スネイルのご友人   作:全智一皆

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第三話「壁越え後のお昼ご飯」

 

■  ■

 『壁』。そう呼ばれる防衛拠点がある。

 ルビコン3ベリウス地方にある、ルビコン解放戦線が有する難攻不落の巨大な防衛拠点―――それが『壁』である。

 アーキバスに限らず、アーキバスのライバル企業であるベイラムもその『壁』の攻略―――通称『壁越え』―――に難儀していた。

 巨大な壁に設置された無数の砲台と大型MTによって、ベイラムのMT部隊は殆ど壊滅。さらにはベイラムが誇るAC部隊『レッドガン』のG4ヴォルタも、その『壁越え』で戦死してしまっている。

 だが、今日―――一人の独立傭兵の協力もあって、『壁越え』は無事に達成されたのだ。

 悪名轟くハンドラー・ウォルターの猟犬が一匹。独立傭兵レイヴンという名で活動する傭兵だ。

 その傭兵が瞬く間にMT部隊を壊滅、内部の敵も蹴散らし、重装機動砲台『ジャガーノート』をも相手取って撃破したのだ。

 壁越えは果たされ、アーキバスはベリウス地方のさらに奥へと進軍する事が可能となったのである。

 

「ふん、駄犬にしてはよく働いたと言って置きましょう。V.Ⅶ、駄犬の飼い主に報酬を振り込んでおく様に」

「はっ!」

 

 作戦指揮を取っていたスネイルは、壁越えが終わってからも決して気を休めてはいなかった。いや、正確には休まらなかったと言うべきか。

 それもその筈だ。なんせ、スネイルからしてみれば解放戦線の動く鉄屑を落とした程度の傭兵を飼うハンドラーから、企業に対して皮肉を言われたのだから。

 

『今回も第1隊長が出ると聞いているが、頼れる人材が他にないとは、不幸な事だ』

 

 アーキバスが誇るAC部隊ヴェスパー、その第1隊長たるV.Ⅰフロイト。それ以外に頼れる戦力が居ないとは、アーキバスも情けないものだ―――ただのハンドラー風情に、嘲られたのだ。

 それに苛立ちを憶えるスネイルの気が休まる訳も無し。

 

「このアーキバスに、フロイト以外に頼れる人材が居ないなど嘗めた事を…! ただの駄犬の飼い主風情が抜かすなよそもそもヤツがヴェスパーに加入していないというだけで仮にヤツが作戦に参加していたならば駄犬を雇う必要など欠片もなかったのだ無能な上層部めいつになったら」

(か、閣下がお怒りだ……! くそっ、このままでは私にまで飛び火が来かねん! 誰か、誰か来てくれ! ホーキンス、いや出来るならアウィス先輩―――)

 

 ヴェスパーの会計責任者であるV.Ⅶスウィンバーンは、内心でそれはもう強く助けを求めていた。

 青筋を立てながらブツブツと文句を垂れるスネイルからは、もう完全に私怒ってますよというオーラが放たれており、傍に居るだけで胃が痛くなってくる。

 その怒りによる八つ当たりがいつ自分の方に向くのかと冷や冷やしてしまうのも無理はない。というか、スネイルは基本的に同僚から人格的な問題で良い評価はされていないのだが。

 そんな彼を相手にして余裕で居られるのは、AC以外に興味がないフロイトか、彼の数少ない同期であるアウィスくらいのもので。

 

「おーおー、荒れてんなぁ。せっかく壁越えが成功したってのに。そんなにキレてちゃ後まで持たねぇぞー、スネイル」

(よし当たりが来た! よく来てくれた、本当にありがとうございますアウィス先輩!)

 

 小心者であるスウィンバーンの祈りが届いたのか、作戦指揮を執っていたスネイルの下へと小包を持ってやって来たるは御本命のアウィスであった。

 

「む……貴方ですか。何故此処に? 確か貴方には、見回りを任せていた筈ですが」

「後輩に任せてきた。もう昼だろ? 朝っぱらから壁越えの指揮執ってた同期に飯持って来たんだよ」

「あぁ、もうそんな時間帯ですか……はぁ。分かりました、では早めに休憩を取りましょう。V.Ⅶ、外の連中に声を掛けておきなさい」

「はっ! では、失礼します!」

 

 敬礼し、スウィンバーンはそそくさと退散する。やっと気が落ち着ける……閣下の相手はアウィス先輩に任せよう。

 そう安堵して外に出ようとした時、そのアウィスから待つように声を掛けられたのだ。

 

「お疲れー。あ、いや、ちょっと待て」

「はい?」

「ほい」

「ほあっ!?」

 

 突如として投げられたソレに、つい変な声を上げながらも慌ててキャッチする。

 投げ渡されたそれは、布で覆われた小包。手のひらより少し大きめだが、感触はとても柔らかいものだった。

 

「こ、これは?」

「お前の分だ。占領した後はお前の担当区域になるだろ? それ食って頑張れよ」

「あ、ありがとうございます! いただきます!」

「おう! じゃ、声掛け頼むぜ」

「はっ!」

 

 アーキバスでは密かに、アウィスの手料理が人気となっていた。

 あのスネイルを以てして絶品と評される手料理。本人は誰にでも出来るものだと謙遜するばかりだが、しかしその味は確かなものだとされている。

 だが、それを食べた事がある者は限られている。今の所はスネイル、ラスティ、フロイトの三人だけであった。

 が―――今回から、そこにスウィンバーンも加わる事となったのである。

 スウィンバーンは嬉々としながら、それを持って退室したのだった。

 

「そんなに喜ぶかね……」

「まったく……それで、今回は何を作って来たのです?」

「柔らかいパンが手に入ったんで、サンドイッチにしてみた。ハムとレタスで挟んでマヨネーズを入れたヤツと、キャベツとソースに漬けた肉を挟んだやつの二つだ」

「……ミールワームは入ってないでしょうね?」

 

 訝しむ様に、スネイルはアウィスを睨んだ。

 忘れもしない。忘れられる訳もない。

 ステーキだと言って出されて食べてみたものが実はミールワームだったなどと。自分が土着共と見下していた奴等が食べているものと同じだったなどと……!!!

 しかも、それが美味かったというのがさらに腹立たしい。あれ程までに美味いものを捕虜に食べさせるなど愚の骨頂ではないか!

 スネイルはそう思わずにはいられなかったが、その決定権を持つのはアウィスである。提供する食事を作るのはアウィス自身なのだから。

 

「どんだけ警戒してんだよ……入れてねぇよ。つか、お前美味そうに食ってたじゃんか」

「貴様が作ったものを残す事は出来ないからな。では、頂くとしましょう」

「どうぞ。俺も食べるかな」

 

 小包を開けば、そこから姿を表すは三角に切り揃えられた白いパン。パンの間から桃色の肉とレタス、茶色い肉とまだ色味を残したキャベツが見え隠れしている。

 小包からでも柔らかい事が分かってはいたが、実際に掴んでみるとさらに柔らかく、少し力を込めるだけで指がパンに食い込む。

 一口を運び、噛み締める。ふんわりとした食感の柔らかいパン、それに追従する様に流れ込むハムとレタスの旨み。

 冷たく柔らかいハムの旨さと、マヨネーズによって味がついたレタスのシャキシャキとした食感が絶妙な具合で溶け合い、スネイルの苛立ちを一気に消し飛ばした。

 

「ふぅ……相変わらず美味い。こんなに柔らかいパンを食べたのは久しぶりだ」

「ルビコンじゃパンも満足に作れねぇしな。つーかベリウス地方寒いわ。こんな事ならフィーカ持ってくりゃ良かった」

「同感だ。……それで、見回りはどうだった? 逃亡兵などは居たか?」

「見回りをした限りじゃ居なかった。だが、ハンガーに一つ空きがあった。おそらく壁越えの最中にACで逃げ出したやつが居るってのは確かだ」

「BAWS製のジャンク品か。なら遠くには逃げていないだろう。どうせ夜間には壁の向こうを回る、残党狩りをしているV.Ⅳに連絡を入れておこう」

 

 ルビコン星内企業の一つ―――『BAWS(ボース)』。社員をルビコニアンで構成し、顧客を選ばずルビコン解放戦線や星外企業どちらにも兵器を販売している企業だ。

 そのBAWSが開発したAC「BASHO」はMTから派生した最初期のACであり、故にこそ今の時代で開発されたACに比べれば性能はかなり劣っている。

 とは言え、コア理論を体現する最高値の近接武器適正は凄まじく、食らってしまえば最新のACや惑星封鎖機構が有するLC機体ですら只では済まない。

 のだが……

 

「アイツら機体の事知らねぇのか、近接武器1個も所持してねぇからな」

「猿だから頭が悪いのだろう。戦い慣れもしてない、所詮は口先だけの凡夫に過ぎないという事だ」

 

 そう。

 そのBASHOを駆るルビコン解放戦線のパイロット達は、その異常なまでに高い近接武器適正を活かす為のアセンを―――今の所、誰一人としてしていないのである!

 

「多分、逃げたやつも近接武器持ってねぇんだろうな……ご愁傷さまだわ。あ、そういや独立傭兵が居たよな? お前から見てどうだった?」

「まぁ、駄犬にしては中々と言った所だ。フロイトには遠く及ばない」

「独立傭兵レイヴン(渡り鴉)ねぇ……同じ鳥としては、ちょっと気になる所だな」

 

 あの鴉は、何処に向かうんだろうな。

 そう呟いて、アウィスはサンドイッチを頬張った。良い出来だ。




アウィス
ラテン語で鳥。
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