「……ふへっ」
「………ねえ穂花」
「いひひ」
「ねえ」
「ふふ……ふふふっふああっ!!?何するのくるっちゃん!」
自分からカフェに誘っておきながら、いつまでも画面を眺めて返事をしないのでスマホを奪い取った。
「そっちこそ何画面見て気持ち悪い笑みを……」
「猫の動画見てる時のくるっちゃんよかマシだし」
「なっ……今それ言う!?」
「スマホ返してよー」
「一体何見て……ペッ!!」
しまった、あの男とずっとメッセージのやり取りをしていたのを見てまた唾を吐いてしまった。
「ふふっ、面白いでしょ蓮木くん。スタンプのセンスがすごい」
「なんで動物の顔した8頭身の白い人間が変な動きしてるスタンプしかないの……」
「送る相手もいないのにウケとれるようにスタンプ買っちゃうんだってさ、面白いよね」
その笑っていいのかどうか分からないラインの話はなんなんだ。そんな話をしているのかこいつらは。
というか、じゃああいつは今意気揚々とこのキモいスタンプを送っているということか?ダメだ腹が立ってきた。
「……返すけど、今は私といるんだから私と話してよ」
「え…そういうの重い…」
「重くないッ。というか常識的に考えて当たり前でしょ!?」
「悪かったって、そんなに怒らないでよ」
「怒ってない!……怒ってないし」
ダメだ、最近ずっとピリピリしている。
それもこれもあの蓮木とかいう愚図が悪い。
あの日の放課後、きっちり別れ話をするのかと思ったら穂花を追い詰めてるし、それに対してキレたらいそうな場所を聞いて追いかけていくし…
それで翌日になったらなんか仲良くなってるし。
「あー腹立ってきた…」
「怒ってるじゃん。はいメニュー」
「ありがと。……甘いものでも食べようかな」
「太るよ」
「………」
ひとしきり睨んだ後、肩をすくめる穂花を見てため息をつきながらいちごパフェを注文した。
「あっ私抹茶パフェで」
「かしこまりました」
穂花は今も変わらず同じように接してくる。変わった点を言うのならばそれは以前ほど蓮木のことを鼻息荒く、正気を失ったように、興奮して周りが見えないほどにあいつのことを話してくることがなくなった。
それは普段の学校生活でも「好き」という回数が減ったこともそうだし……
言ってしまえば「まともになった」となる。
けれど……
「……ん?なに、顔に何かついてる?」
「…いや、癪に障るなと」
「え酷い」
その
だってそれはあいつとちゃんとした関係を構築できたが故の、そこからくる余裕だろうから……
ならいつまでもあんな感じだったらよかったのかと言われればもちろんそんなことはないけれど……
目の前にいる私を放置してメッセージのやり取りを始めるし。
「はぁ…」
「んなに何か憂鬱なの?」
「別に」
「くるっちゃんも好きな人作ったら?恋って楽しいよ?」
穂花のそれは恋っていうか……まあいいか。
あいつの話はせずとも色ぼけみたいにそういう恋とかの話ばかりしてくるのは、それはそれで腹が立ってくる。
「私はそういうのいい」
「えー、くるっちゃんカワイイのに」
「そんなこと…」
「あ、どっちかっていうとカッコイイ系?キリッとしてるもんねなんか、女の子とかにはモテそう」
「………じゃあ、穂花は私のこと好きなの」
「え?大好きだよ?」
「…そ」
そうだった。
昔からこの子は真っ直ぐに想いを伝える素直な子だった。それが初めての好きな人なんて得たらあんな風にもなる……のか?
こういうことを顔色ひとつ変えずに言えるあたり、まあそういう人間なんだろう。
……大好き、か。
その言葉と、あいつに向けている言葉のどちらが重いのだろうか。
「はぁ……やめよ」
「あ、そうだまた勉強教えて?もうすぐテスト近いし…」
「……あいつに教えて貰えばいいじゃん。成績いいんでしょ」
素直に分かったと言えばいいはずなのに、口から出てきたのは全く違う言葉だった。
「ちょっと、恥ずかしいかなって……」
「え、羞恥心とかあったんだ」
「酷くない?私のことをなんだと思ってるのもう」
「人前で好きっていいまくるやばい人」
「自分の好きって気持ちに正直で何が悪いの?」
時と場合と頻度を守っていただきたい。
まあ誰にでも気軽に好きと言うのはそうなんだけども……
「……まあ、空いてる日ならいつでもいいよ」
「ありがと!……あ、ほらパフェきたよ」
愚直であり素直なのは彼女の美徳だ。性根の捻くれている自分と比べれば、この子は純粋無垢で清廉潔白……少なくともあの男が現れるまではそう言い切れるくらいにはよく出来た子だった。
穂花は私を頼ってくれるけれど、彼女にしがみついているのは私の方だ。
悪い虫がつかないようにこの子を守ってきた自覚はあるが……
「ねえ、一応聞くけど」
「ん?」
パフェを食べずに写真を撮ることに熱心な穂花にそう言って質問する。
「最近よく二人であいつと…蓮木と一緒にいるでしょ。変なこととかされてないよね」
「変なこと?うーん……特に何もないけど……」
「……そう」
そりゃそうだけど、安心した。
ありえないとは思いつつもやはり心配になってしまうものだ、念の為確かめておくのは必要なことだ。
「あ、そういえばこの前抱きしめてもらっちゃったよ」
「は???」
勢い余ってスプーンをパフェに深く突き刺してしまった。
「それはもうがっしりと、お互いの体温が分かるくらい…」
「はっ、えっ、なにっ、何言ってんの穂花ッッ」
「そう、あれは二人きりの人のいない公園、一緒にゆらゆらと揺れて夕日を眺めていた私たちはその勢いのまま互いの身体を———」
「ちょっと!!?!!?」
「っ……寒気が…」
「あー噂されてんだよお前。俺もよくある」
「本当によくありそうだよな、お前の場合…」
光田が「何があったのか詳しく聞かせろ」と詰め寄ってきて、しつこくて仕方がなかったのでこうやって放課後に時間を作って話をすることになった。
「この前なんか酷くてよ、やれヤり捨てただの身体だけだの、言いたい放題のことを女子の間で言っててさあ」
「事実じゃないのか、それ」
「ぜっんぜんちげーから。俺は今までの相手とそんな不誠実な付き合いをしたことは一度たりともない!」
「本当になかったらそんなこと言われないだろ」
クズ男自称しているくせにそこは譲りたくないのか。
「じゃあ聞くけどお前、なんでそんなに相手を取っ替え引っ替えすんの」
「飽きたから」
「オーケークソ野郎、お前とはこれっきりだ」
「まあそう言うな。お前対人経験少ないだろ」
「黙っててくんない?」
どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
否定できない自分が虚しくなってくるからやめてくれよ。
「この俺は幾人もの女を捕まえてきたやり手だぜ?」
「自分で言っててどうかと思わないのか?」
「ちょっと思ってる」
ちょっとだけか……
「まあそんな俺と友達だと、小宮山と付き合っていく上で色々参考になる話が聞けると思うぜ?」
「ゴミから参考になる話が聞けるとは思えないんだけど」
「語気が強いな…」
しかしまあ……確かに俺なんかよりは断然そういうのは慣れているんだろう。鵜呑みにさえしなければ、ちゃんと参考になるところは出てくるかもしれない。
「まあ何にせよ丸く治ってよかったな。俺はお前がビンタされるのを楽しみにしてたんだけども」
「俺がお前にビンタしてやろうか、グーで」
「じゃあ俺はパーを出す」
「じゃんけんじゃないが」
本来他人にここまで強い言葉はそうそう使わないが、こいつの場合はなんかいちいち癪に触るので自然と言葉が強くなってしまう。あんまりよろしくないんだけど……
「でも付き合わずにお友達だからだもんなあ。お前も頑固だなあ、さっさと付き合っちまえばよかったのに」
「過程とかこう、色々あるんじゃないの?」
「結果よければ全てよし」
「最終的にクズ男扱いされる結果に至ってるのは?」
「俺!」
どうしようもねえなこいつ。
「まあ距離感測ってるってんなら別にいいと思うぜ俺は。恋愛するのも楽しいんだろうし。俺は女の子と遊ぶのが楽しいだけだけど」
「……別に、恋愛とかそういうのは考えてないよ。少なくとも今はまだ」
光田は事の顛末は知っているけれど、俺と小宮山さんの詳しい事情までは知らない。別に俺の歪んでいるところまで教えてやる必要はないから説明してやるつもりもないが。
「あ?じゃあ本当にただのお友達?相手は付き合いたがってんのに?そりゃあ小宮山もどかしい思いしてるだろうなあ」
「………」
あの時、橋の上で話した彼女は快く受け入れてくれたように見えた。しかしそれは俺への気遣い、自分への妥協で、本当は……
想像に過ぎないし、好きという気持ちは変わらずぶつけてくるのでそんなことはないと思いたいが……
「他人の考えてることはよくわからんよ」
「分かるようになっていくのが人付き合いってもんだぜ、ぼっちくん」
「じゃあお前のことは分かりたくないからこれっきりで」
「そう冷たいこと言うなよ、もっと以心伝心になるくらい解り合おうぜぇ?」
「きっしょ…」
「マジトーンは効くぅ…」
なんか妙に馴れ馴れしいんだよ、距離感測ってほしい。
「ん…」
メッセージの通知音がスマホから鳴ったので取り出してみる。さっきまで散々小宮山さんとはやり取りしてたけど…
「……なあ光田」
「おん?」
「女の子って、こんなどうでもいいことまでメッセージ送ってくんの?」
そう言って画面を見せる。
そこには抹茶パフェと、『美味しかった!』の一言が添えられていた。
「そりゃあお前、気があるんだよ」
「そうなの…?」
いや気があるのは知ってるんだけど、胸焼けするくらい好きと言われてきたから知ってるんだけども。
「……なんて返信したらいいと思う?」
「適当なスタンプでいいんじゃね」
「そんなもんか」
光田の言葉に納得して、俺は動物の顔した八頭身の白い人間が親指を立てているスタンプを送った。
「……お前、もっとマトモなスタンプ送れよ」
「え?」