『天空の明星』   作:みなつき

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『第二十話』

「想くん、ごめんね急に呼び出したりして」

 

 穂波が本当に申し訳なさそうな顔をして謝る。

 今、想は穂波に呼ばれて宮女の近くの公園のベンチに二人で座っていた。

 

「別に謝らなくていいでしょ。咲希もバイトを急に入れたとかで俺もフリーだし」

 

 いつも通り宮女に咲希を迎えに行こうとしたタイミングでメッセージアプリに咲希から今日はバイトがあるから迎えはいらない旨が伝えられた。

 こうやって振られた日は結構暇になる。

 日課が無くなると手持無沙汰で『セカイ』にでも行こうか、と考えていたタイミングで穂波から話がしたいと言われて二つ返事でオーケーした。

 

「うん。その咲希ちゃんの事なんだけど……」

 

 穂波から用件は察しがついていた。

 咲希を迎えにいく必要が無くなったタイミングで呼び出すなんて誰についての話かはすぐ分かる。

 

「この前、私も一緒に帰った時の咲希ちゃんどうだった?」

「あの時の咲希?」

 

 穂波も一緒に帰ったタイミングは司に引っ張られてワンダーランズ×ショータイムのミーティングに参加した後のことだ。

 その時の咲希の様子、と想は先日の記憶を思い出す。

 

「少し熱っぽかったんじゃない」

「やっぱり想くんもそう思った?」

「まぁ顔色が悪いってほどじゃなかったからあまりアレコレは言ってないけど。ちゃんと熱だけは測っておくようには言っておいたが」

 

 その次の日の朝に伝えられた熱は平熱より少し高い程度。

 咲希本人は元気いっぱいだから問題ないとアピールしていたが。

 そして、

 

「今日の朝も、体調が悪そうって感じではなかったかな」

「じゃあ今は大丈夫なんだね」

「素人判断をあまり当てにしないでよ。それで、穂波の心配事ってそれ?」

「うん、それもなんだけど咲希ちゃん無理してないかなって。今日もバイト急に入ったみたいだし」

 

 確かに咲希からバイトがある連絡が入ったのはギリギリのタイミングで、そのバイトが急に入ったものなのは分かる。

 

「無理、かぁ……」

 

 想が見た限り体調が悪いといった様子はまだ無かった。

 だが、咲希が元気いっぱいだとアピールした様子には空元気が混じってるのが見えて。

 

「してるかもね」

「……やっぱり」

 

 多分咲希本人が意識していないところで疲労が溜まっているのだろう。

 想から見た限り無理をしているかしていないかで言えば無理をしていると感じる。それも一気に無理しているという感じではなく小さなモノが重なっているもの。

 そういう無理の蓄積はどこかで噴出する。

 

「想くんから無理しないように注意したりは?」

「難しいトコロ」

 

 一応想も軽い諫言くらいはしている。

 それでも咲希本人に無理をしているといった自覚がない。

 口を酸っぱくしてあまりうるさく言っても逆効果。

 それに、

 

「咲希が無理する気持ち、分からなくもないから」

「それって……?」

 

 首を傾げた穂波に対して想は曖昧に笑って流す。

 咲希が無理をする理由は簡単で、今度の休みに幼馴染と一緒に出かけることができるから。

 たかがそんなことで、と思うかもしれない。

 でも咲希は今まで『そんなこと』ができなかったのだ。

 そして今までできなかった不安は、今後の未来も不安視してしまう。

 『次』があるなんて考える余分、今までの咲希に無かったもの。

 だから、幼馴染が再び集まって一緒に出かけれる『ハジメテ』を大切にしたいのだろう。これがうまくいけば『次』に繋がるのだから。

 こんなこと穂波を含む幼馴染に言っても責任を感じてしまうだけ。

 咲希自身も想の口からキモチをつまびらかにされたくないだろう。

 

「でも、やっぱり私は咲希ちゃんのこと心配だよ」

 

 曖昧に笑った想を見て、理由を話さないと悟った穂波は改めて咲希の心配を口にする。

 

「別に俺だって心配してないわけじゃないけど……」

 

 ふと空を見上げる、夕方を示す橙が濃くなっていっていた。

 

「どうしても、いつでも見てるってワケにはいかないから」

 

 歯がゆいな、と思う。

 本当は心配で心配で仕方ないのに。それでも想が咲希と一緒にいる時間より、他の人が咲希と一緒にいる時間の方が長い。

 しょうがないことだと割り切れれば楽なのだろうか。

 

「──うん、そうだね。でも、想くんが見ていられない分私達で咲希ちゃんのこと見ておくから」

「それは頼もしい」

 

 想を励ますように似合わない仕草で胸を張ってみせる穂波。

 そんな穂波を見て、想は苦笑気味に笑い返す。

 

「……本当に頼もしいよ」

 

 そう呟いた想を見た穂波は少し厳しい表情をしていた。

 

 

 

─────

 

 

 

 穂波と話をした後、想は『セカイ』に来ていた。

 誰もいない教室で適当な椅子に座って、机に片肘ついてなんとなく窓から外を眺める。

 外の景色は黄昏色の塩梅で、想が『セカイ』に来る前に見た空と似た色をしていた。

 もっとも教室から眺める『セカイ』の外の景色は今は変化がないらしい。

 ミクもルカも不在で教室の中は静まりかえっている。

 なんで想が『セカイ』にやってきたかと言えばなんとなく。

 ただ、どこか鬱屈とした気持ちを抱えたまま家に帰りたくなかった。ただそれだけ。

 

「はぁ……」

 

 なんとなしにため息が漏れる。

 別に『セカイ』に来ても気持ちが晴れると言う事は無かった。

 ミクもルカも不在でこの気持ちを誰かにぶつけることもできない。

 最も、想がミクやルカにこの曖昧模糊な気持ちを打ち明けたかと言われると分からなかった。

 

「いつまで、一緒にいるんだろうなぁ……」

 

 『Leo/need』としてバンドを結成して以来漠然と抱いていた不安。

 咲希なんかは幼馴染皆これからもずっと一緒だ、と喜んでいたが想はそんな風に思えていなかった。

 栗空想は他の四人とは違う。

 性別、通っている学校、一緒に過ごす時間。

 小さな差異かもしれない。それでも、何処かを明確に分ける一線。

 それに皆が和解して、想はこれからの目標を失った。

 今までは咲希のためになんとかしてやれないかと迷いながら、考えながら動くことができた。

 だが幼馴染と一緒になった今、天馬咲希に栗空想が必要かと問われると想には簡単に頷くことはできない。

 それは咲希以外の幼馴染とっても同じで、本当に『Leo/need』に栗空想の居場所はあるのか?

 そんなくだらない疑問は浮かんでは消えてを繰り返す。

 本当に、くだらないと思う。

 廻にも言ったように思春期によくある色んな事に過敏になって考えすぎるだけのコト。

 それでも想はその疑問を簡単に切って捨てることはできなかった。

 

「宙ぶらりん」

 

 地に足がついていない。

 今までやってきた役割を終えて、誰に必要とされているか分からない。

 ああ、類が言っていたことは正しくて。栗空想は誰かに必要とされてなければ『人』として生きていけない。

 本当に歪。

 思考を投げっぱなしにうつ伏せになって目を閉じる。

 その瞬間、

 

「何か、悩み事?」

 

 涼やかで透き通った声が耳に届く。

 バッと起き上がって、声の持ち主に顔を向けるとそこには白の少女がいた。

 

「──『IA』……?」

 

 想が名前を呼ぶとその少女はこくりと頷く。

 

「本当に幻じゃなかったか……」

「幻?」

 

 首を傾げるイアを不躾ながら改めて見やる。

 前に屋上で見かけたと同じで、ミクやルカと同じく学生服を身にまとっていた。

 ミクとルカからは実在すると言われていたが、改めて目の当たりにすると驚く。

 

「それより、想は何か悩み事?」

「やっぱりこっちの事は知ってるのね」

 

 自然に名前を呼ばれて、『セカイ』の住人らしくこちらの事は知っているらしい。

 改めて自分たちの事が筒抜けな事に想が不思議な気持ちになっていると、イアはいそいそと椅子を用意して想の向かい側に座っていた。

 そして。

 

「悩み事?」

「マイペースですねぇ……」

 

 突然現れては一貫して同じことを訊ねてきている。

 ロボットみたいな単調さだが、仕草そのものは少女らしく純粋に想の悩み事が気になっている様子。

 

「聞いても面白くないよ」

「それでも、想は困っているんでしょ」

 

 断定した口調で言い切るイアに思わず想は怯む。

 なんていうか鏡を見ている気分だ。

 想にここまでの積極性は無いが、こういう風に逃げ道を塞ぐやり方は覚えがある。イアが意図してやっているかどうかは別として。

 志歩に見せたらとっても嫌な顔をするだろう。

 

「……悩み事、って言うかなんて言ったらいいんだろうね」

 

 逡巡してから開いた口は思ったより素直に言葉を吐き出していた。

 

「『Leo/need』に自分の居場所があるのかなって」

「?」

 

 吐露した想の言葉にイアは首を傾げる。

 頓珍漢な事を言ったと思われたかと苦笑しかけて、

 

「想は『Leo/need』にいる、でしょ」

 

 一瞬息が詰まった。

 イアの言葉は端的に今の事実を述べたにすぎない。

 それでも想が悩んでいたことをあっさりと解くような一言で、

 

「そういう、ことじゃなくて。なんて言えばいいのかな、今のことじゃなくて今後の事を考えると一緒にいないほうがいいんじゃないかって……」

 

 まるでイアの言葉を呑み込みたくないように、自分らしくない不格好な言葉を連ねる。

 想の言葉を聞いてイアはうーん、と唸ってまた首を捻った。

 

「それって、想が決めることなの?」

「…………」

 

 今度こそ想は言葉を失った。

 『当たり前』なことを言われると人は反論できなくなる。

 今までの自分を少しだけ反省しようと思った。

 イアの言った通りで、想が勝手に悩んで一人で決めつけるような事ではない。大事なのは周りの──幼馴染がどう考えるか。

 では、そんな『当たり前』なことから目を逸らして想は何を悩んでいたかと言うと。

 

「結局、俺は怖いのか」

 

 ただ、栗空想が『Leo/need』にいてもいいのかそれを確認するのが怖かった。

 あの幼馴染たちが想の事を要らないと切って捨てる姿は想像できない。

 それでも、宙ぶらりんな気持ちのままの想にはその事実を確認するのを躊躇してしまう。

 なんて女々しいことだと想自身も思う。

 

「想が怖いってこと、しょうがないと思う」

「しょうがないって……」

 

 そんな簡単に片づけていいものかと思い悩む。

 いつもは自分がそうしていることを、いざ他人に言われるとそれがどれだけ難しいことか。

 

「だからこそ、想は皆の事もっと信じてあげたらいいんじゃないかな」

 

 まるで想が幼馴染のことを信じていないみたい。

 だけど、そう言われてもしょうがないこと。

 こんなくだらない悩みを打ち明けられないでいるのだから。

 

「……もうちょっと時間が欲しい」

「ん、想が勝手に決めないなら皆は待ってくれるはず」

 

 不思議な感じのするイアで、最初こそ強引な聞き方だったがちゃんと想の心に寄り添った答えを返してくれる。

 想が素直にこんなこと話すのは珍しくって。

 瑞希や類に言われたようにいつもは自分一人で抱え込んでなんとかしてきた。

 こうやって誰かに打ち明けられるようになったのは成長か否か。

 想は重い溜息を吐く。

 そのタイミングで、

 

「ほら、ルカ。やっぱりイアいたよ」

「本当ね。それにしても想と一緒だったのね」

 

 教室の扉を開けてミクとルカが入ってきた。

 入ってきた二人に対してイアは暢気に手を振っている。

 想としてはタイミングギリギリと内心冷や汗。

 

「……あの日から見つかってなかったんですか?」

 

 そんな内心をおくびにも出さず想は二人に質問を振った。

 あの日とは、想がイアを見かけたと皆に話した日。

 

「いやぁ、何回かは捕まえたんだよ」

「でも気づいたらいなくなってたのよね」

 

 ミクはどこか怒った風に、ルカはやれやれといった素振りで。

 本当に神出鬼没なのだと想はイアを見やると、何故か見られた本人は自慢げな雰囲気が漂っていた。

 

「もしかしたら、イアがこんな風なのはまだ不安定なのかもしれないわ」

「不安定?」

 

 ルカの言葉に想は首を傾げる。

 

「イアは皆のうち誰かの『想い』によってこの『セカイ』にやってきた。でも、その『想い』の持ち主の心が揺れている」

 

 だから、不安定とルカは結んだ。

 思わず想は息を呑む。

 だってその不安定の要因は想のことのはずだから。

 

「まぁ勿論、イアが元々神出鬼没気味なのもあるのだけれどね、掴みどころなかったでしょう?」

「確かに掴みどころはないですね……」

 

 一瞬ルカの想を見る目が細くなった気がした。

 多分見透かされたんだろうなぁと若干居心地が悪くなる。

 

「それより想はイアと何話していたの?」

 

 気づいたらミクは座っているイアの後ろに回って彼女の頭を弄っていた。

 イアはなされるがままに頭を弄られている。

 

「……内緒」

「うーん、イアには話したのに想ってイジワルだね」

 

 イアと話していた内容を秘密にされミクは不満を漏らす。

 一方でルカは静観の構えで、こっちには何かと悟られてそうで想としてはそっちのほうが怖い。

 

「ブイ」

「イアってば自慢げなんだー」

 

 両手でVサインを作ってどこか自慢げなイアの頭をミクが揺らしていた。

 微笑ましい光景と思いつつも想の気持ちは少しだけ淀む。

 最近はこんな風に気兼ねなく幼馴染と触れ合えていたか自信が無い。

 イアに相談して少しは気持ちが晴れたかと思ったのに、全然切り替えられていなかった。

 

「そろそろ俺は帰りますね。あまり遅くなっても困りますし」

 

 多少家に帰るのが遅くなるくらいだったら怒られないが、このまま『セカイ』に滞在しても想の気持ちは好転しそうにない。

 

「想」

 

 スマホを取り出したタイミングでルカに声をかけられて、想はそちらに顔を向ける。

 

「自分の気持ちに嘘はつかないようにね」

 

 

 

─────

 

 

 

 空の色は薄暗くなっており、直に夜の色に変わるだろう。

 今日は星が見えるかな、なんてことをぼんやりと想は考えた。

 イアに相談に乗ってもらって少しは解消したかと思えば、やはり宙ぶらりんの感覚は残ったまま。

 最後にルカに言われてことも引っかかっている。

 

「自分の気持ち、か」

 

 『本当の想い』を抱えて、幼馴染の事で奔走していた時は楽だった。

 あの時の想はただ『幼馴染と一緒にいたい』という一心。

 でもいざ一つになったらどうだろう。自分は一緒にいられているのかという疑問が付いて回って。

 本当に埒が明かない。

 こんなことを考えていてもしょうがない。

 ルカに言われたように自分の気持ちに嘘をつかないようにするなら。

 

「何も変わってない」

 

 そう、あの時から何も変わっていない本当の想い。

 ──五人で一緒にいたい。

 分かっていたことだ、これは想自身が逃げ続けていること。

 自分の気持ちを、幼馴染の気持ちを確かめることが怖かった。

 でも、どういう道を選択するにしても目を逸らし続けることはできない。

 曖昧模糊で宙ぶらりんな気持ちは終わりにしなければ。

 例え、それが幼馴染と離別する道を選ぶことになるとしても。

 

 

 

 夜の闇を照らす星々の光はどこか欠けて、足りないように見えた。




なんやかんやで二十話まできて、物語も佳境です。

想くんがくよくよ悩んでいた理由も判明、『IA』のちゃんとした登場。
悩んでいた理由はともかく、『IA』はもう少し早くとも思ったのですがタイミング的にこの悩みを打ち明けるシーンでとなると大分遅い登場になりました。

ここから原作をなぞった話でどう着地するのか、残り少ない話になるでしょうがお楽しみいただけたら。

『教室のセカイ』のIAのイメージイラストも載せておきます。

【挿絵表示】


(IAを白の少女と表現していますがあまり白くないなという点は密に密に……ピンクの少女とかだと何か違うので)
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