謎の映画監督の物語 無の映画監督   作:dwwyakata@2024

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謎映画を作り続ける高宮監督。

その映画に採用する俳優のオーディションも、奇怪極まりない内容でした。


深淵オーディション
序、もはや理解の範疇外


アカデミー賞映画直後、という事もある。

 

女優の卵、日野茜がオーディション会場に出ると、それなりの人数の候補者が出ていた。

 

高宮監督は筋金入りの変人と聞かされているので。

 

今の時点で既に緊張がマックスである。

 

これが最後の戦いと思え。

 

そう自分に言い聞かせながら、緊張を必死に押し殺す。

 

オーディション会場は、配給会社の一室だったが。既に来ていた俳優や女優は一人ずつ呼ばれているようだった。

 

そして全員が、例外なく青い顔をして出てくる。

 

一体どんなオーディションが行われているのか。

 

まさか枕関係とか。

 

いや、流石にこの人数を全員。

 

首を横に振って、怖い想像を追い払う。

 

いずれにしても、ここから先は、想像もしたことがない恐ろしい場所なのは確かなようだった。

 

ともかく、順番を待つ。

 

泣きながら出てくる子はいないが。

 

なんだか深淵の邪神を見たような顔になっている子が多かった。

 

SAN値が心配になりそうな状況の子もいる。

 

場慣れしているはずの俳優達だ。

 

それがこうなっているのである。

 

まさに恐ろしい話だった。

 

とにかく、順番を待つ。

 

実際このオーディションが駄目だったら、茜は首を言い渡される可能性がある。

 

もう随分、オーディションに受かっていない。

 

モブですら駄目なのである。

 

これはかなり厳しい状態だ。

 

もしも駄目だったら、俳優は諦めよう。

 

そう考えている内に、茜の番が来た。

 

ついに来てしまった。

 

呼ばれて、部屋に入る。面接と同じように、色々なマナーを守って部屋に入ると、思わずひっと声が漏れていた。

 

奧にいるのは、パーカーにサングラス、マスクをした不審者そのものの人物だ。それもタッパがかなりあるから、はっきりいってこわい。

 

長身の女性だとは聞いていたが。

 

その良さを全て消し去り、恐怖にだけ置き換えている。

 

更に、だ。

 

どういうわけなのか、いきなり手元にあるキーボードを叩き始める。

 

凄いスピードだ。

 

打鍵速度が凄い人は何人か見たことはあるが、その中でもトップクラスだと言えるだろう。

 

更にターンとエンターキーを高宮監督らしき人物が叩くと。

 

いきなり音声合成ソフトが喋り始めた。

 

確かボイスロイドとかいうのか。

 

コレを使う動画が非常に多いので。当然現代っ子である茜も、それについては知っていた。

 

「高宮葵です。 それでは自己紹介をお願いします」

 

「は、はいっ!」

 

立ち上がって、自己紹介をする。

 

何度も練習してきたのだが。

 

この部屋は明らかに異空間だ。

 

部屋は面接をする雰囲気ではなくて、なんか部屋中が妙な感じにデコレーションされている。

 

まるで邪神のおなかの中。

 

こんな場所で、面接なんて初めてである。

 

しかも前に座っているのは、完全に人相を隠した不審者の権化。

 

ついでに自分では喋らないときた。

 

「わかりました。 高宮の映画の世間的な評判は、聞いていますね」

 

「は、はい……その、哲学的な映画を撮る人だと」

 

「……」

 

何か逆鱗を踏んだか。

 

いずれにしても、真っ青になる。

 

まさかこんな調子で、クソ映画と答える俳優を探しているのではあるまいか。

 

撮影現場はホワイトそのものだと聞いていたのに。

 

どうしてこんな怖い目にあっているのだろう。

 

泣きたくなる。

 

だけれども、茜はぐっと堪えた。

 

「そ、その、とても変わった映画を撮ると聞いています! 私も一作品だけ拝見しました!」

 

「どれを拝見したのかな」

 

返事が無茶苦茶早い。

 

指が残像を作っている程の打鍵速度だ。

 

これではボイスロイドの方が追いつかないのではあるまいか。

 

「ええと、九作品目です! その、シュールな作品だと思いました!」

 

「本音は?」

 

「え……」

 

「本音ではないね?」

 

まずい。

 

冷や汗が背中を伝う。

 

これは、このまま行くと駄目と言われる。

 

こんな面接はそもそも初めてだが。それでも分かった。百件以上の面接を伊達にこなしていないのだ。

 

泣きそうになりながら、もう本音を言った。

 

「映画として面白くなりそうな所を全部潰している作品だと思いましたっ! ごめんなさい!」

 

「ふっ。 それを高宮の前でいうか。 面白い」

 

「……」

 

涙を堪えるので必死だ。

 

今の台詞だって、可愛いボイスロイドの声で喋られているのである。

 

それなのに威圧感が尋常では無かった。

 

この部屋の雰囲気と。

 

何より不審者全力全開の、高宮監督の威圧感がヤバイのだと思う。

 

茜はなんとか踏みとどまろうとするが。

 

上手く行くだろうか。

 

いずれにしても、ぎゅっと膝の上で拳を握りしめることしか出来ない。

 

深淵の邪神を間近にしたような恐怖で。

 

もう正気を保つだけで精一杯だった。

 

まどに一杯なにかいても驚かないと思う。

 

ああ窓に窓に。

 

なんだか正気がなくなりそうな気がする。

 

「じゃ、結果は後で知らせるので。 もう戻ってよろしいですよ」

 

「え……は、はい。 演技とかは……」

 

「いや、もう実際の様子は見せてもらったので」

 

「?」

 

なにやら打鍵し始めているのを見ると、何か評価をつけているらしい。

 

仕方が無い。

 

面接の部屋を後にする。

 

続いている他の俳優や女優達は。

 

みんな青ざめて出てくる俳優や女優を見て、何をされるのだろうと戦々恐々の様子だった。

 

安心しろ。

 

下手すると発狂するかも知れないが。

 

安易に枕営業とかはさせられないから。

 

ただ、多分だけれども。

 

もっと怖い目にあうけれども。

 

そう呟きながら、茜はそのまま。

 

営業と一緒に、ビルを後にする。

 

営業が何か言っていたが、殆ど右から左へ抜けてしまって、頭に入らなかった。

 

それくらい、恐怖で受けたダメージが大きかったと言う事だ。

 

途中から営業も諦めたのか、何か言うのをやめた。

 

そのまま駅で解散する。

 

生きて家まで戻れるだろうかと、茜は心配したが。

 

泥酔していても自宅まで案外戻れるように。

 

普通に戻る事が出来たので、良かったとする。

 

ただ、家に着くなり洗面器に戻した。

 

別に酒なんかいれていないのに。

 

それくらい恐ろしかったのだ。

 

他の俳優があんな恐怖を味あわされていたのかどうかは分からないけれども。それでも茜が味わった恐怖は本物だった。

 

良く心地よい空間を母の体内のようだの何だのと言う事があるけれども。

 

あの面接会場は、圧迫面接だとか、枕営業だとかの場とは違うものだったと判断していい。

 

それこそ邪神の胃袋の中。

 

下手をすると、そのまま正気度を失って。

 

最終的には。

 

ひっと声が漏れて、思わずもう一度吐いていた。

 

喉が焼けるようにいたい。

 

胃酸が喉で色々悪さをしているのだ。

 

声優ほどでは無いにしても、俳優である茜にとっては喉はとっても大事なものだ。だから、すぐに処置をする。

 

うがいをして。必死に痛みを緩和するが。

 

呼吸を整えながら、なんとかある程度落ち着いた頃には。

 

今日食べただろうものを、全部戻してしまっていた。

 

洗面器にたまった吐瀉物を流す。

 

涙を何度か拭いながら。

 

もしもあのオーディションに受かったら。

 

あの監督に、気に入られたと言う事だろうと思ってぞっとする。

 

ただ、そもそもだ。

 

あの監督のオーディションが、あんなに厳しかったという話は聞いていない。

 

実は以前にあの監督の映画に出た俳優に話を聞いたのだけれども。その時はそもそも面接に監督は出てこなかったらしいし。

 

オーディションにもほとんど誰も来なかったので。

 

すんなり決まったそうである。

 

それがどうしてか。

 

いや、分かりきっている。

 

アカデミー賞だ。

 

誰も彼もが、アカデミー賞の名前に寄ってきた。

 

だから、あの監督も。

 

ふるいを厳しくするつもりになったのだろう。

 

そして、その結果。邪神が本性を現した、というわけだ。

 

恐ろしい話だ。

 

本当に怖い。今でも、窓の外に何かが貼り付いていて。此方を覗いているような恐怖を感じる。

 

布団にくるまって寝る。

 

恐怖で、ずっと震えが止まらなかった。

 

 

 

都合120人強のオーディションを終えた高宮葵は、大きくため息をついていた。

 

肩を自分で揉みながら、結果を見る。

 

そして、すぐに会社に通知した。

 

元々数人程度しか俳優を使わない高宮の映画だ。

 

それも意図的につまらなくしている作品だ。

 

それなのに、120人もオーディションに来るとは。

 

以前は無名監督の上に、クソ映画で有名だったから、殆どオーディションに人なんて来なかったのに。

 

現金なものである。

 

なお、背後に暴力団だの半グレだのがいる事務所もあったが。

 

それらは基本的に断った。

 

だが、それらの事務所の二次団体が存在する。

 

俳優事務所にしてもアイドル事務所にしても、どんどんランクが下がると背後関係が怪しくなる。

 

勿論ランクが上の方でも背後関係が怪しいものもある。

 

そんなものだ。現状の芸能界というものは。

 

そういう怪しい事務所から派遣されてきていたのもいたので。それは後から調べて弾いておいた。

 

何人かを会社に告げて、採用として。

 

後は撮影の準備を始めるとするが。

 

一人気になったのがいる。

 

この地獄みたいな雰囲気の面接で、それでも本音を口にしたのがいた。

 

日野茜だったか。

 

もしも演技力次第では、今後も使ってやってもいいかなと思う。

 

まあそもそもだ。

 

高宮の映画では、演技力が極めて高い映画俳優なんて今まで使った事がなかった、というのもある。

 

高宮の映画で、無茶な注文をうけながら。

 

腕を上げていけば良いだろう。

 

あの様子だと、一応劇団とかを通って来ている、それなりに修羅場で揉まれて来た俳優とみた。

 

一番まずいのはアイドル崩れとかアイドルとかで。

 

そういうのはプライドばかり高かったり、演技のえの字も知らなかったりで。指導にも苦労するものなのだが。

 

きちんと劇団経由でこの業界に来ているという事は。

 

それなりに基礎は出来ているだろう。

 

だが、そんな人材がこうも全く仕事がとれないというのは。

 

何というか、業界の闇を感じてしまう。

 

重要なのはコネと金か。

 

はっきりいって反吐が出る。

 

海の向こうの、映画の本場米国でもその辺りは同じだと聞く。

 

だから、人間とはそういうものだと言う事なのだけれども。それでも不愉快なものは不愉快である。

 

さて、と。

 

会社に連絡は終えたので。

 

色々片付けて家に帰るとする。

 

それにしても近年のボイスロイドは優秀だなあと感心してしまった。

 

キーボードでタカタカターンと打ってやれば。

 

抑揚とかもほぼ完璧に喋ってくれる。

 

以前も必要に応じて使った事があった。

 

映画で、だが。

 

クソ映画での使用にもかかわらず、規約さえ守ればちゃんと許可してくれたのは懐が深い。

 

その縁もあって、今回も面接で使わせてしまったのだが。

 

圧をかける目的で使ってしまったのは、ちょっとばかり申し訳ないかなとも思ったりはした。

 

ノートの電源を落としてしまって、それで帰る事にする。

 

帰路は比較的楽だった。

 

まあ、これで映画の撮影に入ることが出来る。

 

今回は、アカデミー賞云々で色々ばたついた事もあって。本来だったらとっくに撮影を開始している新映画の撮影まで、手間暇が掛かってしまった。

 

ただ、それでも今も映画館では高宮の映画が公開され。

 

ホラー映画とは別の意味で阿鼻叫喚が続いているようだ。

 

中には高宮の映画を最初のシリーズから順番に流している奇特な映画館も存在しているらしく。

 

SNSでは全て見たら気が狂いそうになったと、とても素晴らしい褒め言葉を書き込んでいるユーザーもいた。

 

まあ感謝である。

 

そもそもクッソつまらないように敢えて作っているのだ。

 

見て面白かったというのは余程の事である。

 

つまらない映画をわざわざぶっ通しで見続ければ、それは精神に色々アレな異常が出るのも当然であって。

 

高宮としてはその反応こそ望んでいたものだった。

 

自宅に安全運転で帰宅。

 

後は寝る。

 

高宮は酒の類はほぼ入れない。

 

一応宴会とかでは飲むには飲むが、それも業病の流行以来めっきり減った。

 

更には、酒そのものが好きでは無い。

 

何というか、元からある精神とは別のものを無理矢理持ってきているような感じがするからだ。

 

だから、高宮は酒を普段は飲まない。

 

冷蔵庫にも入っていない。

 

また、別にねむるのに酒を使うつもりもない。

 

そもそも、不規則な生活をしていてねむれなくなるようでは。

 

酒云々関係無いし。

 

だいたい連日酒を飲んでいたら。

 

沈黙の臓器と言われる肝臓だって悲鳴を上げる。

 

どれだけ酒に強くとも、だ。

 

まあそれらはそれら。

 

実際の所は単に酒が好きでは無いだけ。

 

酒が好きな人の事を貶める気は無い。ただ、健康は少し心配かなあと思うけれども。

 

次の映画は、得体が知れない何かに襲われ続けるホラーという皮を被った虚無作品を撮るつもりだ。

 

アルティメットコメディーシリーズの第十二作。

 

ハイペースで映画を撮り続けているが。

 

誰も新作が出る事なんて望んでいないだろう。

 

意識が高い所に逝ってしまった業界人以外は。

 

さて、どんどん意図的につまらなくしている作品を作っていってやろう。

 

それで、目的に近付くのだ。

 

ずっと昔から。

 

高宮が、温めてきた目的に。

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