【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
「まったく───入学早々、急にログアウトして授業抜ける生徒なんて初めて見たわ! しかも2人も! しかも!? 初日から!? 校則……違反……うぅ……」
高い天井に絶望的な声が響く。
その日の授業後、わたしたちはクラスメイトがみんな帰った後のがらんとした教室の中で3人並んで立たされていた。
目の前、教卓を挟んで糸原先生はがっくりと肩を落としている。
怒られるの覚悟していたのだが、逆に悲しまれていていたたまれなくなる。
もはや烈火のごとくブチ切れてくれた方がマシな気がしてしまう。
わたしたちが初日に立入禁止区域に入ったことは、校長から連絡があったのか既に糸原先生の知るところとなっていた。
2人はひとまず授業に復帰できたが、わたしはいったんシミュレーター用のアカウントを作り直さなければいけないらしい。
学校事務の方で現在不正アカウントの削除手続きを行なっている途中である。
もちろんログインはできないので、今日の授業は受けられませんでした!
「糸原先生、黙っていてごめんなさい。その……ああいったことは金輪際いたしませんので。はい……」
「ごめんなさい……」
わたしと陽菜乃は揃って頭を下げた。その一方で、
「ごめんなさい先生。さすがに初日からやることじゃなかったわ」
「奏多、ちゃんと反省しな」
ひねくれ調子で謝る奏多をじろりと横目で睨んでみせると、ばつの悪そうな顔をして「わかったわよ」とつぶやく。
昨日の朝も零していたが、結局のところ奏多は『扉が開いている方が悪い』と思っているので、100%心から謝る気はないのだろう。
それはそれでいいが、態度には出してはいけない。
「いや、あのね……怒ってるわけじゃないの」
「えっ?」
「もちろん校則違反はダメです。勝手に授業中にどこか行っちゃうのも今後は絶対にやめるように。ただ、春日井校長から聞きました。今回の件は施錠管理ができてなかったこちらのミスでもあると。だから私が考えているのはそうじゃなくてね」
そこまで言って糸原先生はわたしたちの顔を順番に見まわし、少しだけ間を置いた。
「……この機会だから聞いておきます。3人とも何か困っていることはない? 初めての寮生活だと思うけれど、気疲れしてないかな? そう、例えば……寮に戻りたくない、とか」
わたし3人は顔を見合わせて首をかしげると、糸原先生は慌てて声を上げた。
「あっ、何もなければそれでいいのよ。でも過去にもルームメイトとうまくコミュニケーションが取れなくて消耗している子も何人も見てきた。ひどいケースだと寮から抜け出して、教職員でさえ気づかないように城の中で生活しているような子もいたからね……」
つまり糸原先生はわたしたちがルームメイトの上級生と上手くやれそうになくて、その結果寮に寄り付かず城の地下に潜り込んで暇をつぶしていた可能性を考えているのかもしれない。
というか寮抜け出して城で暮らすってなかなか闇だな……。
確かにこれだけデカい迷路みたいな城じゃ、隠れようとすれば教職員だってそうそう見つけられないだろう。わたしたちが行った地下ならなおさらだ。
「えっと、あたしは今のところすごく良くしてもらってます」
「アタシも。ま、ちょっと部屋散らかす系の先輩なのは不満ですけど?」
陽菜乃と奏多は意外なことを聞かれて驚いたのか、目をぱちくりさせながら答えていた。そして糸原先生はわたしをひどく心配そうな顔で見た。
まだ入学して3日である。
普通なら考えすぎと言われてもおかしくないけど、わたしは糸原先生が心配する理由がわかってしまった。
要はわたしが大引さんと一緒に暮らしていけているのかが不安なのだろう。
「石川さんはどう? もし少しでも不安があれば言ってほしいかな。あの子の面倒は2年間担任として見てきたから、少しは相談には乗れると思う」
「今のところだいじょーぶですよ。大引センパイとは割と上手くやってるので」
わたしはできるだけ安心させるように意識して笑顔を作った。
まあ、大引さんとは卒業式の日に闘って泣かせるという狂った約束をしてしまったわけだが、それを言うとややこしくなりそうなので今はまだ言わないでおく。
わたしの言葉を聞くと、糸原先生は驚いたように目を瞬いた。
「えっ上手くやれてる? 本当に?」
「はい。別にいじめられてるわけでもボコボコにされてるわけでもないので! 帰ったら普通に喋りますし……」
むしろ今のところ大引さんは的確なアドバイスをしてくれる良き上級生という感じである。初日に言いたいこと言ったのが功を奏したのかもしれない。
「そ、そう? 大丈夫ならいいんだけど……でも、もし何かあったらすぐに相談してね」
「もうその時はいの一番に先生に言うのでだいじょーぶです!」
そこまで言うとようやく糸原先生はホッとしたような様子を見せてくれた。
もしかすると初日に寮の部屋割を渡されたときからずっと心配させていたのかもしれないなあ。
……だめだ、考えると余計に校則違反で先生の胃腸を擦り減らしたのが申し訳なくなってくるな。
「え……もしかしてゆずこのルームメイトって大引静なの!?」
「うん」
「柚子ちゃん、その人って前に闘ったって言ってたすごく危ない人だよね……?」
奏多と陽菜乃まで変に心配そうな目でわたしを見てくる。
うーんここまで心配されると逆に大引さんが不憫に思えてきた。
確かに凄く危ない人間だけどアレはアレでいいとこありそうだぜ。
ってしまった! こういうこと考えるとシャリンがからかってくるじゃん。
…………。
シャリンの声が聞こえない。
アレ? もしかしまたどっか行ってんのかな?
まあ別に常にわたしにぴったり付いてなきゃいけないわけではないので、シャリンはシャリンでやりたいことをやっているんだろうと思う。
「まあ、危ないといえば危ないんだけど……ほんとに仲良くやってるからさ」
「ゆずこってやっぱ凄いわね……」
「なにが?」
わたしがやっていることと言えば、寄ってくるヤバ女たちをどうにかいなしているだけの話である。
東雲さんにしてもそうだが、そもそも本当にいなせているのかすらよくわからないが……。
「それ! そーいうとこ! そこでそう返すところが!」
奏多が我が意を得たりと言わんばかりに手を叩いて指をさしてきた。
人を指さしてはいけません! 怒られますよ!
「陽菜乃はわかる?」
「……もしかして柚子ちゃんって、けっこう鈍感だったりする?」
陽菜乃が半笑いで少し面白そうにわたしの方を見た。
つるりとしたおかっぱが揺れて、ぱっちりとした瞳が上目遣いでわたしの顔を覗く。
くそう! 陽菜乃まで奏多みたいな反応をしてくる! よくわからんぞ!
そしてふと気づく。
この子はきっとこんなふうに自然に笑えばとても可愛いのだと。
「あなたたち、もうそんなに仲良くなったのね。その様子だと、きっと私がそれほど心配することも無いのかもしれないわね」
糸原先生はほっとしたような笑みを浮かべ、それに対して奏多は歯列をぎらつかせた。
「あたぼーよ先生。アタシたちはもう生死を共にしたマブダチよ。ねっゆずこ、ひなのん」
「生死はさすがに盛りすぎでしょ」
「あら、一緒に命かけてくれる? なんて言ってたのはどこの女かしら」
奏多がケラケラと笑う。あれはゲームの中の話でしょうが!
あと先生の前でそういうことを言うのはいろいろと誤解されるからやめなさい!
※
そこから瞬く間に3週間ほどが過ぎた。
4月の下旬。
城の前の前庭では無数ののぼりが立ち始め、掲示板やフェンス、城の中の壁にはポスターがいくつもべたべたと貼られている。
そして朝に登校すれば、前庭とエントランスでたくさんの上級生たちが1年生を見つけるなりいろんなチラシを押し付けて回っていた。
もちろんわたしも例に漏れず、受け取りまくって束になったチラシをぺらぺらとめくりながら教室への回廊を歩く。
方向音痴のわたしでも、ようやく無意識にでも1-Aの教室にたどり着ける程度には道を覚えてきたのである。
陽菜乃の『意識的に目印を作れ』というアドバイスはなかなか効果があった。
隣をすれ違う1年生たちがチラシを見ながら「部活どうする?」なんて喋っているのが聞こえてきた。
春の一大イベント、部活の勧誘合戦の始まりである。