神山高校の屋上にて。
今はまだ授業が終わっていない時間に想はそこでスマホから音楽を流しながら黄昏ていた。
誰にでもアンニュイな気持ちに耽ることはあるだろう。
今、栗空想はその状態でただただ何も考えずプレイリストからランダムに流れる音楽を聴いていた。
授業をサボっていることに関しては目を瞑る。
最も頻繁では無いがたまにサボる程度の不良少年なのが想だ。今更ではある。
風紀委員から小言を言われることに関しては今は考えない。
ただアンニュイに浸っていた理由は明確にあった。
昨日から考え続けていたこと。
日野森志歩と望月穂波の二人にどうやってアプローチをかけたものか。
まずは一歌から話を聞いたものだとしても、そこから先の展望があまり思い浮かばなかった。
相手はずっと会ってない女子。女子校にいるのも展望の無さに拍車をかける。
気軽に会えないんだよなぁ、とそれが想がアンニュイになりながら授業をサボっていたワケ。
会って話すことができなければ、事情を聴いたとしても何もできない。
そんなことを思うと更に憂鬱になれる。
二人の気持ちが分かればなぁと口に出ないぼやき。
そこに、
「アレ、先客がいた」
屋上へ繋がる扉が開き一人の人物が顔を覗かせる。
「なんか珍しいモノ見た気分」
「こっちははぐれなメタルに会った気分」
一旦音楽を止め、想は屋上にやってきた人物を眺める。
暁山瑞希、髪をサイドに纏めたその人物は興味深そうに想を見ていた。
「ボクってばそんなにエンカウント率低いっけ?」
「学校ではね。たまに見かけて、すぐいなくなる様はまさにソレだろう」
その例えが面白かったのか瑞希はクスクスと笑っている。
そんな瑞希の様子に想はやれやれとため息を吐いた。
なんだかんだで付き合いがある相手だが、今回は微妙にタイミングが悪い。
「しっかし想ってば授業サボって、不良だね?」
「うわーお前さんにだけは言われたくない」
先も言ったように学校で見かけること自体が珍しいのが瑞希だ。
授業をサボって不良だという謂れはあるが、お前が言うなの筆頭の人物に言われれば思わず嘆きたくもなる。
「ま、でも今更珍しいもんでもないだろ」
想がサボって屋上にいる姿を瑞希は何度か目撃している。
で、あるならば先程の瑞希の「珍しいモノ」という発言はどこかおかしい。
「んー、やっぱ珍しいかな」
「……何が?」
ぐいっと顔を近づけてくる瑞希に想は一歩足を引いた。
「想が悩んでる姿、今までもなーんか悩んでたけど今は違う」
瑞希の指摘に想は思わず口をへの字にする。
鋭い、と思う。
そもそも想が屋上に来るようなときは何か悩んでるとき。
そしてそれは今までは入院していた咲希の力になれないことの無力さからのもの。
でも今は違う。
「ま、今までとは違う悩み抱え込んでるってのが珍しかっただけだから気にしないで」
そう言って瑞希は翻る。
そこまで言っておいて深く追及はしない。
間合いが分かっていると言えばそうであるし、今まではそれで良かった。
ただ、
「そこまで突っついたならちょっとくらい愚痴を聞いてけ」
「……まぁいいけど」
想の言葉に瑞希は一瞬瞠ったが、すぐにその顔を元に戻し屋上の柵を背にもたれかかる。
たまたま、本当にたまたまそこにいた瑞希に愚痴を吐き出したくなった。
「年頃の女子って難しいなぁ」
次に想の口から出た言葉に瑞希は口を半開きにしてポカーンとしていた。
流石にこんな言葉が飛び出るとは思っていなかっただろう。
「──ソレ、ボクに言う?」
「心配せんでも他意は無い。ただただ最近実感したコトなだけ」
そっかー、と投げやり気味に納得した様子の瑞希。
「しかし何? 恋人でもできたの?」
瑞希の言葉に想は思わず呆気にとられる。
だが、先程の言葉は客観的に見れば恋人とかの近しい女性関係に悩んでるものでしかない。
「いや、そんな鮮烈なモノができてたらしばらく有頂天だわ」
「じゃあなんでそんな思春期の女子に手を焼く男親みたいな愚痴を零してるワケ」
次に出てくる例えは男親ときた。
恋人ができたよりは近いか、と想も若干投げやり。
「別に、ただ久しく会ってない女友達の気持ちが全然分からんってだけ」
さすがに子細は話せないが、愚痴を零した手前これくらいの情報は出したものだ。
「分かるわけないじゃん。会ってないんだから、会って話さなきゃ」
「正、論」
真顔で瑞希に言われて想は思わず片手で顔を覆う。
改めて言われると随分益体もないことに悩んでいたように思える。
とはいえそれはそれで会う方法が無い問題に直面するが、こうまでバッサリ切られれば少しは腹が決まるというもの。
「まだちゃんと解決したってワケじゃなさそうだけど、想にお悩み相談されるなんて貴重な経験だ」
「有難がっとけ、滅多にせんわこんなこと」
誰かに愚痴を零したのなんて随分と久しい。
身内にだって滅多に零しはしないのに、今回瑞希を愚痴に付き合わせたのはその独特な距離感ゆえか。
想がそんなことを考えていると瑞希は役目は終わったと言わんばかりにその場を離れようとする。
「俺の方が出ようか。もうそろそろ帰る準備するとこだったし」
既に時間としては授業も終わり、生徒は部活や下校の支度をしている頃合いだ。
瑞希はあまり人がいるところにいたくないだろうという心遣いだったが、
「いーよ、別に。ボクははぐれみたいにささっと出ちゃうし」
そんな事を言って瑞希はそそくさと屋上から去っていく。
気遣われたのは自分のほうか、と想は自嘲した。
ならお言葉に甘えて、もう少し屋上の時間を満喫させてもらうとしよう。
咲希を迎えに行く予定だったがまだ時間もあるし、と今まで音楽を止めていたスマホのプレイリストを見た。
「ん……?」
プレイリストの中には見慣れないタイトル。
『Untitled』
「こんな題名のない音楽会みたいなタイトルインストールしたっけな」
想の記憶にはこの『Untitled』をインストールした覚えは無い。
しかしアルバムとかの曲を雑多に突っ込んだ時に入れた可能性はある。
何故この曲が目に付いたのか、まるで何かに惹かれるように想は『Untitled』を再生した。
瞬間、スマホの画面から激しい光が放たれる。
想は思わず目を瞑り──。
次に目を開くと見慣れない廊下に立っていた。
「は?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。
今まで屋上にいたし、移動した覚えは無い。
なのに今いるところはどこかの学校の廊下。少なくとも自校である神山高校ではないのは確かだ。
まず疑うは夢であること。
とりあえず定番の頬を抓るという行為。
しっかりと痛い。
夢と判断するのに痛みを与えるのは判断として適切ではないという説もあるが、少なくともこの鋭敏な痛みは現実のものと思わせる。
明晰夢というものも存在する。
殆どリアルに近い感覚で夢の中を自由に動けるという夢だ。
とはいえこれも違うだろう。明晰夢は夢という認識がある前提で、想はこの実感を夢だと認識していない。
あるいは幻覚。
先程の激しい明滅によってポリゴンショックじみた事態を引き起こし、幻覚を見ている説。
夢より現実味が無いと想は否定。
「全ての可能性を消去して、最後に残ったものがいくら奇妙な物でもそれが真実ってか……」
とある名探偵の言葉ではあるが、今のところ消去法で可能性を潰していけば想が体験していることは現実であるということになる。
一旦大きく息を吐く。
現実、と認識したのならば次は行動だ。
迷ったらその場を動かないのは鉄則だが、残念ながらそれは救助が望める場合に限る。
ついに異世界転生しちゃったかーいやこの場合は異世界転移か、などと暢気なことを考えながら手近な教室の扉に手をかけた。
幸い、何の問題もなく扉はスライドする。
ガラッと開いたその先の教室には机と椅子が並べられているのと一人の少女。
「あ、想が一番乗りだね」
その少女には想も見覚えがある。
サブカルチャーに触れている人間なら結構な頻度で目にする電脳の歌姫。
「……初音、ミク?」
バーチャルシンガーの初音ミク。
普段目にする彼女とは些か格好が違うが、その少女が初音ミクであることは確信できた。
「うん、そうだよ。私はミク」
「わぁ……」
目をパチクリ。一度二度まばたきして三度見。
想の目の前にいる少女がリアルに存在する初音ミクであることは間違いない。
AIを積んだ高度なホログラムという可能性も頭をかすめるが、流石に現代においてここまで高度なものは未だ存在してない。
感動と困惑。
突如知らない廊下に立っていたと思ったら、今度は初音ミクと邂逅とは恐れ入る。
もう一度大きく深呼吸。
「えーと、ミクさん? もしかしてここが何処か分かったりします?」
「ミクでいいよ。ここは『セカイ』だよ」
受け答えもしっかりしており、やはりAIのような挙動は感じない。
「……『セカイ』?」
「そう、『セカイ』」
しかし要領を得なかった
『セカイ』という単語を投げられても想には情報が足りず理解が追いつかない。
「5W1H」
想の突拍子の無い単語にミクはうーんと小さく首を捻る。
その一つ一つの動作も人間味しか感じない。
「うーん、時間は想がさっきまで外にいたのと同じくらいかな。場所は『セカイ』。私はミクだけど、ここに来たのは想自身。目的は皆に『本当の想い』を見つけてもらう事、私はその手伝い」
つらつらとミクは想の疑問へと答えていく。
「何故かは目的と同じ『本当の想い』を見つけてもらいたいから私はそのためにいるからで、どのようにって言われると難しいかな」
「割と無茶振りへのご回答ありがとうございます」
少なくともこのミクがAIやらなんやらかという可能性は想の中で消去した。
その上で朧気ながらどういう場所か理解が進んできた。
ほっ、とミクは安堵した様子を見せる。
「えーと、『皆に本当の想いを見つけてもらう』。これが俺がここに来た意味と考えてもらっても?」
「うん、そうだよー。『セカイ』は想いでできてるからね」
「ははー」
「大体分かったかな?」
「半分くらいの理解と半分くらいの思考放棄」
なんとなくは理解したと言っていい、とはいえ若干投げやりな部分があるのは否めない。
突発的な事態にそろそろ脳がオーバーヒートしている。
「まぁ、一つ言えることは……」
「言えることは?」
「『セカイ』って安直なネーミングどうにかしたほうがいいかなーと」
「私が名付けたわけじゃないからねぇ……」
過負荷気味の脳が結論付けたのは『セカイ』というネーミングについて。
想いでできていると言うが、それで『セカイ』という名前は安直且つ既存の単語と区別がつかない。
「しかし皆って……」
「うん、もうすぐ来るはずだよ」
ミクは想一人とは言わず皆と言った。
そして想いでできた『セカイ』。想いを共有する相手なんてのは限られていて──
ガラリ、と教室の扉が開く。
開いた扉の先にいるのは四人の少女。
「やっと来てくれたんだね。待ちくたびれちゃったよ」
ミクは四人の少女を見据えてそう言う。
一方の想は一瞬だけ目を瞠り、すぐに得心がいった。
なるほど想いでできた世界、と。
「いらっしゃい四人とも」
「よっす」
ミクの挨拶に続いて、想も四人に対して手を軽く上げて応える。
「咲希に、一歌は昨日ぶり。そして──」
咲希と一歌に一瞥やり、残りの二人の少女に目をやる。
「志歩と穂波は随分久しぶりってことになるかな。一歌でも思ったけどあまり面影とか変わらんな」
努めてフランクに二人の幼馴染──日野森志歩と望月穂波へと声をかけた。
「想……」
「想くん……」
二人とも驚いた表情を見せるも、居心地悪そうに想の名前を呟いた後さっと目を逸らす。
これは想像していたより厄介そうだと二人の様子を見て想は内心嘆息。
「なんでソウがミクちゃんと一緒にいるの!?」
微妙に気まずい雰囲気が流れたところに咲希が大仰なリアクションが割って入った。
「なんで、と言われても俺も来たばっかだしな」
咲希の疑問に想は肩を竦める。
ホワイを訊ねられてもそれに対する答えは持ち合わせていない。
「このミクちゃん、映像だよね……?」
恐る恐ると言ったように穂波はミクの様子を確かめている。
「じゃあ握手してみる? ハイ」
穂波の言葉にミクは手近にいた一歌の手を握る。
「え……手……?」
「やっと会えたね、一歌」
一歌は握られた手を開いたり閉じたりして実感を確かめていた。
やがて、その実感が確かになったところで、
「触れる……ミクが、本当にいる……!」
感極まった口調でミクの実在を感じ取っていた。
そう言えば一歌は大の初音ミクフリークだったけと今更想は思い出す。
「ねえ、もしかして夢に出てきたミクなの? 私、聞きたいことがたくさん──」
一歌の言葉からは彼女は既にこのミクと出会っていたことが伺える。
意外──というほどでもない新情報に想が耳を傾けていたところピシャリとした口調で割って入る声があった。
「私も聞きたいことがある。ここは一体、なんなの?」
その声の主は志歩。ちょうどミクと想二人に対して疑問を投げかけている。
こういったドライなところ昔と変わらないなぁとなんとなく思い出しつつ、想は近くにあった椅子に座り手を顔の前で組む。
「ようこそ、我がベルベットルー……」
「ここは『セカイ』だよ」
決め時だと思ってポーズまで取った想は台詞を切ったミクに抗議の視線を向ける。
「ミク……」
「いやぁごめんね。あまりおふざけに付き合ってあげられなさそうで」
想の抗議に対して手を前にして謝るミク。
まぁ確かにあまりふざけているとキレられそうなのが一人いるのでおふざけは程々にしておこうと想は心に留める。
そしてミクは想から四人へ向き直る。
「『セカイ』へようこそ」
それはまるで主が館へ招き入れた客人を迎えるように。
初音ミクは『セカイ』へと辿りついた皆を歓迎した。
瑞希を出すにあたって少し苦心しました。
間に合ったな(最新瑞希イベント前に)
『Leo/need』のメインストーリーをなぞって進んでいくのでここから物語が動き出します。
また、これから本小説の投稿予定は週に二回、水曜日と日曜日の予定になります。
ただしあくまで予定ですので確実に投稿できると約束できるものではありません。