【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
視界が真っ白に思ったら、次の瞬間、地下にいたはずのわたしたちは外に放り出されていた。
正面に見えたのは巨大な壁だった。いや、違う。
その正体はビルを何本束ねればこうはなろうかという巨大な木の幹である。
その木の幹の一つから伸びている太い枝を足場にしてわたしたちは立っていた。
枝といっても広さで言えば7、8メートルはある。
見上げれば、ありえないほど大きな木の幹が大量の桜の花が空をピンク色で覆い尽くし、広がる枝の隙間からはかすかに青空がのぞく。
消えていく花火のように垂れる桜の花房の隙間を、緑色の鳥たちが縫うように飛んで行った。
視線をずらせば桜色の樹冠の縁ははるか彼方にある。
下を見下ろせばただ真っ白な雲に覆われていた。
雲を突き抜けるようにしてこの大樹はそびえ立っている。
わたしたちは顔を見合わせた。
ええと、どうしてこんなことになってるんだっけ?
「ていうかアタシたち勝手に変身してるじゃない」
目の前にはハスキーボイスでしゃべる背の高いベリショの魔法少女がいた。
袖なしのワンピースを着て惜しげもなく日焼けした二の腕を見せつけている。
お前は誰!
「えっと……もしかして、奏多くん?」
「えっ?」
ぽつりと伺うように呟く長岡さんの変身後を見ると、わたしとほぼ同じ服を着ている。
「イエス! ひなのん正ッ解! あと、えっ、じゃないわよゆずこ。どっからどう見てもアタシじゃない」
「イヤイヤどう見てもは言い過ぎでしょ」
ああ、そういえば男が魔法少女に変身したら女の姿になるんだった。
言われると目鼻立ちがはっきりしているパーツは面影があるかもしれない。
基本的に初心者魔法少女たちのバトルドレスはみんな似たり寄ったりだ。白が基調のフリルワンピースがデフォルトで、人によっては微妙に装飾を変えたり改造している人もいる。
ちなみに前者のデフォルトがわたしと長岡さんで、改造している後者が奏多である。
どちらにしろ、今のわたしたちのバトルドレスには意匠を少しいじるくらいの自由度しか備わっていない。
いわゆる《名前付き》……真名解放をしてライジングフォームになった段階でようやく装備が固有のバトルドレスに変化する。
テレビで放送されている魔道プロリーグに出ているような魔法少女たちはみんなこの段階に至っているということだ。
……って認識で合ってるっけ? シャリン?
…………。
ダメだ、何も反応ないわ。
……これ本当に寝てるだけ?
実は単にわたしから離れてるから反応ないとか?
「で、問題はここがどこかってことだね」
もう感覚的には目を開けたら異世界だったみたいな感じだよ。
「そういえばこの学校、魔法少女用の戦闘シミュレーターみたいなゲームがあるらしいのよね。校内限定のVRMMOみたいなヤツって聞いたけどこれがそれじゃないの?」
「へえ、色々詳しいねえ奏多」
「姉貴の友達にここの卒業生がいていろいろ聞いたのよ」
なるほど、だから食堂のカレーが美味いとかコアな情報まで知ってたわけね。
「ゲームならログアウトすればすぐに帰れたりしない、かな……?」
「うーん、それだとログアウト機能的なのがどこかにあるのかなあ」
画面の前でプレイするゲームなら画面の端に設定ボタンがあるもんだけど、わたしはVRMMOなんてやったことがない。
ちなみに今世にはそういうゲームが普通にあるらしい。
仕方ない、ものは試しだ。
えーと、確かラノベとかアニメではこういうふうにやるんだっけ?
わたしは虚空に手をかざした。
「うおお! ステータスオープン! メニュー画面オープン! システム画面オープン!」
…………。
何も起こらない。何故!
ふたりをチラリと見ればきょとんとしている。
おい! こいついきなり何言ってんだみたいな目で見るんじゃない!
「ゆずこ何やってんの?」
「いや、だって……普通こういう系のゲームって音声で宣言すればメニュー画面出てきたりするもんじゃないの?」
「どこの普通なのよそれは」
「あっ、昔のアニメとかであったよね、そういうの」
「あら、ひなのんは結構アニメ見るのね」
「う、うん。昔のだからあまり知ってる子いないかもだけど……」
長岡さんは結構アニメも見るらしい。
そういえば、この世界に来てからほとんどアニメ見てないけどわたしも見てみようかなあ。
そもそも現実に存在する魔法少女がファンタジーすぎて、そっちに興味が向かなかったのもあるが。
「ゆずこなら知ってるんじゃない?」
「え? いや、どうかなぁ……ナハハハ」
わたしは露骨に言葉を濁した。
ここで間違えてこの世界に存在しないアニメの名前を言おうものなら完全に変なヤツになってしまう。
「なーに? 恥ずかしいのかしら? 別にアニメ好きだからってオタクだとか、ンなダサいこと言わないわよアタシは」
「ううん、そういうわけじゃないんだけどねえ……ま、とりあえずここから出ることが先でしょ!」
「ゴリ押しで会話終わらせたわねアナタ」
奏多は腕を組んで口を尖らせた。
魔法少女モードだとそういう仕草や喋り方にも全く違和感がなくなるので、ただのボーイッシュ高身長美少女と化している。
イケメンは変身しても美少女になるんだと思うと謎の理不尽を感じるぜ。
「あっ、えっとね、石川さん。最近のVRゲームだと思考認識? とかしてるみたいで、口で言わなくてもメニュー画面が呼び出せたりするよ」
「え〜? 口で言わなくてもよかったのか……」
「でもさっきの石川さん、楽しそうで面白かったかも」
長岡さんはささやかに思い出し笑いをしていた。
これが黒歴史というヤツですか?
あれ? 考えるだけでメニュー画面が出るってことはつまり。
「じゃあこのゲームってメニュー画面呼び出せないってことじゃない? ってことはログアウトする方法も今のところ謎?」
「そ、そうなるよね」
「じゃあとりあえず進むしかないってワケよね。んじゃ行くわよ!」
切り替えがあまりに早い奏多がずんずんと前に進んで行こうとする。
両手共に無手である。ふと疑問に思ってわたしは声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って? 奏多の能力って武器とかないの?」
「あー、アタシの能力ってそういうタイプじゃないのよね。だから武器は
そう言って右腕に力こぶを作ると、それを左手で叩いてみせた。
自信ありげに歯列をギラつかせているさまは変身前の奏多とそっくりである。
男女平等パンチってのは言葉通りの本気だったってわけね……。
そしてわたしは地面から鉄パイプを1本召喚して奏多に差し出した。
「良かったらコレ使う?」
「いやゆずこ、それは
奏多が冷静に突っ込んでくる。これは予想通り。
「スデゴロに拘りがないなら少しは役に立つと思うよ。わたしの鉄パイプは人に渡したり、ちょっと凹んだり曲がったりしたくらいじゃ消滅しないから。流石に真っ二つにしたら消えるけど、無くなったらまた召喚したげるから安心して」
「そうなの!? でもアナタの武器はどうするのよ」
「同時に3本まで出せるから1本使ってくれても全然オッケー。どちらにしろ口にくわえて三刀流なんてムリだしさ」
「こんなのくわえたら歯が折れるわよ。ま、そういうことならありがたく使わせてもらうわね、ゆずこ」
奏多はわたしから鉄パイプを受け取ると器用にくるくると回したり、パイプの穴を覗き込んだりして材質を確認していた。
「ホントただの鉄パイプにしか見えない。しかも人に普通に渡せちゃうなんてね。自己紹介で聞いた時も変な能力って思ったけどホント変わってるわ」
奏多が驚くのも無理はない。
自前の魔力で武具を創造する魔法少女はいくらでもいるけれど、それを他人に渡そうとすると通常は所有を拒絶されて消滅する。
これは大引さんとの闘いの後にシャリンに聞いたことだ。
魔法少女の身体に流れる魔力はひとりひとり細かい属性や成分が異なり、共存ができないから起きる現象だという。
だからこそ、その制限を突破できるわたしの魔法は具現化系魔法の中でも特にレアな能力ということになる、らしい。
ま、大層なことを言ったところで鉄パイプを出すだけの能力には変わりないんだが……。
「わたしも自覚なかったんだけどなんかそうみたいだね……えっと、長岡さんはこんなの使わないよね、多分」
「あら、そういう決めつけは良くないわよゆずこ。誰だって暴れ回って何かぶっ壊したくなることくらいあるでしょ」
「ええと……あたしは大丈夫かな」
長岡さんはちょっと困ったように笑っていた。
「そういえば長岡さんの能力は聞いてもいいやつ?」
「あ、うん。あたしの能力はこれ。あの、がっかりしないでね?」
そう言うと長岡さんは両手の人差し指をぴたりと合わせた。
そして目を閉じて一呼吸。
くっつけた指を離すと、その間には白光する細い糸が伸びていた。シルクにも似ている。
「これがあたしの能力。ただ糸を出せる、それだけなの。ごめんね、石川さんと違ってほとんど役に立たないと思う……」
長岡さんは申し訳なさそうに目を伏せた。
いや……本当にそうか?
魔法少女における成長性とは『いかに能力を拡大解釈できるか』にかかっているという。
例えばわたしみたいな『鉄パイプを出す能力』対象が具体的に『鉄パイプ』に定まってしまっているので成長させようがない。
逆に長岡さんのような『糸を出す能力』なんてのはいくらでも先がある。具体性がない能力の方が後々の成長性は高いような気がしてならない。
要はわたしの成長性はEで、長岡さんはAと言えばわかりやすい。
「ううん、糸を出す能力ならこの先いくらでも工夫しだいでなんでもできそうじゃない? 頑丈な糸を作れば相手を縛ったり転がしたりさ。トラップ系魔法少女みたいな」
「あ、あたしにそんなことできるかなあ? どんくさいし……」
「こういうのは慣れってシャリンも言ってた」
そう、わたしもそうだけど、まずは自分の使う魔法に慣れることから始めよう。
「それにほら、よくあるじゃん。あれこれ切り刻んで戦うタイプの糸使いとかアニメとか漫画に割といたりするし」
「やーっぱゆずこアニメ詳しいんじゃない」
奏多がしたり顔で突っ込んでくる。
わたしは思わず口を覆った。ああもう、ついやってしまった。
「ンなこと言ったらアタシの能力なんてさらにしょうもないわよ。能力すらまともに使えないからブン殴って闘うしかないんだからさ。今はゆずこがくれた鉄パイプあるけど」
「奏多の能力は……って、そういえば秘密なんだっけ」
そういえば自己紹介でわざわざ秘密だって強調してたな。
「そ。ま、どうしても隠したいとかじゃないんだけどね。そのうち教えるわ。だからひなのんもそんな思い詰めないでやってきましょ!」
「そうそう、それに紐って案外いろんなところで役に立つよ?」
奏多は長岡さんの肩に優しく手を置き、
長岡さんは少しだけホッとしたような顔でわたしたちの顔を交互に見た。
「う、うん……ありがとね。ふたりとも」
こういう時にするっと慰めでもなく、それでもどこか安心させてくれるような言葉が出てくる奏多のことを、既にわたしは凄いと感じていた。
※
「ねえ、なんかヤバそうなのいるんだけど」
わたしたちは茂みに隠れながら息を潜めていた。
10メートルほど先にいるのは白い大柄の全身鎧を着込んだ騎士である。
刃渡りのデカいグレートソードを担いでいて、もう見た目からしてヤバイ。
その奥には木の瘤が小さなうろのような空間をつくっていて、内部にはわかりやすく光る球が漂っている。
「なんかあれセーブポイントっぽくない?」
奏多がつぶやく。
まあ言われてみればそう見えなくもない、と返そうとすると、
───ピコン。
視界の端に何かが浮かんだ。
まるでAR表示のように、視界の左上に小さなウィンドウが出現していた。
《NOTICE》
《エリア内のセーブポイントを検出しました》
《現在の進行状況を保存の上ログアウト可能です》
《※エネミー存在検知中! 非戦闘時のみアクセス可能》
うわっ、本当にセーブポイントだった。
「ふたりとも今の見えた?」
「うん、視界の端にシステムメッセージ出てる……」
「ってことは、アレ使えばログアウトできるってことじゃない」
それはそう。いや、でも待って?
「エネミーって……あれ、どう見てもその手前の騎士のことだよね? で、非戦闘時のみアクセス可能ってことはさあ……」
わたしたちはぎこちない動きでそろって再び騎士に目を向けた。
綺麗にセーブポイントの前に陣取っていて動く気配がない。
あの大剣と全身鎧見る限りどうみても強い系の敵なんだが?
え、ってことは今からあれと闘うの? マジで?