【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
どすん。
お腹に固いものが突き刺さった。
「げぷっ……」
普段なら絶対に出ないような声がする。
もちろん、あたし自身の声だ。
次の瞬間、吐き気が込み上げてきて思わず膝立ちになり、両手で口を押える。
「おいおい新入生、そんなふうで大丈夫か? ちゃんと予告したんだから、防御くらいしなくてどうする」
「うっ、はぁーっ、はぁーっ! すいませ……」
先輩のあきれ返ったような声が聞こえて、なんとか息を整えて言葉を絞り出す。
足元には鎖の付いた重そうな黒い鉄球が転がっている。
あたしのお腹に勢いよくぶつかってきたものだ。
汗でびっしょりになるほどに苦しいのに、こんなものをお腹にぶつけても吐き気くらいで済んでしまうバトルドレスの防御力に、少しだけ笑ってしまう。
今の今まで、そんなことすら知らなかったのだから。
魔法少女のくせに。
目線で鎖をたどった先。鎖を右手に握りしめているその人。
ちょうど5mくらい先に、上半身に流線形の黒い甲冑を纏った先輩の魔法少女が憮然とした表情をして立っている。
たしかこういうの、ライジングフォーム、っていうんだっけ。
はは、リリアンに聞いたのもずいぶん前のことだから忘れちゃったな。
敷地内にある体育館のうちのひとつを貸し切ってたった今行われているのは、魔道決闘部の入部試験。
攻撃への対応力を見る。と言われて始まった試験、その結果がこれ。
どんくさいあたしは、防いでみろと言われたにも関わらず、糸を出すことどころか、動くことすらできずにこうやって情けない姿をさらしている。
線の引かれたコートの外を見まわせば、部活の上級生や、同じく試験を受けに来た同級生たちの視線がわたしひとりに注がれている。
気の毒そうにあたしを眺めている人もいるけど、それだけじゃない。
ぞっとするように冷え切ったあの目で、さげすむようにわたしを見下ろす視線。
懐かしいなあ。
そんな前のことじゃないのに、忘れかけてたな。いじめられてたこと。
小学校のころはそういう目でずっと見られてたのにね。
そんな中に、ひどく心配そうにあたしを見つめる奏多くんの姿がある。
大丈夫だよと笑ってみせる。
冷や汗すごいけど、うまく笑えてるかなあ? あたし。
「……本当に大丈夫か? 無理だと思うなら、試験を辞退しても───」
「だいじょうぶです! もう一度やらせてください!」
わたしは叫ぶとどうにか両足で立ち、両手の中指と人差し指を合わせた。
そして一気に2本の頼りない糸を両手いっぱいに引いて、何重にも糸を手繰り、ピンと張って盾のように正面に構えた。
「ほお、それが君の能力か。だがそんな防御でこの鉄球が防げるか?」
「やってみます! お願いします!」
「ずいぶんひ弱そうに見えたが、なかなかの度胸だ。その気合は良し!」
先輩が右腕を振ると同時に、ジャララーと鎖の音。鉄球が宙に舞った。
わたしはその鉄球の行方を瞬きすらせずに追う。
ぶるぶると足が震える。歯を食いしばる。
怖がってはいけない!
目を瞑ってはいけない!
そんなんじゃ、そんなふうじゃ───。
※
『そんな心配しなくても陽菜乃なら部活でもいっぱい友達できるって。クラスでだってもういろんな子と仲良くなってるじゃん』
あのとき柚子ちゃんに言われた言葉を思い出す。
ああ、やっぱりそうなんだ。って思っちゃった。
柚子ちゃんにとってあたしなんて、たくさんいる友達のひとりでしかなくて。
違うの。柚子ちゃん。
あたしは、あなたの一番の友達になりたいの。
あたしね、自己紹介で何も言えなかった。東雲さんからああ言われたとき、この学校でもいじめられるんだって思った。
あなたはそんなあたしを救ってくれた。だから、柚子ちゃんみたいになりたいって思った。
闘ってるところだって、かっこよかった。
わたしがひとりで何かに夢中になってても、引かずに笑って許してくれた。
いじめられてた理由なんてわかってる。
あたしは自分の好きなことになると、ときどき周りのことが頭から飛んじゃうことがあって、変なやつって言われたのが始まり。それからはそう言われるのが怖くなって、いつも学校でビクビクしながら過ごして。
そうしたら、いつの間にかいじめられてた。
今だって、あたしは何も変わってない。
柚子ちゃんに救われたから、たまたま今がある。それにかこつけて自分の好きなことばかりして、そんなふうじゃ、きっとあなたの一番の友達にはなれない。
今はよくても、きっといずれあなたはあたしから離れていく。
それがどうしようもなく、わかってしまう。
だって、きっと柚子ちゃんは、プロ魔法少女になる。
心の底から、そうなってほしいと思う。
なるべきだと思う。
今のままじゃきっとその時に、あたしは隣にいられない。
きっと、テレビの向こう側で輝くあなたをぼんやり眺めるだけ。
だから、強くならなきゃいけない。
そしたら、きっとあなたの隣にいられる!
そうだよね……? ねえ───柚子ちゃん。
※
ぶちぶちと糸が割ける音を聞いた。
そして、身体の奥にまで響く衝撃。
「か、は」
胸に突き刺さる鉄球、さっきの衝撃の比じゃない。
あたしの体はなすすべもなく吹き飛ばされ、倒れこむ。
「ひなのん! もうやめなさいよ!」
「いいの!」
奏多くんがコートの外から飛び出してきたのがわかって、思わず怒鳴る。
今まで出したことのないような大きな声が出た。
あたしのことを心配してくれてるんだよね。
優しいよね、奏多くんは。
でも今は止めないで。これはあたしが望んでやってること!
すぐに地面に手を着いて起き上がり、前を見据えた。
「先輩! お願いします! 何度でも! 防げるまでやってみせます!」
「ふふふ! 嬉しいね! ついやりすぎたかと思ったが……今年の1年は面白いじゃないか!」