【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
大講堂のある古城から寮までは歩きで20分くらいかかった。
入学案内に付いていた学内地図によると
田舎にキャンパスがある大学ならわかるけれど、1年生から3年生まで合わせて600人程度しかいない中学校にしてはいくらなんでも広すぎる。
いろんな施設の方向を示す方向看板が頻繁に道の脇に立っているし、同じようにトランクを引いて寮に向かっている生徒の姿がちらほら見えるので迷うことはない。
が、これを毎日往復すると考えるとちょっとしんどい。
敷地内にも私道は通っていて、整然と石畳で舗装された道路がどこまでも続いている。その両脇には細く剪定された街路樹と、黒いランプが先端に取り付けられた背の高い街灯が一定間隔で並んでいた。
いったいどれだけの金があればこれだけ長い道路を石畳製にできるのかさっぱりわからないが、とにかく藤《ふじ》学園はとんでもない予算を芙蓉中学校にかけているということは景色を見ただけでもなんとなくわかる。
そもそも文化財レベルの古城を学校として使えるように維持するだけでも大変だろうに。
トランクのキャスターががたがたと鳴る音と、聞き慣れない鳥の鳴き声が響く。
視線をずらせば、緑に覆われたなだらかな丘陵と風にそよぐまばらな木立が見えて、ちらほらと背の高い学内施設がモニュメントのように点在していた。
「なんか昼寝したくなってきた」
『柚子、現実逃避はやめなさい』
「そこの芝生で昼寝したら夢から覚めるかもしれないし?」
『今見てる景色が現実じゃない?』
むしろ夢の世界に行きてえ。
ねえ、今から舞浜行かない?
『名古屋挟んで真逆じゃない。そこはユニバとかにしときないよ』
「それもありかも」
まあ、冗談はそこそこに、貰った書類に書かれていたルームメイトの名前を改めて見直す。
【女子寮A棟248号室】
3年生 大引静
1年生 石川柚子
瞬きする。残念ながら見間違いではない。
ふうん。芙蓉中学校ってのはなかなか愉快な学校だな。なかなか面白くなってきた。
……いやこれ面白いのか?
『まあワタシも驚いたけど、そこまで嫌かしら。闘いたくなければ変身しなきゃいいだけの話じゃない。お互い変身しなきゃ決闘は成立しないもの』
(それでもシンプルに怖いだろあの女。変態と1年も同居するとなるとちょっと悩む)
『まあ、見た目は美少女だし』
(常在戦場とか言いながら殴りかかってくる奴は美少女でもちょっとねえ)
いつしか口が悪くなる時は脳内でシャリンに話しかける癖がついた。
女として生きるための処世術である。
よくいるイライラしたら殴ってくる怖い先輩より、沸点がわからない上にバチボコビーム撃ってくる女の方が最低度が高い。
しかもあっちの方がよっぽど魔法少女っぽいの理不尽すぎない?
よし、あの女とわたしの能力入れ替えようぜ!
鉄パイプの方が似合ってるよあの女。
『そういえばこの前の決闘見てて思ったけど、アナタの能力きっとそんな悪くないわよ』
「そうなの?」
『あの女に一撃入れたのは偶然じゃなかったし。よく覚えてないみたいだけどあの決闘のこともう少し思い出してみてもいいんじゃない』
「いやいや、なんか気づいてるならシャリンが教えてよ」
『前にも言ったけど、ワタシが見たのはアナタがあの女の攻撃を1度だけ鉄パイプで跳ね返したことだけ。どうやってその現象を起こしたのかはアナタの感覚だけが知っている。こういうのは自分で気づかないとダメかしら。推測で理屈を語ったところで先入観に囚われたら逆効果よ。魔法少女として闘っていくならまずは自分がどんな魔法を使っているか肌で理解しなさい』
わたしがどうやって勝ったのかは前にシャリンが教えてくれた。
でも、そう言われても全然思い出せないんだよな。それだけ無我夢中だったってことかもしれない。
そういえば大引さんにも言われたんだよね。わたしの鉄パイプはあくまで魔力の塊にすぎない、という話。
あれがビーム跳ね返したヒントのひとつだったりするのかもなあ。
つまり。
性格は別として、わたしにアドバイスを与えた魔法少女と一緒に暮らしながら技術の一端を盗めるかもしれないと考えれば逆にプラスとも言えるか……?
『ま、そういう意味じゃあの女と同じ部屋なのは悪くないんじゃない。もしかするとあの女と顔合わせてるうちに勝った時の感触も思い出すかもしれないわよ』
「それってトラウマえぐってるのと同じじゃない?」
『ワタシの口調パクるな』
「今突っ込むところそこ?」
というか完全に不可抗力じゃん!
『キャラかぶりは許さないじゃない』
「無理やり思い出したようにじゃないを付けるな」
シャリンのノリは時々わからない。
※
女子寮A棟と書かれた案内看板に従って道なりに歩く。
木立の中の小さな石畳の小道に入り、やがて林を切り開くように現れたのは事前にイメージしていた寮とは全然違う奇怪な建物だった。
幅の広い階段と踊り場が繰り返されたなだらかな坂道。
その両幅にまとわりつくように、ドアと大小さまざまな窓が付いた部屋らしき立方体がユニット状に不規則に繫がりあって、上下はいくつもの階段で接続されて積み重なっている。
レゴの真四角のブロックを適当に重ねて積み上げながら広げたらこうなるかもしれない。
立方体同士の隙間は路地のようになっていて、その奥にも小さな階段が覗く。
壁はやや黒っぽいコンクリートで、見た感じひび割れてもおらず最近建てられたものに見えた。
どこぞの建築家がデザインしたんだろうか? 古城のように古びた建物を想像していたので、真逆のものが目の前に現れて少し戸惑う。
『この学校にはまともな建物はないのかしら?』
右肩のシャリンが毒づく。
こういうのはデザイン性が高いって言うんだぜ。
『人間の感覚はたまに理解できないわ。住むヒトを迷わせることしか考えてないんじゃない?』
シャリンの言うとおりこういうトンチキ建物はたいがい暮らしにくいってのがオチなんだが。
有名建築家が手がけたアパートが暮らしにくすぎて住人が定着しないなんてのはよく聞く話だった。
正面階段の際には女子寮A棟と書かれた看板があり、その横にはガッタガタの平面図に号室が印されていた。
エレベーターすら無いのはどうかと思うぜ。
とりあえず248号室を探して位置を確認してから正面階段に目を向けた。
そして、踊り場の上。
そこには、女がいた。
芙蓉中学校の制服であるブラウスに紺色のジャンパースカートを纏い、胸元には3年生を示す青いリボン。
印象的なアッシュブロンドの髪が日光にきらめく。
いつからいたのか。あるいは、最初からそこにいたのか。
見下ろされるように、目と目が、合う。
「───また、会えたね♪」
金色の瞳を細めて、その女はゆるりと半笑いのような気持ち悪い笑みを浮かべた。
「キモ……」
わたしはその時初めて、女子が口癖のように「キモい」と言う気持ちを理解した。
出待ちとかキモすぎるだろ。目と目が合うじゃないんだよ。絶望にときめいてショック死するわ!
「んー? 何か言った?」
「いや、大引さんってやっぱりめちゃくちゃキモいですね」
「えー!? ひどい! せっかく石川さんが来るのずっとここで待ってたのにー!」
そう言って近寄ってきた大引さんは頬を膨らませた。一応真面目に出迎えようとしてくれていたらしい。
だが、目の前にいる女はいつ再び襲いかかってきてもおかしくないのである。
「まさかここで今すぐ闘おうとか言いませんよね?」
「そんなわけないでしょー。ほらー、早く部屋行こー? 荷物持ってあげるからー」
結構です!
という前にあっという間に大引さんはわたしのトランクをひょいと片手で持って何食わぬ顔でステップしながら階段を駆け上がった。
え? そのトランク結構重いんだけど。この女筋力ヤバくない?
魔法少女に変身しなくてもこれほどの身体能力を……?
しかも中3ですよね?
『こいつ鍛え方エグいわね。人間性は終わってるけど確かに魔法少女としちゃ特級かしら』
(やっぱり大引さんって強いの?)
『中2か中3であれほどの魔力を放出して技の完成度も高い魔法少女はそうはいない。身体作りにも隙が無いとすれば間違いなくプロ───もしかしなくても今後ルミナスリーグで戦えるレベル、かしらね』
(そこまでか……)
ルミナスリーグとはNPMが規定する魔道リーグのひとつであり、一定期間でNPMランキング24位までにランクインした魔法少女のみが出場できる日本最高峰の魔法少女たちの闘いの1つだ。
テレビの地上波で中継され、毎日のようにスポーツニュースで取り上げられるのはルミナスリーグだけであり、その1シーズンの報酬はただ出場を果たしただけでも億に達する。
一流の魔法少女がそのキャリアで稼ぎ出す報酬は選手寿命を鑑みても破格なので、それが日本の魔法少女人口を加速させている一因───っていうのはシャリンがわたしと契約する時に言っていたことだ。
そのレベルを目指せる女が通り魔みたいな初心者狩りをしていたという理解不能な事実に戦慄する。
この女の目的は……?
「石川さーん はーやーくー」
伸ばした語尾が怪異の呼び声のように響いた。たぶん気のせい。
※
立方体同士の隙間にある路地のひとつ。そこにある細い階段を上り、さらに突き当たりの螺旋階段を上った2階部分。
寮の裏側、深い緑色を蓄えた大きなの樹の樹冠に隠れた日の当たらない場所に248号室の入り口はあった。
248と書いてある金色のプレートの近くにはドアと鍵穴しかない。
「インターホンってないんですか?」
「ないよー」
軽々と息も切らさずわたしのトランクをここまで運んだ大引さんは扉を開けて中に入った。
続いて中に入ると、玄関前の下駄箱の横にドラム型洗濯機が備え付けられていた。インターホンが無いわりにちぐはぐな設備である。
短い廊下の向こう側にはシーツが整えられたベッドと焦げ茶色の勉強机と椅子が、左右対称に2人分備え付けられていた。そして部屋の真ん中にはスペースを区切れるように束ねられたカーテンが天井から下がっている。
「トイレはこっち、お風呂もあるからねー、ベランダないけど洗濯機は乾燥機付きだから大丈夫ー。廊下にシンクはあるけど火は使っちゃダメだから部屋で料理はできないよ」
入って右側のベッドのそばにトランクを置いた大引さんは次々と部屋の説明をしていく。
そして寮生活で気をつけることを一通り話し終わると、目を細めたままゆるりと笑った。
「寮生活についてはとりあえずこのくらいかなー」
すると大引さんはすとんとベッドに腰を下ろすと、笑みを消した。
ずっと眠そうに細められていた金色の瞳がぱっちりと見開かれている。
雰囲気が明らかに変化して戸惑う。
ただ、ゆるっと気持ち悪い表情をしていたさっきよりは全然マシな気がする。
「さて、ここからは真面目な話をするねー」
「いや、今まで真面目じゃなかったんかーい。てか、いつもそういう雰囲気でいたほうがいいんじゃないですか?」
「そうなの?」
「少なくともいつもニタニタしてるよりかはそっちの方が可愛いと思いますよ。せっかく美人なんだし」
「えっ」
「えっ?」
大引さんは沈黙して、一瞬だけ露骨にわたしから目をそらした。
もしかしてこの女、可愛いって言われて動揺したのか?
そんなことある? ブスって言われても動揺しなかったのに?
どちらにしろ、こういう素振りだけみるとひどく可愛らしく見えるのがアンバランスで最高に気持ち悪い。そして何事もなかったかのように大引さんは話し始めた。
「えーっとね、私は
「よく分かんないんですけど、そこまでしてわたしと一緒に暮らしたかったんですか?」
ストーカーじみてて背筋が冷えたが、大引さんはおおげさに首を横に振って髪をかきあげた。なんかわざとらしいな。
「……ううん? でも、あなたを他の3年生に渡すのは気に入らない。他の誰かに影響されてあなたの瞳が曇ったらつまらない。それはよくない。あなたをこの学校で最初に見つけたのは私だから、育てるのも収穫するのも絶対に私じゃなきゃいけないの。だからあなたの一番近くであなたを見ていることに決めたんだ」
そして、校長風に言うと、と前置きする。
「あなたが私の宿敵になってくれるまで」
やっぱりストーカーだった。
育てて収穫ってなんやねん。わたしは食べられて死ぬのかな?
「でも嫌われたくなければ相手のことを考えろって前のルームメイトから言われちゃって。私なりにあなたに提供できるメリットを考えてみたんだ。どっちにしろそれが、理事長から言われた条件でもあったし」
「理事長? 校長じゃなくて?」
「校長より偉いひとだよー」
あの壮絶にイケてる春日井校長より立場が上の人と言われると、どういう人物のなのかいまいち想像できないな。理事長ってことは学園のオーナー側の人間だと思うけど。
それにしてもメリットかあ。他の3年生と部屋を交換してもらうとかどうですか? 無理だろうけど。
というか前のルームメイトの人が聖人すぎるだろ! その人と同部屋になる子が羨ましい。
「私はあなたをこの1年でライジングフォームに至らせることを約束するよ。
大引さんは口角をつり上げてぎらつく歯列を見せると、壮絶な笑みを浮かべていた。
「───そして来年の3月、卒業式の日。私は“至った”あなたと唯一無二の血闘をする」