謎の映画監督の物語 無の映画監督 作:dwwyakata@2024
映画が放映され始めた。
前作、アカデミー賞取得直後の第十一作目。何の悪い冗談か、アルティメットコメディーシリーズとか名付けられているらしい作品群の一つが。興行的には充分に黒字であったという事もあるらしいが。
その結果か。
今回も、怖い者見たさか、相当な客が入っているようだ。
そして茜も、それにあわせて、事前の言葉通り高宮監督に呼び出されて。
今、映画が流されているのを余所に。
配給会社の一室に来ていた。
「君は逸材だ。 今後、私が映画監督の仕事をする限り、作品には是非出て貰いたいと思っている」
「は、はい……」
「ふふ、怖れているようでも分かる。 その心には反骨が満ちている。 少しでも内容を理解しよう。 役者として最高の演技をしようと考えている。 それが私には好ましいんだ」
さいですか。もうクラクラしていて、恐怖で漏らしそうなんですけれど。
そう言いたかったが、必死に言葉を飲み込んだ。
そして、脚本を渡された。
しっかり読み込んでくるように、と。
更に念押しに言われる。
「私はその脚本について一切説明はしない。 自分で丁寧に読み込んで、内容を自分なりに理解してほしい」
出来るか、と叫びたかったが。
勿論立場的にそれは許されない。
気に入られた相手は邪神だが。
セクハラもパワハラも絶対にしない相手だ。そういう意味では、何というか極めてタチが悪い支配者ではあるのだが。
ディストピアの主のようである。
「私はそれで得られる輝きがほしい。 ただ、先に言っておくが、当面その輝きは表に出ない。 覚悟はしておいてほしい」
「……」
「それでは撮影を本格的に始めるから、明日から頼むよ」
こくりと頷くと、部屋を出た。
何となく分かってきた。
高宮監督は、何かの理由でクソ映画を撮っているが。いつかそれを止めるつもりなのだろう。
それの理由はよく分からないけれども、それは分かった。
そうでなければ、「当分」なんて言わないだろう。
だからこそ、茜は抗いたい。
高宮監督の映画で、砂を噛むような代物に仕上げられたとしても。
存在感がある演技をしたいと。
高宮葵は、駒は揃ったと判断した。
クソ映画を作っているのには当然理由がある。
だけれども。それをやめるのにはまだまだ駄目だ。
ある一点まで仕事を続けてから。
一気に畳みかける。
それまでに「信頼」とやらを得ておかなければならない。会社の信頼、それに業界人の信頼。
それらが依存に変わるのを待ち。
それからひっくり返す。
全ては計画の上だ。
アカデミー賞を取ってしまった時は、流石に困惑したのだが。
いずれはとるつもりだった。
どうせ意識が高い業界人どもなら、いずれは嫌でも押しつけてくるだろうとは思っていたし。
むしろ好都合ではあった。
そこに、日野茜という逸材を見つけた。
そしてもう二人。
手を叩いて、入ってくるように促す。
二人、部屋に入ってくる。
すらっとした、綺麗な女の子。高校を卒業したばかりであるらしい。
もう一人、同年代のように見えるが。
小柄で子供のよう。
むすっとした表情もあって、大変に対照的な二人だった。華やかさと棘だらけの容姿の違いは、特に目立つ。
「貴方が高宮葵監督ですか?」
「いかにも」
「良く私だって分かりましたね」
「ふっ……」
鼻を鳴らす。
そう、この娘こそ、小野寺晴。以前、高宮がわざと駄目映画にしていると指摘してきた人物だ。
SNSでも一応ざっとコメントを目にしているのだが。
それをピンポイントで当てて見せたのは此奴が初めてだった。
SNSにも野生の専門家は埋もれているものなのだが。
それでもまさか、ピンポイントで当ててくる奴がいるとは思わなかったし。興味を持ったのだ。
それで自分なりに調べて、辿りついた。
しかし調べて見て分かったのが。その情報の出所はこの娘ではない。
そうなると参謀がいるという事になる。
そして一月ほど自分で調査を続け。
その盟友を探し出したのだった。
「で、そちらは井伊綾音。 その子の参謀と」
「……そうなる」
「ふっ、では二人を呼んだ理由を話しておこう。 私は君達が睨んだとおり、意図的にクソ映画を撮影している。 理由はまだ話せない。 だけれども、それに君達も噛んでほしい」
先にメリットを提示する。
初任給40万。
二人とも、である。
これは配給会社に交渉した。高卒の二人に、いきなり初任給四十万。本来だったらあり得ない話だが。
この間映画がついに黒字になり。
そして今回の映画も、初日で黒字になっている今。高宮の会社内での発言力はそれだけ高まっている。
だから、許可を通させた。
今後は更に会社内での影響力は強くなる。
その時には、この二人を活用して。
更に計画を早める事が出来るだろう。
「二人への仕事は、これから連絡する。 仕事は受けてくれるか?」
「……」
困惑している様子の小野寺。
それに対して、井伊は肘で小突いていた。
受けておけ、というのだろう。
今の時代。高卒で初任給四十万なんてあり得ない数字である。昔はそれなりにあったらしいが。
腐ったコンサルと、適当に書き散らされたビジネス書。
まだ人材は幾らでもいると考えている阿呆が支配しているブラック企業の群れ。
それにどれだけ給料を絞るかしか考えていない無能な人事。
それらが支配している世界で。
初任給四十万は破格だ。
勿論ボーナスもつく。
更にはブラック労働もさせない。
これからの映画界をになう人材になってもらうつもりだからだ。そんな事をして、人間を潰してしまうつもりはない。
「分かりました。 受けさせていただきます」
「右に同じく」
「結構。 それじゃ、次の映画から、仕事をしてもらうかな」
「……」
まだ困惑している様子の小野寺の手を引いて、井伊が一礼して部屋を出て行く。
あの二人、見た感じ井伊の方に主導権があるようだが。
一方的に井伊が上というわけではなく。
スペックが高い井伊の心の安全弁になっているのが小野寺のようだ。そういう関係は世間では珍しく無い。
さて、次だ。
会社の社長の所にいく。
今回も、高宮の映画は阿鼻叫喚を映画館に引き起こしている。
恐怖から客をおそれさせているのではない。
あまりにもつまらなさすぎるのに、それなのに何故か業界で大絶賛していて。へんな話題性までついたからだ。
そのため、なんと客席満員という事態が起きていると言う。
あの客が入らないということで知られていた高宮映画で、だ。
結果黒字も増えている。
アホな業界人は、やっと客がいい映画を評価できるようになって来たのだとかコメントしているようだが。
実際は違う。
だが、それについてはまだ信頼出来る同志以外には話せない。
社長には、これからある事をやってもらう。
そのためには、直接交渉が不可避だった。
(続)
なんとクソ映画が満員御礼の異常事態が発生します。
加速度的に増える犠牲者!
普通だったら大炎上でも起きそうですが。みんな怖い者見たさで来ているので、よく眠れて実は結構満足して帰っていたりします。
快眠は大事です。
そして高宮監督は、またしても野望に向けた新しいスタッフを手に入れようとしています。