【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
「メンタルが乱れている」
「え? ちょ、近ッ! 近い!」
スローライフ研究会で時間を潰した帰り。
寮の階段の前で同じく帰ってきた大引さんとたまたま鉢合わせた途端、息が吹きかかるほどに顔を寄せられて、目をぱっちりと見開いたまま呟かれた最初の一言がそれである。
大引さんはわたしの両肩をつかんで無理やりまっすぐに立たせた。
相変わらず中3の女子とは思えない物凄い力である。
そしてぱっと手を離すと「いつも通りに歩いてみてー」なんて言うので、仕方なく言われるがまま大引さんの目の前を歩いて行ったり来たりする。
「歩き方がおかしいねー。体重が少し前かがみになって体幹が安定していない。普段はもっと姿勢よく歩いてるのに、おかげで視線もふらついてる」
「はあ、そうですか……」
いつも通りに意識して歩いてるつもりだったんだが、大引さんの目から見ると全然違うらしい。
原因なんてわかってるよ。
まだ夕食も食べていないが、今すぐ部屋のベッドに倒れこみたい気分だった。
「うーん、ここから察するに───誰かに負けた! それも完封負けー! どうー?」
なぜかやたら嬉しそうに人差し指をたてながら言う大引さんは破滅的にズレていた。この人の頭の中には闘の一文字しかないんじゃないだろうか?
「ハズレですね」
「がーん」
わざとらしくがっかりして、大引さんは面白くなさそうに口を尖らせた。
「ちぇー。違ったのかぁ。せっかく石川さんが致命的な負け方をしたかと思って楽しみだったのにー」
「……喧嘩売ってます?」
見当違いのことを言い続ける大引さんに少しイラっとして八つ当たりのようなことを言い、直後に後悔する。
思わずまた頭をばりばりと搔いてしまう。
大引さんはそういう人だってわかってるし、悪気なんてない。
何より自分の悩みで回りに不機嫌に当たり散らすのはダサすぎる。
大引さんは怒ることもなく、意外そうに目を丸くした。
「お、今日の石川さんはなかなかワイルドだねー。もちろんバカにしてるわけじゃないよ? 手ひどく負けた時こそ分析のしがいがあるってことだから」
それはそうだろうけど。と言いかけて止まる。
あれ? そんな手ひどく負けた経験があるのか?
この人がボコボコにされているところなんて全く想像できないんだが……。
「大引センパイって、そんなひどい負け方したことあるんですか」
「全然何度もあるよ? 石川さんにだって負けたし……でも同じ相手に2度連続で負けたことはほとんどないかなー。少なくともこの学校では1度もない」
大引さんはそうあっけらかんと言って見せた。そして、おもむろにポケットから取り出されたのは例の扇子。
忘れるわけがない、大引さんの
「
「えっ?」
そう世間話でもするかのように何気なく言って、大引さんは扇子の先をわたしに突き付けた。
「今の石川さんは珍しくやる気ありそうだし、私はいつでもいいよー? 今ここで私に2度連続で勝ってみる? それとも全力で負けてみる? ふふふふ」
大引さんはしなをつくって壮絶な笑みを浮かべた。
安い挑発である。
「……無理ですよ。わたし今日疲れちゃったので、先に部屋行ってますね」
そう言って、大引さんに背を向けて寮の階段を登ろうとした時。
「寝てもその疲れは取れないのに? 何があったかは興味ないけど、それは放っておいても明日にはよくなる類のものなのかな?」
「それは……」
それは図星だ。
そんなのわかってるよ。寝たところで、答えが出ることでもない。
シャリンの言葉に対してそうだねと頷くことも、あるいはうるせえんだよと怒鳴り散らすこともできない、大人にも子供にもなりきれない、中途半端な奴がわたしだ。
転生したわたしは、きっと間違えることを恐れている。
心のどこかで、正しくあろうと思ってしまう。
それは家族のためであり、友達のためであり、自分のためである。
だってそうじゃなきゃ二度も生きてる意味ないじゃんって。
だからこそ、良かれと思ってやったことが正しくなかったのだと頭によぎるたびに、絶望的な気分になるのだ。
「ねえ」
呟いて、大引さんが後ろからわたしの横を通り過ぎた。
そしてステップしながら階段を上り踊り場に降り立つと、スカートをひるがえしながらくるりと回り、わたしの方を見た。
「石川さん、ちょっと遊びに行こうよ」
そう言って夕焼けに照らされながら、大引さんは涼しげに笑っていた。
※
「ちょ、もしかして遊びって
「えー? 正真正銘の遊びだよ? やりこみ要素だってたくさんあるんだから」
憂鬱な気分すら吹っ飛んで思わず突っ込むが、大引さんは露骨にしらばっくれている。
わたしたちが立っているのは、寮の集会所に2台だけ併設されている装置の前。
もはや見慣れた音ゲー躯体こと、シミュレーター端末である。
ああ、考えてみればそうだわ。
この人が言う遊びなんて全部魔法少女として強くなることに繋がってるなんて当たり前の話だったぜ。
「あ、あの……わたし疲れてるって言いましたよね。なのに今からシミュレーターはさすがに……」
「身体は大丈夫でしょ? なら動いた方がいいよー。それこそ多少の肉体的疲労があったほうがスムーズに寝られると思うし? えーっと、ログイン人数はまだ制限はされてないねー」
大引さんはまるで言うことを聞かない! わたしの隣で画面を爆速でタッチしてログインできるかチェックしている。
シミュレーターは端末ごとにログイン人数制限が設定されていて、1躯体につき5人までしかログインすることができない。
……この隙に走ったら逃げられるか? なんてことを一瞬だけ考える。
「じゃ、やろっか」
「げっ」
大引さんはわたしの考えを見通したかのように右手首をがしりと握った。
思わず振りほどこうとしてもびくともしない。
そしてそのまま画面に浮かんだ手形に向かって、わたしの手のひらを無理やり持っていく。
「ちょ、まず大引センパイが入ってくださいよ!」
「私が先だと石川さん逃げちゃうでしょー?」
「逃げませんって!」
思わずぎくりとする。
この人、実は心を読む能力でも持ってるんじゃないだろうな?
「大丈夫だって。メンタルが万全じゃないときにわざわざ私と闘えなんて言わないからさー。フフッ。はい、ログインー♪」
こぶしを握ってみるが無駄な抵抗だった。
もう片方の手で無理やり手を開かせられ画面に手のひらが乗せられる。
このゴリラ女がよ……腕力でコミュニケーションを取ろうとするのはやめていただけませんかねえ?
《アカウントNo.PF1003744 石川柚子、ログイン認証完了》
《フルダイブを開始します》
ぐいっと体が後ろに引っ張られる感覚と共に、目の前が真っ白になる。
※
「……飛ぶだけですか?」
「そう、飛ぶだけ。何も考えずにどこまでも飛び続ける。結構気持ちいいよー?」
※
大引さんに無理やりシミュレーターに放り込まれたあと、何をしているかといえば。
ひたすら風を切る音が耳を叩く。
変身状態のわたしたちは並んで、広大なマップの上空をひたすら飛び続けていた。
下を見れば青々と茂る森と草原の中に、ピンク色に咲く桜の木がぽこぽこと点在している風景がいくらでも見下ろせる。
ところどころで、魔法少女たちが設置されたモブモンスターと戦っているのが見えた。
桜の木はマップの中心───例の巨大な塔(わたしは木の幹だと思っている)に近づくにつれ桜の木が増え、やがてピンク色一色の樹海と化す。
飛びながら改めて思う。
訓練用シミュレーターとは言うが、このマップはどうしてこんな構造になってるんだろうね?
「石川さんどうー!? 気持ちよくないー!?」
「まあまあですねー!」
「きこえないー! さいこー!?」
「ま、あ、ま、あ、ですー!」
「さいこーでしょー!」
びゅうびゅうと風の音がうるさいので、お互いに声を張り上げる。
大引さんは完全にゴリ押しの構えだ。やってられねえぜ。
だが、悪くない気分なのは確かだった。
「自由に空を飛べることが魔法少女に与えられたさいこーの楽しみだよー! そうじゃなきゃ、スカイダイビングくらいしかできないんだからさー! 現実でもどこでも飛べるようにしてほしいよねー!」
魔法少女が試合外において飛行できる区域は、私道または法人・個人所有の土地において地権者に許可された場の上空のみに限定されている。
つまりわかりやすく言うと、この近くで言うなら学校の中でしか飛べない。
「大引センパイはー! 闘うことしか考えてないって思ってましたけどー!?」
「ひどーい! そんなロボットみたいなこと言わないでー!?」
あたりまえだが、大引さんは人間である。
明らかに性格は普通じゃないけど、それでも大引さんなりに後輩とうまくやっていこうと思っているのは、ここまでの暮らしでなんとなく伝わっている。
ただ、闘うことが好きで好きでたまらなくて、強くなるために努力を惜しまない。
そして周りにもそうあってほしいと思っている。
たぶん大引さんはそういう人間なのだろう。
すさまじく不器用でぼっちになっているのが問題だが……。
そして、ちょっとだけ試したくなったことがある。
闘うこと以外にも興味があるというなら、わたしについてはどうだろう?
わたしとゆくゆくは闘いたいのはわかってるけど、それを抜きにしたら、わたしたちの関係に何か残るものがあるのだろうか?
「じゃあ、聞かないんですかー!?」
「なにをー!?」
「わたしがなんで落ち込んでるかー!」
「さっきも言ったけど、どーでもいいよー! 石川さんだって、そういうの聞かれたくないでしょー!?」
「そういうところは気が遣えるんですねー!?」
「だってどーでもいいんだもーん!」
堂々とした宣言に、思わず笑ってしまう。
大引さんならいかにも言いそうなセリフである。
「でもねー! 石川さんに元気になってほしいとは思うよー!」
えっ?
今なんて言った?
「そ、それって、わたしに強くなってもらわないと困るからでしょー!?」
「そうだけど、それだけじゃないよー!」
大引さんは斜め下を指さした。
そこにはちょうど切り立った崖があり大引さんがそこに急降下していくので、あわててわたしもそれについていく。
崖の上からは、大木の幹をより近くで観察することができた。
ずんぐりした灰色をしている木の表面は所狭しと断層のようなクラックが走っていて、朽ち果てて一切の水分すら失った荒地の表面のようにも見える。
「ね、石川さん」
「……はい」
風が吹いて、大引さんが纏うゆったりとした唐衣がわずかに揺れる。
かつてこうして向き合ったときは気持ちの悪いニヤついた表情を浮かべていたのに、今はひどく人間らしい、涼しげな笑みを浮かべている。
「なんであれ、私はあなたの才能を曇らせるものを許さない。それがあなた自身が抱える問題から生まれたものだったとしてもね」
「……だから、それはわたしと闘いたいからじゃないんですか?」
問い返すと、大引さんはふふっと軽く笑い、すぐには答えなかった。
ほんの少しだけ考えるように目を伏せると、大引さんはぽつりとつぶやいた。
「心配だったんだよねー。先輩のこと見てるみたいでさ」
「え……?」
「だってさー、杞憂かもしれないけど……もし石川さんがこのままやる気なくして、諦めて、魔法少女やめちゃったら、それってすっごくもったいなくない?」
先輩とは誰のことだろう?
世間話でもするように大引さんは言う。
でも、その黄金色の瞳はわたしの目をとらえて離さない。
「そしたらさ、勝ったり負けたりして、嬉しいことも悔しいことも、面白いことも苦しいことも、楽しいことも美味しいことも、それに……今みたいに空を飛ぶことも、全部味わえなくなっちゃうよ?」
「……わたしは大引センパイみたいに、そこまで闘うことを楽しめないかもしれません」
改めて思い返す。
わたしが大引さんのようにストイックに毎日強くなることに向きあえるかというと、難しいと思わざるを得ない。
この人は本当に生活のすべてで強くなることを考えているのだと、一緒に暮らしているからこそ思い知る。
「だからさー、それだけじゃないってば」
「えっ?」
大引さんは表情を崩しておかしそうにクスクスと笑った。
「フフッ、ねえ石川さん。ルミナスリーグに1シーズン出たらさ、どのくらい賞金貰えるか知ってる?」
いきなり話題を変えられて、思わず首を傾げる。
「え? 1億、でしたっけ」
「だいたいそのくらいらしいね。ねえ、例えばさ、石川さんは1億円もらったら何したい?」
わたしは、何も言えなかった。
だって、どうすればいいのかわからないから。
プロ魔法少女を目指そうとは思った。家族の期待に応えたいから。でも、その先にいったい何がある?
わたしはプロになって、金を稼いで、いったい何がしたいのか?
大引さんはわたしから目を外して、崖の向こう側を見た。
そしてすっと空気を吸うと、
「私はね───もっともっと上手くなって! 強くなって! たくさんお金稼いで! それでいろんな国に行って! いろんな魔法少女と闘って! いっぱい旅行して! いろんな景色を見てみたーい!」
そうやって、一帯に聞こえるほどに大きな声で叫んでみせた。
そして納得する。させられる。
ああ、だから強いんだな。この人は、と。
自分のしたいことをこれほど自信を持って、ひとかけらの羞恥心もなく叫べる人間が強くないわけがない。
「で、楽しかった? 一緒に飛ぶの」
「まあまあですね」
「さいこーでしょ?」
そう言って、大引さんは薄く笑った。
それに合わせて、わたしも自然に笑ってみせる。
ほんのすこしだけ恥ずかしくなって目をそらし上空を見れば、薄く引き伸ばした雲が相変わらず空を隠していた。
「飛んだら、あの雲の上とか行けないんですかね」
「飛行限界高度が設定されてるから無理だよー。みんな1回は試すみたいだけどね」
そうなんだ、と納得しそうになるが、おかしな話だ。
あの上には確実にフィールドが存在していたのに、どうして隠す必要があるのだろう?