【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
授業が終わると、奏多は野球部の勧誘に遭遇すると嫌とのことで、帰りのホームルームが終わった瞬間手ぶらでそそくさと先に帰った。
「有為君! ちゃんと勉強道具は持って帰りなさい!」
「ごめんセンセ、今日はアタシ急いでるのよ~!」
糸原先生がため息をつく。教科書類は全部机の中に置きっぱなしである。
ちゃんと持って帰りなさいよそこは……。
わたしと陽菜乃は奏多がいるところではあえて部活の話は避けていたので、授業後の部活見学にも誘わなかった。
リトルの全国大会で優勝したとか、さっき初めて見た奏多のパートナーのα族とか、正直気になることは多いがたぶん今聞くことじゃない。
後ろを見る。
視線の先では東雲さんがすでに椅子から立ち上がったところだった。
そのままいつも通り、誰にも視線を合わせずにさっさと教室から出て行ってしまう。
……東雲さん、大丈夫かなあ。
あの時、確かに東雲さんは泣いていた。
かといって、かけるべき言葉も思い浮かばなかった。
“何があったか知らないけど、ああいう女に情けは毒かしら。よけい惨めになるだけ”
(それはわかってるよ。プライド高いのは知ってるし。でもなあ……)
“柚子はあの女と仲良くなりたいの?”
(わからない。でも、ああいうの見てるとつらくなるのは確か)
人を遠ざけ孤高ぶり、自分を追い込み傷つけているさまは見ていてつらくなる。
ああいうのは大引さんのようなストイックさとは異なる。
あのままじゃそのうちメンタルぶっ壊れるぞ。
だってわたしたち、まだ中1のガキだぜ?
男ならば殴り合えば分かり合うこともできるだろうが、女同士じゃそうもいかなそうだ。どうしたもんかなあ。
“放っておくじゃない。別にアナタがどうにかしなくたってなるようになる。ここは学校だし、それこそどれだけのガキがいると思ってるのかしら?”
シャリンの言うことは確かに正論である。
ふと、東雲さんを同じように目で追いかけていた炭谷君と目が合った。
そして申し訳なさそうに頭をかきながら近寄ってくる。
「石川さん、その……ごめんなさっきは。余裕なくて巻き込んじまった」
「別にいいよそれは。先生にもみんなの前で怒られたんだし、それ以上とやかく言わないよ」
炭谷君は力なく、ありがとな、と笑った。
これは完全に落ち込んでるな……。
まあ、よほどクラスメイトにあの声をイジられたくなかったんだろうな、というのはわかる。
実際あれだけ徹底して無言を貫いていたからか、今日の授業が終わっても表立って変身後の炭谷くんの声について話題にしてる子はいなかったように思う。
「でもさすがにアレはなぁ……俺もその、ヤケクソになっちゃってさ、周り見えてなかったよ」
授業の最後に炭谷君は糸原先生にしっかり怒られていた。
少し流れ弾が当たるだけならともかく、しっかり津々木さんとわたしを正面からぶっ飛ばしたのはさすがにダメでした。
「それより……東雲さんとどうなった?」
わたしが炭谷くんにずいと顔を近づけて小声でささやくと、びっくりしたようで少しのけぞった。
女子の距離が近いと嫌でも意識するのはわかるが、クラスメイトと喧嘩してるというのはたぶん周りに聞かれたくない話題であろう。
「ち、近いな……。昼間謝ろうとしたんだけどさ、一言も話してくれねえ。やっぱマズったかなあ……」
そもそも現在、東雲さんとまともに会話しようとするのは炭谷くんくらいなのでそこはなんとも言えない。話してくれないのが平常運転であることからして。
「そういえば炭谷くんってなんで東雲さんのことそんな気にかけるの?」
側から見ると、仲良くなろうと一方的に頑張っているように見える。
「ん? そりゃあ……クラスメイトとはみんな仲良くやりたいだろ。俺はただでさえ仲良くなるのに時間かかるからな。だから毎日ちょっとづつ話して顔覚えてもらうのさ。……勘違いしないよう言っとくけど、誰に対してもそうだぜ」
相変わらず仲良くなるのに時間がかかると言ってるが、その実は誰よりも早い。
たぶんクラスメイトの誰に聞いても、クラスで最も社交的なのは炭谷くんだと答えるだろう。
いや、そういう自覚があるからこそ、あえてそう行動しているのか?
でも、明らかに仲良くしたくなさそうな人間にも諦めずアプローチし続けるのは、単に仲良くやりたい以上の執念を感じなくもないけど。
「……たとえば、その子が自分のこと嫌いだったとしても?」
「それならそれでいいよ。でも嫌いったって、ちょっとしたきっかけで“やっぱいいやつじゃん”ってなるかもしれんだろ。ずっと同じように嫌われっぱなしの方が俺は嫌だな」
「なかなか強欲でおせっかいだねえ」
「石川さんもそうじゃね?」
「えっ?」
炭谷くんは何気なく、本当に何気なくそう言った。
「別に石川さんだって東雲さんのこと嫌いじゃないのはわかるさ。今聞いたのも、東雲さんに嫌われてることに少し引っかかってるところがあるってことだろ?」
背筋がぞわりとした。
やばいなこいつ。人の心をのぞき込むようなことを何のためらいもなく言ってくる奴はシンプルに恐ろしい。
「……炭谷くん。それこそおせっかいかもだけど、そういうのダメだと思う」
少しだけ目を細めて、心持ちきつめに言う。
デリカシーがないだけならよい。
最初からそういう人間だと思えばいいのだから。
でも、炭谷くんみたいに人と仲良くなるのがうまい人間がそれをやるのは危険だ。
「えっと、なんかすまん……でも、
「……は?」
意味不明な答えが返ってきて、硬直する。
そして、理解してしまった。
仲良くなるのに時間がかかるというのは、別に
つまるところ、本人が言う通りそういうことだ。
この男はきっと相手のことを知りたくて知りたくてたまらないのである。
それこそ、人が知られたくないことすら暴くほどに。
※
「柚子ちゃん、どうかしたの?」
「え? あ、うん。なんでもない」
「そお? でもあったかいし、ちょっと眠くなっちゃうよね」
空を見れば青空に大きな入道雲が流れていて、生ぬるい風が吹いている。
どうやらぼうっとしていたらしい。
前庭に置かれたガーデンテーブルのひとつに座って、陽菜乃と一緒に部活勧誘のチラシをめくっているのが今。
すぐそこではざあざあと噴水が絶え間なく水を吐いていて、顔が心持ちひんやりと涼しい。
「魔道決闘部ねえ……」
『プロになるならまず魔道決闘部! 志ある仲間と目指せルミナスリーグ! OG・OBの出場実績多数!(※入部試験があります)』
そんなキャッチコピー。いかにも魔法少女の学校らしい部活である。
チラシの絵もイラストレーターが描いたのかというくらい上手く、紙も他の部活と比べるとやたら上質なものが使われている。部員100名とか書いてあるし相当の大所帯だ。
そういえばチラシをもらった時も部員らしき2年生が列をなして1年生に配りまくってた気がする。
そういえば大引さんってこういう部活入ってないのかな?
“あの女に部活なんてやるほど協調性があるとは思えないじゃない”
(それはそう)
「あ、柚子ちゃん、校内探検同好会とかあるよ」
「げっ、やめよやめよ! それはヤバいから!」
もはやわたしの中では校内探検イコール校則違反に変換されてるレベルだよ!
正確にはたぶん地下にさえ行かなきゃいいのだが、探検なんて銘打ってたら絶対地下行くでしょうが。
「アハハ……また校則違反したらさすがにまずいもんね……」
「そうそう、次はホントに停学かもよ~」
「そ、それはヤダ!」
おどかすようにしたり顔で言うと、陽菜乃は校長室でのやりとりを思い出したのかぶんぶんと首を横にふった。
清く正しく生活しましょうね!
まあ、奏多はさっそく机に勉強道具入れっぱなしなわけだが……。
陽菜乃もわたしが校長室に呼ばれたあの日からかなり自重しているのか、入っちゃダメそうなところにこれ見よがしに立ち入るのはやめているようだ。
そういえば、春日井校長が言っていた罰則はいまだに伝えられていない。
もしかしたら忘れられてたりとか……ま、さすがにそれはないかなあ。
「へえ、茶道部とか華道部まであるんだねえ。え、アメフト部とかあるの? マジで?」
「チェス部、将棋部、喫茶部、おにぎりクラブ……?」
おにぎりクラブってなに!?
中学校にしてはやたらと部活と同好会の数が多い。
もしかするとそこらの総合大学レベルかもしれない。
まあ確かにこれだけ広い敷地なら、部室の用意なんていくらでもできそうだし?
多様性に関心しながら、さらにチラシをめくる。
そして少し強い風が吹いて、紙の隙間から小さな名刺のようなものがテーブルの下の石畳に落ちた。
あれ、こんなの貰ったっけ?
拾って、そこに書かれている文字を読み上げた。
「スローライフ研究会……?」