【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
「あっ、ねえ、史跡研究部あったよ! って柚子ちゃん何見てるの?」
チラシの束からお目当てを見つけた陽菜乃がテーブルから上半身を乗り出して、わたしの持っている名刺くらいの大きさの紙をのぞき込んだ。
スローライフ研究会。
いいのかこれ? どうみても怠惰な響きしかない名前なんだが。
「柚子ちゃん、もしかして気になるの?」
陽菜乃が何気なく聞いてくる。いや、気になるというか……。
「なんか変だなって思って」
「え、すごいゆっくりしてそうな名前だけど……意味はなんとなくわかるよ。変ってことなら、あたしはおにぎりクラブの方が気になるかも」
むふふと思い出し笑いする陽菜乃の言うとおり、確かにおにぎりクラブも意味不明だが、それより引っかかることがある。
「あいや、みんなプロの魔法少女になるためにこの学校通ってるわけじゃん? なのにそこであえてこんなやる気なさそうな名前の同好会? 研究会? 作るもんなのかなあって思ってさ」
「あ……確かに……」
普通の学校ならウケ狙いに存在しそうな名前だが、わざわざ受験までしてこの学校に入って、やることがスローライフとはおかしな話だ。
というか、名前から具体的活動の実態が読めない時点でそもそも学務に却下されてもおかしくない名前なんだよなあ。
名刺を裏返しても活動内容について何も書いていない。
ただひとつ書いてあるのは、
【どこにも行き場のないあなたへ】
「行き場のない……?」
わたしはおもわずつぶやいた。ポエム感が強くて意味不明すぎる。
こんなチラシ(ですらない名刺みたいな紙)を見て見学に行く人なんていないんじゃないか?
“そういう逆張りで人を呼ぶ作戦ってのもあるじゃない”
(逆張りにしては内容が謎過ぎない? とりあえずゆっくりしてそうってくらいしか分からん)
それこそ逆張りというなら、陽菜乃が言ってるおにぎりクラブの方がインパクトがある気がする。
「そういえばおにぎりクラブのほうは活動内容書いてあるの?」
「あ、うん。これ家庭科系の同好会みたい。毎週日曜日にみんなで料理してご飯食べるんだって」
「……割といいなそれ」
思ったより普通の同好会でした。
寮の自室では火が使えないようになっているが、寮に併設されている集会所には簡単なキッチンがあるし、そうでなくても家庭科室に行けば料理はできる。
料理しながら交流するなら話しやすいし、いい感じに友達も増えそうだ。
「えと、柚子ちゃん、行ってみる? おにぎりクラブ」
「陽菜乃はそれより先に行きたいところがあるんじゃない? ほらそれ」
わたしが指さすと、陽菜乃の手には史跡研究会のチラシがある。
すると陽菜乃はあわててそれをテーブルの下にひっこめた。
「ご、ごめんね!? あたしそんなわかりやすかった?」
「陽菜乃はそーいうの大好きだからねえ。わたしはどうしても見に行きたいところは今のところないし、行ってみようよ、史跡研究部」
そういうことになった。
※
校内地図を見れば城の外にも部活棟はいくつかあるが、史跡研究部は城の5階まで登ったところから入れるいくつかある尖塔のひとつ、螺旋階段と鉄のタラップを登った先にある特別教室くらいの広さの空間にひっそりと存在していた。
鉄のタラップを登ってる最中にふと思う。
そういえばこれ下からパンツ丸見えだな……。
まあいいか。今は陽菜乃しかいないし。
“柚子、そろそろ女子らしい羞恥心くらい待った方がいいじゃない”
はあ、これでも口調とか考え方は努力して適応しようとしてるんだから許してほしいぜ。
扉の前には巨大な木の看板。
縦書きの達筆で“史跡研究部”と書かれている。
眼鏡をかけた穏やかそうな3年生の男子が迎えてくれた先には図書館のようにずらりと分厚い書籍が収まった棚がいくつも書架のように並んでいて、その合間には年代物の閲覧用テーブルではちらほらと読書をしたり、宿題をやっている上級生たちが見える。
テーブルの脇にはいかにも古そうな白熱電球のランプがいくつも瞬いていた。
「今日は見学に来てくれてありがとう。史跡研究部は基本的に、その名の通り史跡……それこそ城とか文化財とかのことだね。そういうのを見て回るのが好きだったり、歴史が好きな人たちが集まってる。活動内容としては……ごらんの通り。平日はみんな自由にここで本を読んだり、勉強したりかな。月1くらいで休みの日はみんなで集まって遠出したりもしてるよ」
「えっと、どんなところに行ってるか聞いてもいいですか?」
「うん、この前の春休みは丸亀城行って……って、知ってるかな?」
「し、知ってます! 有名ですから! あたしも行きたいって思ってました! あの石垣、一度実際に見てみたくて……いろんな技法で積まれてるのは知ってるんですけどっ。あっ大手門にも入ってみたいです!」
「あはは、それならみんながたくさん写真撮ってるから一度見てみる?」
「は、はい!」
そして、既に出来上がっている会話を側から眺めるわたし!
陽菜乃はすでに史跡大好きモードに入っていた。
ほんと好きなことになると一直線だなあと見ててほほえましくなる。
まあ夢中になっているぶん他のことがあまり気にならなくなるようで、入学初日みたいな危ういところもあるにはあるが……。
先輩と陽菜乃はそのまま奥にあるパソコンの前に移動していく。
こうなるとわたしはしばらく手持ちぶさたになりそう。
ううん、ちょっと本棚の本でも見てみるか。
本棚にはいかにも図書館の奥にありそうな分厚い古い専門書がずらりと並んでる列があるかと思えば、その上には旅行雑誌のバックナンバーが詰め込まれていたり割と雑然としている。
なるほどね、こういうところはいかにも部室っぽい。
テーブルに向かって集中している上級生の邪魔にならないよう、そろそろと足音を立てずに書架の一番奥、部屋の隅にある棚を見てみる。
やや埃っぽいその棚を一番上から下まで眺める。
そして、目につくワードがついている本があった。
【芙蓉中学校 学校史】
何気なくわたしはその本を抜き取った。
なめらかな革で装丁されたいかにも高級そうな本である。
だがその小口を見れば埃もたまっていて、どこかすえた臭いもする。
もしかするとほとんど読まれていないのかもしれない。
まあ確かに、中学校の校史を好き好んで読む人はそうはいないよな……。
手でぱんぱんと埃を払うと、ちょうど開いていた1人用の閲覧デスクに座ってわたしは本を開いた。
『あれはとうに意味を失った、貴方たちの知る必要のないものです。よいですね』
入学初日に迷い込んだあの地下空間、あれが一体何なのか春日井校長に聞いたとき、返ってきた答えがそれだった。
だが、わたしたちがいた場所は明らかに異常な空間である。
だってさあ、いくらここが文化財レベルの古城だって言っても、学校の地下にあんな大穴が開いてるのはいくらなんでもおかしいだろ……。
陽菜乃と奏多はちょっとした危ない冒険をしたくらいの気分でそれほど気にしていないようだったが、やっぱ気になるものは気になるって!
まあ、なのでこの学校の歴史を読めば、あれが何なのかわかるかもしれないと思ったのである。
ぺらぺらと目次から本を開く。
【現芙蓉中学校、その始まりは1211年、
1200年!? いい国作ろう鎌倉幕府だから……この学校、鎌倉時代からあったってことかよ。どれだけ古いのよ。
いや、でも陽菜乃が328年前にこの城ができたって言ってたような気がするが。
“忘れた? パンフレットにもともとあった修道院を増築しまくって城になったって書いてあったじゃない。その大元の修道院の話じゃないの?”
シャリンの突っ込みが入る。
あ、そういえばそんなこと書いてあったな。入学してからいろいろありすぎて頭から完全に飛んでたわ。
そのままページをめくっていくが、修道院に徐々に人が増え、規模が大きくなり、やがて増築を重ね今の形に……という話が延々と細かく書かれているだけだ。
あの大穴につながるような記述はまったくと言っていいほどない。
そしてもうひとつ気になることがある。
(……ねえシャリン、そういえばさ)
“……なにかしら?”
(なんでこの学校は魔法少女の学校になったんだろうね?)
“そりゃ、まあ……これだけ大きな敷地があれば都合がよかったんじゃない? 山奥なら24時間いつ闘おうが周囲に迷惑はかからないじゃない”
(まあ常在戦場っていうくらいだからねえ)
実のところ、常在戦場なんてワードは今のところ大引さんくらいからしか聞いたことがないんだが……。
学校史というのであれば、魔法少女、昔なら魔戦士だっけ? そういうワードが出てきてもいいはずだが、今のところさっぱり出てこない。
魔法少女の学校になったのは最近の話なのかなあ。
ま、もう少し先を読めばわかるか。
そしてわたしは次のページをめくった。
そこには文字が殴り書きされた古びたノートの切れ端が挟まっていた。
【お願いします。お願いします。私をまたあの場所へ連れて行ってください。どこにいても辛くて、逃げ場なんてなくて、私にはあの場所しかないのに。先生に聞いてもみんな教えてくれない! あの場所にいれば苦しいのが無くなるの。どうか取り上げないで。お願いお願いお願い】
は?
びっくりしてわたしは思わず本を閉じた。
心臓がばくばくしている。
え、今の何? ドッキリ的な何か?
“気になるからもう一度開いてみるじゃない”
(いやいやいやいや、何もなかった。わたしは何も見てない。OK?)
“アナタ怖がりすぎじゃない?”
いや怖いだろこれは! 普通に!
ジャンプスケアもいいとこだぜ。
「あ、柚子ちゃん! よかったぁ……帰っちゃったかと思って」
「うわあ!?」
そしてあせった声で後ろから声をかけられてびくりとする。
振り向けばほっとした顔の陽菜乃が本棚の隙間、通路の向こうからわたしを見ていた。
「ご、ごめん。びっくりしちゃった?」
「いやいやなんでもない。もしかして探させちゃった? 本読んでただけだからだいじょーぶだよ」
わたしは閉じた本をそそくさと本棚に戻すと、陽菜乃の元に戻った。