【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
翌日。
6時半に目覚めると、すでに隣のベッドはきっちりベッドメイクされた状態でもぬけの空だった。
『お早う。あの女なら5時くらいに起きてどっか行ったじゃない』
ベッド横のチェストに置いた目覚まし時計の上にシャリンが乗っかっていた。
部屋にはわたしたち以外誰もいないので、シャリンも気兼ねなく実体化して普通にしゃべっている。
「昨日いつも朝練してるって言ってたしそれかな。どこでやってんだろ」
大引さんは闘ってくれる生徒が誰もいない哀れな女なので、実践的な練習をしようにも難しそうである。
『それこそシミュレーターとやらの中に入って練習してるんじゃない?』
「あっ、そっか」
思わず両手をたたく。確かに、一人でも効率よく練習するためにあのVRMMOはあるんだろう。
そういえば、今日は訓練シミュレーターの説明があるって糸原先生が言ってたな。
とにかく変なことを言わないように気を付けなければいけない。
品行方正清廉潔白に学校生活を送れるかは今日にかかっている。
わたしは初見! 初見です!
※
城内、昼休みが終わり午後の授業。
1-Aの生徒20名全員を後ろに引き連れて、糸原先生は教室がある方とは真逆の回廊を歩く。いくつか階段を上ったり下りたりして、10分くらいかけてたどり着いたのは、回廊の突き当り、通常の教室より比較的大きな両開き扉の前である。
扉の上の室名札には【魔法少女訓練シミュレーター室】とある。
「糸原せんせぇ~、もにぃ絶対迷ってこんなとこ来れないよー☆」
津々木さんが手を上げながらなぜか楽しそうに抗議の声をあげる。するとそれに続いて何人かの子たちがそうだよなあと話し始めた。
わたしも気持ちはわかる。わたしもすでに教室からどうやってここまで来たかあんま覚えてないし。
「まあ陽菜乃についていけば安心かな」
「えっ、柚子ちゃんも来た道忘れちゃったの?」
きょとんとした顔で隣の陽菜乃が尋ねてくる。
一度も道を間違えたことがないゆえの余裕を感じるぜ。
「わたし道覚えるのヘタなんだよね……スマホで地図回しててもなんか違うとこ行っちゃったりするし」
「えと、たぶんそれ、スマホに頼りすぎて覚えようとしてないからかも……目印みたいなのを探して覚えておけば、案外忘れなかったりするよ!」
「おっしゃる通りで……」
わたしは心の中でさめざめと泣いた。
その通りです、覚えようとしてないから覚えられないんです。
心底善意でアドバイスしてくれるが、オブラートに包まない陽菜乃の指摘が痛い!
「な、長岡さん結構ズバズバ言いよるなあ……」
「え、柚子ちゃん、あたしなんかやっちゃった……?」
「いや大丈夫。陽菜乃が優しさで言ってくれたのはわかってるから……!」
「でもさ、覚えようとしてないから覚えられないって真理だよね~。スマホで地図アプリとにらめっこしてるとそれどころじゃなくなっちゃうし。私もそれかも~」
西織さんと雲母さんも話に入ってきたあたりで、糸原先生がぱんと手を叩いた。
みんなの視線が集中する。
「ハイみんな静かに! シミュレーター端末はここだけじゃなくて校内敷地のいろんな場所に設置してあるから心配しないで。ただ校内で一番まとまって設置してあるのはこの部屋、授業をするのもここ! だから分からないときは教職員の誰か捕まえて聞くなりして覚えてね!」
※
部屋の中は大教室らしくわたしたちの教室の数倍の広さがあり、整然とディスプレイ付きの黒い大型装置が並べられている。
その形にどこか既視感があったが、最初にその答えを呟いたのは佐磁くんだった。
「なんか音ゲーの躯体っぽいでござるな……」
思い出した。まさにそれだ。
そう言われると、この部屋の雰囲気が完全にゲームセンターに見えてくる。
というかプレイ感はVRMMOぽさあったし、どっちにしろゲームみたいなもんかもしれない。
わたしたちが並んでいる装置の前にひとりづつ立ったのを確認すると、糸原先生の説明が始まった。
「まずは画面をタップして説明に従って新規アカウントを取得してね。もし2年生か3年生に誘われてもうプレイ済みの人がいたら、ログインボタンを押した状態でちょっと待機しててね」
プレイ済みかもしれないがしれっとわたしは新規アカウント取得画面に映る。
昨日アカウント作らされる場面無かったしたぶん大丈夫だよね……?
「これってシミュレーター始めたら勝手に変身すんのかなあ……」
めちゃくちゃ嫌そうな顔で右隣の装置に立つ炭谷君が声をかけてきた。
そういえば昨日は勝手に変身した状態で放り込まれたことを思い出す。
「ど、どうだろうね~? ナハハハ。ね、陽菜乃、どうなるんだろね~」
「そ、そうだね。わかんないよね。あっ! もしかして、先に変身しなきゃいけないとか、なのかな?」
わたしと左に立つ陽菜乃はめちゃくちゃ白々しいやり取りをしながら画面に学籍番号や名前など個人情報を入力していく。
炭谷君は訝しげに首を傾げた。
「……なんか変だな。まさかふたりともプレイ済みだったりしねえか」
「ナイナイナイナイ。それはナイ」
「余計に怪しいんだが……」
じっとりとした目線を向けてくる察しのいい炭谷君を無視して入力を終わらせて次に行くと、画面の中心に手のひらの形が映る。
「はい、みんな入力は終わった? 次の画面に行くと手のひらの画像が映ってると思います。それに触れると魔力認証が行われてユーザー登録完了! あ、触れたら2~3秒はそのままでね! すぐ手を離したらうまく認証できないかもしれないから。それじゃ、準備できた人から始めてください!」
わたしは一瞬目を閉じてから、ゆっくりと画面に向けて手を伸ばした。
何も起きませんように!
《アカウントNo.PF1003665 長岡陽菜乃、新規ユーザー登録完了》
《アカウントNo.PF1003668 炭谷竜馬、新規ユーザー登録完了》
両隣から電子音性が聞こえた。思わず陽菜乃の方を見た。
わたしたちはほっとしたような顔で、無言で微笑み合う。
陽菜乃が登録できたならわたしも問題ないはず! よし!
わたしは勢いよく画面に手のひらを押し付けた。
《エラー。このアカウントは既に使用されています》
《仮想アカウントNo.AA0000128 ユーザー名未登録》
《警告:管理基準を満たさない不正なアカウントです》
《ログインを否認します》
ビビー! エラー音ですよと言わんばかりの甲高い音が響きわたり、装置を動かしていたほかのクラスメイトが一斉にわたしを見た。
わたしは手のひらを画面に押し付けたまま完全に停止し、無言で視線だけをさまよわせた。えっ、なんで……? と陽菜乃がわたしの代わりにつぶやく。
あ、これ終わったわ……。
目の前の装置で何が起きたのかわからないが、とりあえず終わったことだけはわかるぜ。校則違反、弁解の余地なし!
「……石川さん、後でちょっとお話いいですか?」
無言で近づいてきてわたしの隣で画面を確認した糸原先生が、無理やり作り出したような笑顔でニコッと笑いかけてきた。
えっ、早くも終わりですか!? わたしの学校生活!?
※
数分後。
今、わたしは誰もいないシミュレーター室でただひとり立ち尽くしている。
実際のところは誰もいないわけではない。
みんなログインが終わり、いかなる仕組みか文字通り装置の中に吸い込まれていったのである。
……いや、フルダイブ型のゲームで身体ごとワープするっておかしくない? 脳だけ別の景色を見てるならともかく、なら身体は今どこにいるわけ?
なんて現実逃避気味に考えてみる。
ちなみに陽菜乃と奏多はログイン直前に心配そうにこっちを見てきたけど、わたしはサムズアップして気にするなアピールをしながら見送った。
問題なくログインできるならそれに越したことはないからだ。
糸原先生も誰かに電話をかけると、わたしに少しここで待機しているようにと言い含めてから装置にダイブしていった。
なのでシミュレーター室にはわたしひとりである。
『少し校則違反したところで退学にはならないじゃない。常識的に考えて』
「そうだけど入学3日目で校則違反は冷静に考えるとフルスロットルすぎるわ」
嘘。本当は入学初日である。余計にヤバいわ!
『元気があってよろしいって逆に評価されるかもしれないじゃない?』
「そのくらい楽天的な性格になりたかったぜ」
シャリンに突っ込んでいると、ギィと扉が開く音がした。
そして、カツ、カツと特徴的なヒールの音が響く。
一度見たら忘れられないほっそりとした八頭身に、今日は艶のあるワインレッドのパンツスーツで酒脱に決めている。
「お待たせしました、石川柚子さん。校長の春日井です。───さて、なぜ私がここに来たのかお分かりですね?」
校長が召喚されてしまった。わたしは絶命した。