【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
クラスメイト8人でしこたま晩ご飯を食べて寮に戻ると、今日もすでに夜8時を回っていた。
部屋に入れば、大引さんが下着姿で寝ころびながら本を読んでいた。
下着といっても黒いスポブラとショーツなので寝る時のよくある格好ではある。
ちらっと表紙を覗いてみると『ビタミンBで学ぶ栄養学』なんて書いてある。
こういう本を寝る前に当り前のように読んでるあたりが強者である理由なんだろうなあとなんとなく思う。
「石川さんおかえりー」
「ただいまです。今日も遅くてすみません。……あの、センパイっていつも部屋でその格好なんですか?」
「そうだよー。寝る時は全部脱ぐけどねー」
ヌガンデイイ。
それでも常に裸族じゃなくてよかったとほっとする。さすがに目のやり場に困るしな……。
“見た目は好みならいいじゃない”
(さすがにそこはからかうのやめてくれる?)
“はいはい”
さすがに大引さん相手に興奮するとかナイナイ。
前世ならともかく今のわたしはただの小娘である。
シャリンだってそれいつも言ってんじゃん。
“かといって男を好きになるわけでもないでしょ、柚子は”
(まあねえ)
はあ、ってことはわたしたぶん一生独身かもしれないな。
“中学生のセリフじゃないのよ。それは”
使い古して伸び伸びになっている寝間着に着替えながらシャリンと適当に脳内で喋っていると、やがて大引さんはごろごろと寝返りを打ちながらわたしに目を向けた。
「あ、今日はおめでとー。あれからどのくらい熟したかなって思って見てたけど、順調に育ってて安心したよ。私のアドバイス、役に立ったー?」
「おかげさまで。あとその言い回しキモいですよ」
「でもまだまだ青いねー。つい味見したくなっちゃったけど我慢しなきゃ、うふふ」
「それもキモい」
枕を抱きしめながら「ひどいー」とつぶやくくせに、隙間でむふふと悦に浸る大引さん。キモすぎて震えるぜ。
すでにわたしは大引さんに対して普通に冗談まじりに会話するようになっていた。
これはこれでいい関係……なのか……?
「ところで最後のはダメじゃない? 何の根拠もない行動に見えたけど」
「えっ」
思い出したようにむくりと起きて、大引さんはニヤつきながら言う。
「最後に鉄パイプ上に投げたでしょ。あれはどうして?」
……あの行動がヤケクソだと見抜かれてるってこと? ヤバいだろこの人。
わたしは肩をすくめた。
「はぁ、お察しの通りただの勘ですよ」
「ま、だよね。でもやけくそで勝っても次に繋がらないよー」
「い、いや……あの局面で勝ちに行くなら他にやりようなくないですか!?」
大引さんはやたら手厳しい。あれ以外どうしろってんだよ、えーっ!
「別に負けてもいいんだよー。でも“なんとなく”はダメ。確信を持った行動だけが次の試合に繋がる。だって振り返った時に『なんで私ってあんなことしたんだろ?』ってなってもむだに悩むだけじゃない?」
たしかに“勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし”とは言うけれども。
「いちおう今回のは“たぶん、できる”くらいの感覚はありましたけど……」
「今回はね。だからこれは今後のためのアドバイスってことー!」
大引さんはずびっと人差し指を立てた。
アドバイスするときこの動きするの癖になってるのかな。
「ていうかずいぶん親身に教えてくれるんですね。ありがとうございます」
「あなたを今年度中にライジングフォームに至らせるって言ったのは私だよー? 忘れた?」
「はいはい、それと唯一無二の血闘でしたっけ」
「うん!」
適当に流すと大引さんはゆるっとした気持ち悪い笑顔を浮かべた。
この人たぶん興奮するとこうなるのね……。
「あと、
※
今日は大引さんよりも先に一番風呂をいただいている。
仮にも先輩より先に風呂に入るのはいいのかと思ったが、先輩の方から「闘って疲れてるんだから遠慮しないでー」なんて勧められたら断るわけにもいかない。
湯船に浸かり、もやのかかった天井をぼうっと見上げながらふと考える。
『選ぶ余地があるってことは戦術がブレがち。これしかない、って思ってやってる時より、判断ミスが増える。考えることも増えるってことはそういうこと』
ついさっきお風呂に入る直前に大引さんに言われた言葉の続きである。
確かに、と思う。
鉄パイプで相手の攻撃を吸収して放出できるといっても、そもそもどんなタイプの攻撃が吸収できるのか? できない攻撃があるとしたら? 放出して相手に攻撃を当てたところで、それは相手の魔力属性をそのまま返しているだけであり、果たしてそれが有効なダメージとして成立するのか?
現時点ですぐに思いつくだけでも、このくらいの疑問はあげられる。
“別に勝った日くらいそんな考えなくたっていいと思うかしら。あの女に毒されすぎじゃない?”
シャリンがあきれたように脳内でつぶやく。
でもまあ大引さんの言ってることは間違ってはないからなあ。
“もっとワガママでいいんじゃない? 理屈さえ通ってればうんって言っちゃうのガキっぽくなくて嫌いなんだけど”
(シャリンポイントが減ったってわけね)
“テキトーな塩対応やめなさい。あとアナタちょっと捨て身で闘いすぎよ”
(バトルドレス着てるんだから自分も相手も怪我しないしいいじゃん)
“なんでもいいけどもう少し自分を大切にしなさいよ”
今日のシャリンはずいぶん過保護である。
“……ハァ。あと、思い出したことがある。大したことじゃないけど聞く?”
(そう言われると逆に気になるじゃん)
“今日闘った東雲紫のこと。東雲ってどっかで聞いたことあると思ったら、確か500年前くらいに雷使いでそんなヤツいた気がするわ。気になってさっき調べたら20年くらい前にも同じような能力の東雲って魔法少女いたし”
(なんて?)
わけのわからない単語がシャリンから飛び出した。500年前ってなに?
“魔法少女なんてずうっと昔からいたんだから驚くことないじゃない。まあその頃は別の名前で呼ばれてたけど。魔戦士だか魔闘士だかなんとか。歴史の授業とかでやらない?”
(少なくとも小学校の授業じゃやらないのは確か)
“確か毅が大学受験するときの日本史でやってた気がするじゃない”
魔法少女ってそんな昔からいるのかよ。魔法少女の歴史なんて調べようとも思わなかったので素直にビビる。
“まあいいわ。話を戻すけど、東雲ってのは雷の能力をずっと能力継承してきた一族。だからあの女は真名だけ知っててハーフフォームになれてたってワケじゃない”
(……能力継承ってなに?)
“α族には魔法少女に著しく有益な能力が発現した場合、
著しく有益な能力ね。だから東雲さんはあんな強そうな能力持ちだったってことか。
“で、この話には続きがあるかしら。能力継承の目的が形骸化した今、能力継承の権利を保持するためには“魔道競技において一定の実績を示す”ことが必要。認められなければ剥奪。これは魔法少女決闘規約において定められてる”
シャリンは一度そこで言葉を切った。
なんとなく言いたいことが分かった気がする。
“東雲紫だっけ。あの女が常にキレ気味で余裕ない理由がこれで少しはわかるんじゃない?”
(ごめん割と大したことある話だったわ)
要は東雲さんは常に勝利のノルマに追われながら魔法少女をやっていて、戦績が芳しくなければ能力を剥奪されるリスクと常に闘っているということになる。
『結果が出なきゃ、勝たなきゃ、なにもかも意味なんてなかった。全部無駄なのよ……』
東雲さんに言われた言葉を改めて思い出す。
「でもって、わたしのことが嫌い、ね……」
ふと、シャワーの前の壁についている鏡を見る。
そこには黒髪黒目をしたごく普通の小娘しかいない。
プレッシャーで余裕がないから周りにつらく当たっているのだろうか?
いや、それにしてはいくらなんでもわたし嫌われすぎな気がするけど。
“要は嫉妬じゃない?”
(ええ?)
“楽しそうに魔法少女やってるやつが嫌い。苦労してるように見えないのに強いやつが嫌い。それだけの話よ。結構なことじゃない? ガキっぽくて”
うわあ、思春期中二病真っ盛りだなそれ。
全方位にナイフ振り回してるぜ。
“つまり柚子もそのくらいガキっぽくなりなさいって話よ”
(結局その話に戻るんかーい)
“たまにはブチ切れて殴り合いの喧嘩するくらいしてみたら?”
(だから鉄パイプでぶん殴ったじゃん。ダメなの?)
“そういうことじゃないんだよ”
そう言われてもなあ。シャリンの要求は相変わらず厳しい。