【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
このシミュレーターではログインしたポータルからでないとログアウトすることができない。
ポータルは人ひとりがすっぽり入れる程度の、簡易的な光の柱で表現される。
システム音声とARマップで案内してくれるため迷うことはないが、面倒と言えば面倒な仕様である。普通のオンラインゲームみたいにどこでもログアウトさせてくれてもいいのにねえ。
大引さんとふたりで並んで低く飛びながらポータルに戻る途中、開けた草原の真っただ中、前方に、ちょっとした人だかりができているのを見た。
「あれ、何してるんだろー?」
「見てみます?」
さっきよりずっとゆっくりした速度で飛んでいるので、大声を出さなくともお互いの言葉はよく聞こえた。
お互いに頷き、草原に降り立つ。
そして人だかりの一番後ろにいるふたりの魔法少女が気づいてこちらを見た瞬間、恐れおののきドン引きしながら後ずさった。
正確にはその視線は全て大引さんに注がれている。
今まで直接的に感じたことはなかったが、この人って他の生徒からこういう扱いなんだな……。
「ゲッ大引だ……な、何か用?」
「なんかみんな集まってるから何かなーって思ってー」
大引さんは慣れたもので、完全に関わりたくなさそうな相手だろうと気にせず話しかけている。メンタル最強女か?
いや、もうこういう扱いが日常で慣れているだけなのかもしれないが……。
「あー……なんか1年生が最初にレアエネミー見つけて倒そうとしてたみたいなんだけど、手伝おうとしたらトラブったみたいでさ。邪魔すんなって言われたからついカッとなっちゃったみたいで、あのとおり」
藍色のバトルドレスを纏った魔法少女が親指で人だかりの奥を指し示した。
といっても人が壁になっていて何が起きているのかはよく見えない。
「あ、私思いついた。もう大引が両方ぶっ飛ばして解決すればよくね? こいつそういう空気みたいなの気にしなさそうじゃん」
「シーッ、そういうの冗談でもやめなよ。うちらが喧嘩売られたらどうすんのさ。面倒くさそうだし行こ行こ」
ふたりはひそひそ話をしながら、さりげなく人だかりから離れて飛び去っていく。
大引さんとタメ口で喋ってるあたり3年生なんだとは思うが、ここまで露骨に腫物扱いされているのは少し不憫である。
もう扱いがキレやすい不良レベルやないかい。
まあわたしも最初はヤバい人だと思ったけど、それなりに話してればそ抜き身のナイフのような人間ではないことくらいには気づく。
「……なんとなく予想はしてましたけど、大引センパイっていつもこんな感じの扱いだったりします?」
「そうだねー。みんなひどいよねー」
頬を膨らませて不服そうに口を尖らせる程度の大引さんを見るあたり、そこまで不本意に感じているわけではなさそうである。
その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「あれは私が最初に見つけたの。手伝うなんて言って報酬横取りするつもり? 知ってる? そういうの、
えっ、もしかしてこれ東雲さん?
すみませんと言いながら人だかりをかき分けると、そこには1対3で数メートルの距離をあけ、剣呑な雰囲気で口論している東雲さんがいた。
もちろん東雲さんの方がひとりである。
東雲さんが「あれ」と指さした少し先には、灰色でねじくれて伸びた背の高い枯れ枝のようなエネミーが、棒立ちしたまま不気味に揺れ動いている。
見た目はまんま枯れ木で、高さは10mくらいはあるだろうか。
よくRPGでトレントという樹木妖精の敵がいるが、それをいくらかリアルにして目と口を無くしたらこんな姿になるのかもしれない。
遠目で見ればオブジェクトにしか見えなそうな姿である。
なぜエネミーかわかるというと、いかにも危険ですと言わんばかりの赤文字のAR表示で《Enemy:???》と表示されているのと、太い木の幹そのものがぐねぐねと脈動するように動いているからである。
今は風が吹いているが穏やかで、とても巨木の幹を揺らすほどの強風ではない。
「あのさ、先輩相手にそういう言葉遣いは無くない? だいいち、入学したばっかの1年生が一人でレアエネミー倒せるわけないじゃん。こっちはせっかく親切で言ってあげてるのに何なの?」
「1年でハーフフォームになってるくらいでイキりすぎでしょ流石に」
「ま、どうせ即死だろうし放っておいてもいいんじゃない?」
東雲さんに対峙する3人の魔法少女たちはいかにもご立腹という感じで言葉に棘がある。3人とも色とりどりの装飾がなされたバトルドレスを身にまとっていることからして、全員ライジングフォームなのかもしれない。
「へえ、あんなエネミー見たことないかもー」
「えっ、そうなんですか?」
ぬっとわたしの横から顔を出して、額に手を当て驚いたようにエネミーを眺めるのは大引さんである。
2年間ずっとシミュレーターを使っているはずの3年生ですら見たことのないエネミーと言えば、確かにそれは激レアといっても過言ではない。
ちなみに授業で説明があったが、レアエネミーを倒してレアドロップアイテムを入手すると、学内でそれなりの特典があるらしい。成績にプラスになるのはもちろん、学校生活においてもそれなりの融通が利くようになるんだとか。
その融通の内容まではわたしはまだ知らないが、こうやって取り合いになる程度には魅力的なものなんだろうとは思う。
そして人だかりを作っていた他の人が一気に飛びのき、蜘蛛の子を散らすようにその場から離れていく。
その場、というより大引さんからという方が正しい。
「大引さん!? ちょっ……あたしは見てただけだから、間違っても闘おうとしてないから、それじゃあねー、あははは。ほら帰るよ!」
「えっ、先輩どうしたんスか? 見たこともないエネミーだって騒いでたじゃないスか」
「あんなのより大引さんの方が怖いっての! 行くよ!」
どことなく変身前は男子っぽい後輩の腕を引っ掴みその場を離れる魔法少女。
超絶レアエネミーより優先されるほどの大引さんの恐ろしさとは一体……?
そしてそんなふうに目立っていればさすがに当事者たちも気づく。
東雲さんがギロリとこちらを睨みつけてきたのが肌で分かった。
「石川柚子、あんた本当にイライラする時に来るわよね。わざとやってんの?」
「たまたまね。大引センパイと一緒に遊んでたら通りかかったんだよ」
東雲さんの煽りを正面から受け取っていたらやってられないのでそこはサクッとスルーさせてもらう。というか常にこんな感じだから流石に慣れるぜ。
遊んでたら、というワードに東雲さんはさらに視線を鋭くした。
「相変わらずいいご身分ね。ろくに訓練もせず強いアピール?」
「別にまだ強くないし次同じ条件で東雲さんとやったら負けると思うよ。この間のなんて出オチみたいなもんでしょ」
「そういうのが気に入らないって言ってんだけど」
「試合の振り返りを踏まえた事実だが~? 1回負けたくらいでこじらせすぎじゃない? 負けたら終わりのトーナメント戦じゃあるまいし」
「殺す……」
東雲さんは太もものホルスターから針を抜き放った。おうおう、敵はそっちじゃないだろ。
「敵はわたしじゃなくて向こうのそれじゃないの?」
わたしは樹木型エネミーを指さした。
東雲さんは舌打ちして手を下ろす。
ふと思ったのだが、東雲さん相手には言葉を選ばず直接的に思ったことを話した方がいいような気がするんだよな。いろいろと余裕がない子なんだろうが、だからといって腫れ物に触るような扱いをする方がダメな気がするんだよね。
これは炭谷くんと東雲さんのやり取りを見ていて気づいたことでもある。
プライド高いならそれはそれで、こちらも言いたいことを言えばいい。
なんとなく、思考がクリアになっている自分に気づく。
大引さんと一緒に飛び回って気持ちが落ち着いてきたのかもしれない。
陽菜乃のことは気になるに決まっている。だが、その前に自分自身の気持ちを落ち着かせることが必要だ。
「ねえ、あんたそいつの友達? ならなんとかしてくれない?」
3人組の1人がイラついた口調でわたしに近づいてきた。
こういう時のなんとかして、というのはここから退かせ、ということである。
「そりゃ無理ってもんですね。この人うちのクラスの中じゃ一番強いので。それに人に言われてハイ分かりましたなんて言うタマじゃないですよ。性格悪いし」
そう言って肩をすくめると、東雲さんはプルプルと震えていた。
「……ずいぶん言いたい放題言ってくれるわね」
「東雲さんにはこのくらいがちょうどいいでしょ?」
「はあ? 誰が? なんだって?」
「東雲さんにはこのくらいのノリで喋るほうが楽」
「ハァー?」
東雲さんは突っ込みながら眉間に青筋を浮かべている。
が、なぜか普通に会話が続いているあたり、やっぱり同じノリでボールをぶつけ合う方が合ってる気がするぜ。
その時だった。
キュイン、と黄金色のビームが放たれたのを見た。
そして、それは一直線に樹木型エネミーに直撃する。
直後、クアアアアアアア、と怪鳥のような鳴き声。
確かに、あの木から放たれている
赤いAR表示が視界の端で舞う。
《危険個体との戦闘を開始します》
「まどろっこしいなー。こういうのはね。戦う前に取り合うより、とりあえず攻撃しちゃってからみんなでわちゃわちゃした方がいいと思うよー? ってことで、みんなで遊ぼう!」
わたしはぎこちない動きで首を動かし、大引さんを見た。
羽衣を展開した大引さんはけらけらとひどく楽しそうに笑っていた。
あー、たぶん皆に煙たがれてる理由ってこういう強引なとこなんだろうなぁ……。