【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
ヤバいところに来てしまった。
わたしたち3人はぽっかりと空いた大穴のような場所を下っていた。
細長い金属の通路が壁沿いに走り、すぐ傍の壁の裂け目からはダムの放水口のように水がいくつも線を作って流れ落ちている。
見上げればはるか上から光が差し込んでいて、スマホのライトを付ければ不自由しない程度には明るい。見た感じ外と繋がってるのかな?
通路を歩いていけば、壁を掘った横穴のような道がいくつもある。
「ねえ、2人とも変身できる?」
奏多がつぶやく。わたしと長岡さんは「ううん」と首を横に振った。
明らかに危ない場所なので変身して飛べればと思ったが、相変わらず腕時計は何の反応もしない。
「やっぱ無理か。アタシもダメだったわ。ま、そう簡単に楽させてくれないってことよね」
「落ちたら普通に死ぬよねえ」
細い手すりから少しだけ身を乗り出して下をのぞき込んでも、ただ水が暗黒の奈落に吸い込まれていく光景だけがある。
「い、石川さんっ、あぶないよ」
「そうよ、足滑らせたらどうするのよ」
無鉄砲中学生ふたりがそろって注意してくる。
立ち入り禁止を当然のように突破する君たちが言っても説得力がないんだが?
そもそも学校の地下にどうしてこんな空間があるのかさっぱり謎である。
どう見てもまともな場所ではない。
スマホを見れば時間は16時45分。
充電もライトをつけっぱなしにしてるせいで残り40%を切っていて心もとない。
そろそろ戻らないと、足元もまともに見えない薄暗い中で地下道を歩いて帰らなきゃいけなくなる。
芙蓉中学校は夕食時間も就寝時間も生徒各自に任されているらしく門限はないけど、入学初日から夕方や夜になってもわけのわからない場所をほっつき歩いてる奴はヤバい扱いされるのが目に見えてるんだよなあ。
「ねえねえ、そろそろ携帯の充電ヤバいし戻らない?」
「あ、あたしモバイルバッテリー持ってるからだいじょうぶだよ」
「準備が良すぎる……」
「えと、いつも持ってるから……。今日はもともといろんなところ見て回ろうって思ってたし。石川さん、奏多、くんも使う? あっ、よかったら……なんだけど」
言うと長岡さんは女子中学生が持つにはまるで可愛くない黒いバッテリーをスクールバッグから取り出した。完全に大容量のヤツである。
「アタシは別にいいわよ。それよりゆずこ充電したら? 暗いトコ苦手なんでしょ?」
「ちがうってば! 勝手に怖がりにするのやめてくれますー?」
「だって明らかに怖がってるじゃない。さっきなんか小刻みに震えてたし」
「それは寒いだけだっての」
まあ寒がりなのは認めるけど。
断じて怖がりじゃないから! 幽霊とか信じてないし?
「ふうん、ならそういうことにしておいてあげるわ」
「含みのある言い方しないで!?」
腰に手を当ててぷんすこしてやる。
ここは30年以上生きてる人間として舐められるわけにはいかない。
「ゴメンゴメン、ゆずこっていちいち突っ込んでくれるから面白いのよね」
「つまり?」
「小動物っぽい」
「よし、奏多。あんたはあとで鉄パイプでしばく」
おもしれー男だぜお前はよ。わたしはにこりと笑みを張り付けてみせた。
「おっ、早速決闘の申し込み? 情熱的ねえ、ゆずこは」
奏多はくっくっと低い声で笑う。
いつでもどこでも合法的に暴力に訴えられるこの学校はある意味合理的なのかもしれない、とふと思った。
どれだけ喧嘩しようと拳で白黒はっきりさせればいいのでわかりやすいと言えばそう。
「ま、冗談だよ」
「いやいや、そこはやるわよ。なんだかんだ、みんな強くなるためにこの学校来てるんだから」
「マジで?」
「大マジよ。当り前じゃない。どんなスポーツだって練習しなきゃ上手くなれないでしょ」
奏多はやる気になっていた。
こいつわたしの意図を狙ったように透かしてきやがる。ちくしょう!
「ね、ねえ……ふたりとも、ちょっといい、かな」
か細い声を聞いて、はっとする。
やっちまった。長岡さんを完全に放置して話し込んでしまった。おずおずと袖をつまんで尋ねてくる長岡さんにふたりして「ごめん」と謝り、向き直った。
「ううん! 気にしないで。試しにここ入ってみたいなって、思って」
長岡さんは顔の前で両手のひらをぶんぶんと振ると、ちょうど一番近くにある横穴を指さした。
岩盤にただ穴を開けたようなそれは、ちょうど幅2メートルくらいの広さで舗装すらされていない。
「なんか坑道みたいよね。奥に何かあるのかしら」
「どうかなあ、うーん……ここからじゃ真っ暗で何も見えないね」
まず最初に、無鉄砲中学生ふたりが入り口からスマホのライトを向けて中を伺い始めた。わたしもさりげなくその後ろから横穴をのぞく。
「行くにしてもさすがに足元は常に照らしてないと危ないわね。ひなのんとゆずこは後ろから足元照らしといてくれるかしら? アタシが一番前を歩くわ」
有無を言わせぬ真面目な表情で奏多はそんなことを言う。
サラッとこういうこと言うあたりスゲー女にモテそうだなこいつ。イケメンだし。
※
3人で慎重に前と床を照らしながら横穴を歩く。
穴自体はただ一直線に掘られているようで危険はなかった。
ゆっくりと数分間ほど歩くと、目の前の空間が急に開ける。
ライトでぐるりと照らしてみれば、6畳くらいの部屋のような空間が広がっていた。
部屋のような、というのは、朽ち果てたベッドと机の残骸らしきものが部屋のすみに置かれていたからだった。
「もしかして、誰か住んでたのかなあ」
「こんな変な場所で? まさかあ」
「でもベッドっぽいのも勉強机みたいなのもあるわよ」
部屋の中に入ってみんなであれこれ調べていると、確かにどこか生活の跡がある。
「ん? なにこれ」
わたしは入り口近くの壁に取り付けられていた箱のようなものに気づいた。
遠くから照らしただけだと何かわからなかったけれど、土ぼこりを手で払ってみればその表面はつるりと黒い。
側面を見ても特に蓋のような継ぎ目もないのでたぶん箱じゃない。
《魔力を検知、認証を開始します》
「ん?」
なに今の。思わず長岡さんと奏多のほうを見た。
「ねえなんか今音しなかった?」
「えっ? あたし何も聞こえなかったかも……」
「ゆずこビビりすぎじゃない? やっぱり怖がりよねえ」
「いやホントに音したんだって!」
ぜったい気のせいじゃないって。なんか変な音したじゃん機械音声みたいなさあ。
シャリンはさすがに聞こえてるでしょ。
…………。
あれ? シャリンもしかして寝てるの?
「石川さん、それ」
「え?」
「後ろの……なんか、光ってない?」
シャリンの反応がなくて変に思っていると、長岡さんがわたしの背後を指さした。
振り向けば、ついさっき調べた黒い箱のようなもの。その表面にソースコードのようなアルファベットが走るのを見た。
> Initializing Magical Girl Training Environment...
> Program: DuskCombatSimulator_v1.07b
> Checking system integrity...
> WARNING: Last update detected: N/A days ago.
> WARNING: System compatibility: OUTDATED (protocol mismatch)
> Loading core modules...
> [ OK ] Module: Combat_Scenario_Generator.dll
> [ OK ] Module: Avatar_LinkProtocol.sys
> [ERROR] Module: SafetyLock.sys (version unsupported)
> Skipping SafetyLock...
《こ、ここ……んにち……は!
対
ご利用、ありがとうございます。
起動準備、を、開始、します。
魔法少女、認証……か、確、認ちゅ、う……。
……※警告!未アップデート期間が規定日を大幅超過……。
……※警告!当端末は、現行の安全管理基準、未対応……》
「え? なによこれ」
「ほらあああちゃんと音してるじゃん」
「ゴメンゆずこ……さすがにからかいすぎたわ。でもなんか嫌な予感がする」
「その、警告? って聞こえたけど、あたしたち、なんかやっちゃいけないことしたのかな……?」
長岡さんが今さら不安そうにつぶやく。
はい! 思いっきり校則違反してますよ!
《起動確認──接続機器:訓練領域型式β-59》
《ユーザー認証……エラー:ID未登録者》
《新規登録を行い、ま、すす、す》
《エントリー数:3名》
《難易度調整:無効 安全設定:無効》
《訓練領域へ接続───》
《エントリーポイント:Zone_A09_
キーン。
最初は耳鳴りがした。
そして何かにぐいっと頭を前に引っ張られるような感覚。転ぶ! 思わず床に手を伸ばす。何もない。なんで!? 床、どこ! そのまま落ちる! 視界が真っ白になった。