【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます!   作:きなかぼちゃん

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いいの。いい子じゃなくたって

 ときおり現れるT字路を右へ左へ、長い廊下を職員の人の引率でひたすら歩き続け、やがて古びた木製の両開き扉の前に辿り着く。

 

 3メートルはありそうな巨大な扉。その枠は燭台と同じく鈍い色を湛えた金属で作られていた。

 繊細な意匠が施されているそれは、何種類ものつる植物が絡み合って描かれ、アーチの天辺には天使らしきものがラッパを吹きながら蝶を追っている。

 

 そういえば、お父さんが前に送ってきてくれたイタリアの聖堂の写真にも似たような意匠があった気がする。

 長岡さんが300年くらい前に造られたって言ってたけど、観光地にできそうな巨大な歴史的建造物をそのまま学校として使用しているのはひどく贅沢に思えた。

 

「この先の大講堂で入学式が行われます。開会まではまだ時間がありますから、着席して中では静かに待機するように」

 

 引率の男性はわたしたちを鋭い目でぐるりと見渡した。

 長岡さんとわたし以外の子たちもちらほら喋りながら歩いていたので、釘を刺されるのも仕方ない。

 

 まあそうは言っても子供のおしゃべりはそんな簡単に止められないんだが。

 

 軋むような音と共にゆっくりと扉が開いた。

 

 「わぁ……」

 

 扉の中に入るやいなや、隣で長岡さんが感嘆の声をあげる。

 

 高いなだらかな天井にはびっしりと絵が描き込まれていて、その中心からは暖かいオレンジ色の光を放つ巨大なシャンデリアが吊り下げられている。

 絵に目を凝らせば、たくさんの修道女らしき人たちが草原の中で天に向かって祈っているように見えた。

 

 ここはかつて修道院という話だったので、この城を建てた人たちが自分たちの生活を描いたのかもしれない。

 

 両側の壁にはオペラハウスのように広いボックス席が並んでいた。2階部分から4段続いてたので、この大講堂は5階建ぶんの高さがあることになる。

 

 正面には幕の降りた舞台がある。

 その前にずらりと並んだ席にはすでに先に到着したらしい生徒たちが座っていた。

 言いつけ通り静かにしている子もいればこそこそ隣同士で話している子もいる。

 

 背後を見れば、段状になだらかに登るように席が並んでいた。2階も同じようになっていて、保護者用の席になっているようだった。

 

 お母さんを探してみたが、人が多くて流石に見つけられない。

 

『綾華はまだ来てないみたいかしら』

(たぶん来るついでに城の中見て回ったりしてるんじゃないかな)

『はしゃぎ過ぎて入学式に間に合わないとかないでしょうね。あの子何かに夢中になると昔からそそっかしいから』

(それはなんとなくわかる)

『アナタより舞い上がってどうするのよって突っ込みたくなるわ』

 

 お母さんは普段はしっかりしているのだが、旅行先で何か興味のあるものがあると1人で勝手にどこか行ってしまう悪癖がある。

 いつも迷子になるのはわたしと兄貴ではなくお母さんの方だった。

 

 姿を消しているシャリンとはテレパシーで話している。

 古城に着いた際に、生徒に同伴するα族たちも入学式の間は実体を隠すようアナウンスがあったからだ。

 確かに入学式にたくさんの動物が飛び交っていたら喋る方は気になって仕方ないだろう。

 

 舞台の正面の席に詰めて座る。隣にいる長岡さんは心ここにあらずというふうにきょろきょろと大講堂の装飾と天井の絵をを楽しそうに見渡していた。

 

「長岡さん、こういう古い場所好きなの?」

「えっ? う、うん。あたし、神社とかお寺とか教会とか、古い街並みとか見て回るの好きだから……地味、だよね」

「そんなことないと思うけど……むしろ知的な趣味ですごいって思う」

「ほ、ほんと? 変じゃない?」

「うん。さっきこの城のこと説明してくれた時も歴史好きなんだな〜って思ったよ。328年前に建ったなんて普通すぐ言えないって。変だなんて思わないよ」

「そう、かな……エヘヘ。そんなふうに言ってくれた子、初めてかも」

 

 長岡さんは縮こまって顔を隠していた。

 小学校の修学旅行なんてみんな京都や奈良より舞浜に行きたがってたぞ。

 これは前世でも今世でも同じだった。ディズニーランドは最強だな。

 

「この天井の絵とかすごいよね」

「うん! この絵は普段公開されてなくて、イタリアで高名だった修道女の聖クララ=ソフィアを招いて3年もかけて描いてもらったんだって! 保存状態もすごく良くて、入学したら絶対に見てみたいと思ってたの! でね、クララは画家としてもすごく有名で───」

 

 捲し立てるように喋り始めた長岡さんに周りの子がびっくりして視線が刺さる。

 ついさっきまであれほどビクビクしながら喋っていたのに、今の長岡さんはそれに全く気づいていない。

 

 ホントに歴史が好きなんだなあ。

 こう、好きなことに夢中って感じの子を見ると素直にすごいと思うし応援したくなる。

 

 ()がそれを忘れたのはいつ頃だろう。

 いや、そもそも何かに対して本気になった事なんてあっただろうか。

 ゆえにわたしにけして届かないものを持っている、彼ら彼女らのきらめきはとても尊いと思う。

 

「長岡さん、ちょっと声大きいかも」

「あ、ご、ごめんね。あたしまたやっちゃった……」

 

 責めたわけではないんだけど、小声で言うと長岡さんはまた落ち込んでしまった。あらら、それならと笑顔でにっこりと笑ってみる。

 

「気にしないで。後でまた続き聞かせて」

「う、うん!」

 

 長岡さんはホッとしたように表情を戻した。素直な子だなと思う。

 

 そしてちょっと安心した。正直、同級生も大引さんみたいな戦闘民族だったらどうしようと思ってたからな……。

 だから長岡さんみたいな普通の子の存在はありがたい。友達になれればいいんだけど。

 

『ちょっと魔法少女にしては弱々しすぎだと思うけどね。闘えるのかしらこの子』

(こういうちょっとこだわりが強そうな子ほど内気に見えても強かったりするんだよ)

 

 どんな分野でも譲れないものがあるヤツは強い。結果が出なくてもブレずに自分がやれることをやり続ける力がある。

 

『ふうん。ま、こういうタイプの子が好きなα族もいるにはいるかな。でもワタシの好みじゃないかしら』

 

 シャリンはからかえる相手が欲しいだけだろ。

 

『柚子は見てて面白いわよ』

(はいはい、それはようございました)

 

 

 

 

 入学式が始まった。

 芙蓉(ふよう)中学校の生徒はその全員が魔法少女だ。

 だから入学式も普通の学校とちょっと違うのかなと思っていたけれどそんなことはなく、普通に国歌斉唱からの校長の式辞が始まる。

 

 幕が開いた壇上の端からカツカツとヒールの音を立てながら現れた初老の女性にわたしは見覚えがあった。面接官のあの人だ。

 

 右側で分けた白髪混じりのミディアムヘアはメッシュがかっているように整えられている。両耳には大きな円のピアスが光り、プラチナの眼鏡から鷹のような眼光が覗いていた。

 ほっそりとした八頭身を惜しげもなく晒したパンツスーツの腰には琥珀色のベルトが覗く。

 

 か、かっけえ。女優と言われても驚かない。

 こんなカッコいい校長先生がいるのか。

 

 面接は緊張していたのと、いったい何をアピールすればいいのかだけで頭がいっぱいでそこまで意識していなかったが、改めて見ると壮絶にカッコいい。

 いや、思い出してみると面接ではこんな目立つ格好はしてなかった気がする。面接で目の前にこんな人が現れたら威圧感で何も喋れなくなってしまいそうだ。

 

「校長の春日井美耶子(かすがいみやこ)です。面接で私の顔に見覚えがある方もいらっしゃるかも知れませんね。新入生の皆さん。貴方たち204名もの才ある魔法少女をこの芙蓉《ふよう》中学校にお迎えできたこと、心より嬉しく思います」

 

 低く、それでいてよく通る存在感のある声だった。客席は静まり返り、壇上の脇で写真部のカメラがシャッターを切る音だけが聞こえる。

 

「さて、本日入学する皆さんの中には、合格して当然と思う者、あるいは何故自分が合格できたのか疑問に思う者までいるでしょう。そして今なおこの場に至ってもその疑問を持ち続けている者も」

 

 新入生の一部がざわつく。

 わたしと長岡さんは思わず息を飲んで顔を見合わせた。

 きっとお互いに同じことを考えていると知れた。

 

「はっきりここで申し上げておきます。現状のジュニアNPMランク、習得している魔法の属性や魔力の総量───そんなことは現時点でまるで関係がない! 今この時点! ただ魔法少女としての力量のみを計りたいのであればクラブチームや有名実業団のユースチームを目指す方がよほど良い! この芙蓉中学校は優れた魔法少女を志す以前に、学び舎であるということを忘れないように。プロ魔法少女を目指すにあたり強さのみが全て、という意見もあるでしょう。ですが、個性を伸ばし、その末に宙に輝くただひとつの輝きとなれることを我々は望みます。その先でこそ、貴方たちは人生と闘う真なる強さを得ることができる」

 

 魔法少女として活動できる年齢は25歳が限度だ。

 どれだけ優秀なプロ魔法少女でも全盛期は18歳から20歳の間だと言われている。

 当然、一生魔法少女やって生きていきますなんてのは無理。

 

「貴方たちはこの3年間で友を得、生涯をかけて研鑽し合うかけがえの無い宿敵を得ることになる! 共に学び、闘う相手にリスペクトを持ちなさい! そして心に刻みつけるのです。貴方たちはけしてひとりでは強くなれないということを。私からは以上です」

 

 話し終えると、春日井校長は演台を降り、

 

「最後に。皆さん、入学おめでとうございます」

 

 深々と礼をして涼しげな笑みを浮かべた。そしてとてつもなく姿勢の良い優雅な歩みで颯爽と舞台から降りていった。

 嵐が去ったかのように、数瞬の沈黙の後にようやく「新入生、起立」とアナウンスが聞こえた。

 

 

 

 

 入学式が終わり、城のエントランスと外の前庭はトランクを持った保護者と新入生でごった返していた。

 

 新入生と保護者はここで別れ、3年間の寮生活が始まることになる。

 わたしもお母さんと合流して、ひと通りの生活用品が入ったトランクを受け取っていた。

 

 入寮に際して持ち込みが許されるのは、トランク1個分の荷物だけだ。

 ちなみにわたしはたいして荷物が無かったので当初中身がスカスカだったが、あれこれ心配したお母さんが勝手にいろんなものを入れたので今のトランクはずっしりと重い。

 

「柚子、元気でね。風邪ひかないようにね」

「うん。ありがとう。お母さんも気をつけて帰ってね」

 

 お母さんは屈むと、何も言わずにわたしをゆっくりと抱きしめた。

 髪が鼻にかかって少しだけくすぐったい。

 

「頑張って───、ううん、違うな。柚子は言わなくても頑張っちゃう子だから」

 

 お母さんは小さく息を吐いてほんの少しだけ沈黙した。

 何を言おうか、迷っているようだった。

 

「だから、いいの。いい子じゃなくたって。魔法少女をしてる間に別のことをしたくなったら、それだっていい。私たちは柚子がどんな子だったとしても嫌いになったりしない。だから、いま柚子の興味のあることを、自由にたくさんやりなさい!」

「お母さん……」

 

 おずおずとお母さんの背に手をまわす。

 お母さんはどこかで気づいているのかもしれない。

 赤ん坊の時から大人の思考をした存在なんてどれだけ取り繕おうとまともに見えるわけがない。

 

 きっとわたしはずっと変な子供だった。

 

 お母さんがゆっくりと手を離して、わたしの右肩に留まっているシャリンを撫でる。

 

「シャリン、柚子をよろしくね」

『任せときなさい。柚子ってひとりだと変な方向に走っていくからそうならないようにちゃんと見ておくわ』

 

 わたしの信用がなさすぎるだろ。

 

「うん。お願いね」

 

 お母さんまで!

 

『入試でワタシの忠告も聞かずにヤバい女とドンパチしたばかりなのによく言うわ』

「あれはごめんて」

 

 そう言われると言い返せねえ!

 あれは変身させられる前に逃げようとしたシャリンが100%正しい。

 

 

 

 

 バスに乗るお母さんを見送った後、前庭に集められた新入生204名の集団の中にわたしはいた。人が多すぎて、ついさっきエントランスでまた後でと別れた長岡さんの姿は見えない。

 

 オリエンテーションの前に寮に荷物を置きに行くにあたって、寮部屋の割り当てを記載した書類と諸注意を配布するらしい。

 ちなみに寮は基本的に2人部屋で、1年生は3年生と、2年生は同級生同士で相部屋になり、1年ごとにルームメイトが変わるという説明があった。

 

 5人の先生たちがひとりひとり生徒の名前を呼んでいく。

 呼ばれた生徒は次々と書類を受け取って、トランクを引いて職員の案内に従い寮に向かっていった。

 

「石川さん、石川柚子さん!」

 

 わたしの名前が呼ばれるのは早かった。これはなんとなく予想がついていた。

 あ行はだいたい何でも呼ばれるのが早い。

 

 返事をして呼びかけてきた先生のもとへ行くと、またどこか見覚えのある顔だった。

 大引さんと闘った後に筋肉痛で動けないわたしの身を支えて、あずまやで休ませてくれた先生である。

 

「あなたが受かっててよかった! 試験以来だね。覚えてる?」

「忘れるわけないですよ! 試験の時は肩を貸してもらってありがとうございました」

「気にしないで。むしろ謝るのはこっちの方だから。ずっと気になってたのよ。でね、その……」

 

 先生はあからさまにわたしから目を逸らして言い淀む。

 書類を渡すのを躊躇しているようにも見えた。

 

「えっと、何か?」

 

 再び目を合わせた先生はどこか辛そうな顔をしている。

 なんか猛烈に嫌な予感がしてきたぜ。

 

「ごめんなさい。始めに謝っておきます。すごく申し訳ない。あなたには背負う必要のない負担を掛けてしまうかもしれないけれど……全力でサポートすることを約束します。この1年、わたしがあなたの担任になる糸原凪(いとはらなぎ)です。だから寮生活で何かあったらすぐに私に相談してね」

「えっ?」

 

 そう言って糸原先生は意を決した表情でわたしに書類を差し出した。

 

 

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