謎の映画監督の物語 無の映画監督   作:dwwyakata@2024

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色々とあたまがおかしい映画を作っている(直球)高宮監督ですが。

本人は仏の高宮なんて言われるくらい職場ではとても人格者ですし。

仕事の環境も実はとってもホワイトだったりします。

まあ関わる人はSAN値をゴリゴリ削られるのが難点ですね。


2、速度上昇

高宮は井伊とテレビ会議で連絡をする。

 

この間、補助要員として雇い入れた黒田についてだ。

 

一ヶ月後に、軽く話をしようというのは決めていた。

 

緊急事態でない限りは、基本的に定時以外でテレビ会議は行わない。

 

今日も、それは同じだ。

 

それで、最初っからあけすけに話をする。

 

そもそも井伊の事は同志だと考えているからである。

 

公的な場では勿論分別はつける。

 

だがこう言う場では、同志として振る舞うと、井伊と小野寺には話をしてあるし。向こうもそれを承知してくれている。

 

勘違いされやすいのだが。

 

忠誠心というのは、勝手に相手が持っているのが前提となるものではない。

 

こうやって、作っていくものなのである。

 

誰が使い潰す気前提で扱ってくる相手に、忠誠心なんて抱くだろうか。

 

そんな程度の事も理解出来ない連中が、今の時代は社長だの重役だのを当たり前にしている状態だ。

 

これは映画業界だけではなくて、全ての会社でそうである。

 

嘆かわしい話である。

 

バイトテロなんてものが起きるのも、当たり前だろう。それは、そんな事をされて当然の状態を、会社側が作っているのにも一利ある。

 

むしろ、バイトテロ程度で済ませているのだから。本邦の労働者は穏便なのかもしれない。

 

「それであの黒田という子はどう?」

 

「なかなか」

 

「ふむ」

 

「仕事は的確に出来る」

 

いや、井伊の指示が良いのだろうと高宮は思う。

 

メールのやりとりは見ているのだが、とにかく指示が恐ろしく的確で。やるべき事を必要なだけ伝えている。

 

これは実際にはあまりできない事だ。

 

コミュニケーション能力がどうのこうのと口にする人間がやたらと増えている現在社会だが。

 

実際に意思疎通を相手ときちんと出来ている奴はほとんどいない。

 

自分にも問題があると考える者は、特に殆どいないのが現状だ。

 

いずれもくっだらないビジネス書とやらを無責任に書き散らかした連中の責任なのだろうが。

 

今はそれはいい。

 

井伊は小野寺のアドバイスを受けながらメールを書いているようだ。

 

本当に女房役なんだなと思うし。

 

井伊もその辺り、小野寺に依存していると言う事だろう。

 

小野寺は小野寺で、井伊の能力を最大限に評価している。

 

理想的なコンビだ。

 

この二人こそ、高宮の宝である。

 

勿論日野茜も大事だ。

 

毎回泣きそうになりながらも、しっかり高宮の無茶ぶりに答えてくれる。

 

今撮影しているアルティメットコメディーシリーズ第十四作。「正当派コメディ映画」でも、しっかり脇役をこなしてくれている。

 

わざと意味不明にした脚本を、自分なりに頑張って解釈しながら。

 

ここに、黒田も加わるかも知れない。

 

それが、高宮には嬉しかった。

 

「分かった。 それなら、無理がない程度にしごとを回して、今後は昇給も考えてくれるかな」

 

「私がそれを判断して良いと?」

 

「うん」

 

「分かった。 そうさせてもらう」

 

井伊も仏頂面だが、まんざらでもなさそうだ。

 

そう。

 

こういう行為が、忠誠心を作る。

 

今回の場合は同志だから、忠誠心というのとは少し違うかも知れないけれども。

 

信頼と利。

 

この両輪がなければ。

 

命を賭けて尽くしてくれる人材なんて、生じる訳もないのである。

 

そんな程度の事も分からない猿が、今は多すぎると言う事だ。

 

「晴とは上手く行ってる?」

 

「晴は私に取っての刎頸の友だ」

 

「これはちょっと古い表現だなあ」

 

「古くてもかまわない。 これに勝る表現を思い浮かばない」

 

刎頸の友。

 

その友のためなら、首を刎ねられてもかまわないと言う程の友情を指す。

 

苛烈な表現だが、小野寺と井伊の場合は確かにこれが最適な表現だろう。

 

いずれ高宮と小野寺。高宮と井伊の間にもこの関係を作っていきたいし。

 

やがては高宮と黒田の間にも、この関係を作っていきたい所だ。

 

もしもその関係にまで至ったら。

 

黒田に真相を話すのも、それはそれでいいだろうと思う。

 

「今後は仕事のペースを上げられそう?」

 

「それについては任せてほしい。 私は知的活動が来たらやるけれど、普段はCG作成を黒田と一緒にやる。 その他にも、誤字脱字のチェックとかやる」

 

「お。 それはありがたいな」

 

「……」

 

誤字脱字が全く無いことで有名な高宮の脚本だが。

 

毎回毎回苦労に苦労を重ねて誤字脱字をとっているのである。

 

これが相当な重労働であり。

 

いつも苦労しながら、誤字脱字をとるために何度も敢えて虚無にしている脚本に目を通している。

 

既に井伊は、その敢えて虚無にしているのを理解しているから。

 

誤字脱字のチェックのみに集中してくれるはずだ。

 

実に労力を短縮できる。

 

「分かった。 それなら、今手元にある三十作ほどの脚本をそっちに送るから、誤字脱字のチェックをしてほしいかな」

 

「了解」

 

この了解も。

 

一時期どこかのマナー講師が失礼だのなんだのほざいて、物議をかもしたことがあったっけ。

 

ご苦労様とお疲れ様が、本来同じ意味だったのに。

 

マナー講師がくだらない理屈で勝手に優劣をつけ。

 

それがいつの間にか定着してしまった例だけではない。

 

マナー講師が勝手に作りあげたルールのせいで世間は大混乱を続けている。

 

パワハラ上司になると、この手の本を読んでは。部下にぎゃあぎゃあ言葉一つで失礼だのなんだのわめき散らし。

 

それが毎度変わるのだから、本当に始末におえない。

 

これらについては。高宮もスタッフが俳優や後輩にやるのを見た事がある。

 

そして、その場で首にされたスタッフは。

 

真っ青になり。

 

周囲はいい気味だと、その様子を見ていたのも覚えている。

 

誰も彼もがうんざりしている。

 

圧政のためのシステムをつくって悦に入っているマナー講師と。それを利用しているクズ共にだ。

 

それは間近で見ているから。高宮も知っていた。

 

さて、脚本のデータを送ると。

 

さっさと次の作業に入る。

 

明日の撮影についてのスケジュール構築だ。

 

今回もシュール極まりない作品を撮っているから。俳優だの副監督だのに頼る事はできない。

 

基本的に撮影は、ホトケの高宮の言葉通りに進めていくが。

 

それには事前に、念入りに準備をしておくことが必要なのだ。

 

寝る前に、頭の中で撮影のスケジュールを組んでおく。

 

今まで終わった撮影についても確認しておく。

 

全ての確認が終わるまで三十分ほど、頭をフル活動させた後。

 

寝る事にする。

 

会社の人間にも教えていない個人用のメールアドレスは、今の時点で小野寺にも井伊にも渡してある。

 

同志であるからだ。

 

それについては、二人も理解してくれている。

 

そして、今の時代。初任給で四十万。更にボーナスで二ヶ月分、なんてのが出る仕事が。一部の余程景気が良いか、もしくは悪事でもしているような会社でもないかぎりあり得ない事も。

 

いずれ二人の給金はもっと上げるつもりだ。

 

稼いでいるんだから、会社にああだこうだと文句を言わせるつもりもない。

 

会社に対する影響力は、更に映画で稼いでいけばもっと強くする事が出来る。

 

あの盆暗の社長に、高宮ははばめない。

 

更にこの間、専務だったかにも大きなくさびを叩き込んでやった。

 

小野寺が会社に目を光らせている状態だ。

 

このまま上手にやっていけば、いずれ苦も無く配給会社は高宮の魔の手に落ちることになるだろう。

 

良い傾向である。

 

すっきりねむって。

 

すっきり起きる。

 

朝になると、決まった時間に起きて伸びをする。

 

芸大時代から。いや、高校時代には、もうこの生活スタイルは確立していたっけ。どれだけ文句を言う高校の教師も芸大の講師も。高宮が電車遅延以外で絶対に遅刻しないことだけは認めていた。

 

まあ、遅刻しないだけの奴だとか陰口をたたいていたようだが。

 

いつも通りの時間にコーヒーの写真をSNSに上げる。

 

相変わらず速攻で拡散されて。

 

大量にコメントがぶら下がる。

 

最近は、一時期の攻撃的なコメントをしてきた連中は完全に沈黙した。

 

まあ実際に告訴で一人潰したのが大きいのだろう。

 

あれ以降、高宮は地蔵の高宮とも言われるようになったようだ。

 

地蔵菩薩は、地獄における閻魔大王の別姿だという説がある。

 

つまり。普段は穏やかな地蔵のようだが。

 

一度怒らせると閻魔大王に早変わり、というわけである。

 

おかしな話だ。

 

閻魔大王は地獄の最高裁判所の裁判長のような存在であって。

 

西洋で言うような大魔王だとか、悪魔だとかではないのだけれども。

 

まあそれはいい。

 

今日もルーチンを全てこなすことにする。

 

それだけ、背後関係が。高宮の周囲では、充実し始めていた。

 

 

 

黒田は少しずつ、体が良くなって来ているのを感じていた。

 

定時で仕事が終わる分だけ来る。

 

井伊という上司は本当に有能だ。

 

最初の数回の納品で黒田の技量を見極めると、後は定時で上がれる分の仕事を的確にまわしてくるようになった。

 

本当にこの辺りは、年下の相手とは思えない。

 

老獪さすら感じる程だ。

 

更に、病院に行くスケジュールに関して、事前申告してほしいという連絡をしてきた。

 

これについても、事前に連絡を入れておく。

 

有給は、毎回おりた。

 

更に、である。

 

睡眠障害などの病気に対しても、井伊は理解がある。

 

これだけで、ブラック企業に良くいる。精神論やら筋トレやらで病気が治ると本気で信じていて。

 

医者の言う事を信用するなとかほざき散らす阿呆とは、完全に一線を画している相手だった。

 

黒田は淡々と仕事をしていくが。

 

それによって、図らずとも規則正しく生活が出来る。

 

昼もゆっくり食べる事が出来るし。

 

定時になったら切り上げて。スケジュールを確認。

 

納期にあわせて仕事をする。

 

今は頑張る、ということをしないのが黒田の仕事だ。

 

頑張る、か。

 

都合よく悪人達に利用された結果、どれだけ人の体を壊してきたか、分からない言葉になってしまった。

 

今の黒田は、まず体を治さなければならない。

 

そのために、虚無映画のCGを作らなければならないが。

 

客は入っているのだし。

 

SNSなどを見ると、なんだかんだでみんな楽しんでいる。

 

だから、それでいいのだろうと思った。

 

次の高宮監督の映画からは、黒田のCGがかなりの比率を占めることになる。

 

そう思うと、中々に面白いなとも思う。

 

ヒット作にこんな形で関われるなんて。

 

割と面白い。

 

スケジュールは予定通りに進んでいる。

 

ただ、おなかがかなりきりきりと痛む事がある。

 

五年に達するブラック労働で、内臓がメタメタになっているのだ。

 

しばらく無職でいたが。

 

その間は、毎日生きた心地がしないレベルで、体が悲鳴を上げ続けていた。

 

若いうちは、ブラック労働を辞めるとみるみる健康になる、なんて人もいるようだけれども。

 

それももう、過去の話だ。

 

二十代前半で、ブラック労働で心身を壊されて自殺する人が出るようになっているのが今の時代だ。

 

産業革命時代の英国と大差ない無茶が行われている。

 

その内、子供も労働者として使うのでは無いかと黒田は思っている。

 

何しろ、定年退職した老人までまた仕事に狩りだしているくらいなのである。それもボランティアと銘打って無料で、である。

 

何を考えているのか色々言いたいが。

 

もう、そういう世の中であり。

 

労基ですら抑えきれないのだから。黒田にはどうにも出来ない。

 

そして体を壊された黒田には何一つ保証もされない。

 

とても悲しい話ではあった。

 

「!」

 

SNSを見ていて気づく。

 

IT関連の業界にいた黒田だ。

 

SNSについては、幾つかのアカウントを持っていて、使い分けている。

 

その中の一つ。

 

趣味で作った、危険な思想の人間。

 

テロを指嗾したり。過激な思想の持ち主の連中を監視するために作った鍵アカウント。それで、いわゆるポリコレ思想を推している人間のアカウントで、妙な動きがあるのを発見した。

 

高宮監督の映画に対して、どうにかケチをつけられないかと相談しているのである。

 

なるほど。

 

ポリコレもフェミニズムもそうだが。

 

背後にいるのは、人権を金にして喰っている連中。最悪の詐欺師である人権屋どもである。

 

ポリコレだのフェミニズムだのの前面で騒いでいるのは、カルトの末端信者と同じ思考能力を放棄した連中だが。

 

背後にいるのは、カルトを実際に運営し、人間を騙す事に特化したプロの詐欺師だ。

 

こう言う連中は人間心理の掌握に極めて長けていて。

 

カルトなどに遊び半分で神学者とかが出向くと。ミイラ取りがミイラになって信者になってしまう。

 

そういうことが簡単に起きうる。

 

この程度の事は、黒田だって知っている。

 

すぐに井伊に連絡。

 

連絡を入れると、井伊は確認を即座に取ってくれた。

 

「なるほど、貴重な情報ありがとう。 助かる」

 

「いいえ。 居心地がいい職場なので、潰されるととても困ります」

 

「それはともかくとして、こんな時間まで起きていて大丈夫か」

 

「その、井伊さんこそこんなに私を楽させて大丈夫ですか?」

 

ちょっと心配になったのだが。

 

井伊は全く声のトーンを変えないで答えてくる。

 

「かまわない。 黒田さんの体が壊れてしまっているのは、此方でも把握している事だから、気にせずねむってほしい。 それが今の黒田さんの仕事だ」

 

「……ありがとうございます。 貴方みたいな上司ばかりになったら、どれだけこの世界が良くなることか」

 

「残念だが、今の時代は最果ての時代だ。 それについては仕方が無い。 私だって、機会に恵まれなかったらどうせろくな人生を送らなかっただろうさ」

 

静かな自嘲が含まれているのが分かる。

 

井伊さんはとにかく頭が良い。

 

それについては黒田もよく分かっている。

 

六法全書を丸暗記しているらしいと聞いたが。

 

正直、部下として働いている黒田から見れば。

 

それも無理がない働きぶりだと思う。

 

言葉に甘えて、眠る事にする。

 

まだ黒田は三十になっていない。

 

だから、なんとか体は回復出来る可能性はある。

 

だけれども、内臓とかが滅茶苦茶になっているから。お薬をたくさんのまなければならないし。

 

お薬にはどうしても副作用というものがあるのだ。

 

睡眠導入剤をはじめとしたお薬を一通り口にして。

 

それでやっと床につく。

 

少し心配だったけれども。

 

それでも、夜半過ぎにはどうにか眠る事が出来ていた。

 

あまり明晰夢は見ない方だが。

 

悪夢は散々見る。

 

高宮監督が追い払われて。ブラック企業でまた働くようになった夢だ。

 

黒田は甘えていると言われた。

 

体なんて誰だって壊している。

 

だから死ぬまで働け。

 

そう言われて、徹底的に使われ。とうとう電車に飛び込む事になった。

 

電車に飛び込んだ後。

 

粉々に体が砕け散った後も、意識がある。

 

周囲からは、ひたすら罵声が聞こえてきていた。

 

「電車なんかに飛び込みやがってクソが!」

 

「迷惑だから余所で死ねって言うんだよ! 遅刻するだろうが!」

 

「死ね! 地獄に落ちろ!」

 

「クズが!」

 

散々感情的な罵声が聞こえてくる。

 

黒田も、ブラック企業時代は。徹夜開けの電車に乗ったり。終電に乗って、始発に乗ったりした。

 

そういう電車ですら、ぎゅうぎゅうに混んだ。

 

そして電車が人身事故で止まると。

 

似たような心ない罵声が、周囲から飛び交ったものだ。

 

明日は我が身。

 

どうしてそれが理解出来ないのだろうと、不思議でしようがなかった。体を本格的に壊し始めてからは、その思いが更に強くなった。

 

人身事故だと伝えても、上司は感情的にわめき散らした。

 

始発で乗って来ているのに、それでも遅刻する方が悪いと。

 

残業は異常な時間やらせて、それで給金に追加される金なんてほんのわずかなのに。

 

電車遅延で、別に遅刻したわけでもなく開始より早く来ているのに。

 

それなのに、指定通りの時間に来ていないとかいう理由で。

 

給金は容赦なく棒引きされたっけ。

 

更に場合によっては上司がずらっと集まって、黒田に対してパワハラで説教したりもしたな。

 

あるアニメで、残虐な支配者が部下を粛正するシーンが「パワハラ会議」として話題になったが。

 

あれと全く同じ構図だった。

 

目が覚める。

 

泣いていたのが分かった。

 

弱り切った心と体。

 

この仕事に偶然ありつかなかったら、もうとっくに首をくくっていただろう。

 

実際電車に何度も飛び込む事を考えたし。

 

富士の樹海に、自殺しようと出向いたりもしたのだ。

 

手首は怖くてきれなかった。

 

何度も何度も覚えていないほど自殺のやり方について検索して、首をくくるのが一番楽そうだと思って。

 

それでロープを取り寄せて。

 

完全に鬱状態になっていたから。実際にロープを使わず。

 

なんとか耐える事が出来たっけ。

 

起きだすと、歯を磨いて顔を洗う。

 

SNSでニュースを見ると、以前いたブラック企業が潰れていた。

 

まあこの時代だ。潰れるのも当然だと思う。

 

ざまあみろと思ったが。

 

ただ、不思議といずれ来る運命だと分かっていたのだろう。

 

それについて、どうこう今は思わなかった。

 

ただ、会社に残った子達が可哀想だなとは思ったけれど。

 

それ以上の感情は湧かなかった。

 

着替えをして、すっきりすると。

 

そのまま仕事に取りかかる。

 

ちょっとフレックスになるけれども。以前通勤で無駄にしていた時間を考えると、こうやって早く始めて。早く終わるのもよいだろう。

 

定時で仕事を行って、しっかり終われるようにスケジュールが組まれているのである。

 

神がかった采配であり。

 

仕事のお直しについても、丁寧に指示が来るのでだいたい一発で終わる。

 

こんな職場を手放すわけにはいかない。

 

だから黙々と、黒田はCGを作り続けた。

 

昼過ぎまで仕事をして、食事をとる。

 

昔は昼抜きも珍しく無かったが。

 

今は、昼をきちんととれるようになっていた。

 

大手のゲーム会社が潰れることは流石に最近はあまりなくなってきたが。

 

下請けや関連企業は普通に潰れる。

 

SNSを見ると、潰れたことに関してコメントが幾つか出ていた。

 

「あの会社潰れたらしいな」

 

「ああ、そうらしい。 まあそうだろうな。 俺も話は聞いたことがあるが、どブラックで重役連中は脳筋のイエスマン揃い。 社長も最近耄碌してきていたらしいから、当然だろうな」

 

「そんなに酷いのか彼処」

 

「何人か話を聞いてるけど、この世の有様じゃないみたいだな。 一時期の最悪のゲーム企業の状態を、今にまで引きずってるような会社だったらしいし」

 

その通りデース。

 

経験者である黒田は苦笑しながら様子を見る。

 

他にも、幾つかの話が出てくる。

 

元々技術力で評価されていた会社ではなかった。

 

CG作成では、もっと優れた会社がいくらでもあった。

 

更に、無理矢理参加させられた飲み会で。上司達が放言しているのを何度も聞いたことがある。

 

オタクなんか適当に仕事してればだませる。

 

金づるの分際で、適当に口開きやがって。金だけ払ってればどうでもいい。

 

従業員だって、代わりの人間なんて幾らでもいる。反抗的な奴は徹底的に調教しろ。犬だと考えて、そう扱え。それも頭が悪い犬な。

 

顔を真っ赤にして酔っ払い、ゲラゲラ笑いながらそう話し合っている上司達を見て。みんな同僚は死んだ顔をしていた。

 

その中には、実際に死んだ人もいたけれど。

 

誰も問題にもせず。事件にもならなかった。

 

ため息をつくと、顔を叩く。

 

会社は潰れた。

 

ともかく、今はこういう過去のフラッシュバックをなんとか消し去って。明日につなぐための命に替えたい。

 

井伊は言ってくれた。

 

今は体を治すために、規則正しく生活をするのも仕事だと。

 

そんなこと、言ってくれる企業なんて今は存在していない。

 

それについては、黒田は断言してもいい。

 

出向で、幾つもの会社を見て来たけれど。

 

どこも状況は同じだった。

 

支配しているのは人面獣心の畜生以下。

 

だから、此処からは、もう離れたくなかった。

 

黙々と仕事をする。

 

学んできた技術をフル活用して、仕事を続けていく。

 

成果物が出来たので、徹底的にチェック。

 

満足がいったので、定時の少し前に納品した。

 

井伊から殆どノータイムで返事が飛んでくる。定時前に、だ。

 

これも前はなかったっけ。

 

普段はエロ動画ばかり会社で見ているくせに。成果物を提出すると、忙しいだのなんだの言って。

 

七時とか八時とかになってから、此処が駄目だから今日中に直せとか言ってくるクソ上司とは偉い違いだ。

 

それだけじゃあない。

 

「修正箇所は以上だ。 明日にもう一度提出してほしい。 チェックリストも作っておいたから、修正時には活用してほしい」

 

「分かりました。 使わせて貰います」

 

「ん」

 

連絡終わる。

 

きっちり定時だ。

 

少しフレックスで仕事をしたけれども。これならば、別に文句はない。それに、明日は早めに仕事を切り上げられそうだ。

 

んーと伸びをする。

 

まだまだ、壊された体は治る気配もない。

 

同じ会社にいて、死んでしまった同僚は。事故と言う事で片付けられて、労基も一切動かなかった。

 

黒田が辞めたあと、残った同僚達は無事だっただろうか。

 

仲が良い同僚はいなかった。

 

これは会社の方針で。

 

無理矢理会社で開催するスポーツ大会とかには参加を強制する事があったけれども。

 

横での連携を取られると、労働組合とかを作られる可能性があるとかで。それで監視されていた。

 

密告も奨励されていたっけ。

 

それについては、誰もやらなかったが。

 

どんな企業にも、カスみたいな奴はいるもので。自分より下の奴を探して血眼になっていたりするものだが。

 

あの場所では、そんな事をする余裕も誰にも無く。

 

それで、上司は誰もやる気が無いとか、訳が分からない理由で憤慨していたなあ。

 

ソファで横になる。

 

このソファ、初任給で買った。

 

久々の贅沢だった。

 

横になってみると、いい感触だ。

 

しばらくぼんやりしながら、涙を拭う。まだ、体も心も。当分、ついた傷は癒えそうにもなかった。

 

だが、加速している。

 

仕事も、人生も。

 

良い方向に。

 

それだけは、確かな事実で。本当に、黒田にとっては嬉しい事だった。

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