【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
「飛んであいつの後ろからこっそりセーブポイント入るとか無理かな?」
言って、試しに浮かんでみようと魔力を込める。
そこではたと気づく。飛べない!
《NOTICE》
《当訓練領域は飛行禁止区域です》
はあ、なるほどね。しっかり対策されてるあたり確かにゲームって感じするよ……。
「戦わないでどうにかするのはダメみたいね」
「ま、仕方ないね。勝てなくても死んだらたぶんログアウトできるんだろうし、とりあえずやってみようか」
「え……?」
「ゆずこ、それは流石にぶっ飛びすぎでしょ」
立ち上がって鉄パイプを肩に担ぐと、奏多と長岡さんがドン引きした目でわたしを見てきた。
そんな変なこと言ってる?
「えっ、別にデスゲームでもないならそういう仕様でもおかしくなくない?」
「いや、何にもわからないのにそれ怖くね? ってことよ。てかデスゲームって何よ」
「えっと……ゲームの中で死んだら現実でも死んじゃうってやつのこと、かな」
長岡さんが小さく肩を震わせながら注釈してくれる。
ああくそ、怖がらせてしまったようですぐに言ったのを後悔する。
《NOTICE》
《仮想訓練領域においてバトルドレスの耐久値がゼロになった場合においても、現実世界の肉体には影響はありません》
《注意:当シミュレーターは超実践訓練領域のため、痛覚緩和機能はロックされています。リアルな戦闘体験の中で魔法少女として圧倒的成長を遂げましょう!》
でもやっぱりね。VR上での死で現実に塁が及ぶわけでもあるまいし。
……って今お前なんて言った?
「……えーっと」
わたしは小さな声でつぶやくと、ぎこちなくふたりに目配せした。
「リアルな戦闘体験ね……」
「痛覚緩和……ロック……?」
奏多と長岡さんも理解が及ばないふうに、ただシステムメッセージを口にした。
わたしたちは顔を見合わせると息を呑んだ。
そして少しの間、黙り込む。
風に揺られた木の葉が音をたてる中に小鳥の声が混ざる。
それはひどくリアルで、ここが現実と変わらぬ場所であると一方的にわたしたちに告げているような気がした。
最初に、震えながら長岡さんが口を開いた。
「え、つまり……攻撃されたら、普通に痛いってこと……?」
「てか、耐久値ゼロまでいったら───」
死。
ぞわりと背筋が冷える感覚がした。
実際に死ななくても、身をもって死んだと思わされる。
例えシミュレーションだろうと、進んで被殺害体験をしてみたい人間はそうはいないだろう。
……まあわたしは知ってるが。
「や、やだ……! え、やっぱやめようよ!?」
長岡さんが必死に袖を引っ張ってくる。
「ねえ石川さん! 引き返したら他にも道あるかもしれないし戻ってみようよ、ね!」
気持ちはわかる。でもそれが偽りだということはきっと長岡さんもわかっている。
他にも分かれ道の枝がいくつかあったが、その先は全て枝先に繋がっているだけで行き止まりだ。
目線の先にいる銀騎士は微動だにしないが、目線がこちらを捉えている。
やるしかない。というより、こうやって戦わせるのが目的なんだろうから、戦う以外の選択肢は最初から用意されていないという方がきっと正しい。
「まあ……とりあえず、当たって砕けるしかないかなあ」
「砕けるのあたしたちだよぉ!? あんな剣で斬られたら……あたし……。ね、奏多くんも何とか言ってよ……!」
縋るように長岡さんの瞳が奏多に向けられる。
つられてわたしも奏多の方を見た。
ゾッとした。
「───ふふっ」
ニヤリと笑って、彼方は鉄パイプを両手に握って軽く素振りしてみせた。
「面白いじゃないの! こういうの、ワクワクしてきたわ」
「ええええ!?」
長岡さんが絶叫する。
残念だがおそらく今回は2対1で長岡さんの負けである。
「だってゲームよ? 何もわからない状態で突っ込むのはアタシもどうかと思ったけど、
その目には火の玉のような闘志が宿っていた。
それだけで、わかってしまった。この男は心の底から強くなりたいと思っている。
プロを目指すということは、きっとそういうことだろう。
そんな顔を見せられたら本当にやるしかねえな。
わたしはいつの間にか一歩前に進んでいた奏多の横に立ってみせた。
左手の鉄パイプを強く握り直す。
次の瞬間、銀騎士の兜が動く。鎧が擦れ合う音。
がしゃり、と腹にのしかかるような重い音を立てて、ゆっくりとこちらへ向かって歩き始めた。
※
当たり前だが、鉄パイプはただの鉄の棒である。
しかも中は空洞であり、本来は武器ではない。
当然ながらメイスのように、鎧を叩き潰すような威力はない。
※
思ったよりずっと速い。
それがこの銀騎士と戦い始めた、最初の印象だった。
ジャララー、と火花が散った。地面に刃を擦りながらの突進。
わたしはすんでのところで右に飛んで避ける。
顔のすぐ前を切り上げた剣が通った。
当然、受け止めるなんて無理!
やれば、鉄パイプごと斬られる。それほどの圧。
バトルドレスがどれほど耐えられるのかわからないが、一撃死ということもありうる以上それは試せない。
「チィッ、硬ッたいわねえ!」
後ろから奏多が鉄パイプで殴りつけるが、甲冑に傷をつけるどころか怯みすらしない。
同じくわたしの一撃もただ跳ね返されるばかりで終わっていた。
しかもいやらしいことにこの騎士、ときおり大剣を振りかぶる時のタメのタイミングを外してくる。だから常に集中して動いていなければ、やられる。
騎士は奏多の方に反転した。
そしてそのまま大上段から大剣を振り下ろす。
「奏多来るよ!」
「わかってらあッ!」
避けて殴って避けて殴って、たったそれだけの応酬が続く。
こっちは脂汗すらかいているのに、向こうには傷ひとつつけられていない。
ゲームでいえばこんなもん負けイベだ。やってられねえぜ。
「ゆずこ!」
奏多の声。ハッとする。
そのとき、重い剣が風を裂いた。
ぐるり、と。
遠心力で回転しながら、横薙ぎに大剣の刃がわたしの首に迫る。
あ、ヤバ……。
ここでふと思い出す。
さて、かつてわたしは大引さんに言われたのではなかったか?
『あなたが今持っているのは鉄パイプの形をした、あなた自身の魔力の塊にすぎない』
鉄パイプでは大剣にかなわない。
そりゃそうだ。だって中スカスカだし。
でもそれって、わたしがこれを『ただの鉄パイプ』だと思い込んでいるからじゃないの?
能力の拡大解釈。
それは絶対に屁理屈を成立させなければいけないという話じゃない。
結局は、ただの思い込みだ。
これがただの魔力の塊だというなら。
信じろ!
そして思い込め!
ありったけの魔力を込めて!
ゴシャッ
何かが折れる嫌な音がした。
そしてわたしの体が鞠のように吹き飛ばされた。
「石川さんッ!」
茂みで隠れていたはずの長岡さんが横? にいる。
必死に何か言ってる気がするが、わからない。頭がぐらぐらする。
方向感覚がない。右腕の感覚もない。
もしかして切り飛ばされてたりして。
《イシカワユズ、バトルドレス70%損傷。右腕に壊滅的ダメージ。回復アイテムを使用してください:あなたは所持していません》
うるせえな、今それどころじゃないんだよ。
めまいが治ってきた頭をもたげてAR表示から目線を切って右手を見る。
右手はまだあった。よかった。左手には───。
鉄パイプが、ある。
千切れてもいない、曲がってもいない!
わたしは思わず笑みを浮かべた。
鉄パイプで大剣の一撃を受け切った!
大引さんの言っていたことがこれでようやく理解できた!
少なくとも、この鉄パイプは魔力による《強化》ができる!
よろよろとわたしは立ち上がる。
だらんと垂れた右手はそのままに、左手で肩に鉄パイプを担いだ。
70%損傷だっけか? まだ30%もあるじゃねえか!
まだいける!
…………。
あーもう、冷静になったら超痛い。具体的には腕から肩口が燃えるように痛い。
これが腕吹っ飛ばされた時の痛みだって?
やってられん。こんなの再現したところで魔法少女どうしの試合に何の役に立つのか教えてくれよ。
肩で息をする。
すると、横で長岡さんが泣きそうな声をあげた。
「や、やめよ? 石川さん……もう無理だよぅ……」
そう、無理だ。
どちらにしろ力じゃ勝てない。
たとえ鉄パイプで大剣を受け止められたところで、このざまだ。
正面から打ち合って勝てる相手じゃないのは変わらない。
「長岡さん」
涙で潤んでいる長岡さんの目を正面から見据えた。
「わたしたちを信じて。最後はお願い」
「え……?」
なら。
「ねえ奏多」
「な、何よ」
「一緒に命かけてくれる?」
「はあ!? 何言って……」
「ついてきて!」
わたしは左手だけで残った鉄パイプを握りしめると、駆け出した。
不思議なことに、さっきよりずっと体が軽い。
右腕はずっと痛いし、姿勢だってガタガタ。
そんなこと分かってるのに、笑えてくる。
「食らえやっ」
正面から銀騎士とかち合う。下段からの切り上げ。もうそれはわかっている。
軽く横にステップし、最低限の動きで避けた。飛び上がる。
そして兜の横っ面を思いっきりぶっ叩く!
わかってきた。こいつは結局プログラムにすぎない!
最初は多芸だとは思ったが、いくつかの行動パターンを繰り返しているだけだ!
何度も同じように避けては殴ってを繰り返したおかげで気づけたことだ。
「この野郎、こっち来い!!」
わざと大声で騒ぎ立て、崖際へと飛び込む。
白銀の騎士の視線がこちらに集中し、わたしを追って駆け出す。
それでいい。ゲームならいちばん攻撃力の高い敵を狙ってくるもんでしょ!?
わたしは枝の端───背後に雲海の白い奈落が広がるギリギリに陣取り、もういちど鉄パイプを構えた。
そして、騎士は大上段からわたしに大剣を振り下ろした。
わたしは、魔力を全て鉄パイプに注ぎ込み、それを受け止めた。
いけるか!? 残り30%!
「うぐううううううううう」
左手だけでは足りない! 体ごと鉄パイプに押しつけて全体重で大剣を押し返す! ぐえ、身体に剣が食い込む! 痛すぎ、痛すぎて死ぬ! これ死ぬ!
《イシカワユズ、バトルドレス損傷……85%……90%……》
「奏多ぁぁぁぁ! おねがあああい!」
「ったく、わざわざ鉄パイプ渡しといてアタシにやらせるのがこれ!?」
騎士の体が、ぐらつき、押し出される。
わたしと一緒に。
何をしたかはわかる。
単に騎士の背中を助走をつけて勢いよく蹴り飛ばしただけだ。
わたしたちの中で最も身体能力に自信がありそうな奏多だからこそ、任せた。
その勢いで、崖下に落下する。
騎士はもちろん、わたしも奏多も、3人まとめて雲海に向けて落ちていく。
瞬間、わたしの左手が何かに絡め取られ、ぐいっと引っ張られた。
下を見れば、騎士だけが声もなく雲海の底へ沈んでいくのが見える。
少し上では奏多も同じように、腕を白い糸のようなもので引っ張り上げられていた。
「信じてたよ」
「さっすがひなのんね、最後は外さない。サイコーの仕事よ」
「もう! もうっ! ふたりとも、何でこんなムチャするの!?」
わたしたちを糸で引き上げると、長岡さんはぼろぼろ泣いて真っ赤になりながらブチギレていた。
「でも、でもね……すごくかっこよかったよ」
そう言って、無理やり長岡さんは笑ってみせた。
つられて、わたしたちもただ笑った。