【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
8時10分。
教室に入れば、クラスの集まりはまだ半分くらいでまばらだった。
長岡さんは……まだいないか。
奏多はすでに来ていて、窓際の前から4番目の席に座って盛大に伸びながら大あくびをしていた。
むちゃくちゃだらしないが、イケメンなおかげでそれすらも様になっている。
ほんとにずるいなこいつ。
席についてカバンを机に置くと、わたしは椅子を後ろに回して奏多の机に近づけ、小声でささやく。
(奏多おはよ。ね、昨日の騎士いたじゃん。アレが空から降ってきたってもう噂になってるらしいよ)
(おはよ。それ、アタシも聞いたわ)
(たぶんわたしたちが上から落としたやつだと思うけど、秘密にしといた方がいいよね)
(そうね。ま、立ち入り禁止って言いながらカギ閉めてない方が悪いし、アタシたちは悪くないと思うけど?)
奏多は一切の反省が見られないシニカルな笑顔を浮かべた。
中学生らしい屁理屈である。
昨日わたしたちがいたのは立入禁止区域の奥だ。
あの奥で起きたことが特に教職員の方々の耳に入ろうものなら、わたしたちは入学初日から校則を破ったヤバい奴らの烙印を押されてしまう。
きっともうあの扉の奥にも行かない方がいいのだろう。
まあ、そもそも30分もかけてあんな不気味な地下深くでゲームをプレイする気にはさすがにならない。
8時25分。ギリギリで長岡さんが早足で教室に飛び込んできた。
もう既にほかの生徒はみんな揃っていたので、みんなが一斉に長岡さんのほうを見た。
長岡さんは一瞬ビクリと縮こまり壁の時計を二度見した。
大丈夫、まだ遅刻じゃないよ。
わたしたちが2人で手を振ると、ややほっとしたような顔で自分の席に座った。
伝わるかどうかわからないが、口パクで「あとでね」と伝える。
長岡さんは一瞬きょとんとしていて、やがてあいまいに笑いながら頷いた。
うん、たぶん伝わってないな!
※
ホームルームでは糸原先生から魔法少女専用戦闘シミュレーターについての軽い説明があった。明日の午後に使い方の説明を行うらしい。
わたしたちは説明される前からプレイ済みなわけだが、明日はできるだけ初見を装わねばなるまい。
そのあと午前中は普通の中学校のように担当の先生が代わる代わる授業を行った。
芙蓉中学校は魔法少女の学校だけれど、他の中学校と比べてカリキュラムが大きく変わっているわけではない。
唯一変わってる部分は、時間割で多めに体育の時間が取られていることと、そのせいか土曜日も普通に授業があること。
月曜日から土曜日までぎっしり6時間授業である。
シラバスはどうなってんだシラバスは!
※
鐘が鳴り、ちょうど昼休み。
先生が教室から出て行ったのを見計らって大きく伸びをする。
机の上の理科の教科書を片付けてから、ご飯どうしようかなと長岡さんの方を見た。すると長岡さんもそわそわしながらこっちを見ていた。
一緒にご飯いこー。と口パクで言うと今度は伝わったようで、ほっとしたようにはにかむ。
そして奏多の方を振り返ると、3人の男子が奏多の机を囲んでいた。
「有為くん。よかったら……俺らと一緒に飯行かね?」
「昨日は自己紹介でビビっちまってさ、声かけられなくてごめんな」
「済まぬ」
「なーによーそんなこといいのよ別に。アタシもちょっとあれはやりすぎたかなって思ってたし? もちろん一緒させてもらうわよ」
立ち上がった奏多と目が合うと、ウインクしながら手をひらひらされた。
要は今日は男子でご飯を食べに行くらしい。
まあ、本来ならそっちの方が自然だろう。
とりあえず、今日は長岡さんと2人でご飯にしようかな。
※
「ええ!? そ、それって大丈夫なの……?」
長岡さんがひどく狼狽しながら箸の手を止めた。
わたしが東雲さんと授業後に決闘すると言ったら、途端に顔が真っ青になってしまったのだった。
学年問わず人でごったがえしている2階の大食堂の隅で、わたしたちはなんとか座れるテーブルを見つけて昼ご飯を食べている。
ちなみに私は天丼、長岡さんはサバ味噌煮定食だった。
「多分ね。ま、ただ闘うだけだしそんな心配することないよ。普通の試合だから」
「でも負けたらひどいことされるんじゃ」
「え? ひどいことってなんだろ……」
「え、その……バカにされたり、とか、魔法少女やめろって、言われたりとか」
長岡さんの声は少し震えていた。
昨日東雲さんに言われたことがまだ頭に残っているのかもしれない。
あたりまえだ。あんなふうにいきなり一方的に詰められたら誰だってショックを受けて引きずるに決まっている。
長岡さんはわずかに顔を伏せた。
「……あたしが言われるのはいいの。あたしが弱虫でどんくさいのは本当のことだから。でも、石川さんがそんなふうに言われるのは、嫌」
そしてまっすぐにこちらを見つめた。
心からわたしを心配してくれている、そんな表情だった。
「ありがと。でもわたしだって長岡さんが昨日みたいに言われるのは嫌だよ」
「ううん、あたしは……だめだから。昨日だって、ふたりだけに戦わせてただ逃げようとしてただけだったでしょ……。あたしって、いつもああなの。自己紹介の時も。やらなきゃって思えば思うほど、足がすくんでどうすればいいかわかんなくなって」
そんなことは絶対にない。
長岡さんは、昨日崖から落ちそうになったわたしたちをしっかり助けてくれた。
あなたはきっと、自分が思っているほど臆病な子じゃない。
だから、わたしはできるだけ安心させるようににっこりと笑った。
「ねえ、陽菜乃って呼んでいい?」
「え……?」
「わたしのことも柚子でいいよ! ゆずこでもいいけど」
「え、えと……陽菜乃、でいい、よ? けど……あたし……」
消え入るような声でそう言って、陽菜乃は箸を持ったまま視線を泳がせた。
「よかった! ありがと、じゃあ今からそう呼ぶね」
わたしはあなたと仲良くなりたい。
この世界に生きる中学生の小娘として、素直にそう思った。
「でも、石川さんのこと、名前で呼ぶのは……」
「えー? 奏多のことは奏多くんて呼ぶじゃん」
「あ、あれはその、テンション上がってるときだったからぁ……!」
わたしがわざとらしく口を尖らせると長岡さんは本気であたふたしている。
まあアレ完全にその場のノリでゴリ押しだったもんなあ。
「1回言えば大丈夫になるって! ほら、ゆず、ゆーずー」
わたしはわざと少し顔を近づけて言う。
すると長岡さんは観念したのか、少しの間のあと口を開いた。
「ゆ、柚子……ちゃん……」
「よっしゃ!」
わたしは小さくこぶしを握った。
「あれ? もしかしてこれ奏多とやり口が同じじゃない?」
「えっ? あはっ、そういえばそうかも」
わたしたちは顔を見合わせて、思わず小さく笑い合った。
「これからよろしくね、陽菜乃」
「うん、柚子ちゃん」
東雲さんをぶちのめす理由ができた。
一度あいつの鼻っ柱はぶち折ってやらなきゃいかん気がするぜ。
※
そしてその日の授業後。
城の正面から少し歩いたところにある第1練習場にわたしはいた。
白線が敷かれた広い人工芝のバトル・フィールドが5枚づつ2列に並んでいて、その周囲を観客席がぐるりと囲んでいる。
そのフィールドのひとつで、わたしと東雲さんは10メートルほどの距離を開けて向かい合っていた。
観客席に目を向ければ、陽菜乃と奏多、そして面白がってついてきたクラスメイトが数人。そこから少し離れて大引さんがニコニコしながらこちらに手を振っていた。
「ゆずこー! 気張んなさいよー!」なんて大声で奏多が叫んでくる。
それを聞き流し、わたしは東雲さんの顔をまっすぐに見つめた。
「ねえ東雲さん、ひとついい?」
「何? 今更怖気づいたなんて言わせないわよ」
東雲さんの目線が鋭くわたしを射抜いた。あせるなよ。
「わたしが勝ったら陽菜乃に昨日言ったこと謝ってくれる?」
「……何のこと?」
「魔法少女向いてないとかやめろとか言ったことだよ」
「何言うかと思えば……くだらない。私は事実を言っただけ。何を謝る必要があるの?」
そう言ってわざとらしく肩をすくめてみせると、東雲さんは鼻で笑った。
「人間一目見ただけで全部わかったつもりになってんじゃねえぞクソガキ」
「は?」
一瞬、東雲さんの表情が固まる。
だがすぐに何事もなかったかのように佇まいを戻した。
ま、この程度で動揺するわけないか。
「……ならさあ、あんたが負けたら何してくれるの?」
「そしたら東雲さんのパシリにでもなんでもなってあげるよ」
「ふうん、その言葉忘れるなよ」
会話が終わる。
そしてわたしたちは
わたしは左腕の腕時計を。
東雲さんは少し袖をまくると、右手首に巻かれたブレスレットを。
そして風を切る音とともに、頭上に白銀色のドローンが現れる。
《魔法少女決闘審判用AI-Temisです》
《予約された決闘時間になりました》
《変身を開始してください》
わたしは軽く息を吸って、文字盤をなぞった。
お互いの変身音声が重なる。
《───Change!》