【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます! 作:きなかぼちゃん
「はああああああああ」
わたしは息を吸うと、大袈裟にため息を吐いてみせた。
話を聞いていてわかった。
こいつはただの中二病のガキだ!
そして大引さんと同じようにして、空いた方のベッドに勢いよく腰掛ける。
肉食獣のようにも似て見開かれた金色の瞳を、同じ目線で見つめた。
「大引さんが言いたいことはわかりました。でも、わたしと闘ってどうしたいんですか? その3月の決闘に大引さんが勝ったら満足して卒業してくれるんです? まさか負けたら留年するとか言いませんよね?」
「んーん。石川さん、私は勝ちたいんじゃなくて闘いたいんだよ。それはずっと変わらない。あなたと最高の血闘ができればそれでいいの」
なーにが血闘じゃい。
そこで、ん、とわたしは思わず眉をひそめた。
いまいちピンとこない答えだったのだ。
ふと、前回あっさりと大引さんが自分から降参したことを思い出した。
上から目線で人を試して悦に入っているだけの最低女だと思っていたけれど、そもそも勝つことに興味がないというなら、あの降参の意味も少しだけ違った印象になる。
そもそも降参でランキングを大幅に落としていたことからして、大引さんは相応のリスクを背負ってあの時わたしと闘っていた。
つまり、ランキングすらどうでもいい。ただ闘えればいいというのは本当。
でも本気でそんな風に考えてるヤツなんている?
競技者にとって勝ちたいなんてのは当たり前の話じゃないのか。
だから上手くなりたい、強くなりたいって思うんだろうし。
その前提があってこそスポーツって楽しいもんだと思ってたけど。
シャリンから見ると大引さんは超有望らしいが、勝敗に興味がないヤツがそこまで強くなれるもんなの?
『んーなんかコイツ面白くない。柚子、代わりになんか面白いこと言うじゃない』
姿を消して他人事のシャリンは飽きたのかめちゃくちゃなことを言ってくる。
話が通じない中二病女相手に面白いも何もないよ。
見た目が美少女だからってこればかりはどうにもならんぜ。
『なんかどこかで聞いたけど美少女は何しても無罪になるらしいわよ』
(無法すぎるだろ。どこのルールよそれ)
どうせテレビかなんかで見たんでしょ。
即刻有罪にするわ。あの半笑い見るたびに罪状を重ねていると言わざるを得ない。
まああの腕力を見せられると魔法少女に変身しなくても勝てる気がしないが。
『ダッサ。それだけで日和るとかそれでも女か?』
勘弁してよ。シャリンはもう適当モードだ。
(ていうかそこはそれでも男かって言うとこでしょ)
『いやアナタは100%人間の女だから。別にいいじゃない。女をぶん殴ってボコボコにしても何も言われないどころか褒められるのが魔法少女だし』
(言い方ァ! ていうかそもそもそういう競技だから! シャリンさあ、それ思ってても言っちゃダメなやつだよ)
『柚子だって前、初手でこの女の頭カチ割ろうとしてたじゃない』
(別に決闘中の魔法少女相手ならいいんだよそれは。しかもぶっ殺す気で行けって言ったのシャリンじゃん)
『ワタシは本気でやれとしか言ってない』
(同じことでしょ。キレて喧嘩する時の男の子はみんなそんなもんだよ。ぶっ殺すは鳴き声みたいなもんだからな)
『柚子ってそういうとこあるわよね。面白いからいいけど』
黙っていると大引さんは表情を戻して伺うようにコテンと首を傾げた。
「なに話してるの? パートナーと相談?」
大引さんの確信めいた口調に全身が総毛立つ。
こわ! 単に黙ってるだけだったのにそこまで読むな!
「どうでもいいこと話してただけです。ああー……そういえば大引さんと契約したα族はどうしてるんですか?」
「私の? いないよ? いつのまにかどっか行っちゃった」
「ええ……」
しれっとスルーして逆に質問すると、大引さんは何気ない世間話でもするようにのたまう。
どっか行っちゃったって。普通なら人間性が終わりすぎてて見放されたのかと思うところだけど、この女が言うと別の意味に聞こえる。
まさか自分で処したとかじゃないよな……。
「せっかくだし、石川さんのパートナーも紹介してほしいな♪」
『今のこいつつまんないからパス』
「あっ、大引さんがつまんないから嫌だそうです」
大引さんに忖度する気にもならなかったのでわたしはシャリンの言葉をそのまま伝えた。
すると大引さんはほんの少し沈黙すると、わざとらしく眉尻を下げた。
「……ふうん、そっかー」
なんかちょっと傷ついたみたいな顔をするな。
「で、どうかなー? 石川さんは私の宿敵になってくれる?」
そもそも、入試の日にわたしが大引さんに喧嘩売られたのは学校側も把握してるはずである。そのうえでわたしと大引さんが相部屋になっている現状。
特権、とか言ってたっけ。
とにかく普通はありえないことが実際に起きてしまっている原因がそれなのだろう。
部屋を変えろとは言わない。
でもその狙いくらいは知りたい。
糸原先生も申し訳なさそうにサポートすると言っていたあたり、たぶん教職員レベルでなされた決定じゃない。
つまるところ、さっき大引さんが言っていた《理事長》を追求するほかないだろう。
「いいですよ」
「わかってくれたの!?」
大引さんは勢いよくベッドから立ち上がると、満面の笑みでこちらに歩いてくる。そしてひどく丁寧に両手でわたしの右手を取った。
わたしは左利きだ。
アスリートの利き腕を不用意に触ってはいけない。
確かに大引さんのこういう仕草は強者のそれである。
これが普通の美少女からの愛の告白なら前世のわたしは二つ返事でコロっとOKしてた気がするが、目の前にいるのは人と闘うことしか考えていない中二病である。最低だぜ。
「わかりましたよ。要するに大引さんはわたしが受け入れようが断ろうがどっちでもいいってことが。だから、なんでもいいですよ。ってことです」
「えっ?」
大引さんはポカンとした顔をする。
えっ、じゃないんだよ。
「……一応聞きますけど、わたしが断ったらどうするつもりだったんですか?」
「えっと……受けてくれるまでずっとお願いする?」
わかった! この女は中二病でさらにバカだ!
まあ全能感を手に入れた15歳なんてだいたいこんなものかもしれないけど。
「はあ……相手のことも考えろって友達から言われたなら、その提案をする時にわたしが選択する余地も作っておいてください。メリットを用意したからオッケーじゃなくて……自分の希望を通したいなら、もう少し人の話を聞いた方がいいですよ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
大引さんは心底わからないというふうにおずおずとわたしに尋ねた。
生意気な下級生にキレるわけでもなく、イラつくわけでもなかった。
本当にどうすればいいのかわからないとでも言うような。
マジかぁ。
なんていうか……天然? 純粋……?
「例えば……学校に頼んでわたしの部屋変えてもらうとかしてくれたらその話受けてあげても」
「えっえっ、でもヤダー! 石川さんが他の子の部屋に行っちゃうのヤダーッ」
「さっきわたしと一緒に住むこと自体は目的じゃないって言ってたじゃないですか……」
「だって……そんなの……言うの恥ずかしいしー……」
大引さんは僅かに頬を染めてわたしから目を背けた。
いきなり癇癪起こしたりしおらしくなるな! 怖いだろ!
というか、さっきわざとらしく変に髪かき上げてたのは照れ隠しだったんかい。
『こいつ面白いわね』
(手のひら返し早すぎだろ)
『でもまだ話したくはないかしら』
(はいはい)
どうしよう。情緒が育ってないゆえに暴力で語り合うことしか知らない悲しき暴力モンスターなのかもしれないと思うと、この人がちょっと可哀想になってきた。
『誰にでも感情移入しすぎるの柚子の悪い癖よ』
わかってるよ。でもしょうがないじゃん。
これが降って湧いた第二の人生なら、せめていい奴でいたいんだよ。
ただの慰めだとわかっているけど、誰かのために生きていれば。
そうすれば、なんだか少し許されたような気持ちになるから。
『ま、止めないわよ。今はまだね』
(ありがと)
シャリンの言うことは正しい。
そして、わたしのために言ってくれているのものわかっている。
「でも、石川さんといっぱい闘いたいのと、石川さんに強くなってほしいのはほんとだよ!?」
大引さんはなぜかあたふたと取り繕うように弁解しだした。
それも嘘であってほしかったぜ。
「ええっと、つまり大引さんは、わたしと闘いながらわたしを鍛えて、最高に強くなったわたしと来年3月に本気の勝負をしたいってことでいいですか?」
「うん……だめかなー……?」
大引さんはしょんぼりしながらわたしを見下ろしている。わたしには目の前にいるこの人がひどく幼い小娘に見えた。
あれほど強く暴力的な割に、1年生に詰められただけで素直に落ち込むほどに無垢なのだからあやふやすぎる。
この人は今までいったいどんなふうに生きてきたのだろう?
「できるのなら断りたいところですけどね」
「え……」
わたしは腰掛けたベッドから立ち上がり、わたしより背の高い大引さんの顔を見上げる。戸惑いに揺れる瞳を射貫くように見据えた。
「でも、ここでダメって言ったところでどうせ諦められないんでしょ。だから、もっと仲良くなりましょう。わたしたち、出会い頭に喧嘩しただけです。大引さんだって、わたしのことをもっと知りたいんじゃないですか? どうせ同じ部屋で生活するんですから時間はいくらでもあります」
見開かれた黄金色の瞳は、ただわたしを見ている。
「宿敵……まあライバルっていうんですかね? そういうのは、お互いのことを理解してないとなれないもんだと思うんですけど。だからわたしの言うことも少しは聞いてください。あなた先輩でしょ」
わたしの言葉に大引さんはほんの少し顔を伏せると、窓の方にゆっくりと歩を進めた。
窓の外にはちょうど寮の入り口の階段が見下ろせて、その向こう側にはついさっき入ってきた木立があり、そよ風でゆらゆらと揺れている。
ゆっくりと穏やかな自然が、丸い映像を通して映し出されている別の世界の出来事のように思えた。
そして横顔だけを向けた大引さんの顔は、笑みも、戸惑いも消え失せて、どこか寂しさに満ちていた。
「どうしていいのかわからないの」
「え?」
小さな声でぽつりとつぶやき、思わず聞き返す。
「最初はね、強いね、すごいね、ってみんな褒めてくれた。強くなるコツを教えてほしいってお願いされたり、仲良かった子もたくさんいたんだよ? でも、最初だけだった。闘って勝てば勝つほど、みんな私に近寄ってこなくなった。誰も本気を出してくれなくなった。またお前かって目で見られるようになった。まともに話してくれるのなんて、もう去年ルームメイトだった子だけ」
大引さんは目を細めた。その表情は、ぞっとするほど儚い。
安易に触れれば、壊れる。
「……なんでだろうね。ただ楽しく魔法少女やってたかっただけなのに。この間、性格悪いって言われたけど、ほんとはみんなそう思ってるのかな……」
「それは……」
わたしは言葉に詰まった。
今はけして言葉を間違えてはいけない時だと知れた。
「だからね、闘うこと以外、私はあなたになにもあげられない。ごめんね。メリットだなんて言ったけど、私ができるのってそれしかないの。だから、どうすればいいかわからない」
「……闘わなくたって、話して仲良くなれば自然と人のことは知れますよ」
「なら、先に教えて。……石川さんは、いずれきっと本気で私と闘ってくれる?」
ひどく不安そうに目を細めて、か細く大引さんは呟いた。
勝ちたいのではなく、闘いたい。
なんとなくその言葉の意味が分かった気がした。
考えなしに色んな人に決闘を挑みまくった結果、まともに闘ってくれる相手がいなくなった結果が、今。
入試の後にわたしに喧嘩売ったのも、誰からも相手にしてもらえなかったからだ。
それなら決闘の後に悪びれてないのも納得だった。
確かに孤独で可哀想な女である。
それはそれとして。
結局、この女の都合よく動くのはちょっとだけむかつく。
さてそこで、男が女を泣かせるのは最低だろうけど、女が女を泣かせるのは許されるのだろうか?
ふと思う。この女を泣かせたらいったいどんな顔をするのだろう。
気が付けば、わたしは自然にそれを口にしていた。
「はい。ぜぇっっったいに、卒業式の日に泣かしてあげます。大引センパイ」
卒業するときに、この女を普通の中学生みたいに泣かせてやろう。
普通の在校生と卒業生がそうするように、見送ってやろう。
きっと、それはとても気持ちいいことだ。
大引さんは、表情を歪めると、
「うふ、うふふ、うふふふふ! 楽しみにしてるね、石川さん……!」
恍惚とした笑みを浮かべた。
だからその顔やめろって!
『柚子……まさかとは思うけどこの女だけはやめときなさいよ』
(まあ、顔だけは好みだったかも。わたしが男だったならの話だけどさ)
『アナタ女の趣味悪すぎるわ』
シャリンはドン引きしている。別に恋してるわけじゃないって。
(どっちにしろ向こうは諦められないんだから、こっちが折れてやんなきゃ)
『それは建前でしょ。アナタはこの女のことを気になっている。だからなんとか
ルームメイトとはできれば仲良くやりたい。それだけだよ。
寮生活ってそういうもんでしょ。
※主人公に恋愛要素は今後もありません