【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
どこへも行き場がないあなたへ、か。
なるほどね。スローライフ研究会なんていうから正直もっとのんびりした結成理由かと予想してたけど、思った以上に重い話を説明されてしまった。
当然ながら、誰もが充実した学校生活を送れるわけではない。
全寮制ならなおさらだし、ただでさえ魔法少女としてお互いに闘い研鑽することを求められている環境である。
常に競い合っていれば消耗する子だっている。
糸原先生も学校生活になじめなかった生徒の話をしてくれたが、いち学年200人もいればそういう子が何人か出てくるということだろう。
ふと、東雲さんの顔が思い浮かんだ。
まあ、あの子はまかり間違ってもこういう場所には来なそうではあるが……。
「うーん、なんか思ったのと違ったわ。もっと軽い場所かと思ってたけど……」
隣の女の子がつぶやいた。
わたしたちの表情が少し固くなったのを見て、天倉先輩はあわてて言葉を続ける。
「あっ、それもずっと前の話らしいし! 今はそんな辛気臭いところじゃないよ。実際にウチも、先輩から聞いただけでその時のこと知らないしさ……。今のスローライフ研究会は、目当ての部活が無くてどうしようかな~って思ってる人がなんとなくたどり着く場所って感じ。疲れたときに“ちょっと休もう”みたいな、ね」
言い終わるとなぜか天倉先輩は半笑いになり、指先で所在なさげにスカートの裾をいじると、露骨にわたしたちから視線をそらし縁側の外を眺めた。
「まあ……今ウチしかいないんだけどねー! えへへへ」
ぼっち同好会かよ!
思わずがっくりリアクションを取りそうになったが、こらえる。
「正確にはもうひとり2年生がいるけどね。ほとんど幽霊部員で寄りつかないから実質ウチひとりだよ、はぁ~あ」
天倉先輩は大げさに肩をすくめながらため息をつく。
そして座ったまま座布団から一歩前にぴょんと進み出ると、ずいと上半身を乗り出してわたしたちを見まわした。
「ってことで……もし、もし、だからね! 万が一! あなたたちが入会してくれたらウチもうれしい! この家も賑やかになるからね。まっっったく強制はしないけど、もし入りたい部活がなくて、それでもどこかに所属してみたいな~ってなったら考えてみてほしい、カナー……」
そう言って天倉先輩は縮こまった。
弱小同好会の悲哀を感じずにはいられない。
大量に部活動が乱立すればこういう所も結構あるんだろうな……。
「あの、この同好会って何かやらなきゃいけないこととかありますか?」
ささやかに手を上げながら隣の女の子がたずねた。
「部室の掃除くらいかな。ほら、部室って言ってもここ一軒家みたいなもんだからさ。ごらんの通り庭に草は生えるし、部屋も掃除しなきゃだし、色々管理は大変なわけよ。この家を自由に使っていい代わりにこの家をきれいに保つのがスローライフ同好会の活動!」
本当に家でゆっくりするだけの同好会らしい。そんなのアリ?
そう言われると確かにスローライフというのは的を射ている気がしてくる。
女の子はなるほどね、と頷いた。そして、
「じゃあ私、入部します。掃除好きだし」
「えっ」
「えっ」
わたしと天倉先輩の声がハモった。
え、即決で入会?
女の子は特になんでもない風にわたしに視線を移した。
「ちょうど昼寝する場所が欲しかったのよ。寮で好き勝手に過ごしたくても3年生がいると肩身狭いし、そこの縁側でゆっくり寝れるなら入部する価値はあるわ」
こ、こいつ、寝ることしか考えてないというのか……。
「あと無所属だと勧誘がだるいのよねぇ。朝からどれだけチラシ配るつもりなんだか。あなたもそれが嫌で楽そうなところ探してたんじゃないの?」
「わたしはたまたま近くを通りかかったから来た感じかなあ」
同意を得られなかった女の子は肩透かしを食らったようで、小さく息を吐いた。
「あ、そう……ええと、名前教えて。私は
「ああ、石川柚子です。クラスはA組」
「面倒くさいから柚子でいい? 私のことも琴葉でいいし、敬語もなしでいいから」
「面倒くさいとはいったい……」
初対面で名字呼びが面倒くさいなんて言うやつ初めて見たぞ。
「仲良くなった後に苗字から名前呼びに移すのなんか気恥ずかしくて面倒くさいでしょう。じゃ、そういうことでよろしく」
琴葉はもう決まったことかのようにひらひらと手を振ってみせた。
単にフランクなのか逆に律儀なのか、なんとも不思議な子である。
「え、えっと……谷風さん、入会ありがとう……で、いいの? ホントに?」
「だから琴葉でいいです。入会届あれば今すぐ書きますよ」
あっけらかんと言う。どうやら先輩にはしっかり敬語を使える子であった。
驚いて何度も確認しながら目をぱちくりさせる天倉先輩は、琴葉がバッグから筆箱を取り出すとさすがに本気だと理解したようで、あわてて奥の部屋から入部届とクリップボードを持ってきた。
琴葉はそれに迷いなくさらさらと記入していた。
ちらりと横目で見るとかなりの達筆で力強い字を書いている。
書道教室にでも通ってたのかな?
「え、えっと……石川さんはどうする?」
天倉先輩はしれっともう1枚入会届を用意していた。
え~? なんとなく来ただけなんだけどなあ。どうしよ……。
「こんな名前の同好会の見学来るくらいだし、どうせ入りたい部活なんてないんでしょ? せっかくだし柚子も入れば?」
「ま、まあ今のところはそうだけど……」
「当たり。なら別にいいわね。ほら」
そう言うと琴葉は使い終わったクリップボードをわたしに差し出した。
入会届を書いて早々スローライフ研究会の名前を愚弄する女は完全にわたしを同類扱いしている。
いや、まあ、間違ってはないんだが……。
「谷風さ……こ、琴葉さん! 無理やり同級生を巻き込むのはやめようね!? 石川さん、もし、もしだよ? 迷ってるなら兼部とかもできるからゆっくり考えてみて! ウチの同好会は掛け持ちしても負担ないと思うしっ!」
天倉先輩は混乱しながら入会届を差し出したり引っ込めたりしている。
入ってほしいという気持ちがダダ漏れだけど、入会をゴリ押ししてこないあたり、優しい人なんだろうなあ。
“何かの縁だろうし試しに入ってみれば? 柚子にはこういうところがお似合いかもしれないじゃない”
(そ、そうか……? 魔法少女真面目にやるなら微妙な気がするけど?)
“そんなことはない。その女みたいなマイペース人間がいる場所の方がちょうどいいと思うかしら。アナタ変なヤツ見つけるとすぐつまんない大人みたいなこと考えるし、少しくらい健全な場所を確保しておいた方がいい。これも一人前の小娘になるための経験ってとこじゃない”
一人前の小娘ってなんだよ。
むしろ小娘って半人前的な意味だと思うんですけども。
“ま、最後に決めるのは柚子だけどね”
それはずるいぜシャリン。
そう言われると逆に入った方がいい気分になってくるじゃん。
“そう感じたなら最初から柚子がそれを望んでいるからよ。ワタシはいつだってその背中を蹴り上げているだけにすぎない”
そこは優しく押しなさいよ!
“それも言葉のあやかしら”
そしてわたしは入会することになった。
※
「別に私は受験する気も入学する気なかったんだけどねぇ。なぜか周りの方がテンション上がっちゃって、いつの間にかそういうことになってたというか……」
外は午後6時を回っていて既に暗い。
わたしたちは池のほとりにあるカフェに移り、3人でひき肉多めのポロネーゼを食べながら自己紹介ついでの雑談に突入している。
今は琴葉がいかに自分が魔法少女をやる気がなく、どれほど芙蓉中学校に入学させられたのが不本意だったかを愚痴のように吐き出している最中である。
「魔法少女なんて面倒くさいだけだし、ぶっちゃけやめたい」
もはやこの女はスローライフ研究会の申し子である。
魔法少女を育てる学校に来て1か月も経っていないのにこのやる気の無さ!
「アハハ……ちなみに試合の戦績が悪くても退学させられるとかはないからね。普通の高校に進学するつもりなら、先生にあらかじめ言っておけば魔法少女関係は抜きで内申書いてもらえるし!」
なるほど、そういう進路もあるのか。
魔法少女の学校とはいえ、ちゃんと魔法少女関連以外の進路を選ぶ自由があるのはいいことだよね。
「えっと琴葉、それって無理やり受験させられたとか、そういう感じ? 聞いてもいいのかわかんないけど」
「そうそう。せっかくなんだから頑張ってみなさい、ってさ。いつもぼーっとして無気力だから心配だのなんだのうるさくて。私は単にぼーっとするのが好きなだけなのにねぇ。はぁ、親なら褒めて伸ばすべきだと思わない?」
「でも、それでもちゃんと受験勉強頑張って入学してるんだから琴葉さんはすごいと思うよ! うん! えらい!」
ダルそうにむくれている琴葉に天倉先輩が大仰に頷きながら声をかけた。
一方の琴葉は「うーん、まあ、そうですね……」なんて歯切れの悪さ。
「でも入学したらこっちのものだよ! どこで食べてもご飯はおいしいし、遅くまで起きてマンガ読んでても親に叱られないし、日曜日は遅くまで寝ててもいいんだから!」
目を輝かせてそんなことを言う天倉先輩はめちゃくちゃほほえましい。
なんかここにいると魔法少女の学校に通っていることを忘れそうになるな……。
「私も夜中までゲームしたいんですけどルームメイト寝るの早いんですよね」
「あ、それわたしも同じだよ」
大引さんは遅くても9時に寝てしまうのでだいたいその時間には寮の部屋に滑り込まなければいけない。
まあ大引さんは部屋が明るかろうが秒で寝るのだが、先輩が寝ているのに部屋の明かり付けっぱなしで自分だけ起きてるってのもちょっとね。
「あちゃー、それだとふたりとも好き勝手できるのは2年生になってからかもね……」
「来年はできれば0時回っても起きてる人と一緒に暮らしたいわねぇ。できれば一緒にゲームやってくれる人」
「ちなみにどんなゲームやるの?」
「基本ホラーゲームよ」
少なくともわたしは無理かもしれねえ。