『天空の明星』   作:みなつき

22 / 28
『第二十二話』

 雨の音が鳴り響く。

 ぼーっと見上げた天井は既に見飽きていた。

 

「熱は、もうほとんど下がったけど……今日みたいな天気じゃ、天文台に行っても何も見られなかったよね」

 

 今の天気はまるで自分の心を映したかのようだと咲希は布団の中で溜息を吐く。

 本来なら今日は皆でデートして天文台に行く予定だった。

 それが体調を崩してこの始末。更に天気も悪いとなれば咲希の心に追い打ちをかけるには十分すぎる。

 

「咲希、朝食の準備ができたぞ。咲希の好きなココアもあるから、降りてきたらどうだ?」

 

 部屋がノックされた後、いつもの調子だが気づかわしげな兄の司の声が聞こえる。

 両親が不在の今日、司は咲希の面倒を見るためにバイトを休んで家にいることを決めた。

 兄にまで迷惑をかけている自分が嫌になる。

 

「……ごめんね、今は食欲無いから……」

「……そうか。下にいるから、食べたくなったらいつでも降りてくるんだぞ」

「うん……」

 

 こんなつれない態度でも司は優しく、気を使ってか部屋の前をすぐ去っていく足音が聞こえた。

 はぁ、と布団の中で咲希はため息を吐く。

 わざわざバイトを休んでくれたのにこんな態度で、と咲希は更に憂鬱となる。

 そんな憂鬱な気持ちは昔の事を思い出させた。

 

 

 

『……みんなに、会いたいなぁ』

 

 

 

 病室で一人ポツリと呟いたそんな一言。

 

「……アタシのバカ」

 

 嫌な思い出を振り払うように咲希は頭を振った。

 今自分がいるのは一人きりの病室ではない。

 

「みんなはちゃんと一緒にいてくれるのに……」

 

 そう、幼馴染の皆はちゃんと一緒にいてくれる。

 熱を出して倒れかけた時の心配してくれて、家まで送り届けてくれた。

 大体『Leo/need』を結成した時に皆一緒にと確かめ合ったのだ。

 今更そのことが裏切られるわけがない。

 ただ、

 

「……ソウ」

 

 一人の男の子を除いて。

 想はどうも最近様子がおかしかった。

 ほんの僅かに感じる違和感。どこか壁を作ろうとしている感じ。

 想が自分達から離れていこうとしている。

 もし仮にそれが本当だとしても、想が幼馴染達の事が嫌になったことではないと確信できる。

 むしろ自分達を想ってこその行動だと、何の確証もないままでも咲希には分かっていた。

 それでも、そんなことは許さない。

 なんて、今布団で寝転がっている咲希が言えた義理ではないのだが。

 

「……星、見たかったな」

 

 もし、一緒に星を見に行けたのなら想の気持ちを確かめることができたのではないか。

 どこかそんな気もしたが、今では叶わない想い。

 ぼーっと天井を見つめていると一瞬何かの光が視界の端をよぎる。

 

「あれ? 今、スマホが……」

 

 枕元にあったスマホを引っ張り出すとプレイリストからとある曲名が映し出されていた。

 

「……そっか。あっちでなら、見られるんだ」

 

 その事に気づいた時は咲希は再生ボタンを押していた。

 どこか逃避行めいた気持ちながら、『セカイ』へと。

 

 

 

─────

 

 

 

「誰もいない……。屋上のほうにいるのかな」

 

 着の身着のままの通りパジャマで『教室のセカイ』にやってきた咲希だが、見回しても誰もいる気配はなかった。

 ミクとルカを探しているのは今この陰鬱な気持ちを幼馴染以外の誰かに吐き出したいのか。

 それも分からない。

 自分一人で『セカイ』に来ていおいて、「一人は嫌だ」なんて気持ちで屋上に向かった。

 

「こっちにもいないや。どこ行っちゃったんだろう」

 

 屋上にたどり着いてもミクとルカの姿は見つからずきょろきょろ見回す自分の姿が虚しい。

 『セカイ』の屋上なら見えると思った星空も今はどこか遠かった。

 

「……またひとりぼっちになっちゃった」

 

 ポツリと呟いた言葉に嗚咽が混じりそうになる。

 そこに、

 

「咲希?」

 

 凛とした声で名前を呼ばれ振り返るとそこにはルカがいた。

 

「わっ! ル、ルカさん!?」

「今日はパジャマ姿なのね。びっくりしたわ」

 

 驚いたのは咲希のほうなのだが、先程零れそうになったものは引っ込んでから曖昧に笑う。

 

「これは色々事情があって……」

「ひとりだけでここに来たのも?」

「……あはは。ルカさんはなんでもお見通しですね」

 

 恐らく、咲希の姿を見かけた時点でルカには咲希の事情なんかお見通しなのだろう。

 

「そんなことないわ。わからないことも、たくさんよ」

 

 少しやけっぱちな咲希の言葉にルカは困ったように微笑んだ。

 

「でも、咲希にいつもみたいな元気がないってことはわかるわ」

「…………」

 

 一見すれば分かることを言われて思わず黙ってしまう。

 それだけ今の咲希に元気がなく、いつもの状態と落差があることを咲希自身が痛感していた。

 

「よかったら、少し話していかない?」

 

 優しい言葉に咲希は今までのことをポツリポツリと口にし始める。

 

 

 

「……だから、全部アタシが悪かったんです」

 

 気づいたらルカには今までのことを全部喋っていた。

 

「みんなで天文台に行きたいなんて言い出して。勝手に無茶して、風邪ひいて、迷惑かけちゃって……」

 

 自分のわがままが悪かったことなんてとっくに分かっていた。

 天文台に行きたいと言い出したことも、自分自身のキャパシティを考えず無茶したことも、それがたたって風邪をひいたことも。

 想が口酸っぱく言っていた「自己管理」。それがまったくできていなかった。

 

「だから、アタシのせいなんです」

 

 それで倒れかけてみんなに迷惑をかけたなんて世話が無い。

 ほとほと自分自身に呆れかえるばかりだ。

 

「咲希は、どうしてそんなに無茶をしたの?」

 

 ずっと咲希の懺悔じみた独白を黙って聞いていたルカからの質問。

 

「志歩が言うように、一緒に天文台に行くチャンスはいくらでもあったのに」

「それは……」

 

 思い返すのはずっと一人だった時間。

 入院していたころの記憶。

 家族がお見舞いに来てくれる時もあった、一歌も頑張って顔を見せてくれた、想が時間を捻出してくれていた。

 それでもそのひと時よりも、一人でいる時間の方が圧倒的に長く。

 

「ずっと欲しかった時間だったから……」

 

 その孤独から抜け出した『今』がとても大事だった。

 

 

 

─────

 

 

 

「それじゃいってきまーす」

 

 少し急ぎながら靴を履いて玄関を出ようとする。

 

「ごめんねー、咲希ちゃんのお見舞い早く行きたかったでしょ」

「気にしない。どっちも大事」

 

 見送りがてらに顔を覗かせていた廻に謝られたが、想は気にしていないという素振りで手を振って玄関を出た。

 咲希の家まではあまり離れてないので歩きですぐにつく。

 それでもちょっと急いでいたのには理由がある。

 前日に咲希のお見舞いに一緒に行かないかと一歌から電話があって。

 

『どうしても、一緒には行けない?』

『ちょっと難しいかな。ちょうどさっき両親ともに朝にご帰還なさるとの電話が来たので』

 

 一歌から電話がくる直前に両親からも電話があり、次の日の朝には帰れるとの一報があった。

 それ自体は普段家を空けがちな両親が帰ってくると言う事で姉の廻と一緒に喜んで、明日は出迎えようなんて話になっていたのだが。

 間が悪いとはこのこと。

 その直後に一歌からのお誘い。

 一歌からはできる限り一緒に咲希のお見舞いに行こうと拝まれるが、先約が先約である。

 

『なるべく早くそっちに顔出すから、多分お見舞いしてる間に合流できるはず』

 

 両親の出迎えを蹴ってまで、お見舞いのほうを優先することはできなかった。

 咲希のお見舞い自体はすぐに向かうことはできるし、咲希の調子が優れないなら顔を見せるだけになる可能性もある。

 そうなると普段顔を合わすことの少ない両親の出迎えを優先せざる得ない。

 

『うん、分かった。できれば、四人一緒に行きたかったけど……』

 

 そんな言葉を聞いて一歌との電話を終えた。

 一歌が一緒に行こう、とこだわっていた理由。それは咲希が寂しがっていると考えたから。

 そんな理由で、と思われるかもしれない。

 でも、入院していた時咲希が一人でいた時間は想像よりもずっとつからったはず。

 だから想もできるなら幼馴染一同で顔を出して安心させてあげたかった。

 歯がゆいとは思う。

 それでも天秤にかけた結果、想はお見舞いを後回しにすることにした。

 幼馴染がいる間に合流できればいいやという考えもあったし、どこか自分がいなくてもいいやと思っていたこともある。

 この悪い考えはまだ直らないな、とぼんやり考えているとすぐに天馬家へとついた。

 呼び鈴を鳴らすとしばらくして、

 

「想、よく来たな! 一歌たちはもう来ているぞ!」

 

 玄関を盛大に開けて司が出迎えてくれた。

 相変わらずの大袈裟っぷりに半目になりつつ想も家に上がる。

 

「しかし一歌たちと一緒に来なかったのは何か用事があったのか?」

「ああ、ちょっと今朝両親が帰ってきたからね。姉さんと一緒に迎える準備してた」

「なるほど!」

 

 簡単な説明に司はすぐに頷いて納得した。

 天馬家は当然想の家の事情も把握済みである。

 

「それでは俺は部屋にいるから何かあったら呼ぶといい!」

 

 ハハハ、と高笑いを残して司は家の奥へと向かっていった。

 咲希の部屋の位置は想には分かっているし、すぐに部屋に引っ込んだのはあんな様子ながら幼馴染だけにしておこうという司なりの気遣いなのだろう。

 

「おーい、やってきたぞー」

 

 部屋をノックしながら声をかけるが返事はない。

 おかしいと首を捻ってもう一度ノック。

 返ってくるのはシーンとした無音。

 

「……開けるぞ」

 

 神妙にドアを開き中を覗くとそこはもぬけの殻。

 すぐさま部屋に体を滑り込ませてドアを閉める。

 一面を見回しても隠れられるような場所は無い。

 先程の司とのやり取りで部屋の外に出ている様子もないことは分かる。

 ならば、

 

「『セカイ』か」

 

 はぁ、と想は大きく溜息を吐く。

 幼馴染たちがどういう順序で『セカイ』に向かったかは分からないが四人とももう少し後も考えてほしい。

 誰もいない部屋を見た瞬間には想としても流石に肝が冷えた。

 この光景を見たのが司でなくて良かったと思うべきか。

 追いかけて『セカイ』に行きたいが、それより先にやることがある。

 スマホを取り出して電話をかける。

 

「もしもし、類? 今何やってる」

 

 電話をかけた先は類。せっつくように話を切り出すと電話口からはいつも通りの口調が返ってきた。

 

『おや、想くん。どうやら喫緊の用事っぽいけど、僕は今部屋で発明中なんて言えばカッコいいかな』

「そりゃ重畳。今度昼飯なりなんなり奢るから、今から司をそっちでしばらく引きつけておいてほしい」

『ふむふむ、その端的な要求は実に想くんらしい。訳は話してくれないのだろうけど、わざわざ僕に電話しての頼み事だ引き受けようじゃないか』

「助かる」

『なに、ちょうどいい思い付きがあったところでね。司くんには実験──ではなく実演してもらおうかな』

 

 そんな怪しい裏取引を終えて電話を切った。

 ひとまず司を家から離さないと部屋を見られる可能性がある。そのための手っ取り早い手段として類の力を借りること。

 司が謎の実験に付き合わされるがそれに関しては想の知る由ではない。

 そして電話を切ってすぐに慌ただしい足音が聞こえる。

 

「司、なにうるさくしてるの」

 

 素知らぬ顔で咲希の部屋から出てきて廊下にいる司に声をかけた。

 

「おお、想ちょうどいい! ちょっと類に呼び出されてな、今から少し出かけてくるが留守を任せられるか?」

「それくらいなら、咲希も大人しくしてるし頼まれよう」

「うむ助かる! では、留守と咲希を頼んだぞ!」

 

 慌ただしく去っていく司を手を振りながら見送る。

 家の留守を任せられるだけの信頼をこうして偽装工作に使うのは少しだけ心苦しくもあるが、誰もいない部屋をもしも見られては事だ。

 そうして咲希の部屋に戻ってドアを閉めてからスマホを取り出す。

 

「まったく皆して何やってるんだか……」

 

 

 

 『教室のセカイ』に想がやってくると見慣れたいつもの教室が出迎えてくれる。

 しかし、そこには人っ子一人もいないもぬけの殻。

 一日で二回も人がいない部屋に出迎えられるのは貴重な体験か。

 そんなくだらないことを考えつつ想はひとまず教室を出る。

 

「……全員がいるところ、か」

 

 幼馴染が四人一緒にいると仮定するならばこの『セカイ』でいるところは限られる。

 優先度の低い場所を除外すると自ずと一つの場所が思い浮かんだ。

 

「やっぱ屋上か」

 

 未開拓の場所も多く、四人で一緒にいることを考えるならば一番可能性が高いのは屋上になる。

 やれやれと肩を竦めて想は歩き始めた。

 いつぞやのように廊下を走るようなことはしない。

 急いでいないわけではないが、そこまで差し迫った状況というわけでもない。

 もちろん司が家に戻ってくるまでに四人を連れ戻さないといけないわけだが、それなら歩きでも十分間に合うだろう。

 そんな風にどちらかと言えばのんきに屋上に向かう階段を上っていく。

 するとちょうど出口の付近に一人、屋上の様子を覗き見していた。

 

「ミク?」

 

 特徴的なツインの髪型をした少女は見間違いようがない。

 

「あ、想……」

 

 屋上に出ないで何を覗き見るような真似をしているのかと想は不審そうな顔をする。

 ミクは気まずそうな表情をするが、ここで何をと問い詰めるのは後。

 ミクが様子を窺っているなら屋上に幼馴染がいることは間違いない。

 それならばさっさと合流して連れ戻す。

 司もいつ帰ってくるか分かったものじゃないからな、なんてことを考えて想は屋上に出ようとして、

 

「…………」

 

 足を止めた。

 屋上への出口、そこから見える光景。

 幼馴染四人が集まって、それを見守るルカの姿。

 例えばドラマだったなら、心温まる感動的なシーンとして流れているかもしれない。

 

 

 

 そんな光景を見て、想は屋上へ足を踏み入れることができなくなった。




咲希ちゃんのパートが多くなってしまいましたが、ここを描いておかないと繋がらなくなりそうだったので。

二十話を越えた物語もいよいよ終わりが近づいてきました。もう少しお付き合いください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。