夏休み、青い海。
波打つ砂浜を、女の子たちが走っていく。
「海だーーー!!」
金色に染めた髪、健康的な焼けた肌、明るい笑顔。
典型的な陽キャ娘。
「も〜待ってよ〜☆」
ピンク髪、フリフリのフリルで着飾った巨乳っ娘。
「やば〜い」
黒髪ロング、ダウナー系スレンダーお姉さん。
3人の尻を追いかける男たち。
「「「ウェーーーイ!!」」」
夏を満喫する若者たち。
「ね〜、写真撮ろ〜!」
ピンク髪巨乳っ娘が提案し、男たちがスマートフォンを取り出す。
「はい、チーズ!」
パシャリ。
金髪ギャル、ピンク髪巨乳っ娘、黒髪ロングお姉さん。
この3人が映った写真が、SNSに投稿された。
それが事件の始まりだった。
インターネット
電脳世界という海の中を、写真が流れていく。
数多くの、顔も知らない「誰か」が、この写真を見て、コメントする。
浅い所は平和だ。
「かわいいー♡」
「海きれいだね」
「髪サラサラで羨ましい!」
「可愛い彼女がいて羨ましい」
「そもそも休日がある人が羨ましい」
さらに深い、ほの暗い所
「犯してぇ〜」
「画像加工して全裸にしたった(笑)」
「こういう学生は、大人をバカにしてんだよなぁ」
「ここ〇〇海岸か?」
「アカウント乗っ取ってボコリてぇなぁ」
海の底、砂が積もり、固まり、やがて形を成し、魂を宿す。
人々の負の感情の集合体。
『コロス…オカス…サガシテ、ノットル……』
呪霊と呼ばれる怪物。
『ンボアアアアアアアアッッッ!!!!』
海底を揺るがす咆哮。
それは産声。
電脳呪霊が、生まれ落ちた。
バタン、と車の扉を閉めた。
「今日はありがとね! 楽しかったよー!」
夜遅く、自宅前まで送ってもらった金髪ギャルは、笑顔で手を振った。
彼氏が手を振り返し、車を走らせていった。
「ふぅ」
一息つき、自宅のドアに手をかける。
しかし、そこはもう、安息の場所ではなくなっていた。
京都府京都市右京区上烏宮川町114―514
鈴宮春子
ーー住所特定ーー
『ミイ、ツケ、タァァァ……』
術式発動
『逐弱追影禍』(ちくじゃくついえいか)
扉を開けると、大きな口が開かれていた。
口から大量の手が伸び、金髪ギャルを掴み、引きずり込む。
そこは呪霊の『領域』。
「ぎゃああああああああああああああ!!!!!!!」
皮を剥ぎ、内臓を引き抜き、刺し、潰す。
スプラッタ映像を撮影し、ネット上に流す。
さらなる恐怖が呪いを生み、呪霊を強くする。
バタン、と扉が閉じられた。
無数のパソコンが整然と並べられ、規則正しい駆動音を奏でる。
部屋の照明はついていない。
大量のディスプレイの光が、一人の少女の姿を照らした。
「まずいね…」
パジャマ姿の眠たげな少女は、すぐさまメールを打ち込んだ。
『電脳呪霊発生。対応求む』
3時間後
夜空をパトカーの赤いランプが照らした。
住宅街の一つの民家、その前に数台のパトカーが止まっている。
立ち入り禁止の黄色いテープロープが、過剰なまでに張り巡らされていた。
金髪ギャル、鈴宮春子の自宅。
その扉から、警官が青い顔をして出入りしている。
若い警官などは、袋に嘔吐していた。
現場を指揮する警部補は、自身を落ち着かせるように煙草を吸った。
現場での経験が長いベテランでさえ、これほどの惨状は見たことがない。
若い警官が、警部補の元に駆け寄る。
「確認が取れました。一家4人、飼い犬まで…その……」
「シェイクか?」
「…うぷ」
とても人間技ではない。
「これは…呪いか…?」
ポツリと警部補が呟いた時、
テープロープの包囲網を、二本の手が突き破った。
「うわぁ!?」
若い警官が悲鳴をあげる。
バキバキと音を立て、テープロープの結界を引き裂き、一人の男が入ってきた。
「何者だ!?」
若い警官が、腰の拳銃に手をかける。
「いや、遅くなって…すみません」
柔和な笑顔、穏やかな声色の優男。
茶髪の癖っ毛で、大きめの丸眼鏡をかけている。
灰色のスタッフジャンパーを着こなしており、
一目で『専門家』だと分かる、不思議な存在感を醸し出していた。
首にかけた名刺をスッと見せる。
「公安から派遣されました(大嘘)
初春雅也と申します」
「公安…? 聞いてませんよ」
若い警官がゴネるが、警部補がそれを遮る。
「ういはるさん、お任せしてもよろしいか?」
「ええ、構いません」
硬直する警官たちの隣を、するりと歩いていく。
若い警官は、部外者が現場に入ることに抗議したが、警部補はピシャリと説き伏せた。
「関わるな」
初春と名乗った男は、リビングから机と椅子を引っ張ってきた。
「ふぅ!」
椅子に座り、机の上に、1枚の紙を置く。
右手にはシャープペン。
蒼い呪力を漲らせて、術式を発動する。
「試験開始。解答者、初春雅也」
白い紙に、ジワリと赤い染みが浮かび上がる。
「分類は『遠隔発動型』の術式。芻霊呪法に近い。
ネット上の情報を元に、標的の住所を調べ上げ、見つけ出すことを条件に発動、呪殺するというもの。
標的は鈴宮春子、朝比奈くるみ、長友ユキの3人だが、巻き添えも可能。
朝比奈くるみと長友ユキは、まだ自宅に帰っていないため、呪殺されていない。
だが再度、住所を特定された場合、呪殺される。
特定した場所は一時的に呪霊の『領域』となり、白昼堂々とでも発動する。
おそらく情報をネットに落とすという、標的の迂闊さに付け込むことで成り立つ、呪いに近い呪術。
呪霊の等級は『一級』相当。
対策は、標的をネット環境から離し、保護すること。
解答終了」
『採点中』
ペンを置き、両手を机の上で重ねる。
眼前には、グチャグチャの肉片と赤い血の海に沈んだ、金髪ギャル鈴宮春子と、その家族たちの死体があった。
「僕の術式はね、事件を未然に防いだり、スーパーマンになって、ギリギリのタイミングで助けに来るような、便利なものではないんだ」
でもね、と丸眼鏡が暗く光る。
「だからって、何もしないワケじゃないよ。
手遅れだからって、手を出さない理由にはならない。
貴方たちをそんなふうにした呪霊を、僕は絶対に許さない」
拳を握りしめ、静かな怒りの表情を見せた。
「仇は取ってあげるよ」
一級術師 初春雅也