カードゲームでメスガキを轢き潰した。伝説になった。 作:胡麻野すり子
初夏、放課後の教室に女児の泣き声が響き渡る。
「うわぁぁーーーーんっ!! カードをパクられたぁぁぁーーーっ!!!」
目の前で、クラスメイトの少女が喚いている。
彼女は急にこちらの机に来て泣き出したのだから、オレは教科書をランドセルにしまうのをやめて、オロオロするばかりだ。
「ど、どうしたんだ、
とりあえずみんな見てるから泣き止んでくれよ、な?」
叫び散らす少女の名を呼びながら、精一杯になだめようとする。
そんなオレと彼女を、まだ教室に残っていたクラスメイトたちが怪訝そうに眺めていた。
すっごい居心地が悪いものだ。
「うぅぅ……! カードが奪われたのぉ……っ!」
少女が少し泣き止んで、そんな言葉を零す。
……彼女は、
オレとは幼稚園からの付き合いの、いわゆる幼馴染というやつだ。
肩にかかるくらいの深緑の髪に、たれ目がちで柔らかな印象を受ける顔立ちの、可愛らしい女の子である。
彼女が着ているのは、緑色のスカートに白いシャツと、小学4年生にしては大人びた服装だ。
それがなんとも良く似合っており、私服通学のこの学校ではだいぶオシャレな部類だとオレは勝手に思っている
さて、そんな机木にオレは今、泣きつかれているわけで。
たぶん、放置して下校するのは無理だろう。
そんなこんなで、オレは彼女に話を聞くことにした。
「パクられたって、なにがあったんだよ?
いや盗られたんだろうが……でも、机木はカードやってなかっただろ?」
「うん、そうだけど……」
じゃあ誰のカードが奪われたんだ。
なんて思っていると、机木は説明をしてくれた。
「私じゃなくてね、友達のあーちゃんと、あーちゃんの友達のまーちゃんと、あーちゃんとまーちゃんの友達のやーちゃんの友達のなーちゃんのカードが奪われちゃって……」
「誰だよソイツら」
なんだかブワッと名前が出てきたが……。
要するに机木の知り合い数人がカードを失った、ということだろう。
で、なぜか彼女がオレにその話をしてきたわけか。
「それでね、
オレの名前を呼びながら、机木は前のめりになって頼み込んでくる。
だが、オレは困惑するばかりだった。
「取り返してほしい、って言ってもよ……どうすればいいんだ?
殴り合いとか絶対無理だぞ? 1年生にも負ける自信あるわ」
「因幡くんはもっと体育を頑張るべきだと思うけど……。
ともかく、ケンカじゃないから大丈夫だよ」
机木はそこで一度言葉を区切る。
そして彼女は、改めてオレと目を合わせて言った。
「――カードで、奪い返してほしい」
それ聞いて、オレはようやく本題が見えた気がした。
「つまりあれか? アンティルール……カードを賭けたバトルで、盗られた物を取り戻してほしい、ってことか?」
確認するように、オレはそう聞いてみる。
すると机木は、こくりと頷いてみせた。
「うん、そういうこと。
みんなさ、そのルールでカードを奪われちゃったから……」
「だから同じやり方で回収してくれ、って感じか」
ここでようやく、オレは机木の頼みを完全に理解した。
と同時に、中々に恐ろしいことを頼んできたものだと思う。
「一応聞くけど、相手は大人とか中高生じゃないよな?
さすがに年上に突撃するのは怖くてできないぞ」
「それは大丈夫。隣のクラスの女の子にやられたみたいだから。
なんでも、公園で遊んでたところでかち合って、流れてバトルしたら取られたんだって」
「なんというか、災難だな……。
つーかよ、奪った相手が同じ学校のヤツなら先生に言えば……いや、これはやっぱなしだ」
先生にチクって解決するという考えが浮かんだが、オレは即座にそれを否定した。
大人が介入すれば早く終わるだろうが、後々面倒なことになりかねない。
具体的には、このトラブルが原因でカード禁止を言い渡される可能性がある。
「あんまり揉めてるところ見せて、カードをやめるように言われるのは嫌だな」
「だね。私の友達のあーちゃんと、あーちゃんの友達のまーちゃんと、あーちゃんとまーちゃんの友達のやーちゃんの友達のなーちゃんも、同じようなこと言ってたよ」
「誰なんだよソイツらは」
たぶん机木の友人連中は重要なことではない。
そう割り切ったオレは、もっと大切なことに思考を割り当てる。
「まぁ、なんだ。とりあえずオレが勝って、カードを取り返せばいいんだな?」
「うんっ、お願い!
私の知ってる中で一番強いのは因幡くんだから!
だからキミに頼んでるの!」
「しゃーねぇなぁ……」
強いと言われると、どうにも嬉しくなる。
たとえそれが、カードを1ミリも理解していない相手からのものでもだ。
オレは単純なもので、すっかりやる気になっていた。
「じゃ、一丁バトルしてくるか。
ちなみにカードパクったヤツはどこにいるんだ?」
「えっと、確かね……。
西門から出て、グーって進んだところ。
ほら、コンビニ近くの公園があるじゃん!
そこに出没するんだって!」
「どこか分かんねぇや。
どうせデッキを取りに一回家に帰るし、その後案内してくれよ」
どんなにカードゲームにハマっても、学校にデッキを持ってきたりはしない。
なぜなら先生に見つかって怒られるのが怖いからだ。
小学生という生き物は、大人への恐怖に支配されている。
「オッケー! じゃあ私の家の前で待ち合わせね!」
「机木の家はちょっと遠いが……まぁいいや、すぐ行く」
そうしてオレは帰り支度をして、帰ることにする。
途中、帰り道がある程度同じの机木が騒いでてうるさかった。
◆◆◆◆◆◆
家から自転車を漕いで数十分。
すっかり夕焼け色になった公園に、オレと机木はいた。
鉄棒とベンチくらいしかない、だだっ広い公園だ。
ここで鬼ごっこやサッカーをすれば、さぞ楽しいことだろう。
だが、今日ここに来たのは身体を動かすためではない。
「さて、到着したはいいが……パクった犯人はどこだ?」
机木と共に自転車を停めて、辺りを見渡す。
すると、それらしき人物をひとり、見つけることができた。
公園の奥にある、ベンチとテーブルを囲う屋根(東屋というらしい)の下。
そこに、黒い髪の女の子が座っている。
髪を両サイドでくくった、生意気そうな女の子だ。
太ももが全部見えるくらい短いジーンズを履き、派手なデザインの長い靴下、そしてオシャレな白シャツと黒ジャケットを羽織っている。
その服装と雰囲気はどこか威圧的で、人見知りなオレは話してもいないのに萎縮していた。
「……あそこにいるヤツか?」
「うん、たぶんそう!
聞いてきた特徴と一致してるもん!」
「そうか……なんか怖いし、机木が話しかけてくれないか……?」
「えぇっ!? なに弱気になってるの!
カードを取り戻すんでしょ!」
「いやでも、明らかに陽キャって感じだし……」
「もうっ、ウジウジしないでよー!
私がそばにいるから、さっさと行こっ!」
机木にバシバシ叩かれ、オレはビビりながらも黒髪の少女へ近づいていく。
出会った瞬間に胸ぐらを掴まれてぶん殴られるんじゃないか?
そんなことを真面目に考えて、重たい一歩を踏み出す。
そしてとうとう、オレは屋根の下に来てしまった。
「ほら、因幡くんっ」
「えっ、オレが話しかけるの……?」
「戦うのは因幡くんじゃん。
頑張ってね!」
机木に背中を押され、オレは無理やり、少女の前に躍り出ることになる。
ベンチを挟んで、だいたい3メートル。
黒髪の少女はオレに気づいていないのか、はたまた無視しているだけか、机に頬杖をついてスマホを弄っていた。
……近くで見ると、なんか、メスガキって感じの外見してるな。
スマホを眺める態度とか、漂う雰囲気から、オレは黒髪の少女からそんな印象を受けた。
「えーと……こ、こんにちはー……」
「は? なんですかぁ?」
苦し紛れに絞り出した挨拶。
それに対して返ってきたのは、少女の鋭い目つきと怖い言葉だった。
「あ、あっ、あぁ……あ、あのよ!
ちょ、ちょっと、お前に用事があってよ!」
なけなしの勇気が粉砕される音を聞きながら、オレは半泣きで喋り続ける。
もうオレは、口を回し続けるしかなかった。
そうしなければ、二度と喋ることができないと分かっていたからだ。
「その前に自己紹介してくれませんかぁ?
誰かも分からない人と話したくないんですよねー」
「あっ、すんません……」
死にてぇ。
シンプルにそう思った。
「えと……………………」
「……………………」
「……………………」
「……なんで黙るんですー?」
オレの勇気は粉々だ。
最早、気まずさを破って声を出すことさえできない。
「ごめんね、因幡くんってこんなだから……」
見かねた机木が助け舟を出してくれる。
そのとき、オレにはこの幼馴染が救いの神に見えた。
「私は机木雛芽。
それでこっちが……」
「あっあっあっ」
「ウソでしょ、自己紹介もできないの……!?」
救いの神の机木が、あり得ないという目でこちらを見てくる。
しょうがないじゃないか。
オレは、緊張とか出鼻をくじかれたことでパニックになっているのだ。
終わった……。
なんて思うオレだったが、驚くべきことにもう一度、救いが舞い降りてくる。
「はぁ……
とりあえず落ち着いて、ゆっくり待ちますからぁ」
少女――黒霧クルエはため息をつきつつも、会話のパスをくれる。
彼女の表情は険しいし、ツリ目がなんか怖いが、オレには優しく感じた。
例えるなら、嫌いな給食が出たときに変わりに食べてくれたみたいな……。
そんなほっと安心するような、優しい感覚だ。
「……オレは、
お前と同じ学校に通ってる」
「そうですか。ちゃんと自己紹介できて偉いでちゅねー」
「……! ……!!」
「因幡くん、無言で私になにか訴えかけないでよ」
唐突に煽られて、オレは泣きそうになりながら黒霧を指差し続けた。
それが今自分にできる最大限の反抗であった。
「で、私に用事があるってことですけど、どうしたんですかぁ?」
「そうだ用事だ……!
お前、アンティルールでカードを奪ったんだってな?」
「あぁ、その件ですか。
あなたの言うように奪ってあげましたよ」
そう言って黒霧は、プラスチックスリーブに収められた数枚のカードをテーブルの上に置いた。
「これ、みんなが取られたって言ってたやつだ……」
机木が肩越しにカードを見て、呟く。
その発言を受けて、オレはアンティルールの話が事実であると確信した。
当然、机木を疑ってたわけじゃない。
ただ誤解が生じているのではないかとか、そういう可能性も考えてはいた。
「このカードたちは、返してもらうぜ」
誤解の可能性が消えたのだから、これらは持ち主のところに戻さなければいけない。
そして頼まれた以上、オレがやらなきゃいけないわけで。
「オレとカードで勝負しよう。
勝ったらソイツらをあるべきところに戻してもらうぞ」
「さっきまでオロオロしてたのに、急に強気になりますねー。
正義の味方気取り、ってことですかぁ?」
オレの言葉に、黒霧は冷笑する。
それから彼女は、足元に置いていたバックから、デッキケースを取り出す。
「まぁ、こんなザコカードは元からいらないんですけど……。
挑んでくるなら相手してあげましょうかねー」
「因幡くん……!」
「分かってる」
机木に短く返事をして、オレは黒霧の向かいのベンチに座る。
「別に、いらないものを取っちゃったし、勝負なしで返してあげてもいいんですけどね」
オレが準備をしはじめると、黒霧がため息をついて呟く。
そのときの彼女の顔は、なんだか酷くつまらなそうに見えた
「……お前、もしかして」
「どうでもいーことですね。いかにもザコって見た目のあなたをボコしてあげましょう。
いつでも、惨めにサレンダーしていいですからねー」
黒霧はこれ以上会話するつもりがないらしい。
彼女の視線は、早く挑んでこいと挑発的にオレを突き刺している。
「悪いがサレンダーはしねぇよ。
負ける気で席につくプレイヤーはいないだろ」
「……あなたって面白くないですねー」
それを最後に、話しは終わる。
ここからは、プレイ以外の会話は必要ないのだ。
そうしてオレたちは粛々と対戦の準備を終え、静かに火蓋を切った。
◆◆◆◆◆◆
テーブルに広げられたプレイマットを見て、オレは黒霧クルエという少女の熱量を推し量った。
彼女が使っているのは、公式から発売されたプレイマット。
そして当たり前みたいにスリーブを使っている。
プレイマットと同じデザインのスリーブは、さらにもう1重、スリーブで守られていた。
デッキの厚さを見るに、3重スリーブでカードを保護しているのか。
小学生なんて普通にデッキを輪ゴムでとめたりする。
だが、彼女はちゃんとサプライを使用していた。
「よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
対戦開始と共に、オレと黒霧はなにかの儀式みたいに、その言葉を口にする。
それから流れるような手つきでデッキをシャッフルして、ほぼ同時にカットを要求した。
(コイツ……たぶん大会に出てるな)
黒霧の所作などからそのことを悟り、オレは気を引き締める。
なんとなく、彼女は手強い相手な気がした。
「では、先攻の私から……。まずは……」
慣れた様子で黒霧はプレイしていく。
その動きは、長らくやっている人間のものだった。
「……灰の観葉植物を出します」
先程までの生意気なものとは違う丁寧な口調で、黒霧はカードを宣言する。
そうして盤面に現れた1枚に、オレは目を見開いた。
(このカードを使うってことは……環境デッキの【観葉ビート】か!)
相手のデッキを特定して、オレは即座に脳内から情報を引っ張り出した。
【観葉ビート】は場持ちのいいアタッカーを横に並べ、殴ってくるデッキだ。
その耐久力とパワーを振り回し、【観葉ビート】は登場から今に至るまで、いくつもの大会で結果を残している。
予想通り、手強い相手だ。
一筋縄ではいかない敵にオレは覚悟を決め直した。
「じゃ、手番をもらいます。オレのターン」
黒霧からターンを渡されて、オレは動きだす。
まずはこのカードから。
オレは手札から1枚を選び、場に出した。
「コブラ本棚をプレイ」
「……!」
そのカードを目の当たりにして、今度は黒霧が驚いた顔をする。
「……【蛇軸書斎】。そっちも環境デッキですか」
即座にオレのデッキを特定したのだろう。
黒霧はこちらに視線を向け、苦々しそうに零す。
「カードを取り戻せって言われて来たんだ。
一番強いデッキを持ってくるのは普通だろ」
「……正論ですね」
オレが使用しているのは【蛇軸書斎】。
ややコントロール寄りのビートダウンデッキである。
(黒霧が苦い顔をしたのは、オレが強いデッキを使ったからじゃなく、不利だからだろうな)
現在、オレのデッキは黒霧のデッキに有利がついている。
構築の中にメタとなるカードが数枚採用されているからだ。
もちろん、相性だけで勝負が決まるほど簡単な話ではない。
ただこのマッチにおいて、彼女より少しだけ利があるのは確かだった。
「……私のターン」
手番が回り、ゲームが続く。
カードパワーはほぼ互角。
1つのミスが命取りとなり、デッキトップ1枚で救われる。
そんなギリギリの勝負が卓上で繰り広げられていく。
(オレのデッキを見て構える方針に変えてきたか。
動きを見るに、こっちの構築はほぼ割れているな。
とはいえオレも【観葉ビート】のリストは大体分かっているが)
互いのデッキがどういったものか。
どのような動きをして殺しにくるか。
それらを大まかに把握しあった上で、オレたちはカードを捌き合う。
強いカードを脳死で叩きつけて決まる勝負じゃない。
プレイングでカードの強さを補い、決定火力を通そうと試行する。
オレと黒霧がしているのは、そういう仕合だった。
「……このカードを効果を発動します」
「なら、それに反応してオレの方も効果が起動します」
「構いません。では私はカードをドローして……」
相手の宣言から意図を探り、考えられる最善の手で対応していく。
カードの数は有限。リソースだって有限。
オレたちの最善は、限りに縛られた中で選択できる最善だ。
ゆえに、手札や盤面次第では良策とは言えない行動を強いられる。
その不自由の中で、オレたちはカードを喉元に突きつけ合っていた。
迫るキルターンに、白熱するライフレース。
ジリジリと終焉が迫る中、先に致命打を与えたのは――。
「黒霧に総攻撃」
先に致命打を与えたのは、オレだった。
黒霧側の布陣を崩し、防御を突破する。
ここまでくれば後は簡単だ。
攻めの手を緩めず、ライフを削り切ればいい。
「……私の負けですね」
オレは勢いのまま黒霧を轢き潰す。
決着がついた瞬間、彼女はその言葉と共に息を零した。
◆◆◆◆◆◆
「よく分かんないけど、因幡くんが勝った……ってこと?」
後ろで観戦していた机木が不思議そうな顔で聞いてきた。
そんな彼女に「そういうことだ」と返しながら、オレはカードを片付ける。
「グッドゲーム。楽しかったぜ」
「勝った側が言うの、嫌味っぽくないですかー?」
黒霧はそっぽを向いて、オレと同じようにカードを仕舞う。
そんな彼女を見て、後ろにいた机木が身を乗り出した。
「あっ、そうだ! 因幡くんが勝ったんだから、カードを返して――」
「言われなくたって返しますよぉ?
私にはいらないものですしー」
敷かれたままのプレイマットの上に、黒霧は数枚のカードを置く。
「え、いいの……?
なんか、すごいアッサリだけど……」
「ごねる意味がないですから。
じゃあ、返す物を返したので、私は帰りますね」
バックに荷物を入れて、黒霧は席を立つ。
そのまま彼女は、帰ろうと足を進めるが……。
「ちょっと待てよ」
そんな彼女を、オレは咄嗟に呼び止めた。
「……まだなにかあるんですかー?」
オレに声をかけられて、黒霧は振り返る。
眉をひそめる表情が少し怖い。
だが、あと少しだけ、聞きたいことがあった。
「なんつーか……お前さ。
本当はカードを奪う気なんかなかったんじゃないのか?」
黒霧クルエに問いかけたのは、オレが彼女と出会ってから抱いていた疑問。
それをぶつけられて、彼女は目を丸くした。
「因幡くん、それってどういうこと?
だってこの子、カード盗ったんだよ?」
「確かにそうだが、わざわざいらないカードを奪おうとするか?」
黒霧は奪ったカードについて、『いらない』と何度か言っていた。
その言葉がウソや強がりだとは、オレには思えない。
つまり彼女は、欲しくもないカードを取り上げたことになるのだ。
「それに、このカードたちはプラスチックスリーブでしっかり保護してある。
いらないって言ってたカードをだぞ?」
「あっ、この固いケースって普通しないの?」
机木はそう質問しながら、奪われたカードを覆うプラスチックのスリーブに触れる。
「これは高額カードとか、自分のお気に入りにするようなもんだ。
カードが傷つかないようにするための物だからな」
ただ、黒霧が奪ったカードは高額のレアカードでもなんでもない。
少なくとも、プラスチックスリーブで守る理由があるようには思えなかった。
「いらないカードにする処置じゃねぇ。
なのにこんなに大切に守ってるってことは……」
そこでオレは黒霧を真っ直ぐに見つめて、続く言葉を紡いだ。
「お前、本当はこれを返したかったんじゃ……?」
「……あなたって、早口でちょっとキモイですねー」
急に刺されてオレは泣きそうになった。
「まぁ、持ってたって困るので返したかったのは事実ですねー。
だから昨日と同じ公園で待っていたんですが……。
来たのはなんかよく分かんない子でしたねぇ」
「あのっ、じゃあなんでカードを盗ったりしたの?」
気だるそうに髪を払う黒霧に、机木が尋ねる。
すると彼女は、目を逸らしながら答えた。
「別に……売り言葉に買い言葉で、気づいたらアンティルールで勝負してただけですよ」
「それで引くに引けなくなったのか」
「お互い、頭に血が昇ってましたからねー……」
その返答で、オレはなんだかすべてが分かった気がした。
結局のところ、小学生らしいトラブルだったのだ。
「とはいえ、悪いことをしたとは思っていますよ。
あの子たちには……謝りたいですね」
そうして零れた呟きは、オレには本心のように感じられた。
「じゃあよ、謝ろうぜ!」
「はぁ……?」
「謝りたいんだろ? ならそうしようぜ!
オレら小学生は、『ごめんね』と『いいよ』で仲直りできるんだしよ!」
「それってもっと低学年の場合だと思うんですけど……」
困る黒霧だが、それでもオレは、この件はしっかり解決するべきだと思った。
胸の中にモヤモヤを残して学校に通うのは、辛いことだ。
彼女はきっと、今回のことを気にする。
だから、全部水に流したほうがいいはずだ。
「うん、そうだねっ。私たちからカードを返すことはできるけど、クルエちゃんもその場にいたほうがいいと思うな」
ふと、静観していた机木も口を開く。
「色々誤解があったみたいだし、仲直り、とかはできないでもスッキリしたほうがいいよ!
お互いに血が昇ってたなら、あっちだって謝ることもありそうだし!」
「一緒に立ち会って上手いことすっからさ、後腐れないようにしようぜ!」
謝罪する気があるなら、そうした方がいい。
もちろん、謝るのには勇気がいる。
だから背中を押してやりたいと、オレはそう思った。
「……どうやら、それが一番いいみたいですねー」
オレたちに説得されて、黒霧はやれやれとため息をつく。
それから彼女は、こちらに向き直って頭を下げた。
「……助かりました」
不器用な感謝を受けて、オレと机木は笑う。
なんだ。全然悪い子じゃなかったな。
「じゃ、今からカード持って行こうぜ!」
「えっ、今からですか……?」
「こういうのって早めにすませた方が気が楽だろ!
机木! 連絡先知ってるんだろ!」
「うんっ。友達のあーちゃんも、あーちゃんの友達のまーちゃんも、あーちゃんとまーちゃんの友達のやーちゃんの友達のなーちゃんの連絡先も知ってるから、すぐに会えるよ!」
「だから誰なんだよソイツらは」
ワイワイ言いながら、机木に連絡を取ってもらう。
それから黒霧はカードを返却し、オレたちが間に立って、互いに誤りを認め合った。
とりあえず謝罪は済んだ。
これで黒霧クロエが重い気分で登校することもないだろう。
バツの悪さからちょっとは気が重い日が続くかもだが。
「ま、これで一件落着なんじゃねぇかな」
考えられる一番マシな決着だと、オレは安心する。
この件はこれで終わりだ。
ただ、これがきっかけで、オレを取り巻く環境は大きく変わることになる。
「――因幡くん! なんかすごい噂になってるよ!?」
「えっ!?」
数日後、机木からそんなことを教えられる。
その日からオレは、多くのプレイヤーと関わることになるのだった――。
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