「んっふっふー。ふっふー」
咲希は上機嫌に鼻歌を鳴らしながら自室で服を見繕っていた。
「何着て行こうかなー?」
今度約束した天文台に行く日に着ていく服を咲希はもう考えていた。
それだけ幼馴染達と一緒に出かけるのが楽しみで楽しみでしょうがない。
そこに、
「咲希、入っていいか?」
兄である天馬司が扉をノックして声をかけていた。
「どーぞー」
「邪魔するぞ……うわっ!」
機嫌よく返事をすると、扉を入ってきた司は驚きの声を上げる。
「服だらけじゃないか。ファッションショーでも始めるつもりか?」
司が驚いた理由は咲希が一面に服を広げていたから。
しかし咲希はそんな兄が驚いた姿も意に介さず、笑顔。
「ううん、デートに着ていく服選んでるんだよ」
ほんの一瞬司が硬直した。
「で……デート!?」
そして咲希の言葉を反復して、司はいっそうの驚きを露わにする。
「デ……デ……っ!!」
ついには次に紡ぐ言葉も詰まってしまうほど。
一体兄が何故これほど驚いているのか咲希には分からず小首を傾げるばかり。
「そうだな……! 咲希も、もう、そういう年ごろだからな……!!」
驚きっぱなしの司だったが、咲希が何かを言う前に一人で納得を始めて首を縦に振る。
こういう一挙一動が激しいところを想が面白がっていたなぁ、と咲希は思わず兄を俯瞰気味に見てしまう。
「オレは全力で応援するぞ! 気合入れて行ってこい!」
「え? ちょ、ちょっとお兄ちゃん! 何お父さんみたいな反応してるの?」
「何ってデートだろう! ああ言わずとも分かる、想なら俺も安心できるからな……っ」
「なんでそこでソウ!?」
司の動きを見て想を思い浮かべていたのは確かだが、その名前が出てきて咲希は逆に驚いてしまう。
「違うのか?」
「うーん、違うってわけじゃないんだけどいっちゃん達とも一緒だよ」
「一歌達とも? なんだ、そうか……」
どうやらデートという言葉で反応していたのは咲希と想が二人っきりでトクベツなお出かけをすると勘違いしていたらしい。
咲希としてはさすがにその勘違いは正しておきたいところ。
「もう、ソウと一緒に出かけるならデートなんて言わないよ!」
「お、おう……」
「だってソウと出かけるのはいつものことだもん。別にトクベツなことじゃないからね」
咲希が声をかければ、いつも一緒にいてくれる相手。
ちょっと甘えすぎかななんて咲希自身思うこともあるが、想が許してくれるからもう少しだけ甘えていたいと思っている。
だから想と一緒に出かけるのにトクベツは必要ない。
「…………」
咲希の言葉を聞いていた司の顔は百面相だった。
一瞬誰に対してか不憫そうな顔をしたかと思うと、今度は複雑そうな顔をして黙りこくってしまう。
「それより、お兄ちゃんは何の用?」
「あ、ああ……次の週末、母さん達が旅行するらしくってな。念のため、咲希の予定を聞いておこうと思ったんだ」
改めて用件を訊ねると司は気を取り直して本題を切り出す。
「オレは、その週末は公演で家にいないし、母さん達がいない日に何かあったら大変だからな」
「あ、それなら大丈夫だよ! ちょうどその日にいっちゃん達とデートに行くから」
どうやら咲希を残して家を空けてしまう事を心配していたみたいだけど。
ちょうどその日が一歌達と出かける日なのでお互いにとって都合がいい。
「そうか、ひとりじゃないなら大丈夫だな」
その司の言葉を聞いて咲希は頬を膨らます。
「っていうか、心配しすぎだよ! お医者さんももう大丈夫って言ってくれたんだし」
こうして退院できて学校に通えている。当然医者からもお墨付き。
だから何も心配はいらないと咲希は主張する。
「それは、そうだが……」
「そうなの! だからお兄ちゃんは安心して行ってきて」
心配を拭いきれない司を咲希はここぞとばかりに押し切る。
こういう些細な事で兄の枷になったりするのは咲希の本意ではない。
「ああ、わかったわかった。……だが、車に気をつけて行くんだぞ」
「はーい!」
最後に子供に注意するようなことを言って司は部屋を出て行った。
「もう。お兄ちゃんってば心配症なんだから……」
確かに昔のことを考えると周囲が心配になるのは分かるが、兄に限らず皆過保護だと咲希は思う。
こういうことを想だったらあまり言ってはこないのに。
ふと内心比べてしまったのは、あまり咲希に対する心配を口にしない幼馴染。
薄情というわけではなく咲希を心配してくれていることはずっと伝わってくる。だけど、その心配をわざわざ口にしたりはしない。
別に兄みたいに心配されることが悪いというわけではないが、想みたいな人がいてくれるのは咲希としてもちょっぴり気が楽なのだ。
「……んー。でもたしかに、せっかくのデートの日に体調崩しちゃったら困るなぁ……」
昔のようにずっと家で寝込んでばかり、なんてことは無くなったが咲希自身人より体調を崩しやすい自覚はある。
「部活もバイトも楽しいけど、あんまり無理しないようにしなくっちゃ。とりあえず今日は早く寝ようっと」
いそいそと広げていた服を片付けながら咲希はひとりごちる。
それにしても、
「なんでお兄ちゃん、ソウとデート行くなんて思ったんだろ」
─────
放課後の神山高校の校庭の一角で、とある一団が鎮座していた。
『ワンダーランズ×ショータイム』
『フェニックスワンダーランド』の中にあるショーステージの一つで司も所属している劇団。
とはいえ構成人数は四人と少人数で劇団と言うには小規模か。
司に類、そして想と同じクラスである草薙寧々、本来は宮女の生徒である鳳えむ。
何故か想もこの場では一座に加わっているが、寧々を呼びに来た司に引っ張ってこられた形だ。
「それではこれより『ワンダーランズ×ショータイム』の作戦会議を始める!」
意気軒昂に進行を務める司。
まばらな拍手は類とえむによるもの。
想は遠い目を、寧々は呆れたような表情を浮かべていた。
「なーんで俺がここにいるんでしょうねぇ」
「それは俺が今からお前を『ワンダーランズ×ショータイム』の参謀に任命したからだ!」
ビシっと想を指差ししながら司はいつもの大声を張り上げる。
部活なんかをしている生徒が視線をちらちら寄こしているが、司と類の姿を認めるや否やすぐに目を逸らしていた。
「なんかごめんね……主に司が」
「いや、寧々が謝る事じゃないでしょうに。まぁ逃げださない俺も大概と言えば大概か」
たまたま時間があったから付き合っている想も大概な自覚はある。
寧々は人見知りする性質らしく、想とも最初の頃はあまり馴染めていなかった。
が、なんやかんやこうやって司に付き合わされているうちになんとなく普通に話せるようになっていた。想も寧々の事を名前呼びするくらいに砕けている。
同類相憐れむというやつだろうか。
「あたしは想くんがいるととーっても楽しいと思うからいいと思うな!」
司と同等が下手したらそれ以上にテンションが高いのがえむ。
咲希達と同じく宮女に通う生徒なのだが、『ワンダーランズ×ショータイム』の面々が神山高校に通っているためよくよく忍び込んでいる。
「はい、想くんわんだほーい!」
「ほい、わんだほーい」
「そこはノリがいいよね栗空くん……」
大きく両手を広げるポーズを取るえむに合わせて同じようなポーズをする想。
その様子に寧々は若干の呆れた視線。
「さて微笑ましい交流はひとまずとして、司くん今日の議題は?」
「うむ、今後の講演について話し合おうと思ってな。類、前に渡した脚本はどうだ?」
「ああ、それのことか」
薄く笑みを作った類は一冊のノートを取り出す。
それを開いてから、一瞬考える素振りを見せ、
「想くん、これを読んで感想を聞かせてもらえるかい?」
そう言ってそのノートを想に放った。
「……ナニコレ」
放られたノートを少しだけお手玉した後、想はそのノートを開く。
先程の会話で内容がなんなのかまでは分かるが、それ以上の事を知りたい。
「今後の講演に向けて司くんに脚本を書いてもらったんだ」
「ああ! 勿論、この俺にかかればパーフェクトな出来に仕上がっているだろうがな!」
「ふーん」
興味無さそうな風体でペラペラとページを捲る想。
殆ど流し読みだがある程度の内容は入ってきた。
どんな脚本が作りたいかなんとなく分かれば講評の一つもあげれる。
「ところで一つ確認。ショーを観に来るお客さんはやっぱり子供が多い?」
ノートを閉じて想は一本指を立てて確認する。
「それは、そうだな。子供──というより親子連れか、ちゃんと確認したわけじゃないか割合としては一番多いだろうな」
「司くんの言う通り、観客には子供が多いよ」
顎に手を当てながら答えた司に、類が補足する。
「じゃ、この脚本は直しが必要だと思うよ」
「ぬっ!?」
想の言葉に予想外と言った反応を示す司。
説明しないとダメかぁ、と若干想は遠い目。
「面白いか面白くないかで言えば奇天烈な部分に目を瞑るなら面白いより。ただ、もう少し分かりやすさを重視すべきだと素人目ながらの所感」
ちょくちょく挟まる超展開とも言える部分は置いておくとして、それなりに面白く書けているとは感じた。
ただ風刺にしろ哲学的な部分にしろ、やや冗長かつやや難解。
正直子供の視点からするなら退屈に映るものが見られた。
創作においてのあるあるだが、『深いモノ』を作ろうとして逆に分かりづらくなっている部分。
「だが、あまり分かりやすく単調なものにすると子供騙しになるのではないだろうか!?」
「子供は我慢してくれないものだよ。子供たちの中で意味が分からないものは退屈にしか映らない」
「むぅ……」
勢いのあった司も想の返す言葉に思わず唸ってしまう。
それを見て類がにやにやと人の悪い笑みを浮かべている。
「ふふ、やはり想くんには参謀としての素質があるようだね」
「薄々勘付いてたけど分かってて渡しただろ……」
「相変わらず人が悪いというかなんというか……」
今までの顛末を見ていた寧々も呆れ気味の様子。
ここまで想が司の脚本にダメ出しすることが分かっていて類は想に感想を求めたのだ。
類が批評するより、第三者の視点を交えた方が司も受け入れやすいと考えたのだろう。
しかし、それは寧々の言うように、
「ホント人が悪い……」
「想くーん? おーい、どこ見てるのー?」
遠い目をしはじめた想の目の前でえむが大仰に手を振る。
「ふむ、想の言ったことはひとまず頭に入れておくとしよう」
司が一人でにうんうん、と頷き、
「……すまないが、皆に個人的な相談をしたい。想を呼んだのもそのためだ」
「だったら最初からそれ言いな?」
問答無用に引っ張ってこられた想としては、そういう触れ込みがあったのなら少しは色よく付き合ったかもしれないのに。
「ふむ、参謀の想くんが一仕事終えてくれたからね。構わないよ」
「司くんから相談だなんて珍しいー!」
「えーと、真剣なコト?」
残りのメンバーは三者三様の反応。
「勿論真剣も真剣だ!」
イマイチ信用ならないと想は半目。
このテンション感で真剣と言われても頷くのは中々難しい。
「実は咲希のことなんだが……」
「咲希に何かあったの?」
その名前が出てきただけで想は無心ではいられなかった。
「いや、心配するような事ではない」
想の反応を手で制しながら司は言葉を続ける。
確かに、想が心配するようなことが起きているのならばこんなところで司が呑気しているわけがない。
冷静になろうと自戒する。
「咲希がな、今度デートをするんだ」
「妹さんがデート? 相手が気になってるとか……?」
いつもより真面目な口調の司に、寧々も真面目に聞いており、ありがちな疑問を口にした。
だが、
「あー、違うよ。デートってのは友達とのお出かけのコト。咲希は今度幼馴染と一緒に出かけるからそれをデートって言ったんだと思う」
今時の女の子らしい言い回し。
最近のデートとは男女が一緒に出かけるアレコレだけではないらしい。
「……そういう」
「じゃあ司くんは何が心配なの?」
きょとんと首を傾げるえむ。
友達と出かけるだけで心配なんて過保護なことではあるまいし、この場にいる皆まだ要領を得ない。
「……俺も最初はデートと聞いた時は男女のアレコレだと思ったんだ。そして俺も応援しようと──」
「司、そろそろ主題に入って?」
そろそろ語りが長くなってきたので想は巻き要求した。
そんな想を司はギロリと睨む。
「大体お前が原因なんだぞ、想!! 咲希がお前と出かけるならデートなんて言わないって言ったんだ!! トクベツなことじゃないって!!」
「八つ当たりじゃないですか……」
真剣、と聞いたから身構えていたのだが想としては拍子抜けしてしまった。
寧々とえむは首を傾げたまま、類はにやにやと人の悪い笑みを浮かべている。
「えーと、それの何が問題なの? むしろ男の子とデートしないならいいんじゃないの」
「でも、咲希ちゃんと想くんって仲良しさんなんだよね。それなのにデートじゃない、ってアレ?」
「ふふ、解説よろしく。想くん」
女性陣が混乱している中、類から投げられたパスに想は複雑そうな表情。
「これ、俺が解説するの?」
「司くんより、君が一番分かりやすく説明できると思ってね」
まぁ若干暴走気味の司と比べたら想のほうが幾分か分かりやすくなるだろう。
ただ、直接見聞きしたことではないので推測が交るのでちょっとばかり口が重い。
「司。咲希は俺と出かけるのはトクベツじゃないって言ったんだよな?」
このまま場が混乱したままなのはよくないと、まずは司に確認を始める。
やや憤った様子ながらも司は腕を組んで返事をする。
「ああ、確かにそう言った」
「トクベツ、じゃないね。司が引っかかったのはそこでしょ」
本来なら特別なことのほうが引っかかりを覚えるはずだ。
だけど、想としては十分に身に覚えがあるので司が何に引っかかったか察しが付く。
「それってどういう……」
「まぁ俺と咲希は結構一緒に出かけることが多いのよ。主に咲希に引っ張られる形だけど」
どこどこに行くので付き合ってほしいと咲希に言われれば想はほぼ二つ返事でオーケーする。
「でもそんな風に、異性と一緒に出かけることが『当たり前』になってしまったら兄としては少しは危機感持つものじゃない?」
「あー、なるほど……」
想の説明で寧々は得心がいったらしい。なんか面倒くさそうな目をしているが。
「俺も別に想と一緒なら心配はしまい。だが! これが仮に他の男だったらどうなる!! 俺にはそれが心配で心配で」
拳を握り力説する司。
確かに異性に対するハードルが下がってしまうっていうのはどうしても兄としては気になるか。
「んー、私は大丈夫だと思うな―」
しかし、そんな司の懸念をえむがあっさりと否定する。
「なぬ!?」
「だって、咲希ちゃんは想くんだからトクベツじゃない関係でいるってことだと思うから。他の人がどうとかは気にしなくてだいじょーぶだとあたし思います!」
そんな風なえむの堂々とした主張を聞いて想は少しいたたまれない。
なんていうか自分なら大丈夫って言われているのは正直居心地が悪かった。
大丈夫なんて保証がどこにもないから。
「む。たしかに、咲希も分別つかないほど子供ではない、か」
司はえむの主張を聞き入れて、渋々といった様子だが納得し始めていた。
「どうやら司くんの懸念は杞憂で終わりそうだね」
「杞憂……か」
類が口にした杞憂という言葉を想も口にする。
確かに杞憂で終わるかもしれない。なんたってそもそもの前提が無くなるかもしれないのだから。
「ま、安心しなよ司。俺も咲希といつまでも一緒にお出かけってわけじゃないんだから」
少し投げやりな口調ながらも、『当たり前』な言葉を口にする。
今は何かと一緒に出かけるのに想を誘っているが、それもその内減っていくだろう。
他の幼馴染と和解した以上、咲希の選択肢は広がった。幼馴染だけじゃない学校での他の友達という選択肢もある。
想である必要性がないのだから、わざわざ想を選ぶ必要はない。
『当たり前』を口にしたはずなのに想の心はどこか空虚だった。
なんとも言えない空気が場に流れる。
「……想」
普段なら鷹揚に頷いているはずの司が、先程とは違う真剣な眼で想を見ていた。
そこに想のスマホに着信が入る。
「悪い、今日はここまで。先に一抜けさせてもらう」
スマホに入っていたメッセージは咲希からの迎えの催促。
今はこれに応えるのは想にとっての『当たり前』。
どうも、微妙な空気にしてしまったがそこら辺のフォローは類辺りに任せるとする。
逃げ出すようになんて、実際想は逃げ出したのだろう。
誰から逃げたのかなんて分からないのだけれど。
「どうやら、司くんに新しい懸念が増えたみたいだね」
「……そのようだな」
よし、恋愛タグが機能してるな。
ワンダーランズ×ショータイム回みたいなものですが、咲希ちゃんと想くんの関係についてちょっとした掘り下げ。
『トクベツじゃない』からこその特別な関係。
原作でデートという言い回しが出ていたので、今回こういう話は突っ込んでおこうと思ってました。