恋、恋愛、異性、彼氏、彼女。
好きな人、という言葉には友愛の意味もあるが、一般的には自分の恋愛対象のことを指すのだろう。
その好きな人とはどうやって己の中で選出されるのか。
例えば容姿や性格などの好み、相手との関係性、実績からくる憧れ……まあ様々な要因があるだろう。
しかし結局のところ、どこまで行っても他人は他人なのだ。
自己とそれ以外の間には取り外せない線引きがあり、なんの関係もない相手を完璧に理解する、というのはまあ難しい。
知らない、というのは恐怖を引き起こす。理解できない相手とは自然と距離を取ろうとする。
下手に理解しようと近づくと、互いに傷つきかねないから。もちろんそれが上手くいく場合もあるし、いかない場合もある。
だから他人はあくまで他人であり、恋愛的な感情まで発展することがない。そのとっかかりがない……といった感じで。
そういう風に自分の好きな人、というものが見出せない人間たちがこの世には一定数存在する。
まあ、言ってしまえばそれは自分なわけだが。
我ながら厨二病を拗らせたかのような感じだが、まあ自分が周りと違ってどこかズレているという自覚があるだけマシということにしておく。
「自分のことを好きな人が好き」という言説がある。
まあそう単純なことばかりではないが、自分に好意を向けてくれること自体が嬉しい、ということなのだろう。
だが残念なことに、一定数は必ずバカなやつがいるのがこの世の常だ。
そういった説を文面通りに受け取り、鵜呑みにしてしまうようなバカがいるのも、まあこの世の常なんだろう。
「フフッ、今日は25回も好きって言ったよ」
「ああ、そう…」
だからきっと、俺がこうして厄介で不可解な事柄に巻き込まれるのもまあ、ちょっと珍しいくらいの、どこにでもある話なんだろう。多分。
誰かそうだと言ってくれ。
事はそう、2週間ほど前に遡るだろうか。
10月に入り、暑さも薄れ……てはいないが、まあ夏のことを思えば幾分かマシになってきたその頃。
告白された。
告白されたといきなり語られると多くの人から反感を買いそうだが、本当に突然の告白で、それまで大して接点もなかった小宮山穂花さんと振った振られたの関係になるに至った。
それまで友人もまあ………ほどほどに、他者とあまりちゃんとした交友を築いてこなかった自分が、何故急に告白されたのか、それが分からなかった。
いやまあ、そこまでならよくある話だろう。問題はその後なわけで。
友人の間柄からそうなった場合は恐らく、多少気まずくなりながらも時間をかけて元の関係性に修復されるか、気まずいまま距離が離れていくか…まあ、そんなものだろう。
今回の場合だと相手は同じクラスメートではあるが、個人的な付き合いは覚えがないし、まあ友人以下のただの他人であることは間違いないだろう。
そんな相手から告白されて断ったとしても、関係性ってやつは特に何も変わらずに、それまでの他人の距離感を保って行くのだと思う。……多分、きっと。
だからここからが不可思議な話の領域で。
振った相手が翌日から、「好き」という言葉を自分に向かって何度も、何度も何度も何度も向けてくるこの状況は流石によくある話ではないだろう。よくある話であっても困るんだけども。
「あっ蓮木くん好きだよー」
蓮木…そう、
……同じクラスではある。今までは本当に接点がなかったのだが……
「はいはい行くよ穂花」
「あれぇ〜待ってよぉ〜」
あ、運ばれてった。
小宮山さんの友達の確か……
「ハァ……」
思わずため息が出てしまう。何故かって小宮山さんのアレではなくて、視線が痛いからだ。もちろんアレにもため息はつきたいけれど…
視線とかもうどうこうの話じゃない。かれこれ2週間ほどこんな感じなので「うわあ、まだやってるよあそこ…」って感じの目を向けられている。俺にはわかる。そして辛い。
2週間前までは俺はまあ……みんなに顔は覚えられてるけどそんなに仲がいい子はいないよねって感じだったのに。
ただでさえそこまで馴染めてなかったのにこんな追い討ちをかけることはないじゃないか。
彼女…小宮山さんはあの日以来俺に好きとひたすらに伝え続けるモンスターと化してしまった。
廊下ですれ違えば「あっ蓮木くん好きだよっ」
本を読んでいると「何読んでるの蓮木くん、好き」
昼食の時には「美味しそうなお弁当だね、蓮木くん好き」
しまいには何もしていなくても「蓮木くん好きだよー」
これが一日に何度も何度も繰り返される。なんなら本人は1日の終わりに自分でカウントした「好き」と言った回数をわざわざ報告してくる。
小宮山さんの友達の来栖さんがやってきて、毎度毎度彼女を俺から引き離したり遮ったりしてくれなかったらどうなっているのか。
おかげでまともに会話もできていない。
彼女の口から「好き」以外の言葉を聞いた覚えがない。…というのは言い過ぎだろうけど、実際そんな感じだ。
「どうすりゃいいって…」
頭を抱える。
どうしてこんなにも厄介なことになってしまったのか。
「なあなあ、蓮木」
「…………え?」
これからどうしようか本気で悩んでいたところに声をかけられる。ここ最近白い目で見られることはあれど、名前を呼ばれることなんて小宮山さんか授業中以外なかったもんで反応が遅れてしまった。
「一緒に飯食おうぜ、いつも一人だろ」
「……なんで?」
「話したいことがあんだよ」
初めて話す相手に二人っきりになろうぜと言われてしまった。
お父さん、お母さん、あなたたちの息子は受難を受けすぎてしまっています。
「…
「おっ知ってんの?」
「まあ…」
向かっているのは…屋上だろうか。友達でもない男二人が屋上へと向かって歩いていく。まあカツアゲとかを危惧しかねない状況ではあるが、両者共に弁当箱を持っているのでそうはならないだろう。
正直俺に用があって呼び出すとしたら小宮山さん関連しか心当たりがないのだが……こいつと小宮山さんって何か関わりがあるのだろうか。話しているところは見たことないが…
「わざわざ二人って、怪しい話な予感しかしないんだけど」
「そんなことねえって。まあお前も人目があると話辛いだろうからな。この時期の屋上バカみたいに暑いからさほど人は来ねえし」
「なんで俺わざわざ灼熱の屋上に連れ出されてんの?人目の話ならもうここでいいだろ」
そう言って階段で足を止める。屋上に人がいないなら屋上へ向かう階段にも人がいないわけで、わざわざ日光に当たりながら食事する必要もない。
「……お前頭良いな?」
「なんでもいいから話があるなら早く済ませてくれ」
「まあそう言うなって。俺はお前と友達になりたいんだよ、蓮木」
「ハァ?」
意味がわからなすぎて少し大きな声を出してしまう。言っちゃあなんだがらあのクラスでの俺の印象かなりヤバイぞ?そいつと友達になりたいって……なに?
「クズ男同士、仲良くなれると思うんだよな」
「………は?」
「お前小宮山に何したんだよ〜、相当キツイことしねえとあぁはならんぜ?」
耳を疑った。
え?なに?俺今クズ男って呼ばれた?
「……え!?俺クラスのみんなにクズ男って思われてんの!!?」
「え!?自覚なかったのか!?」
「いやだってっ……いや、うん………まあそりゃそうなるか…」
というかそう言われて思い出した。そういやこいつこの高校に既に入学して彼女を3回くらい取っ替え引っ替えしてるヤバいやつだった。
え?俺こんなクズに同類扱いされてんの?心外すぎるんだが。
「振られた相手に毎日毎日懲りずに好きと言い続ける……あんな壊れ方は俺も見たことも聞いたこともねえ。こいつぁとんでもない大物が出てきたもんだと思って声をかけたんだが……」
「俺は何もしてないって…」
「まさか自覚がないタイプだったとは……いやあ男ってのは恐ろしいねえ」
「黙っててくんない?」
まあまあ飯食おうぜ、と階段に座らされる。
「まあ俺も褒められた人間じゃねえけどさ、自覚はあるからお前よりはマシだって思えるよ」
「待って、本当に待って。弁明させてほしい」
「申し開きか?聞いてやろう」
上からなのが微妙に…いや、とても鼻につくがまあいいだろう。
「俺小宮山さんとは本当に関わりがなくって……そもそもなんで告白されたのかも分かんないんだよ。分かんないから怖くて断ったら………ああなった」
「……いや、ならんくね?」
「なってんじゃん…」
「じゃあお前よほど酷い振り方したんじゃねえの?」
「だーかーらー……」
そのままの勢いで、当時のことを光田に聞かせることになった。
2週間前のあの日……俺はどうするべきだったのだろうか。
とはいえ語ることもそうない。本当に、さほど関わりのない相手だったから、告白の呼び出しも唐突で。
小宮山さんに終礼前に声をかけられた。
「このあとさ、南校舎の裏まで来て欲しいの」
「……え?なんで?」
「その…伝えたいことが、あって」
もちろん俺は大いに困惑した。
何故かって、シチュエーションが告白のそれでしかなかったから。そして告白されるような覚えも一切なかったから。
少し顔を赤くして恥ずかしそうにそう言い、逃げるように自分の席に逃げ込んでしまった小宮山さんを目で追い、
この時は一瞬だったし、教室もざわついていたのでその時点で話が広がるようなことはなかった。
終礼が終わり、指定された南校舎の裏まで重たい足取りで歩いて行く。
俺たちの教室があるのは東校舎の二階、南校舎はそこまで遠くもないが、教室が北寄りなのでじっくり歩けばそれなりの時間がかかる。
小宮山さんは先に駆け足で向かったようだが……まあ、急ぐ必要もない。というか俺には考える時間が必要だった。
「……脅迫?」
まず最初にやったのは、片っ端からこのシチュエーションで起こりうる事象を挙げていくことだった。予測、この世界は予測こそがものを言う。万事備えあれば憂いなしだ。
「…まあないか」
小宮山さんはよく知らない相手ではあるが、そんな後ろ暗いことをするような人には思えない。そしてその標的にされる覚えもない。
そういう風に南校舎裏に辿り着くまで……薄汚い天井のシミでも見つめながら思考を繰り返していった。
端的に言えば現実逃避である。
もう最後の方には陰陽師とか宇宙人とか異世界とか……そんなワードが頭の中をふわふわと漂っていた気がするがあまり覚えていない。
南校舎の裏。言ってはなんだが特に何もない、フェンス越しに住宅街が見えるだけだ。
もちろんそんな場所に用もない人間は来ない。つまりここには、ずっと立って待っていた小宮山さんと、天井のシミを見ながら牛歩のあゆみで現実逃避しながらようやくやってきた俺しかいないわけだ。
「……あーごめん、待たせた……かな?」
「ううん、私も……ちゃんと言葉を選ぶ時間が欲しかったところだから」
「そう…」
今までに経験したことのない空気。俺の知っている「気まずい」とはまた別の何かを感じる。
早くも天井のシミが恋しい。
「それで話……伝えたいことって?」
「えっと……その…」
言い淀むくらいには言いにくいこと……人目を気にするあたり他人には聞かれたくないことなのだろう。
現実逃避してきたが、深刻な悩みたかかもしれない。それをほぼ関わりのない俺に相談する理由は全くと言っていいほどないが、まあ何が起こるかわからないのが人生だ、ウン。
「すぅ…はぁ…」
深呼吸も済ませて準備は万全と言ったところか。よし、バッチコイだ。たとえ陰陽師だろうが宇宙人だろうが異世界だろうが、何が来ようと出来るだけ受け入れてやろう。
そんなことを考えていた。かなり限界が近かったと思われる。
意を決したように目を開いて真っ直ぐと俺の顔を見据える。
小さく口を開けたあと、大きくはないがはっきりとした声で彼女はそれを伝えてきた。
「蓮木くん私と付き合ってください!」
「えっごめん無理」
「え」
「……あ」
しまった、最初に打ち捨てたまさかの告白でノータイムで返してしまった。恐らくここは「気持ちは嬉しいんだけど……ごめん」とかやっておくところだ、ノータイムで「無理」は相手を傷つける可能性がある。
なんとかフォローせねば……
「えっえーと…よく知らない、というか好きじゃない相手に告白されても断るしかないっていうか」
「………そっか、そうだよね」
これフォローになってんの?いやなってねえわ、どうすりゃいいんだもう、助けて誰か。
「だっ、だからさ、まずは友だ………」
手遅れだというのに今更必死に言葉選んでいるうちに、彼女は姿を消してしまっていた。
耳をすませば、土の上を必死に走っている足音が聞こえた。
昨日は雨が降ったせいか、生温い空気が首筋を撫でていった。
「……またか」