咲希ちゃん、ソフトテニス部とバイトもあるよね? そんなに根積めたら大変なんじゃない?」

「だいじょーぶっ! 今のアタシは昔のアタシとは違うから!」

「でも、前も無理して、風邪で一週間学校来られなくなっちゃったし……」

 

 穂波と一歌の心配は最もで、事実志歩をバンドに誘う時に一度熱を出しているのだから心配にもなろう。

 

「もー、大丈夫だって! ふたりとも心配しすぎ! みんなとキラキラの青春を送るためならなんだってできちゃうんだからっ!」

 

 そこまで言って、咲希はくるりと想のほうを振り向く。

 

「ね、ソウ。大丈夫だよね?」

「子供じゃないんだから、自己管理できて自分で大丈夫って言うならそれでいいんじゃない」

 

 若干投げやりな言い草な想の言葉だが、それを受けて咲希は皆にVサインを見せつけた。

 その様子を見て他の三人は肩を竦める。

 

「ハイハイ」

「じゃあたくさん青春しようね、咲希ちゃん」

「うんっ!」

 

 わいわいと賑やかな咲希の様子を想は片肘つきながら、少し遠巻きに見ていた。

 先程はああ言ったが、心配じゃないと言えば嘘になる。

 別に空元気とかじゃないんだよな、と想は咲希の様子を改めて見た。

 ただ、些細な違和感を感じる。

 自己管理できているならと前置きしたが、この様子だとそのうち──

 

「やっぱり咲希の事心配?」

 

 いつの間にか一歌が想の近くに来ていた。

 

「まぁ我ながら過保護なんだろうなぁとは思う」

「想はそれでいいんだと思う」

 

 一歌の言葉に想は一瞬呆気にとられる。

 普通は笑ったり茶化したりするような想の言葉に、一歌は真剣にそれでいいのだと言った。

 こういうところ負ける。

 

「実際、咲希の様子はどうかな?」

「今は問題ないと思うし、普段通りに過ごせれば問題ないとは思う」

 

 ただ、

 

「咲希、些細な事でも無茶しちゃうと思うからそこは気を付けてほしい」

「うん」

 

 想の言葉に一歌は小さく頷いた。

 何事もなければそれでいい。ただ、無理がたたって体調を崩す心配だけは拭えない。

 

 

 

─────

 

 

 

「……どうかしたんですか? ルカさん」

 

 想と一歌が咲希の事を確認しあってる一方で志歩は、ルカの咲希を見る視線が気になっていた。

 

「あ、いいえ。大したことじゃないの、ちょっと気になっただけ」

「そう言われると、余計気になるよ。どうしたの?」

 

 言い淀んだルカの言葉に、ミクも便乗して追及する。

 思わせぶりな事を言われて止められたら、誰だって気になるだろう。

 

「……咲希が、なんだかいつもと違うみたいだから」

「え?」

 

 ルカの言葉に志歩は素で驚いた声を出した。

 咲希の様子が違うなんて全然気づかなかったから、不意を打たれた気分。

 

「なんとなく、いつもより無理をしてるような声に聴こえて」

「無理して……」

 

 志歩は少し考え込む。

 今は全然元気な様子を見せている咲希だが、前に体調を崩した時も志歩は見抜けていなかった。

 

「それでまた、前みたいなことになったら……」

 

 脳裏によぎったのは倒れかかった咲希の姿。

 志歩もあの時は肝が冷えた。またあんな咲希の姿を見たくはない。

 

「ありがとうございます、ルカさん。咲希のこと、気を付けてみてみます」

「ええ、そうしてあげて」

 

 お礼を告げる志歩に、ルカはにこやかに笑いかける。

 そこでふと、視界の端に想の姿を捉えた。

 

「このこと、想にも伝えたほうが……」

「多分、想はとっくに気づいてるはずよ。ずっと眉間に皺寄ってたもの」

「それなのにあんな風に言うなんて」

 

 自己管理できていればいい、と想は言った。

 自主性を重んじる想らしい言葉なのだが、咲希の体調を気にかけているならもう少しそれらしい素振りを見せればいいのに。

 

「別に今体調崩しているわけじゃないもの、だから想だって余計な事と思って口に出さなかったんだと思うわ」

 

 志歩の内心の不満を見透かしたかのようなルカの言葉。

 

「……そうですね」

 

 見透かされたことに恥ずかしさを感じて、志歩は思わずルカから視線を逸らした。

 それにしても、と志歩は思う。

 自分が全く気付いていなかった咲希の様子に想はとっくに気づいていた。

 流石だと思うと同時に、多分悔しかったのだろう。だから、想の態度を不満に思ったのだ。

 自覚すると余計に恥ずかしい。

 

「しほちゃん、そろそろ練習しよー!」

「はいはい。咲希、はしゃぐのはいいけど、はしゃぎすぎて無茶なことしないでよ」

 

 呼びかける咲希に対して志歩は小さく釘を刺す。

 それが不服だったのかすぐに咲希は頬を膨らました。

 

「もー、子どもじゃないのに……アタシは練習曲だってもう完璧に弾けちゃうんだからね!」

「……じゃあ、今日の練習、ミスったらラーメンおごりね」

 

 そこまで豪語するのはいい度胸だ、と志歩は賭けを提案する。

 その賭けの提案を聞いた想が「うわ、えぐっ」なんて言っていたけど無視。

 

「ええー!?」

「自信あるんでしょ? うまくできたら私がタピオカおごる。トッピングつけたら、値段も同じくらいだからね」

「しほちゃんがおごり!? それなら絶対成功させなくっちゃ!」

 

 志歩側の条件を提示した瞬間咲希はすぐさま飛びついてきた。

 賭けの対価が魅力的なのもそうだが、志歩が奢るという物珍しさもプラスされたのだろう。

 

「一歌、どっちが勝つと思う? 俺は志歩」

「……私も志歩、かな」

「こっちの賭けは成立しないねー」

 

 などと想が一歌相手に嘯いていた。

 確かに咲希の演奏の実力は上がってきてはいる、があくまで元のレベルから比すればの話。

 練習曲一つならまだしも、練習全体を通してミスらないというのは厳しいだろう。

 

「あっ……!」

 

 急に穂波が何かに気づいたかのように声をあげて、全員がそちらを振り返った。

 

「ど、どうしたの穂波」

「……よく考えると、ラーメンとタピオカミルクティーが同じくらいの値段って、不思議な感じしない?」

 

 突拍子もない疑問。

 確かに賭けの俎上にラーメンとタピオカミルクティーが載せられていたが正直どうでもいい。

 

「材料費だって全然違うし……あれ?」

「…………穂波」

「急に声を出すから何かと思ったら……」

 

 志歩だけではなく一歌からも呆れたような声が漏れ出ている。

 一歌からそんな風な声を出させるのだから大したものだ。

 

「え? あ、ご、ごめんね! 急に気になっちゃって……!」

「あははは! もー、びっくりしちゃったー!」

「穂波、値段設定は闇だから気にしはじめたら底なし沼だ。例えば穂波の大好きなアップルパイだってな……」

「あ、うん! ごめんね! れ、練習しよう!」

 

 想の言葉を聞いて、穂波はスティックを持って切り替える。

 何事も自分に被害が行くとなると避けたくなるのは人間の心理か。

 

「うん、じゃあサビ前からだね。いくよー!」

 

 元気よく掛け声をかける咲希をちらりと志歩は横目で見やる。

 ルカが言っていたように無理をしているなんてとても見えない。

 だが、一瞬だけ想と視線が交差した。

 それは想も咲希のことを気にかけていたからで、ルカの懸念が当たっていることを示す。

 話を聞いた以上無視はできない。

 想だっていつも一緒にいることはできないのだから、誰かが気にかけてないといけないこと。

 また咲希が倒れるようなことを引き起こしたくない。

 その時の原因の一端が自分にあるからこそ、志歩は気を引き締めてベースを鳴らし始めた。




本編進める回。
志歩ちゃんに想くんへの塩対応させるのがやりやすい……。
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