【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます!   作:きなかぼちゃん

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校長室へようこそ

 春日井校長に案内されるがまま校内を歩く。

 やがて足が止まる。目の前の金色の扉には【校長室】とある。

 

 春日井校長はドアを開け、わたしを手招きした。

 わたしはごくりと喉を鳴らした。

 さて、どんな処分がわたしに下るというのか。入学早々停学はヤダなあ。

 

 校長室に入ると、ボルドーのカーペットが敷かれた、整然とした空間が広がっていた。正面突き当りに大きなこげ茶色の重厚なデスクがあり、その上には埃ひとつない。机の背後にある窓の前には黒いツイードハットがかけられた背の高いポールハンガーが置かれている。

 

 手前には黒革のソファとガラスのローテーブルを組み合わせた応接セットがあった。

 

 どことなく春日井校長の人柄が見えるような、入っただけで背筋が伸びるような場所である。

 

 まず春日井校長はわたしをソファに案内すると、

 

「何か飲まれますか? と言ってもコーヒーか紅茶しかありませんが」

「え!? えと、じゃあ、コーヒーでお願いします」

「であれば、薄めで淹れておきましょう」

 

 そう言うと、春日井校長は窓際の棚の上に置かれているコーヒーメーカーを起動した。コーヒーを抽出するゴボボボという音と共に、部屋の中に香ばしい香りが広がる。

 

 やがてコーヒーを淹れ終わると、春日井校長はわたしの前に高そうな陶器のソーサーに載せられたカップを置く。

 

 そしてテーブルをはさんで、わたしの前に優雅に座った。

 

「お待たせしました、石川さん。授業中にお呼びだてしてすみませんが───飲みながらで結構なので、私の質問に答えてもらえますか?」

「は、はい」

 

 つい背筋が伸びる。

 正直、コーヒーを優雅に味わえるようなテンションではない。

 

「入学してから今までの間、あなたは城の地下に行きましたか?」

「……はい」

「そうですか。ではその奥で、滝のように水が流れる大穴を見ましたか?」

「はい」

「その大穴への道には鍵は掛かっていましたか? そして、扉の警告文は読みましたか?」

「いえ、最初から開いてたと思います……鍵なんか持ってませんでしたし。あと立ち入り禁止なのは分かったうえで入りました。本当にすみませんでした」

 

 こういう時はしっかり目を見て答えなければならない。

 わたしは春日井校長の怜悧な切れ長の瞳をじっと見据えながらはっきりと答えた。

 

 すると、春日井校長は表情を険しくすると、腕を組んで思案するような素振りをした。

 

「石川さん、先ほどの貴女の魔力認証のログ解析した結果、旧型シミュレーターに不正にログインした記録が残っています。そのことについて何か存念はありますか」

「はい。ログインしたというより、触れたら勝手にログインしてしまったって感じではあるんですけど……」

「なるほど。では聞きます。その時貴女は1人でしたか?」

「えっ」

 

 思わず間の抜けた声を出してしまう。

 考える。いや、気持ち的にここで陽菜乃と奏多を売りたくはない。

 でも正直に言うべきのような気もするし、どうすればいい?

 

 ほんの少し、春日井校長から目をそらす。

 ダメだ、こんなことしたらやましいことがあると言ってるようなもんじゃん!

 そしてたぶんこの人はそういうちょっとした仕草を見逃してくれない。

 

 その時、バタバタと出入り口の外から音がした。

 

 そして、転がり込むように誰かが入ってきた。

 思わず扉の方を見ると、既に見慣れたふたりの姿がある。

 

「あ、あの! 失礼しますっ! 柚子ちゃん、ちがっ、石川さんは何も悪くないです! あたしが立ち入り禁止のところまで無理やりつれて行ったんです! だから全部あたしのせいなんです! ごめんなさい!」

「ちょっとひなのん何ちゃっかり自分だけのせいにしてんのよ。アタシだってノリノリだったわけだし連帯責任よ」

 

 どれだけ急いで走って来たのか、陽菜乃は肩で息をしていて汗だくだった。

 いっぽう奏多は涼しい顔をしている。

 

「ふたりとも授業はどうしたのさ……」

「えっと……糸原先生にわけを話して抜けて来たの」

「上に同じ〜。ま、無理やりログアウトして出てきたから多分あとでたっぷり絞られるの確定よ。悪いケドゆずこも付き合ってね。このとーり」

 

 奏多が手のひらを合わせた。ったくふたりとも無茶しやがる。

 ふと、大引さんを引きずっていた時の糸原先生のキレっぷりを思い出す。

 ヤバい、あの感じで怒られたら怖すぎて震えてくるぜ。

 

 でもまあ、3人まとめて仲良く怒られるなら悪くはない気分だ。

 

「さて、石川さん。貴女が言わずとも答えは出たようですね」

「あ、す、すみません!」

 

 春日井校長の声で現実に引き戻され、視線を元に戻す。

 なぜか春日井校長はわずかに涼しげな笑みを浮かべていた。

 

 でもそれも一瞬のことで、スッと目を細めると立ち上がった。

 

「友人を思う気持ちは大いに結構! ですが立ち入り禁止区域に面白半分で入るのはまさしく校則違反であり、あなたがた自身をも危険に晒す行為です。あの場所に立ち入ったのであれば、その理由は言わずとも理解できますね? 3人まとめて大いに反省していただきます。罰則の内容は追って伝えましょう」

 

 それはわかる。万が一あそこから落ちたら100%死ぬし、誰も見ていなければ永遠に行方不明扱いのまま終わるだろう。

 

 わたしたちは3人揃ってごめんなさいと頭を下げた。

 この人には無軌道な子供にも自然とそうさせるだけの凄みがある。

 

「も、もしかして停学とか……」

 

 陽菜乃が後ろでつぶやくと、春日井校長は表情を崩さないまま口を開いた。

 

「なるほど、それがお望みですか。長岡陽菜乃さん」

「そ、そんなことないですっ! なりたくないです!」

 

 真顔でからかわれて慌てふためく陽菜乃。そして、ふと疑問に思う。

 

「あの……春日井先生。質問してもいいですか?」

「答えるべきことならば」

「わたしたちが行ったあそこって結局なんの場所なんですか?」

 

 

 

 

 3人が退室し、扉が閉じたのを確認する。

 そしてシャリンは実体化して正面のデスクに降り立った。

 

『……柚子の代わりにもう一度聞くけど、アレ何なの? ワタシが立ち入れない瘴気レベルってどう見てもヤバいじゃない』

 

 春日井校長は、残されたコーヒーカップを片付けながらそれを聞き流している。

 けしてシャリンを無視しているわけではない。

 その問いが自分に向けられていないということを理解しているだけだ。

 

『あのさあ───アナタに聞いてるんだけど、アストロイド。それとも“()()()”とでも呼んでほしいのかしら?』

 

 瞬間、奥の窓際に置かれたアンティーク調のポールハンガー、その一番上の空間がゆがんだ。

 

 そして浮かび上がるように現れたのは、銀色の巨大なシマフクロウである。

 その瞳は星空のように青い。

 

『上手く隠形したつもりだったのですが、やはり貴方の目は逃れられませんか。お久しぶりです、シャリンさん。ええと……30年ぶりくらいでしょうか?』

『地球人の認識に合わせるなら正確には34年4か月27日ぶりじゃない。はっ、居留守使うなんていつも女々しかった小僧がずいぶんと偉そうになったものかしら』

『基本的に私は正体を明かさないようにしているのですよ。そのぶん春日井先生には余計な仕事を増やしてしまっていますが、理事長の正体がα族だと知れたら余計な詮索や不安を抱く方もおられるのでね。シャリンさんも他言無用でお願いしますね?』

 

 シャリンはわかりやすくピィとため息をついた。

 

『釘刺すならもっと早くしときなさい。ワタシはそんなの承知で柚子を入学させてるんだから今言われなきゃ普通に喋ってたかしら。なんならおととい言いそうだったし』

『すみません。ご配慮痛み入ります』

『そういう変に抜けてるところは昔から変わらないじゃない』

 

 2羽の鳥はお互いに軽く笑う。

 そして、アストロイドの宇宙色の瞳が春日井校長をとらえた。

 

『春日井先生。すみませんが10分程度お時間をいただいても?』

「私には聞かせられぬ話、ということですか。アストロイド理事長」

『いえ、古い友なので』

 

 アストロイドはくちばしの奥でくつくつと笑った。

 それを見て、春日井校長はやれやれと不服そうにため息をつく。

 

「よろしいでしょう。ですが時間を区切らなくても結構。私には仕事があります。どうぞ好きなだけお話しになられると良い」

『これは手厳しい』

「なぜあの場所に彼女らが辿り着けたのか調査せねばなりませんので。では」

 

そして立ち上がると、あくまで優美に、体幹を崩さない堂々とした歩みで校長室を退室した。

 

『古い友? お世話になった先輩の間違いじゃない?』

『そこは言葉のあやということで』

『……まあいい、はっきり言ってワタシはムカついてる。立ち入りを固く禁じる? 中学生の小娘と小僧の探検ごっこでたどり着ける程度の場所にあんな代物を放置してるアナタに対してね』

 

 シャリンはひどく憤るようにばさばさと翼を広げた。

 

 城の地下に()()()()()()()()と初めから知っていれば、シャリンは少なくとも柚子を芙蓉中学校に入学させようとはしなかっただろう。

 最初に受験を勧めたのは母親の綾華だが、そこでやんわりと受験校を変えるよう働きかけたはずである。

 

『それに関しては心から謝罪します。ですが……本来ならばたどり着けないようになっているはずでした。そのように道を作りましたから。当然扉も固く施錠してあります。ですが、開いていた、と。シャリンさん、それは事実ですか?』

『確かに開いてたわ。嘘ではない。鍵なんてかかってなかった。瘴気が濃すぎてワタシは奥に行けなかったけれどね。監視カメラとか付けてないわけ?』

『前まではあったんですがね。シャリンさんも体験されたとおり、今では瘴気のせいでまともに映像なんて映らないんですよ』

 

 何かを撮影するとき、時おり映像に奇妙なものが映りこんだり、壊れていないはずなのに一切の映像が記録されないような不具合が起こる。

 いわゆる心霊映像の一種である。

 α族たちが“瘴気”と呼ぶそれは、人間社会において霊障の一種として扱われる。

 

『アナタの管理不行き届きには興味ないからどうでもいいけど、もう一度聞く。あの奥にあるものは何?』

特定異界災害(とくていいかいさいがい)(いち)、無苦の樹骸(じゅがい)ベニカスミ、その死体です』

『はぁ? それ何年前の話かしら。1000年前でしょう、そいつが活動してたの』

『ええ、当時の武士(もののふ)───魔戦士たちが奴をここ淡路島の地中に叩き落としたのはシャリンさんも知っての通りです』

 

 特定異界災害とは人類に致命的損害をもたらすと認定された特に強力な異界生物(ダスク)を指す。

 だが時は現代。最後の異界生物(ダスク)が日本において討伐され、根絶が発表されたのは1892年(明治22年)の話である。

 もはや異界生物(ダスク)などという単語は過去の歴史の中にしか登場しない。

 

『生きてたとか言わないでよ』

『まさか! 死んでいるのは確かです。ですがその死体は朽ちないまま地底に根を張り続けている。そして1000年をかけて徐々にその枝を地上にも伸ばしているというわけですね』

『やっぱ生きてんじゃない! さっさと焼くなり埋めるなりしなさいよ』

 

 シャリンが突っ込むと、アストロイドはホホッと鳴いた。

 

『無理ですよ。奴は死体ですから、死体を殺すことはできない。そして1000年の時を経て生死の概念すら薄まっている現状、魔法少女がいくら攻撃しようと無駄です。今、我々にできることは奴を最も近くで監視することだけでしょう』

『そんなのんきなことを……』

『いいえ? ご冗談を。まさに今、我々はかつてない規模で異界生物(ダスク)への対抗策を手に入れているじゃないですか。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今現在、NPMの発表によると魔道の競技人口は数万人に及ぶ。

 そして国内における最高峰に位置するルミナスリーグで1シーズンに魔法少女たちが手にする賞金は軽く億を超える。

 現在、野球に並ぶドル箱スポーツと化した魔道は、膨大な放映権料やスポンサー料によって隆盛を極めていた。

 

 そう、いつどこで異界生物(ダスク)が現代に復活したとしても、それを殲滅する準備は常に整っている。

 

 α族と日本政府が密かに結託し、今なお継続している国策である。

 100年以上前に滅んだとされ、さらに今現在ありもしないものを防衛するための予算など付くはずがない。

 

 だからこそ魔法少女はエンターテイメントと化した。

 

 これがα族が今なお魔法少女を増やし続けるもうひとつの理由であった。

 

 

 

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