【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
どういうことやねん。
いやマジでどういうことやねん。
昨日あんな楽しそうに史跡研究部入るって言ってたじゃん!?
奏多にメッセージを返さなきゃならないのだが、どう言えばいいのかわからずスマホをタッチする手が止まる。
「知らない」「どういうこと?」って返せばいいのかもしれないが、なんだかちょっとそれも違う気がしてくる。
……陽菜乃が今日、こっちの様子を何度も伺ってたのはそういうことだったのか?
『だから昨日言ったじゃない。アナタバカじゃない? って』
「え?」
気づかないうちに実体化していたシャリンが右肩の上からささやく。
『考えてもみなさいよ。ずっと友達がいなかったヤツが中学で初めてできた友達に執着しないわけがない。自分にとって一番の友達だと思っているはずの女が、実は自分のことをただの友達のひとりとしか思ってなかったとしたら? ま、妙な行動し始めてもおかしくはないかしら』
「いや、まだわたしたち知り合って3週間なんだけど……それに初めての友達っていうなら奏多だってそうじゃん」
『はぁ……そういうとこよね柚子のダメなところは。感情は期間で測るようなもの? いじめられたところで言い返してくれて、その相手をボコボコにして謝らせるようなやつが隣にいたら眩しくないわけがないのよ』
わたしは言葉を紡ぐことができない。
シンプルに友達をバカにされたから行動に移した。それだけの話だった。
……
『しかもあの娘は視野が狭くて自己肯定感も低い。実力以前の問題で人に依存しやすい。それは一緒に行動してたアナタもなんとなくわかるでしょう? ワタシならああいうタイプは絶対に魔法少女にはしないけどね。向いてないことを面白半分にやらせるのは本人にとっても不幸よ。だからあの娘の担当は性癖が終わってるか、よっぽどの無責任かどっちかかしら』
「そ、そんなことないって! 陽菜乃だって魔法少女頑張るって言ってたし」
『それはアナタに認めてほしかったからじゃない? ああいうタイプがそれでも強くなりたいと望むなら、相応な対価を支払う必要がある。大昔の古臭い考えかもしれないけれど、心の支えの重きを他人に委ねる人間に魔法少女は務まらない』
額に冷や汗がつたう感覚があった。
何か取り返しのつかない失敗をしたような気分になる。
『さすがにここまで言えばわかる? 釣った魚に餌やらないとか最低』
にべもなくぴしゃりとシャリンは告げる。
腹の底に氷を落としたような冷たさがあった。
※
「で、とりあえずここに来て悩んでるってこと? 大変ねぇ」
他人事のように言いつつ、隣でせんべいをばりばりと頬張るのは琴葉である。
スローライフ研究会の部室。
わたしたちは縁側に座ってぼうっと木立を眺めながら、天倉先輩が持ってきてくれたせんべいと緑茶が淹れられたお盆を挟んでくつろいでいる。
いやまあ、くつろいでいるのは琴葉だけなんだろうが……。
「悩んでるというか……いや、ゴメン。たぶん悩んでるわこれ……」
「まさか知り合って2日目に人間関係の悩みを持ってこられるとは思わなかったわ」
「ゴメン! 聞き流してくれればいいから」
「言われなくてもそのつもりよ。だいたいさ、私が友達多そうに見える?」
「え、友達少ないの?」
単純に意外だった。
昨日のグイグイ来る感じからして割と友達付き合い広めなタイプだと思ったんだが。
琴葉はお茶を啜ってため息をついた。
「別に人と話すのが嫌とかじゃないけどね。いまいち何考えてるのかわからないとかはよく言われるわよ。ぼーっとしてるだけなのにそんなヤバい奴みたいに言わないでほしい」
「あー……なるほどね」
初対面では気安く見えるが、話してみると琴葉は確かに独特な距離感とペースがあるタイプに見える。
ただこうして知り合って間もないのに、なんとなく相談できる不思議なおおらかさがあるような気がしていた。
どこか気が合う。
おそらくお互い、そんなふうに思っている。
陽菜乃は、どうだっただろうか。
自分の夢中なことに一直線な子だけどやや危うい。
気弱といえばそうだが、しっかり自分の言いたいことは主張できる子でもある。
シャリンに言われた言葉がぐるぐるとずっと頭の中を回っている。
要は、陽菜乃はわたしに愛想をつかしてしまったということだろうか?
シャリンはあれから『それくらい自分で考えなさい。それこそガキっぽくね』と言って沈黙してしまった。
思わず髪をがしがしと掻く。
昔お母さんからそれはやめなさいと言われたが、今はそれどころではない。
やばい、これほど人間関係で悩んだのはこの世界に生まれ変わって初めてかもしれねえ。
ああ、くそ。前世みたくもっと大人らしくあれたならもっとうまくやれたのか?
いや、だからこそダメだったのか?
わからない。
「……髪ぼさぼさになるわよそれ。そんな悩んでるなら直接本人と話せば? その友達がどんな子か知らないけど」
わたしがひとりで腕を組んで考えていると、琴葉は肩をすくめてそんなことを言う。
琴葉に話したのは、一緒の部活に入りたそうな友達の誘いを断ったらたぶん距離を取られてしまったくらいのものである。
でも、たぶん問題はそこじゃないんだろう。
「それは、そうなんだけど……」
「煮え切らないなぁ。距離取られた原因がわからないなら本人に聞くしかなくない?」
「わからないわけじゃなくて、わかる気がするけど確信が持てない」
確信が持てないまま陽菜乃と話すのは危険だ。
そうでなければさらにお互いの溝が広がってしまう可能性もある。
「怖いだけじゃないの? それ」
「え?」
「人の心が読める奴でもない限り、他人の思ってることなんて完全にわかるわけないじゃん。要するに自分が相手からどう思われてるかわからないから怖いんでしょ。誰だってそうじゃない?」
はっとする。そうだ、わからないから怖いんだ。
わたしはあの優しい陽菜乃が魔道決闘部に入ろうと思うほどにいきなり考えを変えてしまったその理由を知りたくないと思っている。
それがわたしのせいであるのなら、それこそ、陽菜乃がわたしのことをどう思っているのか知るのが正直怖いからだ。
その結果、素直に陽菜乃の元に行かず、スローライフ研究会の部室(というより一軒家だが)でこうやってうじうじしているのである。
昨日、史跡研究部の見学で楽しそうだった陽菜乃の姿を思い出す。
最近は控えめにはにかむ可愛らしい笑顔もよく見るようになった。
そういう、本人が向いているであろう道を歪めてしまったのがわたしだというのなら。
背筋に悪寒が走る。
わたしに認めてほしかった?
強くならないとわたしと一緒にいられないと思った?
いや、さすがにそれは上から目線すぎるだろ。
わたしはそれほど
───本当にそうか?
わたしは本当に陽菜乃の尊厳を守るためだけに東雲さんと闘ったのか?
心臓がどきどきする。
思わず自分の左手を見た。
鉄パイプを握った自分自身を幻視する。
あの時、東雲さんに勝った時。
わたしはあの時、
いじめられている友達をかばうことで、いい気になっていたのではないか?
東雲さんをやり込めて、
そんな気持ちがあったとしたら……。
わたしの自尊心と悪意が、逆に陽菜乃の気持ちを追い込んでいたというなら、それはきっと、とても嫌な奴だろう。
「……どうしたの? ちょっと柚子、あまり深く考えないでよ。私適当言ってるだけなんだから」
琴葉が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「そんな変な顔してた?」
「それはもう、嫌いな食べ物口に入れた時くらいの顔してるわ」
そう言って琴葉はまんま苦虫を嚙み潰したような顔をする。
なんだかおかしくなり、わたしは少しだけ笑った。
「ありがとね」
「う、うん、いきなりどうした?」
「いや、琴葉さ、全然聞き流さないし今だって心配してくれるじゃん」
「……それはね、しょせん他人事だからよ。だからこうやって無責任にべらべら答えを返せるわけ。親身になれる人間ならもう少し悩むわ。たぶんね」
琴葉はそっけなく言って湯呑みに口をつけると、わたしから目をそらして正面を向いた。
いかにもマイペース人間らしい言いぐさだけど、ほんの少しだけ琴葉は照れ隠しでそう言っているような気もした。
本当に他人事だと思っている奴はそんなことは言わないものだ。