謎の映画監督の物語 無の映画監督   作:dwwyakata@2024

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どうみても面白くない映画でも、意識高い人には受ける事がよくあります。

本作主人公の作る映画も、意識高い人には大絶賛なのです。


虚無のその底
序、大絶賛


映画監督、高宮葵はアカデミー賞の舞台に出ていた。

 

昔は権威があったかも知れない。

 

今では権威を何か勘違いした連中による、内輪向け作品の品評会と化してしまっている場所で。

 

内心もっともここを馬鹿にしている高宮が呼ばれているのは。

 

実際には笑いたいところだが。

 

我慢しなければならない。

 

自作、アルティメットコメディーシリーズの九作品目。ホラーと称した虚無。幽霊がバッタバッタ被害者をなぎ倒していくのにまるで怖くない作品が、どういうわけかアカデミー賞を取ってしまったので。

 

いやいやながら来たのだ。

 

業界人が喜ぶ造りにはしているが。

 

アレを撮影しているときの俳優達の死んだ顔は忘れられない。

 

途中からは幽霊役の役者までも死んだ顔になっていて。

 

本当の意味で死人みたいだなと、不謹慎なことを考えてしまった程である。

 

まあともかくだ。

 

いつものようにスピーチを秒で終わらせ。

 

更に主演女優賞に選ばれた幽霊役の俳優が。

 

困惑しきった様子でトロフィーを受け取るのを見て。どうしたら苦笑いを隠せるだろうかと、そればかり考えていた。

 

その後立食パーティになるが。

 

すぐに引き上げる。

 

マスコミに絡まれるとうっとうしいし。

 

他の、少なくとも此処に呼ばれるような連中と関わり合いになりたくないからだ。

 

本心は勿論口にしない。

 

敢えて奥ゆかしさを表に出しておく。

 

更にマスコミをまくための最高効率の脱出先も見つけてある。

 

こう言う場所で高宮を捕まえられない。

 

それはマスコミにとってのジレンマになっているらしいが。

 

既にマス「コミ」ではなく、マス「ゴミ」になっている連中が

 

どう苦労しようが。

 

高宮の知った事ではなかった。

 

ともかく外に出ようとするが。

 

やはり居心地が悪かったらしい主演女優。つまり幽霊さんがマスコミに要領が悪く捕まってしまっていた。

 

あれはちょっと寝覚めが悪いか。

 

ちょっと外から、声を掛けてやる。

 

「高宮監督見つけたぞ!」

 

「えっ!」

 

一斉にマスコミが散り、探し始める。

 

さっと高宮自身は逃げる。

 

この時の声色は男声を敢えて作った。

 

女性は声の音域が広く。

 

少年役を女性声優がやっている事が多いのは有名だが。

 

高宮も、似たような事が出来るのだった。

 

さて、主演女優は助けたので、自身も脱出。

 

先に確保しておいたタクシーで、さっとその会場を離れていた。

 

奥ゆかしいと思わせておけば良い。

 

そのまま謎である方が良い。

 

高宮と話しても、どうせSAN値をゴリゴリ削られるだけだし。何よりも高宮が相手と話したくない。

 

そのまま自宅に向かうが。

 

タクシーの運転手はパーカーで眼鏡とマスクの高宮を乗せて。

 

幽霊でも乗せたのかと思い込んだのか、びびり倒しているようだった。

 

まあ気の毒だが。

 

少しでも酒を入れた以上、この方が良い。

 

適当に家の近くまで運転して貰った後、自宅に戻る。

 

それにしても敢えてつまらなく作ったあの作品が、アカデミー賞ねえ。

 

ラジー賞の方が良いと思うのだが。

 

もうその辺りは、正直どうでもいい、というのが本音だ。

 

これをラジー賞として出すくらいだったら、多少は見直したのだけれども。

 

どうもやはり、身内受けする映画にしか興味が無くなっているようである。

 

業界人という連中は。

 

それについては。もう色々思うところもあるし。

 

諦めてもいる。

 

だから、高宮は自宅に戻ると。

 

今日はそのまま寝ようと思った。

 

そして、夢を見た。

 

今撮影しているアルティメットコメディシリーズの十一作目である。

 

歴代シリーズでも、もっとも不可解な映画にしようと考えている。

 

今度やろうとしているのは、人間が一切登場しない作品だ。

 

人間の顔さえついていない立方体や円錐が主人公で。

 

そのまま哲学的な言葉を話しあい。

 

そして背景も狂気的という。

 

見ているだけでSAN値が底をつくような作品の予定である。ていうかもう撮影を始めている。

 

なおこれらの立体は全てキグルミなのだが。

 

内部に入れている俳優の名前はすべてクレジットするつもりだ。

 

そして演技も俳優にやらせる。

 

立方体には手足すらもなく。

 

演技力の難易度は文字通り激甚。

 

本来なら俳優陣の腕の見せ所のはずなのだが。

 

誰も彼もがつらそうである。

 

安っぽい動物のキグルミよりぜんぜんいいと思う。

 

演技指導とかがとにかく適当なので。

 

演じていて理解出来ないだろうし。

 

何よりやっていて錯乱しそうになっているのが時々分かるのである。

 

ちょっと可哀想だが。別にサディズムに基づいてやっているわけではない。作品をつまらなくするためにやっているだけだ。

 

それでも定時には上がらせてあげているので。

 

それで可と思って貰うしかない。

 

他の撮影現場の過酷さを知っている俳優は、いつも高宮の現場を知ると驚いて喜ぶが。まあそういう現状だ。

 

撮影の様子を夢に見ていたが。

 

起きだすと。大きく伸びをして。歯磨きうがい。

 

そしてコーヒーを淹れながら着替えた。

 

コーヒーを撮影。

 

SNSに乗せる。

 

あっと言う間に拡散されるのは、恐らくはアカデミー賞の影響だろう。

 

よりにもよって高宮がアカデミー賞。

 

ラジー賞では無くて。

 

そういう呟きがSNSでは散見される。

 

まあ当然の呟きだと思うので、何もいうつもりはない。

 

そう反応するのが当たり前だと高宮は思うし。

 

そもそもだ。

 

業界人だって、そう反応するのが、客観的に見た場合の反応だと思うのだが。どうも意識がすっかり高い所に行ってしまった連中に、そういう客観性というものはないようだった。

 

そういえば。コーヒーの写真をアップしてから思い出す。

 

ある新聞記者だが。

 

記事が著しく客観性に欠ける、という指摘を受けた後、発狂したように反論を書いていた。

 

客観性など記事には必要ない、というのだ。

 

要するに記事は自分の主観でまず事実を決めて、それに肉付けするために書いているものである。

 

もしくはスポンサーが望むように書くものである。

 

それが記事というものであって。

 

サラリーマンである以上、記者がやるのはそれで当然だし正しいというのである。

 

この言葉に、何の違和感も持っていない様子だったので。

 

映画とは別のジャンルの記者が相手ではあったが、本当に高宮もげんなりしたものである。

 

アカデミー賞を決めた業界人どもも同じだ。

 

少し前までは、それでも観客動員数とかをある程度参考にしていたとは聞く。

 

だが今では、もうすっかりそれもなくなり。

 

自分達の狭い世界での意識高い価値観。

 

つまりバリバリの主観で。

 

勝手に「良い作品」を決め、それが正しいと疑ってやまない。

 

それははっきりいって、目が節穴というのと全く変わりが無いと思うのだが。

 

まあ要するに。

 

「権威ある賞の選定者」という器では無い場所に座ってしまって。

 

壊れてしまっている。

 

そしてみんなそうなってしまっているから。

 

すっかり駄目になっている、ということなのだろう。

 

いずれにしても、SNSの方では通知は切っているので。

 

余程重要な連絡でもない限りは、全く反応はしない。

 

そもそもコメントされても返信しないとSNSのプロフに書いているくらいなのである。

 

まあたまに、本当に重要なコメントとかメッセージとかには反応したりするけれども。

 

それはそれだ。

 

朝の作業が終わったので、撮影所に出向く。

 

今日も驚きの安全運転だが。

 

車通勤をしている以上、いつか違反切符やらを切られる覚悟はしていた。

 

まあ警察もねずみ取りなんてのをやって点数稼ぎをしているくらいである。

 

この国の治安は世界で見ても一番良いレベルなのに。

 

何だか、みんな贅沢なんだなあと思う。

 

それに世界で見ても一番良いレベルかも知れないが。

 

人間という生物が、そもそも治安なんてものを構築するのに決定的に向いていないと高宮は思うから。

 

その辺り、警察という仕事は最初から損をしているのかも知れなかった。

 

黙々と運転して、スタジオに到着。

 

スタジオをしっかり確認していく。

 

朝一番に高宮がスタジオに来るという事だけは調べたのか。

 

記者らしいのが数人スタンバっていたが。

 

それらを避けるように、文字通り幽霊のように気配を消して、すっとスタジオに入る。

 

後は関係者立ち入り禁止。

 

記者共が気づいたときにはもう遅い。

 

後はミーティングなどをする。

 

基本的に取材についてはお断り。

 

どうしても必要な取材は受ける事はあるけれども。

 

そもそも自分の主観で決めつけた「事実」を記事にして、それを真実だと思い込んでいるような連中を相手に。

 

飛び込み取材なんて、受けてやるつもりはさらさらなかった。

 

ミーティングもいつも通り速攻で終わり。

 

どうやら外のマスコミ連中は、流石に諦めて帰ったようだ。

 

こういうスタジオは性質状不審者も入りやすいので、警備も堅めである。

 

それもあって、入るに入れなかったのだろう。

 

今日もメガホンを握る。

 

俳優達は立方体のキグルミを来て、そもそもどういう風に動いたら良いのかもよく分からない様子で、必死に演技をしているが。

 

カメラマンとかすらも困惑していて。

 

もしも高宮が、つまらない映画を意図的に撮ろうとしていなかったら。

 

NGを何度も出していたかも知れなかった。

 

だが、基本的に今回はCGで非常に楽に編集が出来る。

 

だから、俳優のミスは高宮がカバーすれば良い。

 

今は丁度、円錐と三角錐が哲学的な会話をしているシーンである。

 

これぞアルティメット。

 

これぞコメディ。

 

ただし深淵から這い出てきた邪神が手を叩いて笑うようなものだが。

 

今撮っているのはまさにそれなので。

 

なんの問題も無い。

 

昼飯時がくる。

 

なぞのキグルミを来て演技をしている俳優達は、別にハードスケジュールでもないのに疲れきっている様子で。

 

それをスタッフは全員、同情しているようにみていた。

 

他のスタジオでは、勘違いした意識高い「大御所俳優」が怒鳴り散らしていて。

 

超ベテランの縁の下の力持ちである「大部屋俳優」を、頭ごなしに馬鹿にしているようだった。

 

大部屋俳優と言われるような人でも、はっきりいって良い仕事をするヒトはいる。

 

少し前に亡くなってしまったが、「十万回斬られた」と呼ばれている大部屋俳優がいて。

 

時代劇で悪役を常にはり。

 

悪の用心棒を主にやって、将軍とか剣豪とかにばっさばっさ毎回斬られる素敵な人だったのだが。

 

この人だって、ネットがなければ話題になる事もなかっただろう。

 

なお晩年は色々あって有名になった結果。

 

ハリウッドにまで出張ったのだが。

 

それで満足してしまったようだ。

 

元々欲が少なかったのかも知れない。

 

こういう人材を抜擢できないのが今の業界だ。

 

穴をお偉いさんに掘らせて出世する。

 

そんなだから、演技力皆無の俳優がデカイツラをする。

 

見ていて不愉快だし。

 

そういうのも含めて、さっさと潰してやりたかったが。

 

今は我慢だ。

 

「またあの人怒鳴ってるね……」

 

「しっ。 そんな事言ったら駄目だよ。 何されるか分からないもん……」

 

「うん……」

 

若い女優二人がつらそうに言っている。

 

この、今の撮影現場。

 

高宮の撮影現場は極めてホワイトだ。

 

誰も怒鳴らないし。

 

ましてや殴るようなことだってない。

 

プロがどうのと口にして、客観性皆無の独自主張を誰かに押しつけるようなことだってないし。

 

高宮自身も、演技を俳優達に一任している。

 

それなのに、遠くからスタジオで聞こえる別班の怒鳴り声につらそうにしているというのは。

 

ちょっと高宮としても見過ごせなかった。

 

ましてや今は休憩時間である。

 

無言でそっちの撮影現場に行く。

 

まだ若い監督の撮影現場、と言う点では同じだ。

 

スポンサー様が出すように指示した、要するに売りの俳優。

 

大物俳優として、四十年この業界にいて。

 

そしていつの間にか、半分精神の病に足を突っ込みかけているオッサンがまだ周囲を怒鳴っていた。

 

スタッフにまで当たり散らしているので。

 

肩を掴む。

 

喚きながら振り返ったそいつは、高宮の幽霊みたいな姿を見て、絶句。

 

流石に押し黙っていた。

 

「他の撮影現場まで怒鳴り声が響いていますよ。 少し静かにして貰えますか?」

 

「……」

 

話が通じる相手ではない。

 

以前幽霊を題材にした映画を撮影したとき。高宮は幽霊の格好をしている俳優よりも。素で幽霊みたいだと言われていたくらいである。

 

ましてや今は意図的に圧をかけた。

 

それなりにIQがある高宮は、効果的な圧のかけ方を知っていた。

 

「す、すまなかった」

 

「いいんですよ。 ただもしこれ以上ぎゃんぎゃん怒鳴るようだったら、帝王石鹸さんに苦情を入れますので」

 

「お、おいっ」

 

「貴方の怒鳴り声、此方でも録音しています。 自分一人で怒鳴るなら兎も角、他の撮影にまで迷惑掛けないでくださいね?」

 

視線を叩き込む。

 

文字通り、千年呪ってくる凶悪な怨霊の視線だ。

 

それを見て完全に沈黙した「大御所俳優」。

 

後はその場を後にする。

 

近年は柔軟に、動画配信サイトなどで活動をして。それなりに受け入れられているベテランもいる中。

 

大御所という立場に胡座を掻いて。

 

実力でのし上がったわけでもないのに。コネを使ってのし上がってきたことを実力と勘違いし。

 

更には心の病気まで発症した挙げ句。

 

こうやって暴れ回る大御所もいる。

 

どっちにしても病んだ業界だ。

 

なんとかしなければならないとおもっている監督は他にもいて欲しいものなのだけれども。

 

撮影現場に戻る。

 

ずっとわめき散らしていた「大御所俳優」が静かになったので。

 

皆、多少は高宮に感謝していただろうか。

 

いや、幽霊のようにふらっと戻ったので。

 

そもそもそれを高宮がやった事すら、気付いていないかも知れない。

 

いずれにしても圧はかけた。

 

更に奴のスポンサーの名前を直接出した。

 

昔なら兎も角、今は「アカデミー賞」受賞監督だ。

 

はっきり言ってへそで茶が湧くレベルでなんの感慨も持ってはいないけれども。これは利用できるのも事実である。

 

だから高宮はバカを遠ざけるために利用する。

 

もたついていたらバカが近寄ってくるだろうが。

 

遠ざけるために使い。

 

例え虚名であっても。

 

効果的に利用してやろうと、高宮は思っていた。

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