謎の映画監督の物語 無の映画監督 作:dwwyakata@2024
スペックの無駄遣いここにきわまれり。
高宮監督は黙々と撮影を続ける。
茜は多少は、顔色が良くなって来たかも知れない。
他の俳優達がもう正気度が底をつきかけて、時々虚空を見てぼんやりしていたりするのを、さりげなくフォローしたり。
疲れている相手に対して、ある程度サポートしたりと。
少しずつ、スタジオで動けるようになっていた。
高宮監督は完全にマイペースだが。
どうやら茜が見た所、結構柔軟に撮影のスケジュールを入れ替えているらしい。
脳内でどういう風に撮影するか、順番とかを全て完璧に決めているのだとすると。
やはり怪物じみている、という言葉しか出てこないのが実情だ。
ともかく、撮影はクライマックスに入った。
怪物によって、街が襲撃され。
辺りが阿鼻叫喚の地獄絵図と化す様子が描かれる。
パニック映画だったら山場になる所の筈なのだけれども。
実際には、何というか殺風景極まりなく。
恐怖感どころか、盛り上がりも皆無になるだろう状況になっていた。
一応大道具小道具が頑張って色々やってくれているのだけれども。
恐らくだが。
高宮監督は、恐怖を煽る演出も。
或いはクライマックスで盛り上がる演出も。
ことごとくを潰して、無味乾燥な代物にしてしまうだろうという予感がある。頑張って皆が演技をしても。
それは無味乾燥の、恐ろしい代物になってしまうのだ。
それこそ、五分で寝るいや三分で充分。
そう言われている代物に、だ。
恐ろしい。
意図的にそれらをやっているとしたら、本当に目的は何なのだろう。
クライマックスのシーンを撮っていくが。スタジオ外でも撮影は行っていく。
流石にスタジオでも、あらゆるシチュエーションを再現出来る訳では無い。
良く特撮で、謎の赤土の崖地とか。
謎の工場とかが出てくるが。
あれらは撮影の名所として使われている場所であって。
スタジオの中にある訳では無い。
そういう場所も、撮影に使う。
勿論撮影に使える期間は限られているので。
そういう場所で撮影をするときは、色々と大変だ。
ともかく全く盛り上がらないクライマックスを取り終えて。
映画の撮影はどうにか一段落したと思う。
後はスタジオに戻って、細かい所を順番に撮っていけば終わりなのだけれども。役者の顔はみんな死んでいた。
まあそうだろう。
茜だっていつそうなってもおかしくない。
狂気に満ちた脚本。
恐怖の権化の監督。
どっちも正気度を削り取って行くには充分過ぎる程だ。
それほどに恐ろしいのだから、まあ当然と言えるだろう。
「では、今日はここで解散」
しかしながら、だ。
出先で撮影をした後。その場で解散を指示する高宮監督。まだ三時くらいである。
皆驚いた顔をしていたが。
茜は、何となくそうなるのではないかと思ったので、淡々と帰宅の準備を始めていた。俳優の一人が、流石に慌てていたが。
咳払い一つで、場が静寂になる。
高宮監督の咳払いは、それだけの圧があった。
「心配しなくても、撮影はスケジュール通りに進んでいるので、気にしないように。 それより皆疲れている様子だから、早めに帰って休むように」
「はい、解散解散」
手を叩いたのは、全く存在感がない副監督。
そういえば聞いた事がある。
高宮監督は、以前副監督を途中で首にして、そのまんま撮影を続けた事があるのだとか。
その事もあるのだろう。
以降副監督は、サポート役では無い。
置物としての役割しか、求められていないのだそうだ。
ともかく解散となる。
普通だったら、若さ溢れる皆がそのまんま遊びに出たりするのだろうが。流石に高宮監督の現場で正気度を失いかけている状態だ。
皆、そのまま帰宅するようだった。
茜もそのまま帰宅する。
流石にこの時間は、帰りの電車もガラガラだった、
有り難い話ではあるのだが。
それもまた、不思議な気分だった。
翌日からは、休みがまばらに入るようになった。
撮影に人数が必要なシーンを先に撮影しておいて。
後からこういう風に、それぞれに休みを入れていく。
それが高宮監督の撮影の仕方らしい。
非常に先進的ではあるのだけれども。これって、撮影の内容とか順番とかが、脳内に全部先に入っていないととてもできない。
管理ソフトとかで色々対応する方法もあるのだが。
そもそも役作りとかをしっかりやっている場合。
それだって、きちんとやれるかはかなり怪しい所だろうと茜は思う。
つまり、敢えてクソ映画を作っている高宮監督だから出来る手法であって。しかも高宮監督はスペックが恐らくは凄まじく高い。
そのスペックを壮絶に無駄遣いしている。
その結論で、間違いは無さそうだった。
自宅に着いたのは、まだ夕方前。
とりあえず、今日は自炊しようと思って、素材をスーパーで買ってきた。
劇団員だった頃の方が忙しいくらいだ。
ともかく自炊をして、風呂に入って。疲れを取って。手作りの夕食を口にすることする。
そのまましばらく無言で過ごしていると。
SNSをふと思い当たって、確認した。
そういえばアカデミー賞監督だ。
更に、やっと見に来ている人が増え始めていると言う事で、つぎの映画にも期待が掛かっているはず。
そろそろ特集とかやっているのだろうなと思ったら。
SNSの方がむしろ盛り上がっていた。
「何だか次はパニックホラーらしいぜ」
「パニックホラーか。 多分内容を誰も理解出来なくて、観客がパニックを起こすんだろうな……」
「違いない(笑)」
「サメとかワニとか今までもあったらしいな。 どんなだった?」
見ない方が良いぞと即答されていて、それで内容を察するらしい周囲の人々。
流石に高宮監督の作品を、全部寝ずに観る強者は多くは無いらしい。
ただ、それでもちらほらとはいるようだ。
「新作が出るらしいって事で、今までの高宮の作品全部見た。 勿論寝ずに」
「すごいな。 それでどうだった?」
「砂を噛みながら、石抱きをさせられている気分だった」
「そうか……お疲れ」
石抱きというのは江戸時代の有名な拷問だが。
実際に行われていたのかどうかはよく分かっていない。
本当に行っていたのなら、恐らくだが足が潰れて二度と立てなくなってしまっただろう事は疑いない。
昔は拷問で吐かせる方法がかなり多かったのも事実で。
それで無実の人間を犯罪者にしたてるケースも少なくなかったようだ。
ただ、江戸時代のいわゆる岡っ引きは、元犯罪者がなるケースが多かった。
これは犯罪者の手口を知り尽くしているからで。
拷問で体を壊されてしまった場合は、岡っ引きになる事はできなかっただろうと言う事もある。
或いは、そういうものなのかも知れない。
あくまで伝説は伝説だ。
「この間、ちらっと撮影の様子みたぜ」
「ああ、ネタバレしない程度に頼む」
「ネタバレも何も、見ていて何もわからんかったよ。 それに役者達みんな目が死んでた」
「いつもそうらしいな。 まあ映画を見る俺らの目も死ぬんだけどな」
なる程。
どうやら客観的に見てもそう見えるらしい。
一時期はともかく。
今の時代、特に子役などは非常に過酷な扱いを受けている。
子役の目が死んでいる、というのは有名な話で。
俳優への道をさっさと諦め。
演技のノウハウを生かして、声優に行く者も多い。
そういう者がかなり成功したりするのだ。
声優に行った人間を馬鹿にする俳優もいるようだが。
俳優のブラックぶり。
勘違いした大御所の滑稽さ。
それを考えると、声優になった方がまだマシだと茜は思う。まあそれはそれ、これはこれだが。
「何か他に情報とかは?」
「うーん、あったとしてもどうせ次も虚無で見る睡眠導入剤だろ?」
「う、うん、それは何となく予想は出来る」
「だったらもう出るのを素直に待てよ。 かなり早いペースで撮影いつもしてるみたいだし。 アナウンスがあったという事は、その内出るだろ」
まあ、撮影ももう佳境だ。
このSNSでの発言は正しい。
SNSは所詮SNS。
頓珍漢な話が蔓延る事も多いし。SNSの運営を含めて話を聞けない奴もたくさんうごめいているものなのだけれども。
それでも、今回は概ね正解が話されていたように思う。
時間が余ったので、演技などの練習をしておく。
高宮監督はNGをほぼ出さない。
そういう事もあって、多分あの場所にいたら鈍る。そう判断しての事だ。
しばらく演技について色々練習をしておく。
そうすると、何となく勘を取り戻した気がするが。
単にそう思い込んだだけ、という可能性も高い。今までちょっと正気度を失う職場にいたからだ。
だからこそ、練習はしなければならない。
何でもOKを出していた高宮監督のやり方は、演劇をやってきた人間としてはあまり褒められないものだと思う。
ストイックな茜には、素直にそう考える事が出来ていた。
幸い、この部屋は防音仕様だ。
ある程度訓練くらいしたって、隣から苦情が来る事も無いし。
別に演劇の練習は、声を出すだけでもない。
無言で、黙々淡々と作業をしていく。
そして、しばらく思う存分演技の練習をしたら。
後は寝ることにした。
丁度時間も良い感じだ。夕食も、久々にコンビニ弁当ではなかった。
定時で帰れる。
いつの間にか、この日本では殆ど無くなってしまった概念だ。
わずかな例外だけはリモートで仕事をするようになり。
それ以外はブラック企業で命の残りカスまで絞られている。
本当に、貧困は余裕の全てを奪う。
それが現実なのだと、思い知らされる。
そして、余裕を奪われた人間は。
何もかもを失うのだとも。
映画の撮影がほぼ終わる。
やっとか、という気持ちと同時に。これがどんな映画になるのかという恐怖もあった。何しろ、そもそも演じていた上に。脚本まで読んでいたにもかかわらず。最後まで話がさっぱり理解出来なかったのである。
これは茜以外の俳優もみんなそうだったようで。
最後の方は口から魂が出ている俳優も目立つようになっていた。
ともかくドラマとかの撮影ではないので、毎週撮影をする、というような状態ではなかったとはいえ。
それでも色々厳しかったのも事実で。
むしろ仕事のスケジュールはホワイトだったのに。
それでも精神的な体調を崩す俳優が目立っていた。
かくいう茜もそれは同じである。
心から色々大事なものが抜け落ちた気がする。
最後はポエムを呟きながらふらふらと廃墟のセットを歩き。
そして謎の怪物に横からばっくりいかれるシーンで映画は終わる。
とびっきしのバッドエンドとも言えるが。
しかしながらパニックホラーはそういうものだ。
グッドエンドで終わる方が珍しいというか異端である。
というわけで、まあまともな終わり方なのだと思う。
ただ、殆ど正体不明の何かが出てこないか、恐らくはCGでこれから作られる上に。
何よりも役者もそれがどんなものなのか知らされていないという事もあって。
結局の所、茜にもどうすれば良かったのか。
正解は最初から最後まで分からなかった。
ともかく、だ。
茜のぶんの撮影は終わった。
これからは、もしも撮り直しがあるなら対応しなければならないし。その場合にはまた此処に、つまり高宮監督の所に来なければならないが。
そもそも初出演は良いとして。
まだまだ食っていける状況では無い。
だから、仕事を探しに、あの営業と一緒に面接を受ける日々の始まりである。
ただ、撮影終了から一週間ほどは待つようにと高宮監督からお達しが行っているようなので。
その間は休む事が出来そうだった。
しばしお言葉に甘えて休む事にする。
この、しっかり休ませてくれることだけは、間違いなく感謝する所である。
実際問題、正気度をゴリゴリやられていた俳優も。
この高宮監督の方針だけは、全員が指示していたし。
何より職場の空気が良かったのも事実だった。
精神面では色々と来る物があったのだけれども。それはそれ、これはこれというものである。
ともかく、撮影は終わった。
深淵の邪神に側で見られる仕事は終わった、と言う事だ。
自宅に昼には戻る。
後は人がいない部分の撮影を幾つかして、それで終わりらしい。
エキストラすら使わず。
ひたすらシュールな絵面が繰り返されるパニックホラーと称する何かよく分からない代物。
それに出る事が出来たのは、名誉なのか。
映画業界では、高宮監督の評価は極めて高い。
高尚な哲学的命題を含んでいる作品を作ると、何人もの大御所評論家が絶賛しているし。滅多に取材は受けないものの。役者などが受けた取材でも、それについては証言をしているようだ。
だから、本来は名誉なはずだ。
だが世間的には高宮監督の映画はクソ映画の見本。
エドウッドの再来という言葉すらあるらしい。
エドウッド自身については茜もちょっと調べた程度だが、本人はとても人格的に優れた人物で。
周囲には友人にも恵まれ。
愛する家族もいて。
しかしながら、映画の才能だけがなかった、という可哀想な人であったらしい。
映画の出来は最悪を極めていたが。
それでも映画に対する熱意だけは本物だったのだ。
それを思うと。
意図的にクソ映画を作り。
それを面白くしようとせずに虚無にしている高宮監督は、むしろ全く別方向の存在ではないかと思えてならない。
ともかく、終わったと思うと。
どっと疲れが来て、そのまま夕方まで寝てしまった。
若いうちは、それでも夜にまた眠れる。
ベテランの劇団員に聞かされた事があるが。
三十を超すと徹夜で受けるダメージが、露骨に命を削っていると分かるようになってくるそうだ。
シフトなどで仕事をしている人は、それでどんどん寿命を抉られていき。
体の中を滅茶苦茶にされるか。
或いは自律神経をやられるかで。
結局の所、まともな老後なんて送ることはできないらしい。
だから、生活リズムを狂わせるのは良い事では無いし。
徹夜で仕事をするなんて本来は論外だ。
会社のもうけのためにそんな事をするのは馬鹿馬鹿しい話である。
ましてや、「代わりは幾らでもいる」等と宣う連中が、そういう無茶をどんどんやらせていった結果。
どんな業界でも、今は人材がいなくなっている。
それを考えると。
色々と、忌むべき事であるし。
何よりそれをさせなかった高宮監督は、そっちの方では尊敬できる。
なんだかわからない人だ。
深淵の邪神そのものとしか思えない一方で。
職場は本当にホワイトだったし。
俳優のことだって大事にしてくれていた。
セットなどを自分で朝一番に来て確認している様子は、正直な話劇団関係者としては感動すら覚えた。
そういう事をしてくれる監督なんて、滅多にいない。
それが出来るのは、本当に凄い事だと思うし。
アカデミー賞などを取っても一切驕らないのも、素晴らしいと思うが。
一方で、やはり。
非人間的というか。
得体が知れない面ばかり目立つのも、残念ながら事実だった。
夕方に起きだしてから、色々とそんな事をぼんやり思う。
とにかく凄く疲れが溜まっているようだ。
会社からメールが来ていた。
その内容を見て、ぞっとした。
「どうやら高宮監督が君の事を気に入ったらしい。 次の映画でも、主役では無いが使いたいらいしから、ストックしてほしいと連絡が来たそうだ。 明日から面接を受けて貰うつもりだったが、というわけで仕事が入った。 悪い意味ではあるのだけれども、高宮監督に今話題性があるのは事実だ。 うちの事務所としても、話題性には出来るだけ乗って起きたい。 というわけで面接は必要はない。 しばらくは休みになるから、自腹でいいなら温泉なりなんなりで休んでくるといい」
さいですか。
気に入られてしまいましたか。
血の気が引く音を聞いたのは、始めてかも知れない。
本当にそんな音がした気がした。
劇の参考にと、色々な作品を観てきた。
本当に怖いホラー作品も幾つか見てきたし。それらを見た後は恐怖ですくみ上がる気分だった。
それなのに、である。
それらとは比較にならない恐怖が、茜の中で駆け巡っていた。
幽霊だのクリーチャーだのなんて、はっきり言って怖くも何ともない。
この恐怖。
まさに側に邪神がいて、舌なめずりしているのを実体験したようなものだ。
悲鳴を上げて布団に潜り込みたくなったが。そんな程度で消せる恐怖ではない。
全身が鳥肌になり。
そして涙が流れてきた。
笑い始める。
人は本当に怖いとき、どう振る舞うか。色々あるらしいと聞いたことはあるのだけれども。
怖がらされた後、怒る人、泣く人、色々いるらしいが。
その後恐怖で笑い出してしまう人もいるそうだ。
茜がそうだった。
そうだったのだ。
ともかく。そのダメージはもうはっきりいってどうしようも無いとしか言えないので。茜はもはや、引きつった笑いを、部屋の中で続けるしかなかった。
そして、何となく悟る。
今後、高宮映画の顔として。
日野茜という名前が出るのではないかと。
現在日本を代表するクソ映画監督の顔。
それは、俳優として名誉な事なのだろうか。
いや、違う。
名誉なわけがない。
高宮監督は、それにだ。確かに本当に得体が知れない人ではあるけれども。監督としてはとても立派だった。
俳優に対する配慮なども、しっかりしてくれる人だ。
怖いけど。
人じゃなくて、邪神かも知れないけれど。
ともかく。そういう風に貶めるのは駄目だ。それについては。茜もそう判断出来る分別くらいはついていた。
恐怖が収まってきた後、何度も頬を叩く。
そして、自分を戒めた。
茜は役者だ。
だったら、役者として。どんだけつまらなく作ろうとしている高宮監督の映画であっても。
それを台無しにするくらいの演技をしてやればいいのだと思う。
高宮監督が、何を考えて何もかも面白さを映画から奪い去っているかは分からない。
それでも、役者が出来るのは。
それに反抗するくらいの、演技をしてみせる事だ。
脚本を見る。
はっきりいって最初から最後まで、ストーリーすら理解出来ない代物だった。他の映画を見もしたが、それらも全て同じで。
しかも高宮監督は、十中八九意図的にそうしている。
だから、理解出来ないのは当然の事であるのだし。
何も恥ずかしがる事などはない。
茜はこれからやらなければならない。
もしも高宮監督に気に入られてしまったのなら。
そのクソ映画の中で、最高の俳優として、必死にもがいて頑張り続けなければならないのだ。
それが俳優としての矜恃。
俳優としての意地。
それを守り通すことを、これから本気で考えなければならなかった。
温泉宿に連絡を入れる。
今、業病もあって観光地はガラガラだ。
だから、簡単に予約は取ることが出来た。
すぐに温泉に行く事にする。もしも呼び戻されたときは、その時はその時だ。今は温泉で、少しでも体のダメージをとっておきたい。
まだ若いんだから、寝ていれば回復するという事もちらっと考えたのだが。
これはこれで、気持ちの問題である。
高宮監督という恐怖の存在の映画に出て。
その後、必死にそれに抗い続けた。
そして最後に究極の恐怖を喰らって。精神崩壊しかけたけれども。それでもまだなんとかやっていくと決めたのだ。
だから、気持ちを入れ替えるためにも。
温泉に出向いて。
それで何とか、少しでも精神的な体調を立て直したい。
それが、今の茜の気持ちであり、やる事だった。
そうと決まれば話は早い。
その日はぐっすり眠って。
翌朝一番に電車に乗り。揺られながら、温泉地に向かった。
そのまま温泉に泊まる。
疲労回復で有名な温泉だ
状況が状況なので温泉も殆ど一人で独占できたし。
旅館でも、料理をしっかり振る舞ってくれた。
こういう所はいま大変だろうなとおもうのだけれども。
それでも、一人でも泊まれば少しはマシになるだろう。
なんだかいわゆる陽キャというのか。
何も考えていなさそうなのが、マスクもしないでぎゃあぎゃあ騒ぎながらうろついていたので、さっと避ける。
ああいうのとは関わらないのが一番だ。
ナンパでもされたら最悪である。
そのまま、さっさと温泉宿に戻ると。
後は床を温めて。
徹底的に眠り。
今回の撮影で溜まった、心と体の疲れを、最後の一滴まで取り去る事にした。
大丈夫。
日野茜はまだ若いのだ。体についても、そうおうに鍛えている自負はある。
だから、そうやって寝ていれば回復は出来る。
そう信じて。ひたすら温泉宿の布団で、茜は睡眠を貪り続けたのだった。