好きって言えばいいわけじゃない   作:あぱ

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灯り

「ここ!ここに来たかったんだ〜」

 

 楽しそうに店名の書かれたところを指さす小宮山さん。そして俺に視線を突き刺す来栖さん。

 

「ほら見て蓮木く——」

「うんうん絶対似合う穂花可愛いからね」

「………」

「………」

「なに」

 

 ものすごい勢いで割り込んできたのを小宮山さんと一緒に微妙な顔で見てしまう。

 ハッと気付いた様子の小宮山さん、来栖さんの肩に手をポンと置き穏やかな笑顔で一言。

 

「構って欲しかったんだね…」

「……………ち、違うけど?」

「ごめんね蓮木くん、まずくるっちゃんと服見とくから適当に時間潰しといて」

「え、あっうん、どうぞどうぞ」

 

 完全に図星だった様子だがそのまま手を引かれ、2人揃って店の奥の方へと姿を消してしまった。

 

「……なんじゃこりゃ」

 

 要するに俺に向けられている殺意の大元は嫉妬……?いや他にも色んな黒い感情が渦巻いているような気しかしないが、嫉妬が含まれているのはまあ間違いないんだろう。

 中学の頃から仲が良く、高校に入ってからも頻繁に別のクラスにまで会いに来るほど………しかし小宮山さんから会いにいくことは少ない。

 

「……なんか見えてきそうな…」

 

 そういえば小宮山さんから来栖さん以外に中学の友達の話とかは聞いたことないし、見たこともないな……多少面識がある風の人は割といたように思うけれど。

 

「うーん………」

 

 なんとなく察しがついてしまった気もするけれど、まあ憶測に過ぎないしそんなことを考えてしまっていると来栖さんから飛び道具が飛んでくる想像を何故かしてしまったのでやめておく。

 

「……待つってどのくらいなんだろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……穂花さ、あいつと一緒に勉強してたらしいじゃん」

「ん?うん」

「恥ずかしいって言ってなかったっけ」

「あー、言ってたねそういえば」

 

 ハンガーラックにかけられたたくさんの服を次へ次へと視線を移しながら、くるっちゃんと会話をする。確か……前にカフェで話時?

 

「最初思った時は恥ずかしかったんだけどさ、いざテストがどんどん近くなってくると焦りも出てきて……四の五の言ってられないから頼れる人に頼ろうかなって」

 

 蓮木くんは頭が良い、あの高校のレベルとは釣り合ってない程度には。本人が多分本気で点数を取りに行っていないから目立ってないんだと思うけど。

 

「………まあ一緒の時間作りたかったのもあるけどね、いざ目の前にしたら好きって気持ちが止まらなくて………恥ずかしいより感情の方が先に出てきちゃって」

「…まあ穂花は昔から適当言うこと多かったしね。そっちの方が本音だろうし」

「あ、バレちゃったか」

 

 くるっちゃんの服を選ぶ音が止まる。何か気になるのでも見つけたのかと思って見てみるけど、体の動き自体が止まっていた。

 

「………ごめん」

「え?」

 

 急に謝られて困惑する。

 くるっちゃんがこっち見て話さないのは申し訳なく思ってる時の癖だ。相手の顔見て謝らないとかそういうのよりは、どんな顔して会えば……とかそういう感情に高いんだと思う。

 

「今日邪魔だったよね、絶対。感じ悪いし」

「おお………どしたの急に。話聞こうか?」

「言わなくてもわかるでしょ…」

「まあね?」

 

 まあくるっちゃんも行くって言ってきた時はかなり驚いたし……いろんな意味で蓮木くんが心配になったけど。

 

「私も悪かったよ、最近ずっと蓮木くんのことばっかり話しちゃってたもんね、くるっちゃんに寂しい思いさせちゃった」

「別にそういうんじゃ……」

「じゃあ何だって言うの?」

「………」

「…フフッ」

「笑わないでよ」

 

 私以外にそういうとこ見せてるの見たことないけど、くるっちゃんは意外と照れるし、照れると可愛い。

 

「正直謝るなら私じゃなくて蓮木くんだと思うけどな〜」

「それは………そうだけど……」

「……私はさ、好きな人と好きな人は仲良くしててくれた方が嬉しいよ」

 

 くるっちゃんが蓮木くんのこと嫌う理由だって分かるし、仕方のない面があるのも分かってるけど、それでも険悪なんかよりは断然いいし。

 

「あ、蓮木くんどういう服が好きか聞くの忘れてた」

「……穂花は何着てても可愛いよ」

「え〜?くるっちゃんだって可愛いよ?」

「…ううん、私は醜いよ。本当に」

「そんな風に悪く言われると私もなんか嫌な気分になるんだけど」

「……ごめん」

 

 ダメだナイーブになってる。滅多にこうはならないんだけどなあ……

 

「…もう、ほら行こ?待たせるのも悪いからさ」

 

 そう言って手を引っ張り、お店の外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どういう服が好き?」

「服………服……?」

「そう、服」

「特には……」

 

 帰ってきたかと思えば好みの服装を問われ、そんなこと考えたこともなかったので返答に困った。

 

「いや特には…じゃなくて、なんかこう、漠然とした感じのでもいいから何かない?」

「ない!」

「言い切った…」

「なんか全部おしゃれで可愛いなとは思う!」

「それ本当に判別ついてる…?」

「ついてないのかもしれない」

 

 がっくり、と肩を落とす小宮山さんの様子を見て少し申し訳なくなってくる。他人をイマイチ理解できないこの性分だから、服の方まで意識を向けたことがない。

 ……性分だのなんだのを言い訳にしてはいけないか。

 

「もー、私が今日どんな服着てるかちゃんと見てくれた?」

「…見た、よ?うん」

 

 服……服……

 涼しそうな薄い生地のフリルのついたシャツと長めの裾のスカート。鞄も紐の長いおしゃれそうな感じで……

 

「………」

「……蓮木くん?」

「ちょっと……待って…」

 

 ただ服をじっと見ているだけなのに、ただそれだけなのに、何故か情報量がとても多く感じる。まるで初めて知ることのように、新しい情報が次々と。

 一通り服を見た後、小宮山さんの顔を見る。

 

 見て、ハッとする。

 

「……顔までそんなに見られると流石にちょっと恥ずかしいんだけど……」

 

 何度も見たはずの顔。

 今までだってちゃんとその表情は見てきた、見てきたはずなのにこうも初めてという感覚が拭えない。どうしてこんなにも未視感がするのか。

 

「ごめん、ちょっと………待ってて。1人に……させて欲しい」

「え?」

「すぐ戻るから」

 

 顔を逸らして逃げるようにその場を去る。

 整理をしたかった、そして否定したかった。この気持ち……考え…疑念。自分が今まで見てきたものは何だったのか、それを肯定したかった。

 

 

 

 

 

 あの服屋から見えないところまで移動し、倒れるように壁にもたれかかった。周囲から聞こえてくる騒々しいはずのいくつもの声が、不思議と一切頭の中に入ってこない。

 異様なほど澄み切った思考、考え事に適した環境とはとても言えないのに、目と耳が情報を遮断していた。

 

「……咲希」

 

 記憶には残っている、ちゃんと思い出せる。

 ただ、その思い出した表情以外の全てが、まるで初めて見るかのように新しい情報として頭の中に刻まれていく。

 

 否定材料が消えていく、去って行く。

 咲希だけではない、来栖さんも光田も………両親でさえも同じように新しく頭の中にその姿が記憶されていく。

 

 

 嫌でも分からされる、分かってしまう。

 今まで分かっていなかったことが、こんなふとしたことで分かるようになってしまった。いつでも気づけたはずなのに、今の今まで俺は分からないままで。

 だから……だから………

 

「———あ……え?」

 

 手が握られていた。

 視界も、音も認識していなかった頭にその手の温もりが直に伝わってくる。自分の手を握っている、その暖かい手から視線を上げていって、その表情を………顔を見た。

 

「小宮山、さん……」

 

 心配そうにこちらを見ていた顔がほつれたように笑った。

 

「よかった、呼びかけても返事ないからびっくりしちゃった」

「その……ごめん」

「あ、くるっちゃんは置いてきたから安心して。来ると絶対ややこしくなると思ったから」

「………」

 

 ちょっと酷いなとは思いつつ、そうさせたのは自分なので何も言うことができなかった。

 

「……話せること?」

「え?」

「話せないんだったら大丈夫、落ち着くの待ってるから」

「………」

 

 優しい言葉だ。

 互いに何も知らなかった以前なら多分こうなってはいなかった。こちらの腹の内をある程度明かしているから出てきているのであろう、その言葉。

 

「……いや、話すよ。小宮山さんになら、話せる」

「………うん」

 

 息を吸って、吐く。

 

「俺、何も見てなかったんだなって。視界には入ってるはずなのに、ずっと見るってことを知らなくて、さっき小宮山さんに言われて、初めて気づいて」

「……服の話?」

「全部」

「全部…?」

 

 不思議そうに聞き返してきた小宮山さんの言葉に静かに頷く。

 

「服も靴も顔も髪も………全部見えてなかったんだ。さっき小宮山さんに言われて初めて………初めて、()()以外を見た」

「……えっと?」

「人の判別はできてたんだ。だけどそれ以外をしてなかったっていうか……相手がどんな表情してるかってことしか今まで気にしてこなかった」

 

 自分でも何を言っているんだと思うが、この短い時間で必死に自己分析した結果がこれだ。脳の機能が欠けていたかのように、相手の表情以外を見るという行動が頭の中からすっぽりと抜けていた。

 昔は違かったはずなのに、気づけば認識できなくなっていた。

 

 困惑した表情をしている小宮山さんを、改めて見る。

 黒く丸い目にどこか橙がかった肩くらいまで伸びた髪、頭の左側で小さく結ばれた髪が体勢の変化とともにゆらゆらと動いている。

 何度も見ているはずなのに、見えていなかった。

 

「……だからか」

「え?」

「相手のことちゃんと見てなかったんだよ、俺。好きになるならない以前の問題で……今どんな気持ちでいるのか、それだけを気にしてたから表情以外見えてなかった」

 

 あいつが……みんなが今までどう思っていたかは知らないし、多分知ったこっちゃないんだろうと思う。

 でもこれは間違いなく俺の歪みの一端で、その歪みのせいで……

 

「はあぁ……」

 

 失望のような、幻滅のような。

 元から大して自分に期待なんざしていなかったはずなのに、いざ自分のズレている場所を認識して何故か疲労感がどっと襲ってくる。

 

 頭がふらつく、力が抜けていく。

 気力がなくなって壁にかかる体重がより多くなっていく。

 

 身に覚えのある感覚だった。

 自分がいくら周りとズレていようがおかしかろうが、そんなことは言ってしまえば自分の問題だ、どうだっていい。ただそんな自分のズレのせいで誰かを傷つけたと思うと途端に胸が締め付けられていく。

 以前もそうだった、あの日もあいつと別れた後こうやって……

 

「…よく、わからないけどさ」

 

 小宮山さんが口を開く。

 そういえばいたなと、ついさっき話していたはずなのにいつのまにか意識の外にやってしまうほど考え込んでしまった自分を引き戻してくれる。

 

「別に顔以外もちゃんと見えてるでしょ?」

「……いや、それは」

「私がどんな奴か、正直に思ってること言ってみて?」

 

 顔を傾けながら自分の頬に人差し指を当て、眉をひそめてそういう小宮山さん。

 

「…その、本当に正直に?」

「うん」

「押しが強くて行動力も凄いけど周りが見えなくなることが多くて勢い任せに生きてるような——」

「うんストップもういいよ」

「まだ褒めるとこまで言ってないんだけど」

「すうぅっ……一言で簡潔に褒めて?」

「……やさしい?」

「好き……」

 

 こっちもお構いなしに……いや、多分むしろ普段通りにしている小宮山さんを見てフッと笑みが溢れる。

 

「……でもほら、ちゃんと顔以外も見えてるでしょ?」

「…これは」

「外見なんて外見でしかないよ、蓮木くんは表情しか見てないつもり?なのかもしれないけど、ちゃんと私のコトを見てくれてるじゃん」

「………」

 

 この人はきっと本心からそう思っている。なんでそうまでしてくれるのかは分からないけれど、その言葉に裏表がないことはわかる。

 でも、それでも、俺がちゃんと誰とも向き合ってこなかったのは変わらない、だから……

 

「それに、さっき気づけたんでしょ?じゃあそれでいいじゃん」

「……いい?」

「君の目の前には誰がいるのかな?」

「………小宮山さん」

 

 名前を呼ぶとにへっと笑う。

 

「そう、蓮木くんの視界のど真ん中には私がいて、今蓮木くんのことが好きで好きで仕方ないのは私で、今蓮木くんと話してるのは私です。ね?気づけてよかったでしょ?」

「……そっか」

 

 要するに今の俺は、今から昔のことを思い出して後悔して勝手に悩んでる面倒臭いやつってことだ。それは困った、今は自分と関わってくれる人がいるというのに。

 

「ポジティブに行こうよ、蓮木くんは私のおかげで大事なことに気づけた。だから私のことが好きになっちゃう」

「確かにそれはポジティブだなあ……」

 

 ああ、この人は本当に

 どうしてこうも眩しく見えるのだろうか

 

「……分かった、今はちゃんと、小宮山さんのこと見るよ」

「もっと瞳の奥まで覗き込んでくれてもいいんだよ?」

「来栖さん待たせてるの悪いよね、行こうか」

「むっ…」

 

 目を逸らしたくなるくらい俺にとっては眩しいけれど、その眩しさのおかげで進むべき方向がなんとか見えてくる。

 

「話戻すけど、好きな服とかないなら私が蓮木くんに好きな服着せちゃうからね」

「えっ」

 

 道の先を行ってこっちを向いて振り返り、悪戯っぽく笑う姿が、強引に手を引いてきているように感じて。

 その眩しさに釣られて、自然と自分の足取りも軽くなっていた。

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