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「うーん……どうしたもんかな」
時間は深夜に差し掛かった頃だろうか。ルビコンの平原が暗闇に染まり、星々は雲に隠れて顔を出さずに就寝している時間帯だ。
アウィスは一人、自室のキッチンで一人悩んでいた。
その目の前にあるのは、動かない食材―――このルビコンにおける貴重な食料、ミールワームである。
このルビコンは、かつて起こった『アイビスの火』と呼ばれる大災害によって、その周辺の惑星や星系が甚大なる被害と汚染をもたらした。
アイビスの火―――ルビコン調査技研と呼ばれる組織がコーラルと呼ばれるルビコンに発生する新物質に火を付けた結果、引き起こされた大災害である。
その所為もあってルビコンの原住民であるルビコニアン達は食料不足などに悩まされており、そんな彼らの貴重な食料がミールワームである。
企業の連中は揃って星外から取り寄せる食材がある。だが、それがいつまでも続くとは限らない。
何かしらの事故によってそれが届かない日が来るかもしれない。そんなもしもに備えて、アウィスはこのミールワームをどう調理すれば美味しく出来るのかを考えていた。
「いやぁ、しかしスネイルから見事に心配されちまったな。まぁそりゃいきなり『ミールワームくんない?』なんて言われちゃびっくりするわな」
『待ちなさい早まるな何があった? お前に負担が掛からない様にスケジュールは調整して仕事は配っていた筈だ何かストレスになる様な事があったのかフロイトかそうかフロイトだなあの自由人め■■■■■■■■』
「なんか衝撃的な事実告げられて割れる眼鏡って実在するんだな。コミックの中ぐらいだと思ってたんだがな。マジでなるんだな、あれ」
眼鏡に罅が入り、それはもう凄まじい剣幕で詰め寄る様に心配してくるスネイルを思い出して、アウィスは込み上げてくる笑みを抑えられずにはいられなかった。
心配性な同期だ。まぁ、実際にミールワーム料理を試食するつもりはあるのでその心配が無用であるとは限らないのだが。
「正直、ルビコニアンの処遇に良心が痛むかと聞かれれば……結構痛むんだよなぁ」
各企業にとって、ルビコニアンとはコーラル回収において邪魔以外の何者でもない。
『ルビコン解放戦線』なるレジスタンス組織で抵抗を続けている彼らは、アーキバスにとってもアーキバスのライバル企業たるベイラムにとっても有害だ。
故に、その捕虜の扱いも決して良いものではない。アーキバスはより残酷であると言えるだろう。
アウィスとて企業に属する人間、AC乗りだ。そこら辺の私情は弁えているが、それでも痛む良心はまだ持ち合わせている。
助ける事は出来ないが、それでもせめて食事くらいは美味しいものにしてやりたい。
「どうせ死ぬなら、せめて最後の晩餐くらいは良いものにしてやらなきゃな……って思ったは良いものの、どうしたもんかなぁ。結局、最初に戻っちまう」
そうして、始まりに戻る。
最後の晩餐は美味な物にしてやりたい、と思うまでは良いのだが、しかしそこら先をどうするべきなのかが結局悩ましいのだ。
これまでにも何回かスネイルになんちゃって手料理を披露してきたアウィスだが、虫を料理するのはこれが初めてだ。
基本的に送られてくるものは既に加工してあるものばかりだが、今回はミールワームを一から捌かなければならない。色々と状況が違うのだ。
「うーん……やっぱ無難にステーキでいくか」
こうも肉厚なら、手っ取り早い過程で美味く仕上げた方が良さそうだ。
そうと決まれば即行動。そう思ったアウィスだが、コンコンというノックの音でそれを止める。
「ん? 誰だろ、こんな夜更けに」
キッチンから離れ、ドアの前まで行って誰ですかー、と言いながらドアを開くと、
「やぁ、夜分にすまない。V.Ⅳラスティだ」
「おぉ……こりゃ珍しい客人だな」
爽やかな男が現れた。
V.Ⅳ ラスティ。異例の速度でヴェスパーの第4隊長の席に着いたAC乗りである。
「あれ、アンタは確か夜間の見廻りしてたんじゃなかったっけ?」
「それの帰りさ。スネイルから君の様子を見る様に指令を仰せつかってね。あそこまで冷静さを欠いたスネイルは初めてだ」
「あー、そゆことね。彼奴も心配性だねぇ…まぁ良いや。寧ろ丁度良かった、座って待っててくれ」
ラスティをソファに案内し、再びキッチンへ。
虫には魚の様な内蔵の下処理が絶対必要という条件がない。特に幼虫といった虫は腹を裂き、その中にあるものを出しながら頭に串を通して焼き、調味料を掛ればそれだけで食べれるものだ。
世界にはゴキブリをそのまま焼いてチョコなどで味付けする民族も存在する。昆虫食の世界はわりと広いのだ。
ミールワームの生態はデータを通して知っている。下処理は対して必要なさそうだが、取り敢えずやれる事はやっておこう。
「んじゃ、まずは頭を切り落とすか。こんなギザギザした歯持ってちゃ食べようにも食べれんだろ」
ざんっ、と力を込めて包丁を頭部に入れ込み切り落とす。事前に血抜きは終わらせておいた、後は適当に切り分けて焼き、味付けを終えれば良い。
変に凝るとその分多くの調味料を使う。アーキバスにとって、たかがルビコニアンの晩餐にそこまでするのは無駄でしかない事はアウィスも理解している。すぐに却下されるのが目に見えている。
なら簡単なもので、尚且つ美味いものに仕上げなければならない。まったく料理とは難しいものである。
「んー……これなら輪切りだな。ソースは……前のが残ってるし、あれで良いか」
ミールワームの肉厚な体を均等に輪切りで切り分け、油を引いたフライパンへと乗っけていく。
ぱちぱちと油が迸り、肉に火を通らせる。皮という外の守りを貫いて、火が中の肉を熱し始める。
中火でじっくり時間を掛け、焦げない様に様子を見ながらよく焼き上げる。
肉を焼くという行為自体は実に簡単だ、子供でも出来る。肝心なのはその肉を取る瞬間、如何に素早く焼き加減を見極め取れるかに掛かっている。
「こんなもんかな」
火を消し、余熱で少し温めてからさえ箸で肉を皿に丁寧に寄せる。本来ならもう少し彩りを加えたい所だが、それはまた別の機会に。
後は取り寄せたソースを上から掛れば―――完成だ。
「よし、出来た。簡単ミールワームステーキ」
焼き目が付き、ソースで彩られたソレは傍から見ればステーキ以外の何ものでもありはしない。決してこの肉が、虫であるなど誰も思わないだろう。
ナイフとフォークと共に出されたそれを目の当たりにして、ラスティは目を剥いて驚愕した。
「なっ……こ、これは本当にミールワームなのか?」
「ミールワームなんだなー、これが。外見も拘ってみたんだぜ? いやー、表面の焼き目が意外と普通の肉っぽくて助かったわ。まぁ中身の色に関しちゃあれだが……そこはソースで誤魔化してる」
(信じられない……ミールワームを焼いて食べた事は数あったが、こうも変わるものなのか)
V.Ⅳラスティ―――否、ルビコン解放戦線のスパイであるラスティは、このステーキに驚かずにはいられなかった。
一人のルビコニアンとして、貧しい人々を見てきたラスティにとってもミールワームは貴重な食料。だが虫で、そのレパートリーも決して豊富ではない。
だからこそ、そのミールワームがこうも料理らしい見た目で出てくるなど、思っていなかったのだ。
「ささ、まずは食べてみてくれ。俺も食うけど、やっぱ第三者の意見が欲しい。ぶっちゃけアンタかホーキンス、スウィンバーン辺りの意見が欲しいと思ってた所だったんだ。スネイルは潜在的に虫食べるとか有り得ないって感じだし、ペイターはその……アレだからな?」
「あー……まぁ、そうだな。彼は彼で、アレだな。確かに」
「だろ? まぁ、日々の任務と夜間の見廻りを頑張ってくれた第4隊長様に先輩から労いの品だとでも思ってくれ」
「では、ありがたく頂くとしよう」
フォークで1切れの肉を突き刺し、ナイフでそれを半分に切って口へと運ぶ。
その肉を噛んだ瞬間―――それまで食してきたミールワームのものとは比べ物にならない程の、熱く美味いと感じる肉汁が飛び出した。
「う、美味い……!!!」
「お、そりゃ良かった。んじゃ俺も……もぐもぐ……おー、意外と行けるな。ちゃんと油で火も通してるし、ソースのお陰で味も出てる」
些か皮の噛みごたえに癖があるものの、しかし味は美味い。どちらかと言えば豚に近い感覚だ。
見た目は普通、味は美味い。一見してみれば完全にステーキだ。これならミールワームであるとは簡単には気付かれないだろう。
「うーん、でも皮がアレだな……鶏皮みたいにはいかねぇなこれ。剥いだ方が良さそうだわ。でもこんだけ美味いなら、オリーブオイルとかで漬けて下味付けといた方がもっと美味そうだ。今度やってみるか」
「この星で、こんなに美味い料理を食べたのは初めてだ……凄まじいな、貴方は。料理人の才能がある」
「お前も大袈裟だなー。こんくらい俺じゃなくても出来るっつーの。ま、褒め言葉はありがたく受け取るけどな。取り敢えずこれなら、捕虜のルビコニアンにも安心して出せそうだ。味は美味いし、今度スネイルにも出してやろう」
(アーキバスのAC乗り、アウィス。上からの昇格を蹴って今の立場に甘んじている、スネイルの数少ない同期。スネイルが気を許している唯一の人物……その程度の認識だったが、少し改めた方が良いかもしれないな)
良い報告書を書けそうだ。ラスティはミールワームのステーキを頬張りながら、静かに心躍った。
尚、後日出したステーキをスネイルは美味いと言いながらしっかり食べた模様。