謎の映画監督の物語 無の映画監督   作:dwwyakata@2024

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本作はフィクションですので、こういう記者が実在したりしています(勿論皮肉)。


1、今の時代にはいない記者

流石に本職たらんと覚悟を決めていた記者だ。

 

高宮は石山に直接顔を合わせ。

 

全く物怖じしていない相手の様子に、感心していた。

 

高宮は相変わらずのタッパに、眼鏡にマスク。更に室内なのにコートという不審者全開の姿である。

 

更に喋るのには、面接の時と同じくボイスロイドを使っている。

 

あまりにも異様な格好。

 

まあ強いていうなら、「怪人」である。

 

その怪人を前にして、石山はまるで動じることがない。

 

むしろ、どんな魔族が出てくるのか心配していたら。

 

きちんと人間の範疇の存在が出て来たので、安心したという顔をしていた。

 

石山は中肉中背で、あんまり特徴がない顔をした女だ。

 

ただ目つきは鋭く、何もかもを観察しようという強烈な意思力を感じさせた。

 

その意思力。

 

今の新聞記者には微塵も備わっていないものだ。

 

昔の新聞記者には備わっていたのだろうか。

 

それもかなり疑問だが。

 

少なくとも二次大戦の頃の新聞記者にはもうなかった。

 

もっと前の新聞記者にだって、あったかは疑わしい。

 

創作の世界の中にしか、こういう考え方を出来る新聞記者がいないのが、現在の現実というものだ。

 

新聞記者を神格化した映画が、業界人には絶賛され。一般層からは嘲笑された事があるが。

 

それはこういう現実が存在していて。

 

もはや小学生でも、それを知っているからである。

 

高宮はしばし会話をしたあと。

 

石山に話を聞く。

 

「ブログの記事はどれも拝見しましたが、実に素晴らしい。 あれはどのような考えに基づいて書いていますか?」

 

「まず第一に主観の排除。 第二に客観の担保。 裏取りの実施。 データの可能な限りの収拾。 この四つを軸に、出来るだけ真実に近い情報を見ている人に届けようと考えています」

 

「それでは新聞社で苦労したでしょう」

 

「はい。 どうやら今の時代、気骨ある新聞記者なんてものは、現実には存在しないようですので」

 

客観など記事には必要ない。

 

高校の新聞部ですら、そんなことを平気でほざく。

 

ましてやプロはどうか。

 

考えるまでもない。

 

そう石山は、少し寂しそうにいった。

 

だが、それでも視線に籠もる苛烈な光は衰えていない。

 

「貴方に私の映画の取材を許して。 しかもどのようなことを書いても良いと言ったらどうします?」

 

「……本当に?」

 

「ええ、本当に」

 

「あの見る睡眠導入剤が、どう作られるのかが興味があります。 だから、それを丁寧に取材させていただきたいです」

 

おもわずふっと素の声で笑ってしまい。

 

少しだけ、石山も驚いたようだった。

 

今の時代。

 

記者が書いているのは、スポンサーの提灯持ちの文字列に過ぎず。

 

新聞記事などと呼ぶに値しない。

 

これについては、新聞「社」が出来てからそうなのかも知れないが。

 

いずれにしても、報道というものはもはや腐りきっており、自浄作用なんてものは微塵もない。

 

そこには後ろで金を出す人間の意思だけが介在していて。

 

はっきりいって記事と呼ぶには値しない。

 

誰でも知っていることだ。

 

だから事件が起きると、SNSを皆が漁る。

 

そういうものなのである。

 

勿論、嘘もSNSには大量に散らばっているが。

 

それは有料の新聞と同じ。

 

だから新聞の価値は、下がる一方なのである。

 

その辺の便所の落書きと、同じレベルの代物なのだから。

 

「面白い。 採用しましょう」

 

「採用と言われても」

 

「さっきの条件の通り。 好き勝手書いて良いですよ。 勿論私の私生活とかに触れるのは流石にアウトですが、撮影については現場入りを許します」

 

「!」

 

石山は背を伸ばす。

 

鋭い目は、どちらかというと何というか、狐か何かを思わせる。

 

ただ、実際の狐はどちらかというと優しい目をしている。

 

そういう目では無くて。物語に出てくる、狡猾な狐のものだ。

 

「基本的に此方にとってマイナスな事も取材して結構です。 ただし撮影を邪魔したり、俳優の休憩を邪魔したりという事は許しません」

 

「……」

 

「その上で、貴方を雇って専属記者としてうちの映画の記事を書いて貰いましょう。 また、時間は充分に設けますので、自分の趣味のブログ記事を書くのも自由とします」

 

「う、うそでしょう……」

 

慌てる様子の石山。

 

警戒している。

 

全力で、である。

 

そこで契約書を出す。

 

既に、井伊と相談し。井伊が連れてきた弁護士とも相談して。法的拘束力のあるものとして、書いた契約書だ。

 

ただ弁護士は内容を見て、目を回していたが。

 

新聞記者に対して、こんな契約をするのは見た事がないと。

 

どこの企業も、スポンサーになるときは新聞社や番組製作サイドに容赦なく圧力を掛けるものである。

 

それが、新聞記者に対して、悪口だろうが何だろうが好きかって書いて良いし。

 

何なら駄目映画という言葉を使ってもいいというのは異常だと。

 

逆に高宮は思う。

 

その程度の度量もないくせに。

 

ものを売っている方がおかしいのだ。

 

駄目な商品は、駄目だとはっきり誰かが口にしなければ伝わらない。

 

それが出来ない時点で、新聞という公的報道の一つが、意味を成していないではないか。

 

そもそも、駄目な部分があったら改善する。

 

それが企業のあり方の一つだろう。

 

いわゆるPDCAサイクルという奴である。

 

そういうものが提唱されているのに。資格化しても一夜漬けでとれる程度の難易度にしてしまい。

 

結局誰も具体的な内容について覚えていない。

 

そんなだから、企業は腐敗する。

 

駄目な部分を改善するために。

 

石山の存在は必要だ。

 

石山が挙手する。

 

「他の映画の撮影現場の取材についてはどうなりますか」

 

「!」

 

「貴方の映画は恐らく、かなり独特な雰囲気で作られていると思います。 それについては見ているだけで分かります。 客観性を担保するために、他の映画の撮影現場も取材させていただきたい。 ただし、この契約書の条件に従った上で、ですが」

 

「……ふむ」

 

これは高宮としても予想外の返しだった。

 

だが。それでいい。

 

気骨があるじゃないか。

 

現実にこんな新聞記者が未だに存在していたか。

 

そして良い意味で野心的だ。

 

他の新聞記者とは全く違うな。

 

政治の腐敗を暴くだの、大きなヤマを上げるだの。

 

そういう「大きな記事で話題になる」事では無く。

 

身近にある小さな事の真実を届けようとする。

 

これぞ、本来あるべき新聞記者の姿ではないのか。

 

どうせ政治関係の新聞記者なんて、官公庁の公式報道を主観で歪めながら記事にするしか能がない連中だ。

 

或いはスポンサーについている外国の喜ぶように本邦を貶めるだけしか能がない悪口屋である。

 

そんな中。

 

映画の撮影という、世界の情勢にも政治にも関係ない部分の記事を打診され。

 

それについて妥協無く客観性を担保しようと考えている此奴は。

 

やはり。現実離れしている。

 

現実の新聞記者には、こんなのはいないし。

 

だからこそ、新聞社にはなじめなかったのだろう。

 

「分かりました。 此方の手が回る範囲で、同じ配給会社の映画監督に声を掛けてみましょう」

 

「ありがとうございます。 彼ら彼女らの映画についても記事を書きたいですが」

 

「それについては、また部下を介しての交渉になりますね」

 

「分かっています。 それでも、できる限りの客観性を担保したいんです」

 

客観性がない。

 

はっきりと、石山はそう言い切った。

 

そう、今の新聞にはだ。

 

新聞記者を神格化して、映画にするようなクソ御輿映画が流行り。それを業界人が絶賛するような時代だ。

 

業界そのものが腐りきっているのである。

 

だから、こんな新聞記者が出て来たのは本当に有り難い。

 

それにしてもこれでは生きづらかっただろう。

 

苦労について、高宮は心底同情した。

 

さて。ブログ記事の方で手腕については見せてもらっている。

 

かなりの毒舌で記事を書いているが、不平等な記事は一切書いていない。

 

どんなに酷い商品でも客観的に分析し、できる限りデータをとった上で。いい部分についてはきちんと褒めている。

 

データについても、統計というものをきちんと理解していて。

 

千程度のデータで満足する阿呆どもと違い。

 

それこそ専門のツールなども使って徹底的にデータを集め。

 

それらのデータをいつでも閲覧できるようにまでしている。

 

これくらいやって、始めて記事が書けるのだろうとも思わせるが。

 

残念ながら、石山は業界では異常者扱い。

 

今の新聞業界に。

 

むかし創作の世界に存在していた、気骨のある記者なんて存在していないのだと。思い知らせる事例だった。

 

石山との契約を済ませる。

 

専属記者だが、それでも取材に対する権限は大きく。

 

ただし、プライベートへの介入など駄目な部分は徹底的に制限もする。

 

それを明記した契約書に隅々まで目を通し。

 

写真まで撮った上で。

 

石山は、契約に応じた。

 

これで、更に計画は進展することになる。

 

ネットというのは巨大な井戸端会議だ。だから、そこにいる自称専門家はピンキリである。

 

ネット記事も同じく出来はピンキリ。

 

だから、こんな逸材を捕まえる事が出来たのは。

 

高宮にとっては。

 

本当に幸運で。そして、未来への道を速める出来事だった。

 

 

 

映画の撮影を開始する。

 

さっそく、石山は撮影の現場に来た。

 

軽く紹介をすると、俳優達はみんな青ざめた。

 

それはそうだろう。

 

高宮の奇人ぶりは周知の事実である。

 

映画の撮影現場が労働的には極めてホワイトなのと裏腹に、要求される演技が奇怪極まりないことも周知になっている。

 

既に高宮は「這い寄る混沌」と俳優達に呼ばれているそうである。

 

実に光栄な渾名である。

 

日野はある意味、もう何も希望が無いという表情をしていた。

 

そりゃあそうだろう。

 

這い寄る混沌にがっつり両手足をホールドされて。目の前で舌なめずりされているのだから。

 

枕営業を散々強要され。

 

精神が瓦解した俳優はもっと酷い顔をしているだろうが。

 

それに近い表情だった。

 

別の意味で、精神崩壊が近いような有様なので。

 

休暇はきちんとあげている。

 

メモをひたすら取っている石山。

 

撮影の邪魔をしたらゆるさん。

 

それについてははっきり契約書にある。そして、石山もしっかり契約書に基づいて行動するつもりのようだ。

 

生真面目で非常に扱いやすい。

 

なお、休憩時間に取材をするにしても。

 

休憩時間をオーバーしたり。

 

俳優が疲れているのに、休みを阻害したりするのも駄目と言ってある。

 

このため、取材のタイミングは昼休みなどの一部に限られる。

 

石山にしてみれば、スケジュールがどう動くか最初の撮影の内に見極めて。

 

それで動かないといけないだろう。

 

まあそれはそれでいい。

 

撮影開始。

 

まずは、海の上……というか船のセットの上で。

 

日野とあと数人の俳優が、組み体操をするシーンからだ。

 

組み体操といっても危険なピラミッドは絶対にやらない。

 

そして高宮映画の名物である組み体操なので。

 

みんなやる事は最初から覚悟していたらしく。

 

普段着のままの俳優達が、哲学的な台詞を話しながら組み体操をするのだった。

 

石山はしばしそれを見て硬直していたが。

 

やがて。口に何か咥えた。

 

多分マウスピースの一種だろうと思うが。

 

撮影現場に声とかが入り込まないようにするためなのだろう。

 

勿論今の時代、無駄な環境音とかを消す技術は幾らでもあるのだけれども。

 

それでも、無駄な手間を減らすべく。

 

自分に出来る事を、全てやっていくというわけだ。

 

この辺りの対応は感心できる。

 

前に此処に押しかけてきた記者とは、本当に雲泥の差である。

 

どうしたらこんな逸材を異常者扱いして、しかも会社から放り出したのか。マジで石山がいた会社の社長の胸ぐら掴んで問いただしてやりたくなったが。

 

我慢して、撮影を続ける。

 

そのまま、順番にシーンを撮影していく。

 

最初の方は、俳優が揃っている場面でのシーンを撮影していくが。

 

石山が時々、小首を傾げている。

 

撮影のシーンを告げるときに、一切高宮が迷っていないこと。

 

更には、トラブルが起きた時にも一切高宮が迷わず対応を指示していること。

 

それらが気になっているのだろうか。

 

勿論高宮に話しかけてくることはなく、手元のメモ帳を忙しく動かし続けているが。

 

取材対象に最大限の敬意を払いつつ。

 

客観的に観察するべく個を殺す。

 

新聞部ですら、客観性など記事に必要ないと宣う時代だ。

 

それなのに、こんな記者がいるとは。

 

驚かされるばかりである。

 

更に撮影を続けていき。

 

定時で撮影を完了する。

 

皆が片付けをしている邪魔をしないように、石山はマウスピースかなにかを外して、ふうと深呼吸していた。

 

スポーツドリンクを渡すと、こくりと頷いて飲み始める。

 

ぐいぐいと飲んでいく様子からして。

 

相当大変だったのだろう。

 

「定時後の取材も禁止ね。 これについては契約書通り」

 

「はい、分かっています。 それにしても本当に独創的な撮影をするスタジオですね」

 

「まあねえ」

 

「ガチガチに決めて撮影をするハリウッド式、その場ののりで撮影をする香港式、いずれとも違う。 これは貴方を侮っている映画ファンが見たら、恐らく腰を抜かすでしょうね」

 

まあ、そうだろうが。

 

実は以前一度だけ来て出禁にした記者から、ある程度職場の空気については流出している。

 

そしてそれらの話が一部で出回っているが。

 

流石に事実だと信じられてはいない様子だ。

 

今後、石山の記事が出回ったら。

 

それがひっくり返るかも知れない。

 

こくりと一礼すると、石山は他の監督の撮影現場に出向く。

 

ホワイト企業として回しているのは高宮の現場だけで。

 

この時間から撮影を開始して、十二時間くらいぶっ通しでやる現場も存在はしているのである。

 

他の監督のやり方にケチをつけるつもりはないし。

 

興味も無い。

 

石山を同じ配給会社の他監督に紹介し。

 

同じ条件で取材の許可を取る仲介はした。

 

ただ他の監督達は、契約書の内容を見て目を剥いた。

 

そしてこれを高宮が許可したと聞いて。誰もが驚いたようだった。

 

高宮はスポンサーになる。

 

そのスポンサーが、だめな所も容赦なく記事にしろといったのなら。それは驚くのも当然だろう。

 

だが。そんな度量がない輩は、本来トップに立つべきでは無い。

 

今は。

 

普通こそが、異常なのだ。

 

石山については、無茶をするようならすぐに苦情を出すようにと、他の監督にも伝えてある。

 

なお今から見にいった監督は、高宮の定時から、翌日の二時まで撮影する予定だそうである。

 

石山は途中、九時くらいで上がるそうだ。

 

かなり厳しい日程になるが。

 

その代わり明日は休むそうである。

 

この辺りは、新聞記者である以上。相手の動きに合わせなければならないというのがあるからだろうか。

 

いずれにしても過酷な任務だ。

 

体を壊さないように注意しろとは言ってあるが。

 

石山は、その辺りは寂しく笑うばかりだった。

 

自宅に戻る。

 

石山はかなりエネルギッシュで、ブログ記事を昨日更新していた。

 

内容はある和菓子に関するものだが。数万に達するデータ。母集団十数万なので、かなり統計としては正しい。それを提示しながら、その和菓子についての具体的な説明と、味の変遷などについて丁寧に書いていた。

 

数ヶ月温めて書いた記事らしい。

 

記事を見に来た人間もコメントを幾つも残している。

 

石山のブログ記事は下手な新聞記事より参考になる。これは客観的に見ての話だ。高宮もそう思う。

 

人間は自分に都合がいいものを信じる。

 

これは新聞記者も同じだ。

 

だから、我田引水に自分の理論を正当化するために記事を書くような阿呆も存在しているが。

 

石山は記事を書くとき。

 

結論ありきの内容で、絶対に記事を書かない。

 

かならず自分を徹底的に殺して、記事にしている様子だ。

 

ストイックだなと感心し。

 

新聞記者ではないなとも思う。

 

記者ではあるが。

 

これは新聞記者でもないし。

 

フリーランスを気取る、文章で他人を痛めつけて楽しんでいる破落戸とも違う。

 

強いていうならば。

 

創作の中にしかいない新聞記者。

 

それが二次元の世界から出て来た。

 

そうなると、中々に面白い話だと思う。

 

なお、ブログ記事の最後に記載があった。

 

「なお、ある会社に就職が決まりました。 その会社では、私がどのような記事を書いても良いし、その記事の内容にも干渉しないという非常に寛大な条件をくれて、驚いています。 プライベートの介入などは流石に許されませんが、それは記者として以前の当然の話なので。 当たり前だと判断します。 ブログ記事も続けますので、お楽しみに」

 

それに対してのコメントも暖かい。

 

自分を特権階級と考えて、飛ばし記事を書いても平然と笑っている新聞記者どもに、相当に頭に来ているのだろう。

 

クオリティペーパーとやらでもそうなのだ。

 

今の新聞記者に対してのヘイトは、相当に溜まっている事の証左だとも言える。

 

「おめ」

 

「相手は聖人みたいな人ですね。 そんな人のいる会社で働きたい」

 

「頑張って。 次の記事も楽しみにしていますよ」

 

「がんばえ」

 

なんか語彙とかが変な人もいるが、或いは年配のファンもいるのかも知れない。

 

まあそうだろう。

 

年配の人間ほど、今の新聞が如何にだめかは理解しているのだから。

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