「はぁ……はぁ……ついた……」
「っ〜………み、見て。膝が笑ってる」
「ふぅ…そっかぁ」
互いに肩で息をして、先の見えない階段を登り続けてようやく神社に着いた。高すぎるふざけんないい加減にしろ、とようやく心の中で罵倒する気力が戻ってきた。
「フゥーッ……人いないなぁ」
「まあ行事がある日でもないし……その、二人っきり…だね?」
「珍しくもなくない?」
「そーだけどさ〜」
神社で二人っきりになって甘酸っぱい雰囲気になる間柄でもない。あと神職の人だっているだろうし……
「にしてもあれ降りるのかぁ〜ッ……」
「こらこら、登った直後から降りること考えないの。嫌なことは後回し、楽しいことだけ考えて生きよう!」
「とんでもない悪魔の囁きを聞いている気分。まあ今から杞憂に思ったって仕方ないのはそうなんだけど」
階段を登る前に買った水がもう無くなりそうだ。夏、怖すぎる。世界が俺たち人間を殺しにきている、なんて酷い世界なんだここは。
「……それで?結局何をしに?」
「参拝あんど……お守りとか買いに?蓮木くんこういうの信じないタイプだったりする?」
「いや……そんなことはないよ」
神頼みに縋った覚えもないけれど。信じる信じない以前に頼るという発想がなかった。
ああでも、父親が大負けして神にありとあらゆる罵詈雑言を浴びせているのは見た覚えがある。まだ小さい頃だったが、子供心にも神様もこんなこと言ってくる人間は見離したくなるだろうなと思ったものだった。
「神頼みなんていつしてもいいからね!こんなに辛い思いして階段を登ってきた私たちに感動して、神様もきっと私たちの願いを聞き届けてくれるはず!」
勝手に苦労して願い叶えろこの野郎って、なかなか強気な姿勢の気もするけれど……
まあ確かにアホみたいな段数登らされたのでちょっとくらいは願い叶えろ馬鹿野郎という気持ちにはなるかもしれない。ほんとつかれた。
「えーと……お参りするところってなんて言うんだっけ」
「……拝殿?」
「そう!多分それ!ちゃちゃっと行っちゃお?」
「まだ俺の膝がケタケタ笑ってるんだけど…」
「笑ってるなら元気ってことだよいけるいける!」
「くそっ比喩表現め」
せめて座って休みたいんだけど……まあ確かにお参りを先に済ませようかと、折れ曲がっている腰を伸ばして拝殿の方へと歩く。
「……ここって、恋愛成就の神社だったりする?」
「えっすごい!なんで分かったの?もしかして知ってた?」
「いやなんとなく……本当になんとなく」
まあ分かりやすくはあるかなあと、そんなことを考えていたせいで拝殿の前についた時に、何を祈るか全く考えていなかったことに気づく。
二礼二拍手一礼する間にも思いつかなくて、短い間に必死に考えを巡らせて、ギリギリで祈ることができた、はず。
「……あっ、鳥居の前で礼するの忘れちゃった」
「…膝に手をついてたから、それでギリギリ礼になったりしない?」
「うーん……まあそれでいっか!」
いいのか。
「あそこに日陰になってるベンチあるし、あそこで一旦休もっか」
「ん…了解」
ようやく日陰に入って膝を休ませることができた。意外と風通しがよく涼しい……が、そらはそれとして汗が気持ち悪い。
「………なんで、神社に?」
衝動的なものかもしれないとも思いつつ、調べたのなら他にも色々あっただろうに何故よりにもよってこんな山の上の神社を選んだのか、それを確かめようとした。
「んー、言っちゃなんだけど他何もなかったから……」
「そっか……」
微妙に行事もイベントも何もやっていない空白の期間に来てしまったらしい。ある種この神社に導かれたのは運命という前向きな見方もでき……る、かもしれない。
「どう?」
「……どう、とは?」
「ちゃんとお願いできたのかな〜、って」
「お願い……」
我ながら面白みもない願いだったなと少し反省する。いや面白さを競うものでもないのだが。
「………」
「…えっ何そのキラキラした目は」
「蓮木くんにお願い事を聞かれるのを待っている目です」
「お、おう………何願ったの?」
「ふふん、それはね〜……」
まあ聞かずとも分かるか。
だってここ恋愛成就の神様がいるみたいだし、小宮山さんがわざわざここへ来て楽しそうに願うことなんて一つしかないだろう。
そう、決めつけていたものだから。
「蓮木くんが自分のことをちゃんと好きになれますように……って」
それを聞いて、言葉を失った。
意外だったからとか、なんで自分じゃなくて他人のこと、とか。驚きじゃなくて色んな感情がごちゃ混ぜになった思いが一気に湧いてきて。
「……なんで」
そんな言葉しか出てこなかった。
「もちろん最初は蓮木くんと結ばれますようにって願おうと思ったよ?でもなんか違うかなって思ったから」
「…違う?」
「自分勝手すぎるかな、って」
願うことなんて何だっていいはずなのに。何に対して彼女は自分勝手だと、そう負い目を感じたのか。
「自分勝手に感情を押し付けてる自覚は、あるんだ。それでもこんな私に付き合ってくれる蓮木くんのことがどんどん好きになっちゃうんだけど……だからこそ、お願いことくらいは君のために…みたいな?」
「………」
「は、恥ずかしいなこれ……まあ?私は神様に頼らなくたってこの恋を成就してみせるけどね?そもそも蓮木くんの隣に居られるだけで幸せだし??」
「………」
「……蓮木くん?」
自分が好きになれないことを、神への祈りにされるくらいには気づかれて、思われていた。
一方的に感情を押し付けているというが、それは俺の都合だ。こんな自分に付き合ってくれると言うが、それは俺の勝手だ。
自分がズレた人間でなければ、普通だったら。もしそうだったら彼女の想いをふいにし続けることなく答えを出せたはずなのに。
俺は今この瞬間も、彼女の想いを、時間を、優しさを踏み躙っている。
そんな自分が、醜くて。
そんな彼女が、眩しくて。
「…ごめん」
「…え?えっえっ!?」
絞り出せたのが、たったそれだけだった。
「えっと〜………蓮木くんは何をお願いしたのか…ってこれ聞いていいやつなの…?」
「……ちゃんとした人間になれますようにって、そう願った」
「じ、じゃあ私たち大体同じことお願いしてるね!運命かな〜これ!」
「………」
「あー………」
困らせてしまっている小宮山さんにもう一度ごめんと伝える。
「正直に白状すると」
「へ?」
「…ここに来る前、駅で『かわいい』って、そう伝えたけど」
こんな服装で良かったのかと悩んでいる様子の彼女に、そう声をかけた。
「あれ、違うんだ」
「……違う?」
ああ、嫌だな。
きっと彼女はそれでもいいと言ってくれる。それに甘えている自分が嫌で、そんなことを言わなきゃいけない自分が嫌で。
最低な自分が、嫌だ。
「かわいいって言うと、喜んでたんだ。だからよくそうやって機嫌を取ってた。………本当の俺は少し前まで、相手の表情以外何も見てないような奴だったのに。何も見えていなかったくせに、そう言えば喜ぶからって」
以前の癖で、同じように空っぽな言葉を投げかけてしまった。
本心からじゃない。ただそう言えば喜ぶからと、そんな浅はかで身勝手で、最低な考えで喜ばせてしまった。
「……弄んだんだよ。あの時、あの瞬間、小宮山さんのこと」
そんな自分のことを、彼女の願いを聞いて再確認してしまった。こいつはなんて自分勝手で、酷いやつなんだと。
「……自分のこと嫌いになっちゃ、ダメだよ」
「…え」
「好きになってもらわないと、私のお願いが叶わなくなっちゃうから」
そう言った彼女の表情を見て、驚いた。
あまりにもやさしい笑みを浮かべているものだから。
「蓮木くんは自分勝手って言うけど、それは違う。ずっと人のことを…誰かを思ってるんだよ」
「……そんなこと」
「じゃあ、私を最初に振ったのはどうして?」
「……なんの話」
「いいから」
そう急かされて、あの時のことを思い出す。
思えばよくもまああそこから、こんな関係になれたものだった。結局彼女が俺のどういうところをそこまで好きになったのか、今も分からなくて……
今よりもっと、俺は酷いやつで。
「好きになれないのに、そうやって無責任に付き合うのが申し訳なかったから」
「…それは、自分のため?」
「………小宮山さんの、ため」
それを聞いて、彼女は少し笑った。
「あの日橋まで追いかけてきてくれたのだって、きっと」
「……違うよ、アレは。………もう俺が後悔したくなかったから、追いかけたんだ」
「………それは、私が悲しんで逃げ出しちゃったから。そんな私を放って後悔するのが嫌だったんでしょ?」
「…それは」
「そんなに自分を下げないでよ、私の好きな蓮木くんを」
だって俺は。
人の顔しか見ていなかったようなやつで。誰かを好きになるってことが分からなくて、それで誰かを傷つけてしまって。
「君の良いところはね、誰かを思って何かが出来ること。私の告白を断ったのも、橋まで追いかけてきてくれたのも。こうやって今も私といてくれるのも………そうやって君が、自分はなんて酷いやつなんだって悩むのも」
ああ、この人は。
「君が、ちゃんとした人間になりたいって思うのも……それは自分を好きになりたいからじゃないんでしょ?」
「………」
「そうなれば、少なくともそのせいで誰かを傷つけることは無くなるからって…そう思ってるから。違う?」
この人はどこまで、俺にやさしい言葉を投げかけてくれるのだろう。
「それにさ、じゃあ蓮木くんは私のこと可愛くないって思ってるわけ?」
「そんなわけ…」
「んっふふふ……私が慌てて、困ってたから。後悔したかもしれないけれど、その時はそうすれば私が喜ぶと思って言ってくれたんでしょ?実際舞い上がってたし」
小宮山さんは、俺のことがどうしようもないほど好きだ。
俺にはその理由が分からないし、彼女もまだ話してくれない。ただ好きで好きでたまらないっていうのは事実で………だから、この彼女の言葉は。
彼女の好きな人を、ただ褒めているだけ。幻滅することなく、盲目的とすら思えるその感情にただただ素直なだけ。
「自分が嫌いって気持ちは、分かるよ。だから好きになって欲しいなって思うんだ。………好きな人の良さに、好きな人が気づいてくれないのはちょっと寂しいかな」
でも、それでも。
彼女のおかげで、また前を向く気になる。
彼女の思いに応えられるようになりたいって、そう思うから。
「…ごめん、ありがとう。変なこと言い出して……」
「ううん全然。……お守り買って帰ろう?十分涼んだし」
「…そうだね」
「っと………あ、そうだ」
俺より先に立った小宮山さんが、まだ座っている俺を嬉しそうに見つめている。
「私が蓮木くんの好きなとこ。そういう誰かのために考えて、思って、行動できるところだよ」
「………覚えがない」
「私はあるもんね〜、ふふん」
そう言って、スキップしながら日陰から出ていく小宮山さん。
「……敵わないな、ほんと」
俺は君に、何かを返せるだろうか。