謎の映画監督の物語 無の映画監督 作:dwwyakata@2024
そんな地獄から何とか生きて抜け出した人が、高宮監督の下を訪れようとしています。
また一人。
深淵の触手に掴まったのです。
序、様々な偶然の果てに
高宮の面接に来たのは、見るからにブラック企業でボロボロに使い潰された女だった。
まだ二十代半ばだろう。それなのに明らかに体を悪くしている。
IT関連の業界は、今は地獄だ。
下請け孫請けが当たり前に使われていて。
大量の人材が、文字通りすり潰されながら消耗され。
更に給金は激安。
サービス残業は当たり前。
体育会系の見本。思考能力などなく、ビジネス書とやらを読み飛ばしてマナー講師とやらが適当に作りあげた謎ルールを盲信する猿のような人間が上層部を独占し。
殆どの企業で、怒号が職場で飛び交っている。
そして横文字の謎のシステムを導入して、悦に入るだけで。
実際にはなんら根本的な問題を解決せず。
結局は人材をすり潰しておきながら。
人材がいないだの、会社は学校ではないだの、好きかってほざいている。
それが現実というものだ。
そんな業界でも、ゲーム業界はかなり厳しいという評判だったが。それでも一部の会社は改善が進んでいたようだ。
ただ、改善されていない会社も当然あり。
その黒田という女は。
改善されなかった会社で、働いていたらしかった。
月あたりの労働時間は450時間。
五年ほど働いて、とる事が出来た休日はなんと七日だけ。
それでいながら、給料は手取り17万程度だったそうである。
残業がほとんどサービス残業だったからだ。
その上、企業では毎日怒号も浴びせられていた。
こんな会社でも、労基は入らなかった。
今や労基そのものがブラック企業になりつつあるのだから、それも当然かも知れない。この国だけじゃない。
殆どの国が似たような状況。
つまり、社会そのものが壊れて行っているのだ。
黒田というこの女は。
その犠牲者と言えた。
「CG作成ならある程度出来ます。 ただ通院もあって……」
「仕事内容を見せてくれる?」
「はい」
一応、仕事の内容を見せてもらう。
なかなか出来るじゃないか。
専門の大学で一応きっちり学んできたらしい。
それで。会社では相応の待遇が貰えると思ったのだろう。
甘かった。
あまりにも、甘すぎたのだ。
IT関連でも、ゲーム会社は特に魔郷。
そういう話は昔からあった。
それでも、状態を改善しようとしていた会社もあるにはあった。
だが、どうにもならなかったのだ。
「このCG作成を、どれくらいの時間で出来ますか」
「ええと……」
時間を聞いて、頷く。
それならはっきり言って充分だ。
高宮の映画でのCGは、基本的に映画をつまらなくするために使っているものであって。他の映画のように、美しさを売りにしているものではない。
だからそれでいい。
「週休二日、定時終わりは約束します。 もしも此方が約束をやぶったら即座にやめてくれてかまいません。 ついでに通院日には休み、更にはテレワークを保証しましょう」
「え……」
「採用します」
黒田は呆然としていたようだったが。
これだけの逸材。
家で腐らせておくのはもったいない。
家にそれなりのスペックのPCはあると聞いている。
ならば。テレワークで充分だ。
呆然としている黒田を帰らせる。
井伊が来て、CGの出来をチェックする。
「これは申し分ない実力。 一線級で充分通用する」
「良い人材が捕まったなあ。 そして人材に給金を渡すのは当たり前だからねえ」
「そう考えているのは今時珍しい」
「いいんだよ。 今は普通のが狂ってるんだから」
それについては同感と、井伊は頷く。
さて、次だ。
とりあえず黒田以外に、パートで使えるCGを何人かストックしておきたい。
それには待遇の良さを約束するのが重要だ。
以前は外注の会社に頼んでいたのだが。
そういう会社はだいたい下請け孫請けだ。
だから、いっそのことそういう会社から引き抜いて。
社員待遇で雇いたい所である。
小野寺も来たので、話を聞いてみる。別室で面接は見てもらっていたのだ。
「小野寺からみて、あの黒田というのはどう思う?」
「心が砕けてしまっていますね」
「まあ、そうだろうな……」
「自宅でも仕事が出来るなら、充分でしょう。 それも定時で終わるとなれば、しっかり仕事はしてくれると思います」
同感だ。
とりあえず壊れてしまった内臓を治しつつ、出来る範囲でCGを処理してくれればそれでいい。
この仕事を井伊にやらせるのはちょっと今まで不満だったのだ。
今後井伊はブレインとして動いてほしいのである。
勿論長期的な戦略も共有する。
ただ高宮は映画監督がどうしても忙しい。
だから、動くべき所は井伊にやってもらいたかった。
この間の訴訟では、井伊は殆ど完璧に動いてくれた。
今後もこんな感じでやってほしい所である。
映画のほうも順調である。
この間の映画。「純愛ラブストーリー」と称した虚無映画。アルティメットコメディーシリーズ第十三作も、順当にヒット。映画館は満員御礼で。しかも客は殆どみんな寝ているという謎世界が構築されているらしい。
レビューも面白い。
兎に角よく眠れた。二時間の快眠をとれるので、1500円はむしろ安い。内容はさっぱり理解出来なかったが、不思議と頭に来ない。クソ映画なのは確定だがどうしてか金をドブに捨てた気にはならない。そんな感じだ。
そういったレビューは、意図して作ったとおりに客が感じていると言う事なので、むしろ高宮には好ましい。
逆に、意識高い系の評論家が。
意味不明の評価をして、高宮の作品を絶賛している方がはっきり言って苦笑しか漏れてこない。
高宮としても、こんな連中の評価なんて、どうでもいいと感じている。
実際に意図してもいない事を勝手に想定し。それに基づいて評価をするのだから、実態と乖離するのは当然だ。
それで素晴らしいだの、現代社会の風刺を的確に行っているだの。映画という文化の見本だの。
余程、何も考えずに見ている人間の方が的確に評価をしていると思う。
まあいつの間にか、意識高い系の人間が権威をつくって居座り。映画の評価を独占するようになってしまってから。
この業界は変わった。
本場ハリウッドでもそうだ。
ポリコレ思想に汚染された結果、あらゆる意味で映画はおかしくなっている。
邦画も充分に酷い。
恐らく欧州でも似たような状況だろう。
誰かが、どうにかしなければならないのだ。
だから、高宮がやる。
それだけだ。
手を叩いて、次の面接応募者を呼ぶ。
部屋に入ってきた奴は。ビジネススーツをびしっと決めた青年だが。見た瞬間に分かる体育会系だった。
そしてビジネス書通りに何だか大声で挨拶をして、それからマナー通りに座り。
何か意識高いビジネス書の文言を口にしたが。
その時点で、もうどうでもいいと判断した。
しっしっと追い払いたかったが。
穏便に済ませる。
そのまま、次を呼ぶ。
さっきの黒田という子以外、ろくなのがこないな。
そう思う。
まあそれもそうだろうか。
今、高宮は乗りに乗っている監督として知られている。
映画はクッソつまらない虚無なのに、何故かヒット作が続けて出ており。
そして模倣しようとした者全てが失敗している。
そんな中で、淡々と意味不明の映画を作り続け。
ブームは巻き起こっているのに。
後追いは誰もうまくいかない。
そんな業界の怪奇現象が高宮だ。
映画監督達は、高宮のような映画を作り稼げと言われ。一人もそれを成功させていない。
映画館では、映画放送開始三分で寝る客が出始め。
九割が最後までもたない。
頑張って最後まで映画を見た一割だって、半死半生で。しかも内容が全く頭に入っていない。
それなのに、どうしてか映画館に客は入っている。
どういうことなのか。さっぱり分からない奴は多いと聞く。
それでいい。
高宮にとっては、まあだいたい予想通り。理想的な展開だったのだから。
そして、そんな状況だからこそ。
寄生虫が寄ってくる。
高宮という金づるにすがりついて、生き血を啜り。
金がなくなった頃にいなくなる輩が。
側で甘言を囁き続け。
相手を調子に乗らせ。
金を吐き出させようとする輩が。
そもそも今回、CG作成技術者を募集して面接をしているのに。
来るのはそういう「管理職」を狙っている連中ばかり。
しかも、どいつもこいつも経歴が怪しい。
最初から、ダニとして生き血を啜りに来ている連中ばかりだ。
そんな中、黒田の存在は異質だった。
技術も悪くない。
だから、頭に残ったのだ。今の時点で、採用を決めているのは黒田だけだが。それは他がクズ過ぎるという事も理由としてある。
次、と声を掛け。
またイケメンのいかにもなのが来たので、うんざりしていた。
イケメンは別に嫌いでは無いが。
いかにも「自分はコミュニケーション能力が優れています」と顔に書いている謎の自信が、はっきりいって不快だ。
というか、高宮は。
「コミュニケーション能力が優れている」と自称する輩で。
実際に他人との意思疎通を上手に出来る奴を見た事がない。
その手の発言をする輩の九割は、コミュニケーションなんてしていない。
相手に媚を売って機嫌を良くし。
すり寄って金と権力を得る。
それだけだ。
実際の「コミュニケーション」。つまり意思疎通などまったく出来ていない。
場合によっては、相手を威圧することで言う事を聞かせ、「コミュニケーションをしている」と思い込んでいる場合もある。
誰が「コミュニケーション」という言葉を此処まで歪めたのかしらないが。
まあどうせマナー講師とか言うクズどもか。それに類する人類のゴミカスどもだろう。唾棄すべき輩だ。
また、意識高い系の事を言い出したので。
適当に聞き流して、穏便に面接を終わらせる。
次。
更に次。
百人以上来たが、どれもこれも高宮の関心を買おうとする輩ばかり。
金が集まる場所には、寄生虫が集まる。
そんな事は分かっているが。
はっきりいって此奴らは、本能で動いているダニ以下だ。
まとめて石臼ですり潰して、吸血鬼か何かのエサにしてやりたい気分である。ましてや今の企業の人事は、こういうのを優先して採用し。「人材がいない」とかほざいている有様である。
はっきりいって、今の世界の病みの縮図を見せられているようで。
不快感が限界に近付いていた。
最後の一人を呼ぶが。
まあなんか大学でラグビーか何かやってました、という雰囲気の奴で。
そして体育会系そのものの雰囲気で、「コミュニケーションがどうのこうの」と言い出したので。
もういいと思って、適当に言わせるだけ言わせて。
そのままお帰り願った。
小野寺が来る。
「なんかクズばっかり来ましたね」
「黒田という子がいただろう」
「ああ、一人だけ来た技術者肌の人ですね。 何だか内臓を幾つも壊してしまっているようでしたけど」
「ブラック労働の犠牲者だ。 毎月450時間、五年間休日もろくになしで働き続けてああなったそうだ。 そうなるに決まっている」
勿論、そういう風に働いて体を壊さない人間だって中にはいる。
だが、そういう人間が必ずしも仕事が出来るわけでもない。
大半の人間は、朝起きて夜寝て。
それでやっと普通に生きる事が出来る生物だ。
今の時代は産業革命時代の英国と大差ないレベルにまで、労働というシステムが先鋭化しており。
その現場にいる人間は常にすり潰され続けている。
結果として人材はいなくなり。
媚を売ることに特化した、いにしえの国家を潰して来た佞臣に等しい連中がはびこるようになっている。
どこの国のどこの企業でもだ。
末期状態だが。
それについて、嘆く人間が少ないというのは。
色々と更に末期的だなと、高宮は思うのだった。
「あの黒田というのだけ採用。 他は履歴書突っ返しておいてくれ」
「分かりました。 それにしても厳しい面接ですね」
「……単にCG作成の技術者がほしかっただけなのにね。 「今をときめく」私に取り入って、金を出来るだけむしり取りたい。 そう顔に書いているダニ以下の連中ばかりが来た。 だから採用しない。 それだけだよ」
「はは、厳しいですね」
実は、小野寺を初任給40万で雇い入れた事は既にどこからか噂になっているらしい。
まあ井伊は分かる。
大学何てどこでも入れるレベルの天才児として有名だったらしいし。
この間の訴訟関連を鮮やかに終わらせた手腕と知識は、社内でも話題になったそうだから、である。
だが、小野寺が世間一般でいう「コミュニケーション」、つまり媚を売る能力などではなく。
相手と意思疎通を円滑に行う本当の意味での「コミュニケーション」を得意とするレア人材である事はあまり知られていない。
そして小野寺自身は、女子同士でグループを作ったり。
スクールカーストをつくって、その内部で抗争している連中を心の底から軽蔑している。それでいながら、その中で虐めにあったりもせずに、すんなりとやり過ごしてきているらしい。
つまるところ、本当の意味での意思疎通能力の達人であり。
努力だ何だので得られない才覚の持ち主である。
これがどれだけ貴重なのか。
まあ、さっきわんさか押し寄せた猿のような連中には、一生理解出来ないだろう。
ダニをたくさんぶら下げても、やがて宿主が血を吸い尽くされて死ぬだけだ。
その程度の事も分からない人間が人事や役員をやっていて。
更にはダニを積極的に役員にする。
今の時代、人材がいなくなるのも当たり前だと言えた。
「晴、お前から見てもカスしかいなかったでしょ」
「まあ確かに。 関わり合いになりたくない体育会系の、マナー本だけ丸暗記している連中だけでしたね」
「というわけで、とりあえず黒田という奴を採用したら、リモートでのCG作成を中心にやってほしい。 しばらくは井伊の補助だ。 井伊は知的活動を本格的にやってもらうから、CG作成ばかりやれないからね」
「分かりました、そういう風に連絡しておきます」
小野寺が行くと。
大きく溜息をついた後。
罪も無い机に、高宮は拳を思い切り叩き込んでいた。
タッパのある高宮だから、机はドカンと悲鳴を上げたが。壊れる事はなかった。
大きな溜息が出る。
ああいう連中が。
この間老人ホームを回って確認した、壊されてしまった監督達を。文字通り壊してしまった。
そしてあの手の連中の同類が。
今、映画界隈に蔓延り。
広告代理店や、配給会社の役員となって。
無能ぶりを発揮し。
ろくでもない映画を宣伝したりピックアップしたり。
スポンサーの要望をまともに聞いて、演技もロクにできない連中を映画に出演させたり。
そうだとしても、ロクな演技指導もさせずに、連中を増長させる。
だから嫌なんだよと、何回か呟いたが。
まあ今回、自分の周りに寄ってきたダニは、全部殺虫剤で追い払った。
それでいいので、もう我慢することとする。
机とか部屋の内装とかを片付けた後、定時でしっかり自宅に戻る。
いずれにしても、もう次の映画の撮影は始まっているし。
この間の第十三作。「純愛ラブストーリー」は、相変わらず三分で眠れる見る睡眠導入剤として映画館で大人気だ。かなりの売り上げを出しており。高宮と同じ配給会社に所属する、他の趣味で色々な映画を作る小粒な監督の分も稼いでいる。
そうするたびに、高宮の会社内での発言力は大きくなっていく。
やがて、会社は完全に高宮に依存することになる。
それで、次のフェーズは完了だ。
もう少し同志が欲しいところだが。それはまだ先でいいだろう。
今の腐りきった映画界隈を叩き潰すためにも。
まだまだ、爪を出すわけにはいかないのだから。爪は隠しておかなければならないのだ。