謎の映画監督の物語 無の映画監督 作:dwwyakata@2024
高宮監督への密着取材記事がネットで無料公開された。
アルティメットコメディーシリーズの最新作。タコ映画の公開と同時に、である。
この映画もさっそく「全く怖くも面白くもないしかし不快では無い見る睡眠導入剤」として話題になり。
何故か変な人気が出て映画館に人が殺到している。
映画館で九割の人が二時間ぐっすりして帰っていくという異様な光景が広がり。
一部の意識高い業界人は相変わらず大絶賛。
九割の人間は、二時間の快眠を得られて千五百円でこれは安いと大満足。
それ以外のクソ映画マニアは、必死の努力で寝ないようにしながら映画を見て。そして内容がさっぱり頭に入ってこないので、正気度をゴリゴリ削られて帰っていくのだった。
そしてとにかく取材に応じないことで有名だった高宮監督に対する密着記事である。
これについては、事前に情報が公開されていたこともある。
配給会社の特別サイトは負荷が掛かりすぎて、初日から回線がパンクしそうになる程人が来た。つまりアクセスがあったが。
殆どの客は、面白半分に見に来て。
そして驚愕したのだった。
「なんだこの記事。 むっちゃくちゃ面白いぞ」
「とにかく要所をデータでガチガチに固めてる。 クオリティペーパーを自称してるような新聞の記事なんかよりずっと読みやすいし説得力もある。 何よりこの記者、統計を理解してるぞ」
「母集団が億超えてるのに、千程度のデータで統計だの何だのほざいてる大手新聞が、これ見たら泡噴くんじゃないか」
「いや、連中はそもそもこの記事がどれだけ凄いかすら理解出来ないだろ」
初日から絶賛の嵐だ。
石山はげっそりした体で、ほくそ笑んでいた。
高宮監督から連絡が来る。
「最終稿通りの記事だと確認したよ。 今後も、お抱えの記者としてよろしくお願いするね」
「有難うございます。 結構容赦の無い事書きましたが、それでも許可して貰って感謝しています」
「眉唾だけれども、欧州の王様は自分の悪い所を直すために道化を置いて自分の真似をさせたって話がある。 私は、その程度の度量はもちたいと思ってる」
「……」
それが出来る人間は、今の時代珍しい。
だがそれを言う事は、阿諛追従になる。
だから、言わない。
ともかく、記事に人が集まっているのは大した物だった。
記事の内容は、ざっとこんな感じだ。
「高宮監督の映画撮影にほぼ密着して内容を見せてもらった。 高宮監督は誰よりも朝早くスタジオに来て全てをチェック。 脚本の内容についても全て頭に入れているようで、柔軟に撮影を回す事により労力を減らし、定時での撮影終了という驚くべき仕事を実現していた。 その一方で脚本の内容は客観的にみても理解不能で、俳優達は皆苦労していたが。 演技についての指導は殆ど行わず、あくまで俳優の解釈に任せているというのが現状だ。 故に、劇団出身者で俳優をかため、演技についての基礎知識と理解がある人間だけを集めていると判断した。 高宮監督の映画ははっきりいって面白くない。 これについてはデータを参照していただきたいが、面白いと答えた人間は例外を除いて存在していない。 一方で高宮監督の映画を不快だと答えた人間もまた存在していない。 面白くはないが、不愉快でもないのだ。 故に、見る睡眠導入剤という言葉の通りに。 客の大半が寝ているという異様な光景が現出しているにもかかわらず。 満員御礼が連日続いているのだろう」
石山はこの状況を確認するために、二百を越える映画館をチェック。
それによる上映九千回以上のデータを集めた。
関係者による聞き込みと、それによる結果だ。
九割の客が寝ていて、映画が終わった後必死に起こして回っていること。
一割のクソ映画マニアが、精魂使い果たした雰囲気で、フラフラと映画館を出て行くこと。
それらが全ての映画館で一致した証言として得られている。
ともかく裏取りをし。
データを集めているから書ける記事である。
「高宮監督の映画ははっきりいって、クソ映画に分類される代物だと断言してかまわないだろう。 だがそれが不愉快かというと違うというのが結論だ。 面白くもないが不愉快でもなく、何も印象が残らず、そしてリピーターを作る。 まるで人の心を捕まえて、深淵に引きずり込む邪神のような映画である。 そしてその邪神が今、世間を席巻していると言える。 社会現象としては不可思議に思えるが。 何もかもが悪い方向に向かっている世情を考えると。 むしろこのような奇怪な社会現象は、必然として出現したのかもしれない」
記事はそう締めくくられている。
コレは勿論概ねの内容だ。
要所にはデータを差し込み。
ついでに裏取りについても資料を徹底的にねじ込んでいる。
記事を書くのに精魂使い果たしたが。
記事を書くために集めたデータも、惜しげ無く公開はしている。
一種の論文に近い代物だが。
これくらいして、やっと記事と言えると石山は思うし。
そもそも、このくらいの記事を書ける記者がゴロゴロいると思っていた時期だってあったのだ。
実際には、世の中に誰もいなかったのだが。
だから、石山がやった。
それだけのことである。
そして、SNSではこの記事が話題沸騰になっていた。
「邪神みたいな映画か。 何というか、本当にこれ以上もないほど的確な表現だと俺も思うわ」
「というか、これ配信会社お抱えの記者による公式記事だろ。 邪神とかいって大丈夫なのか?」
「記事の最後に、許可が出ていることが明記されてる」
「て、高宮これを許可したって事か。 記事のあちこちでけちょんけちょんに言われてるのに、凄い度量だな……」
誰もが驚愕している。
それはそうだろう。
社会人なら、今の時代の不条理と理不尽を誰もが味わっている。味わっていないのは、それは滅茶苦茶幸せな例外の一部だけだ。
また、驚愕される内容は他にもあったようだ。
「映画撮影が定時で終わってる!?」
「だいたいの映画撮影って、もの凄く過酷だって聞いてるぞ。 定時で終わらせて、このペースで映画作ってるのか高宮」
「化け物かよ。 てか脚本全把握して、柔軟に撮影回してるって、スパコンかなんか頭に積んでるのか?」
「ちょっと高宮の事舐めてたかも知れない。 この間舐めたことやらかした別の監督、訴訟で一瞬で潰して怖いと思ったけど。 なんか怪物じみてる。 いや、この記事にそっていうなら邪神か」
概ね、記事は好評だ。
SNSでも拡散され。
アクセス数は数日で一千万を軽く超え。更に伸びに伸びている。
海外からもアクセスが来て。
翻訳されて情報が出回っているようだ。
石山はぐったりしながら、ベッドで横になってスマホでその様子を見ていたが。
高宮監督からメールが来る。
「理想的な結果、反応。 このままでいいので、次回以降もこういう感じで記事を書いてね」
「……」
理想的か。
記事内でけちょんけちょんに言われているのに、平然としていて。
むしろ記事による反響を理想的とまで言い切るか。
すごい怪物に捕まったものだな。
いや、邪神というべきか。
くつくつと笑う。
だけれども、どんな新聞社より自由に記事を書ける環境を手に入れたとも言える。これぞ記者の面目躍如。
新聞がパブリックエネミーと化し。紙屑になった今。
石山のこの立場。
絶対に手放せない。
なお、大手新聞は大困惑している様子だ。
これだけの膨大なデータに裏打ちされた論理的な記事が出てくるとは思わなかったのだろう。
どこの誰がコレを書いたと、大騒ぎになっている様だが。
精々困惑していろ。
ともかく、精根尽き果てた。
てか、体重も六キロ減った。
明日以降は、体重を少しずつ立て直しながら。次の記事に向けて体力を戻さなければならない。
文字通り魂を燃やして書いた記事が評価される。
記者として、これほど嬉しい事は無かったが。
そもそも、普通の記者はそんな風に思わないし。何よりもこういう風に、真実を届けようとも思わず。自分で勝手に真実を創造して、我田引水するか。
苦笑する。
もう石山は、記者では無いのかも知れない。
それはそれで、面白い事かも知れなかった。
(続)
フィクションにしか存在しなくなった記者が書く記事(直球)