『天空の明星』   作:みなつき

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『第二十三話』

「絶対またみんなで星を見るんだーって思ったら、嫌な検査もがんばれたんです」

 

 咲希がルカに話すのは辛い記憶だ。

 病院でも悪い思い出ばかりじゃない。それでも辛いことの方が多くて。

 

「でも……それでもやっぱり、急に怖くなっちゃう時があって……」

 

 そんな辛い時でも幼馴染の事を想うと頑張れた。

 だけど、そのか細い糸は唐突に途切れそうになる。

 

「……なんて言えばいいんだろう。どんどん……消えていっちゃう気がして」

 

 暗闇の中皆の背中をただただ追いかけるような不安感。

 

「消えていく? 何が消えていくの?」

「……みんなとの時間が」

「時間……」

 

 ぽつりと呟いたルカの言葉に咲希はこくりと頷く。

 

「本当なら今頃一緒に授業を受けてるはずなのに、とか。修学旅行で、夜中に一緒におしゃべりしてるはずなのに、とか」

 

 過ぎてしまった時間は取り戻せない。

 そして咲希の中学時代はその取り戻せない時間だ。

 ほとんどを入院生活で過ごし、学校に行って当たり前のように過ごすことなんてできなかった時間。

 

「本当はみんなと過ごせるはずだった時間が何もできずに、どんどん過ぎていって」

 

 ほとんど嗚咽混じりに咲希は独白を続ける。

 

「──消えていっちゃう気がしたんです」

 

 過ぎ去った時間ではない。

 人と人との繋がり。

 繋がりの糸がいつかプツリと切れてしまわないか。それが不安で。

 

「これまで過ごした時間も、一緒に消えていっちゃうように思えて……」

 

 実際、咲希が復学して『Leo/need』を結成するまでは幼馴染の関係は非常に危うくって。

 本当に幼い時一緒に過ごした時間も消えてしまうんじゃないかと。

 

「それが……怖くて……」

 

 不安で不安で仕方がなかった。

 だから、

 

「今度は消えないようにしないとって思ったんです」

 

 細い糸での繋がりじゃない、しっかりと自分の手でその繋がりを握っていたかった。

 

「みんなとの時間を、ちゃんとなくならないように形にしなくちゃって」

 

 必死に抱え込んでぎゅーっとして消えてしまわないように逃げてしまわないように。

 

「でも、そのせいで無茶して、みんなを心配させちゃって……」

 

 その必死になった結果が今の有様。

 自分自身を省みずに走って、走って、倒れこんでしまった。

 そんなに頑張らなくても、今更みんながどこかに行くはずないのに。

 そんなこと分かっていたのに頑張らずにはいられなかった。

 

「アタシ本当に……バカだなぁ……」

 

 ああ、今ここにいない彼に「バカ」って叱ってほしい気持ち。

 いつもみたいな軽口で、そんな風に叱られたのなら燻った想いもどこか晴れると思ってしまう。

 

「──きっとそれは、焦ってしまっただけよ」

 

 だけど目の前にいるルカからは叱られるわけでもなく、優しく諭すような言葉が投げかけられる。

 

「え?」

「失ったものを、手に入れたいと強く願う。それは当たり前のことよ」

 

 当たり前……?

 自分ががむしゃらに追い求めたものは本当に当たり前のこと?

 

「咲希はただ、そう思うあまり焦ってしまっただけ」

 

 ルカの手が優しく咲希の頬に触れる。

 

「だから、次はゆっくり進んで行けば大丈夫じゃないかしら?」

「……そうなのかな」

 

 ルカの優しい言葉は間違ってないのだと思う。

 それでもすぐには頷けなかった。

 

「私はそんな気がしたわ」

 

 そう言うとルカはくるりと翻り咲希とは別の方向を向く。

 

「みんなもそう思ってるんじゃないかしら。ね? 一歌、穂波、志歩」

「えっ?」

 

 ルカが視線を向けた先には幼馴染の三人がいた。

 思わず咲希は目を瞠る。

 

「え!? みんな、なんで……!」

 

 先程までルカに話して、繋がりを求めていた相手が目の前にいる。

 誰にも言わず『セカイ』に来たのもあって、ここに来るとは思いもしなかったから咲希としては驚くしかない。

 

「お見舞い行ったら、部屋に先がいなかったから、一歌がこっちにいるんじゃないかって」

 

 ぶっきらぼうに志歩が事の経緯を説明してくれて、咲希としてはやってしまったという気持ちだ。

 咲希がいない部屋を見た三人はそれは驚いただろう。

 

「ちゃんと寝てなきゃダメでしょ。ばか咲希」

「ご、ごめ……!」

「ごめん」

 

 バッと志歩に頭を下げて謝ろうとした瞬間、先に志歩から謝られた。

 

「え……?」

 

 謝られる謂れなんてなくて思わず咲希は目をパチクリさせる。

 

「咲希の気持ちも知らないで、酷いこと言って、本当にごめん」

 

 もう一度志歩は謝罪の言葉を口にした。

 

「前……私が無理させたせいで、咲希が一週間も寝込んだ」

 

 志歩をバンドに誘うための時の事。

 少し言いづらそうに志歩は言葉を続ける。

 

「今回だって、ルカさんに咲希の様子がおかしいって教えてもらったのに、また気が付けなくて……何もできなかった」

 

 小さく志歩は息を吐く。

 

「友達なのにいっつも肝心なところで気づけないって思ったら、自分に腹が立って……咲希に、酷いこと言って……」

 

 どこか自嘲するような言葉。

 志歩も複雑な想いを抱えていたのだろう。

 

「本当に、ごめん……」

「しほちゃんは全然悪くないよ! アタシが全部……」

 

 志歩に頭を上げられて、逆に咲希が慌ててしまう。

 本当に志歩は何も悪くない。むしろそんなに心配をかけて、気遣ってもらっていたのに。

 

「ううん、咲希ちゃんのせいじゃないよ。わたしも、全然気づけなかった。ちょっと考えれば、わかることだったのに」

 

 咲希の言葉を遮ったのは穂波だった。

 申し訳なさそうな顔をして穂波も頭を下げる。

 

「ごめんね、咲希ちゃん……想くんにも顔向けできないかも」

「ほなちゃん……」

 

 ああ、こんなにも二人は自分を心配してくれていたのに。

 恥ずかしくって穴があったら入りたいくらいの気持ちだ。

 

「……咲希」

 

 名前を呼ばれて振り向くと一歌が真剣な表情で咲希を見つめている。

 

「これからゆっくり作っていこうよ。みんなとの時間。ルカの言う通り、焦らなくて大丈夫だよ」

 

 しっかりとした一歌の言葉。

 その言葉は咲希の胸にすっと入ってくる。

 

「だってこれから私達は──ずっと一緒にいるんだから」

「いっちゃん……」

 

 なんて頼もしいんだろう。

 一歌だけじゃない、志歩も穂波も。こんなにも自分を想ってくれる人たちがいて自分はなんてバカだっただろうか。

 

「うん……。うん……! ありがとう、みんな……」

 

 だからこそ咲希にできるのは精一杯、一歌の言葉に対して頷くこと。

 ずっと一緒にいる、この言葉が嘘にならないと確信できるから。

 ああ、でも──

 

「ごめん」

 

 精一杯頷いた後に、咲希の口からポツリと出た言葉。

 その言葉に三人はキョトンとしている。

 

「──まだ、まだ足りない」

 

 目から零れた大粒の涙を拭って咲希は力強く顔を上げた。

 

 

 

─────

 

 

 

 ドラマだったら、いい感じのBGMとか流れてるんだろうなぁ。

 そんな風に暢気なことを考えてしまう。まるで他人事のように。

 

「仲直り、って喧嘩してたわけじゃないけど、皆が一緒になれて良かったよね」

 

 隣にいるミクが微笑ましそうに話しかけてくる。

 

「ま、ああいう風に自分の気持ち吐き出すことも大事ってことだな」

「……想は?」

 

 矛先が向いて、想は一瞬眉を顰める。

 

「あんなところに割って入るほど空気読めてないわけじゃない」

 

 答えになってない返答。

 ミクが何かを言おうとしたのを想は手で制する。

 纏まりかけてる空気をぶち壊すような真似はできない。

 ──そんなことただの言い訳。

 

「先に帰る」

「想!?」

 

 目の前の光景が眩しくって、目を逸らすように想は踵を返そうとして──

 

「──イア?」

「…………」

 

 振り返った先には白の少女。

 相変わらず無感情な表情からは何を考えているのか読み取れない。

 だが、想が帰るのを阻止するように立ちふさがっている。

 どうするかと思考を巡らせようとした瞬間、

 

「っ!?」

 

 背中を押された。物理的に。

 正確には背中ではないが、イアの突き出した手によって想は屋上に躍り出ることになる。

 

「何して──」

「時間だよ、想。もう皆待ってくれないから」

 

 文句を言おうとして見たイアは微笑んでいて。

 何をそんな穏やかな表情しているんだと怒りたくなった、が。

 

 

 

「ソウ!!」

 

 

 

 自分を呼ぶ声に想は振り返る。

 そこにはパジャマ姿のまま、履物はスリッパ。いつもは結っている髪がおろされた状態で揺れて。

 

「──っ」

 

 その姿を認めた瞬間、想は駆け出していた。

 ごちゃごちゃした感情は一瞬で投げ捨てていた。

 そうして、

 

「あっ」

 

 案の定、その人は足をもつれさせて転びそうになる。

 が、想はその直前に間に合ってなんとか受け止めることに成功した。

 

「バカ咲希! 自分の状態考えろ!」

 

 冷静さを欠いて感情のまま相手に怒鳴りつける。

 

「ごめん……」

「いや、こっちこそ怒鳴って悪かった……」

 

 腕の中にいる咲希に謝られて、想もバツが悪くなる。

 流石に怒鳴りつけるのはいくらなんでも冷静さを欠きすぎていた。色々な感情でごちゃごちゃになっていたのを差し引いても我ながら無い。

 

「えへへ」

 

 そんな反省を心の中でしていると何故か咲希は笑っていた。

 

「なに、笑ってるの」

「ソウに怒られるのなんて久しぶりだから」

「そこで笑う?」

「怒ってくれるのはアタシの事ちゃんと見てくれてるってことだから」

 

 その咲希の言葉に思わず一瞬息が詰まりそうになる。

 そんな純粋な気持ちを向けられると居心地が悪くなるから。

 

「……なんで走ったんだ。まだ風邪治ってない状態で、スリッパで走るのなんて危ないだろ」

 

 そんな居心地の悪さを隠すように、走った理由を問いただす。

 少なくとも想の姿を見かけたからって走る必要性なんてなかった。

 

「だって……」

 

 受け止められた態勢のまま咲希は想の服を掴む。その掴んだ手はかすかに震えていた。

 

「だってソウがいなくなって、ソウが一人ぼっちになっちゃうと思ったから」

「……一人ぼっちだなんて、大袈裟な──」

 

 そう言って誤魔化そうとして、無理だと悟った。

 咲希が必死に泣かないように我慢して、想をまっすぐに見つめている。

 嗚呼、とっくに気づかれていて、この瞳を誤魔化すのはもう無理だ。

 イアが時間だと言った意味を悟る。

 咲希の中で心の整理がついてしまった。その事がタイムリミットだったのだと。

 

「俺は……『Leo/need』にいていいのか……?」

 

 だから、想は素直に今までずっとごちゃごちゃ考えていた──それでいって至極単純な疑問を口に出す。

 

「バカ!!」

 

 そうして帰ってきた言葉は罵倒だった。

 流石にその返しは酷いな、と肩の力が抜ける。この罵倒が否定を意味しているわけではないと分かるから。

 

「ソウがいてもいいに決まってるでしょ! むしろソウがいなかったら『Leo/need』じゃない!!」

 

 バカ、バカとぽかぽかと想を叩く咲希。

 その頭を想はそっと撫でる。

 

「悪かった。こんな当たり前のこと訊いて。でも、それでも確かめるのは怖かったんだ」

「……やっぱりバカだよ」

「まったく何回言うんだ」

 

 でも、咲希の言う通りバカな自覚はある。

 わざわざ確かめなくても『Leo/need』に居場所はあるって、皆が自分を受け入れてくれるって分かっていて。

 それでも自分はどこか異質で違うものだと勝手に決めつけて、どこか違うこところに行こうとしていた。

 まるであまのじゃくみたいに自分の心とは正反対の行動をしていた。

 

「大体『誰と一緒にいるかは自分で決める』。そんな風に言ったのは想じゃなかったっけ?」

 

 慰めるように想が咲希の頭を撫でていると、呆れた口調で言葉を投げかけられる。

 

「志歩……」

「私をその言葉で引き込んでおいて、自分だけ一抜けしようだなんてそんなの絶対に許さないから」

 

 強い言葉とは裏腹に優しさが滲んでいて、やっぱり志歩はなんだかんだで甘いと想は苦笑した。

 

「それに想くんは傍にいてくれるって言ってくれたよね?」

「う……」

 

 志歩とは正反対に優しい笑みを浮かべながらしっかりとした強い意思を見せる穂波。

 確かにそれだけ言って反故にしたのならかなり最低になるな、と今更反省。

 

「最初から想は一緒だったから、改めて言葉にはしなかった。でも──」

 

 しっかりと想を見据える一歌。その真剣な眼差しから顔を逸らすことはできない。

 

「みんなずっと一緒だって想いは変わらない。だから、想も一緒にいてほしい」

「うん……」

 

 一歌の言葉はまさに自分が欲していた言葉そのもので。

 こんなことをわざわざ言わせてしまった自分が恥ずかしいくらい。

 まったく一歌がこんなにカッコいいなんてこっちが形無しだ。

 

「あー! ソウが泣いてるー!」

「鬼の目にも涙ってのはこういうことを言うのかもね」

 

 零れた涙をさっそく茶化してくる咲希と志歩。

 

「あーもう、ちょっと泣いたくらいで大袈裟な」

 

 さっと涙を拭えばもう溢れることはない。

 それでも涙が出るくらい嬉しかったのだ。咲希の、志歩の、穂波の、一歌の言葉が、想いが。

 

「想も自分の気持ちに嘘はつかなくってすんだのね」

 

 いつの間にかルカとミクと、そしてイアも周りを囲んでいた。

 

「その節はお世話になりまして……」

「私が、功労賞」

 

 想がルカに頭を下げた瞬間、ブイサインをしながら視界にイアが入ってくる。

 

「はいはいお世話様でした」

「なんか雑」

 

 強引に視界に割って入ってくるイアの顔をのける。

 

「でも実際、イアには世話になったよ。ありがとう」

「ブイ」

「イアってば本当にこういうところ自慢げだよね」

 

 苦笑したミクに想も同意する。

 無表情の割には自己表現が結構強い。

 

「って、イアちゃんがいるー!?」

「ああ、本当にイアもいるんだ……」

 

 大袈裟なリアクションをする咲希と感動のあまり卒倒しそうな一歌。

 さっきまでシリアスしていたはずなのに急に騒がしくなって。

 

「なんていうかいつも通りって感じ」

「でも、そのいつも通りが大切なんだよね」

 

 ふふ、と笑みを零す穂波の言葉に想も頷く。

 本当にこの『いつも通り』なのが大切で、大切だからこそさっきまで想は迷っていた。

 でも今はもう迷わない。

 迷わないための言葉を貰ったから。

 

「それより、咲希、風邪は大丈夫なの? そんな格好じゃ余計酷くなるでしょ」

「あ、そうだった……まだちょっとだけ熱あるし、もう戻らなくちゃ」

 

 そんないつもの光景を見ながら志歩が当然の疑問を口にし、咲希も今思い出したかのように自分の体調を確認する。

 

「って、本来の目的忘れてた。早く戻らないと司帰ってきちゃうかもしれないし」

「え、お兄ちゃんがどうかしたの?」

「俺が部屋に行った時はもぬけの殻で、この部屋をもし司が見たらマズイと思って一旦家から離しておいた。お前らもう少し考えて動きなよ」

「うわー、ごめんソウ! ありがとう!!」

「そうだよね。私たちも後の事全然考えてなかったね……」

 

 想の説明に拝むように手を合わせる咲希に、ちょっと困ったような顔をする穂波。

 

「咲希、今回は残念だったけど天文台は、また今度開放される日に行こうよ」

「そうだね。結構先になっちゃうけど、しょうがないかぁ……」

「ま、もしかしたら急に開放されるとかもあるかもしれないから逐一チェック入れておくよ」

 

 改めてという一歌の言葉にしょげた様子を見せる咲希。

 そんな咲希の頭を想はポンポンと軽く叩く。

 

「次行く時は、晴れるといいね」

「そうだね。ここの空くらい晴れてたら、星もよく見られるね」

 

 一歌の言葉で想もこの『セカイ』の空を見上げる。

 今は黄昏色をしているが、雲が殆ど見えないほど空は澄み渡っていた。

 

「ここの空くらい……」

 

 そんな空を見て穂波がポツリと呟き。

 

「ねえみんな、ちょっと思いついたんだけど……こんなのどうかな?」




次回で『翳る曇り空に、一番星を』完結になります。
それに伴い、本作『天空の明星』も一旦終了となりますが、詳しいことは最終回後のあとがきにて。
一本、本作の設定についても語ったものを投稿いたしますのでお暇な方はどうぞ。

今回の話がクリスマスに投稿できるのは完全に偶然ながらいい感じになったと思ってます。
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