咲希から連絡があり、いつもより遅くなるとのこと。
そのためしばらく想は時間を持て余した。
そして、
「────」
学校の隅にある、倉庫代わりに使われている小さな空き教室で想は歌っていた。
弾いているギターは軽音部からの借り物。お代として軽音部で一曲披露することになったが借りれたので良しとする。
軽音部でそのまま弾けばいいかもしれないが、なんとなく一人で歌いたい気分だった。
機嫌は悪くない。むしろ良いと言える。
志歩と和解し、バンドを組むことになった。
その結果はベストと言ってもいいものだろう。
だが、その先の事思うと少し気が重くなる。
望月穂波。
咲希は話せば分かってくれるかもと期待していたが、果たしてそう上手くいくだろうか。
事情を知っているらしい一歌と志歩が口を重くしていた。
志歩とはまた違った事情を抱えているのだろう。
それだけに、昔からどこか頑固なところがあった穂波だ。そう簡単にいかない予想がたつ。
そんなことを考えてもしょうがないと分かっている。結局まずは話さないといけない。
そのため頭を空っぽにしたくて想は一人で歌っていた。
そこに、
「聞いた声がすると思ったら、やっぱりお前か」
扉を開けて、どこか不機嫌そうな顔をしている男がいた。
東雲彰人。冬弥の友人であり、その縁で想とも交流がある人物。
彰人は普段人の良さそうな顔をして、愛想を振りまいているがそれは外行の面。
ある程度知り合いになると素の顔を露わにして、口調もやや荒っぽくなる。今、想と話しているように。
「ったく、なんでこんなところでギター携えて歌ってんだ」
少し埃っぽいのを邪険そうな顔をしながら彰人は部屋に入ってくる。
「そりゃまぁ、一人で歌いたいからこんなところにいるのよ。というかよく見つけたね」
「別に見つけるつもりもなかったが、ちょっと歩いてれば聞いた歌声がしたからな」
隅っこの目立たない空き教室で弾いていたのだが、所詮ただの空き教室なので当然防音なんかはされていない。
そのため通りがかれば歌には気づくだろう。
「しかし、やっぱもったいねぇ」
どこか値踏みするような目で想を見る彰人。
「……何が?」
「お前だよ。俺たちのチームに入ってくれりゃ、『あの夜』に近づけるかもしんねぇのに」
その論評に思わず想は苦笑する。
彰人は冬弥と『BAD DOGS』というチームを組みとある目標に向かって走っている。
想も一度チームに入ってみないかと誘われたことがあるが、その時は断った。
「言ったでしょ。俺じゃ、『あの夜』を越えたいお前たちとは向いている方向が違うって」
今も評価していくれているのはくすぐったい気持ちになるが、それでも彰人達と組むことはない。
それに、
「俺、バンド組むことにしたから」
「はぁ!?」
想の言葉に彰人は思いっきり眉を顰めた。
「俺の誘い断っておいて、バンドを始めただと!?」
まぁ彰人が声を荒げたくなる気持ちも分からないでもない。
それなりに評価して勧誘していた相手が、いきなり自分とは違う相手と組むなんて話を聞いたら憤りたくもなるだろう。
少々理不尽だが。
「……どんな奴らだ」
「言っておくけど、彰人のお眼鏡には適わないよ」
ストイックに上を目指す彰人からしてみれば今はまだお遊びと言われてもおかしくない。
それでも、
「俺にとっては大事な、宝物のような仲間。だから悪いな」
想は軽く頭を下げる。
その様子に彰人はどこか頭を痛めたような様子を見せた。
「どしたの?」
「いや、お前自分がこっぱずかしい事言ってる自覚あるか?」
「逆に素面じゃなきゃこんなこと言っても信じてもらえんでしょ」
どこぞの司ではあるまいし。
素面で恥ずかしいこと言うにはそれだけ理由くらいはある。
「なんか毒気抜かれたっていうか……まぁいい」
ため息を吐きつつ彰人は想を見て、
「一曲聴かせろ。今日はそれで帰る」
彰人のざっくばらんな要求に思わず想は小さく笑った。
しかしわざわざ聴きたいと言うのだからオーダーには応えよう。
「それじゃ僭越ながら一曲」
ギターを構えなおして、歌う曲名を告げる。
「『M八七』」
─────
咲希から連絡があって、宮女に迎えにいくと校門前では咲希と一緒に一歌と志歩もいた。
今後について話をしようとのことで、四人で手近なファミレスに入る。
そしてドリンクバーで各々の飲み物を持ってきて席に着いたところで志歩が口を開いた。
「まさか本当に想が咲希の迎えを……それだけじゃなく登校も一緒なんだっけ?」
若干呆れたような志歩からの視線を想は向けられる。
「なんていうか献身的だよね、ホント」
「うーん献身的と言われるほどじゃないというか」
想は持ってきたアイスティーを飲みながら首を捻った。
「咲希の望みに俺自身の望みも合致した結果だからやってるだけ、献身と言われるほど慈善じゃない」
「そういうところ。当たり前みたいに言われるとこっちが馬鹿らしくなる」
大仰な溜息を吐いてみせる志歩。
「まぁでもそこが想らしいというか」
「しほちゃんもソウのそんなところ嫌いじゃないんでしょ」
「嫌い……じゃない。でも一言二言当てこすりたくはなる」
一歌と咲希のフォローに志歩は苦い顔。
「当てこすりたくなるて……」
志歩の言い分に想は注文しておいたフライドポテトを口に運びながら遠い目。
今日は彰人にも呆れられていたし、自分の言動が少し変なのではと思い始めてしまう。
「司のせいか……」
「? お兄ちゃんがどうかしたの?」
思わず想が呟いた言葉に兄の名前が出てきて咲希は首を傾げるが、
「それよりようやく四人で練習できるね! 嬉しいなー!」
フライドポテトをつつきながら上機嫌そうな咲希。
志歩と和解してから、体調を崩した咲希は数日休みを取っていた。だから四人で練習を始められるのはこれからだ。
「それで、最初はどこでライブやるの?」
「え? ライブ?」
きょとんとした様子の咲希に想と志歩は訝しげな視線を向ける。
「……もしかして咲希、何も考えないで練習しようって言ってたわけ?」
「そ、そんなことないよ! えーっと、学園祭でライブやったら青春っぽいかも……!?」
「いかにも取ってつけたような理由を……」
咲希の言葉に想としても若干呆れ気味ではあるが、元々バンドを組んだら幼馴染が釣れるかもみたいな発想で始まっている。
そうなるとバンド組んだ後の目的意識が薄いのはしょうがない部分ではあるか。
「しかし文化祭か、こっちの高校はともかくそっちに俺入れる?」
「た、多分? 一応文化祭なら大丈夫なはず」
ぼやいた想の言葉に一歌が答えるが、あまり自信無さげだ。
まぁ女子校とはいえ男子禁制の秘密の花園ってわけでもないから、文化祭に行くことはできるだろう。
バンドメンバーとして参加できるかは別として。
「そう言えば文化祭でバンドと言えばうちはそれなりに面白い催しやってるって聞いたっけ」
「ホント?」
「うろ覚えなんで今度調べとく」
どこか期待した素振りを見せる咲希だが、想自身うろ覚えの知識なので一旦保留。
「……はぁ。ひとまず学園祭を目標にしていいけど、やるからには本気でやるよ」
「えー! 久しぶりに一緒にやるんだし、ちょっとは緩くしてくれてもー……」
咲希から本気の嘆きが聞こえた瞬間想は咲希を軽く小突いた。
ファミレスなので騒音禁止は当然の事。
小突かれて咲希はトーンを落としたが、志歩の本気発言には怯んだまま。
「ダメ。咲希は甘やかすと調子に乗ってずっと甘えるから」
「ううっ……そ、そんなことないし……!」
「最初くらい手加減して徐々に慣らすという方針は?」
「却下。大体一番甘やかす筆頭の想も同じだからね」
想の提案はにべもなく断られた上に手厳しい評価。
「ふふっ。なんか久しぶりに見るな、咲希と志歩、それに想を加えたこの感じ」
三人の様子を眺めていた一歌は微笑む。
はたから見ればじゃれあっているように見えるのだろうか。
「そうだ。志歩のこと、ミク達に報告しにいかない?」
「うん、そうだね! 練習見てもらったし、お礼もいっぱいしなくちゃ!」
「なんやかんやで志歩のことも相談に乗ってもらってたわけだから、ちゃんと礼はしないとな」
一歌の提案に咲希と想も賛成して、積極的になる。
「そっか。練習はあの『セカイ』ってところでミク達とやってたんだっけ」
まだ『セカイ』に馴染みがない志歩はまだ要領を得ていない感じだが、そこまで『セカイ』に否定的なスタンスではない様子。
むしろ結構興味をそそられているような口ぶりだ。
前回訪れた時が訪れた時だけにどうかと思ったが、志歩も十分『セカイ』に馴染めそうではある。
「うん! ミクちゃんとルカさんが色々教えてくれたんだよ!」
楽しそうに『セカイ』での出来事を志歩に伝える咲希。
「あーあ、ほなちゃんも一緒に来られたらよかったのにな~」
「それは……無理だと思う」
それはなんとなしのぼやきだっただろう。
そんな咲希のぼやきに志歩はぴしゃりと無理だと言い放った。
「穂波、中学の時のことまだ引きずってるし」
穂波が幼馴染達を距離を置いている一端を志歩は口に出す。
「中学? しほちゃん、ほなちゃんに何があったか知ってるの?」
「詳しくは知らない。けど、クラスでハブられてたのは知ってる」
ハブられていた、その言葉に咲希は驚きを露わにする。
「え!? は、ハブ!? ほなちゃんはみんなに優しくて友達もたくさんいたのに、どうして……?」
咲希の言う通り穂波は優しい性格だった。
どんな相手に対しても基本的に分け隔てなく接して、対応も優しかった。
小学生の時に密かに男子に人気があったのは余談。
「……知らない。私が話しかけても、気にしないでって言うだけだったし」
「それはまた……」
割と重症かなと想は感じた。
誰とでも仲が良かった穂波だが、幼馴染とはいっとう仲良しではあった。
そんな相手に「気にしないで」の一言で話を打ち切っていたのは相当キツイ。
「……志歩、穂波と話してたの?」
「……ちょっとだけね。落ち込んでるみたいに見えたし……結局、何があったか分からなかったけど」
中学の当時、少しだけ話していたと打ち明けてくれた志歩だが言い方は随分素っ気ない。
多分、本心を打ち明けてくれなかったのに苛立っていたのだろう。
「一歌にもそんな感じだったんじゃない?」
「……」
志歩の問いに一歌は黙ってしまう。その沈黙が肯定を意味していたが。
「とにかく、もう孤立したくないからクラスメイトにべったりくっついて行動してるんじゃないの」
吐き捨ているように志歩は言い放つ。
「志歩、そんな言い方しなくても」
「……だって、昔の穂波はそんなんじゃなかった。誰にでも優しくて、自分の考えも持ってて間違ってることは間違ってるってちゃんと言えた」
「志歩、ここファミレス」
先程、咲希を窘めた時と違って想は言葉で意気が上がっていた志歩を窘める。
しほちゃんひいきーと小声で非難されたが気にしないでおく。志歩相手に小突くのは想としても怖い。
「……今の穂波は違う。クラスメイトの顔色ばかりうかがって自分の事はどっかに置いてきてる」
一応想の諫言は聞こえたのか少しトーンを落として志歩は言葉を続ける。
「そういうの見ると……イライラする」
志歩のその言葉に、一歌は小さく息をのむ。
そして、
「私この間、穂波と少し話したの」
「……ほなちゃん、そうだったんだね……」
「……そんなの、結局逃げてるだけじゃん。私達からも、他の友達からも、全然根本的な解決になってない……!」
同情する咲希と憤りを露わにする志歩。
これまた真っ二つに分かれたなぁと想は若干俯瞰気味。
「まぁ、志歩の言う事は最もだと思う。現状に甘えて、逃げているだけじゃ何の解決にもならない」
「ソウ……っ」
志歩に同調して厳しい口調の想を咲希は小さく睨みつける。
「でも、針の筵は辛いよなぁ」
え、と想の言葉に咲希だけでなく志歩と一歌も目を丸くした。
「……もしかして、ソウも……?」
「んー、一緒って言うと多分穂波に失礼。先に言っておくけど別に俺は当時も気にしてなかったし、今も気にしてないからな」
言外にこれからの話に同情も義憤もいらないと釘を刺す。
「知人に言われたんだよ、中学の時俺は浮いていたって。それとさっきの話を聞いて思い出した」
冬弥に言われた事と穂波の事情を聞いてようやく思い出したこと。
想が中学の時、屋上に逃げていたのは考え事をしていたかっただけじゃない。
「なんていうか視線が刺さるんだ。『なんでこいつはここにいるんだ?』『どこか別の所に行けよ』そんな感じの声が聞こえるようにね」
振り返ると少し苦い。
誰もがそんな風に思っていたわけではないだろう。中には友好的な人もいたかもしれない。
だけど、当事者はそんなことは考えつかない。周りは敵しかいない、だから『針の筵』。
「まぁそれでも俺は恵まれていたよ? 少しは話せる相手がいたし」
想の語りに三人はすっかり消沈してしまっている。
この空気をフォローするように、口調をおどけさせるが効果はない。
「ソウがそんな事になってるの、私全然──」
「はい、ストップ」
パシンと軽い音が鳴って、咲希は額を抑える。
「ちょっとーデコピンってー!?」
デコピンされたことに咲希は抗議の声を上げるが、想は素知らぬふり。
「言ったでしょ。俺は気にしてないって、だから他人が気にするのはごーまん」
傲慢と言う言葉に三人とも押し黙る。
当事者にそこまで言われたら何も言えなくなるだろう。ちょっと卑怯だが。
「それより、俺の話はそういう一例ってだけで今は穂波の話でしょ?」
話を逸らした想自身が言うのはなんだが、まずは話を本筋に戻さないといけない。
「多分想が話したこと、穂波にも当てはまると思う」
一歌が想の話したことを踏まえて、穂波の話に軌道修正する。
「穂波は、怖いんだよ。それに、穂波は優しいから、同じことをしたらまた周りの子に嫌な思いをさせるんじゃないかって、思ってるんじゃないかな……」
一歌の口から聞いた穂波の話ではクラスのリーダー格らしき女子が、他の女子から相談を受けていた穂波に自分の悪口を言っていたのではないかとつっかかった。
誤解を解こうとしても、意味はなく結果周囲からの孤立を招く。
そんな事があっても、周囲を気遣っているとしたら優しいというかお人よしというか。
それでがんじがらめになっていたら世話無いのに、と想は内心ちょっととげとげしくなってしまう。
「だからって、それで一歌や咲希を悲しまて……」
また意気が上がってきた志歩を想はじとーと睨む。
「二度目は言わないよ?」
「……ごめん。どうしても、今の穂波に納得いかなくて」
独立独歩な性格の志歩だ。
現状の穂波に納得いかないのはしょうがないところだろう。幼馴染だというのが余計にそうさせる。
「私だって、穂波の事言えたもんじゃないのにね」
「志歩……」
実際志歩の言っていることはブーメランだと思わないでもない。
ただそれを言及できる人はここにいない。
「ほなちゃんは、昔からすごく優しいもんね」
ふと、思い出したかのように昔を懐かしむように咲希が口を開く。
「しほちゃんの大事な帽子が川に飛んじゃった時とか、服びしょびしょになるのに、すぐ取りに行ってたし!」
「アレ、一応怒ったけどね」
川とはいえ浅いものだったが、それでも幼い頃だと十分危ない。
そんなこと鑑みず、我先に帽子を取りに行ったため戻ってきた穂波を想は怒った。
理屈も理論も伴っていなかったがとにかく怒った。
「まぁそれで怒ってる俺に対しても気をつかってた辺りホント優しかったよ、穂波は」
「……うん、優しいから、つらくなっちゃってるんだね」
昔を思い返していた咲希は一旦目を閉じた。
「アタシ、決めた」
意を決したというように咲希は宣言する。
「ほなちゃんのこと、バンドに誘うのもうやめる」
その宣言は決意のもとにと言うには不安定で、ちょっとつつけばすぐ崩れてしまいそうな。
「え……!?」
「咲希……それ、本気で言ってるの?」
一歌と志歩は信じられないといった様子。
咲希がバンドに誘っていたのは繋がりを取り戻したかったから。
それをやめるということは、穂波との繋がりを断つということに他ならない。
「うん、それがアタシからほなちゃんへの、思いやりってやつかな!」
咲希の声は少し震えている。
「……あはは、自分で言うなーって感じだけど、アタシ……ほなちゃんが苦しくないほうがいいなって思ったの」
確かにここで咲希が引けば、今もなお板挟みになっている穂波の苦しみは軽くなるのかもしれない。
それでいいのか、なんて口を挟みたくなる。だけど無理だ。
「本当は、ほなちゃんをひとりになんてさせないよって、言いたいけど」
声が震えるのを誤魔化すように強気だった口調が段々萎れていく。
「苦しい時傍にいられなかったアタシがそんなこと言うのは……違うなって思って」
そこで咲希は言葉に詰まった。
想はそんな咲希に頭に手を置き、いつものように軽く頭を撫でる。
「……ソウ、こしょぐったいよ」
「こしょぐってんの」
少しだけ手の動きを強める。
「だからそうなるのは不思議じゃない」
薄っすら涙目になっている咲希を指して想はぶっきらぼうに言う。
「…………」
「ごめん……私、そんなつもりじゃなくて、解決できたらって思って……」
少しでも仲直りの手掛かりにならないかと思って話したことが咲希のこんな宣言を引き出すと思っていなかった一歌は動揺していた。
「大丈夫。わかってるよ、いっちゃん」
そんな一歌を気遣うように、責任は一歌にないと咲希は伝える。
「でも、せっかくほなちゃんが今のクラスの子達と仲良くできてるんだもん。そこに突然、幼馴染だからってだけでアタシ達が割って入ったらダメかなって」
咲希の言う事は一側面を捉えれば道理ではある。
だけどそんな道理、自分を誤魔化すための理屈。
そんなことはこの場にいる誰もが分かっていた。
「だから……ほなちゃんの気持ちを大事にしてあげたいな」
そう口結んだところで咲希はパシンと自分の頬を叩く。
「……さて! アタシ達はアタシ達で、練習しなきゃね! ミクちゃん達のところ、行こう!」
─────
ファミレスを出た後、適当に人目が触れないところで『セカイ』へ行った。
志歩の事を話した時はミクもルカも喜んでくれていたが、そこから先の話に踏み込めない空気を感じ取ったのだろう穂波の事は口にしなかった。
咲希は努めて明るく振舞っていたし、志歩も練習にあたって厳しい口調で指導していた。
だけど、あんな話があった後に練習に身が入るわけがない。
全員が全員どこか上の空。
それでも穂波の事に触れるのは禁忌のように、話には一切登らない。
そんな『セカイ』での練習を終えて、帰り道はいつも通り想と咲希の二人で。
しばらくお互いに無言のまま、自転車のタイヤがからからと回る音だけが夜道に響く。
いつもならどっちかが──主に咲希が適当な話題に花を咲かせ退屈することはない。
「……穂波の事」
黙っていても埒が明かないと想が口を開く。
ファミレス以降触れられていなかった穂波の話。
穂波の名前を聞いてビクリと咲希は肩を震わす。
「あんな結論でいいわけないよな」
「……」
断定した想の口調に咲希は無言のまま。
「それでも咲希の決断は、偉いんだと思う」
想にもいつものキレはない。
普段はもっとマシなこと言えただろうと歯噛みする。
「偉いだなんて言わないで……」
ようやく口を開いた咲希の声は震えていた。
「全然、えらくなんてない……だって、あんなこと言ったのにアタシ、まだほなちゃんと一緒にいたい、って思ってる……っ」
嗚咽混じりの言葉。
どちらが先か、二人とも足を止める。
自転車のスタンドを立てて、想は咲希を引っ張って道の端による。
「……誰も見てないから、俺にも見えないから」
想のその言葉に咲希はついに限界が来たかのように想の肩に顔を押し付けた。
もう少し身長が高ければ胸で泣かせてあげられたか、とこんな時に埒の無いことを考える。
肩に顔を押し付けた咲希は、それでも声を押し殺して涙を零した。
こんな時くらい声を上げて泣けばいいのに、と思いつつ癖で咲希の頭に伸びた手を止める。
誰も見ていないんだったなと自戒して、想は咲希が顔を埋めているのを見るしかできない。
鮮やかに解決策を提示することも、目の前で泣いている幼馴染を慰めることもできず、
ただただ栗空想は無力を感じるしかなかった。
ある意味今回の最後の部分描きたかったからこの小説書いているという部分はあります。
九話目にしてようやくギアがかかってきた感じです。
プロセカ本編と比べて想くんがいることでの小さな揺らぎをどう描くか、その一つが今回の咲希ちゃんとの最後のやり取りになります。
最初の方に彰人を出していたのはなるべくプロセカキャラを出していきたいなーという思いがあるので。
ちょくちょく入ってくる曲名に関してはその時の想くんの気持ちになんかそれっぽいものを選んでます。