謎の映画監督の物語 無の映画監督 作:dwwyakata@2024
そもそも意図的に狂った映画を作るのには、相応の意味があったのです。
入念に仕込んでいたものが動き出してきた結果。
ついに深淵の王(映画監督)は動き出すのです。
序、混乱
崩壊が始まった。
高宮は、それを確認してほくそ笑んでいた。
まず映画関連の評価雑誌。今まで権威となっていた幾つかが、完全に分裂したのである。
今までこれらは権威のある意識高い系の評論家達に媚を売るものと、もしくは売り上げだけで判断して雑に高評価をつけるものに二分していたが。
此処にどうして客入りが続いているのかさっぱり分からない高宮映画というものが出現し。
更にどの雑誌よりも高精度のレビューが、高宮。正確には高宮のいる会社のお抱え記者が出してきた事により。
一気に客が減ったのである。
まあそれはそうだろう。
新聞と同じだ。
ネットの記事と同レベルになれば。有料のものなんぞ買う理由が無くなる。
それは誰も買わなくなる。
当たり前の話である。
これが映画関係の雑誌でもおき始めた、と言う事だ。
高宮の計画は、幾つかのフェーズによって実施段階を決めているのだが。
この映画関係のマスコミの崩壊も。
フェーズに含まれていた。
高宮の目的は。
今の映画界隈を、一度徹底的に破壊し尽くす事。
そのためには、権威にへつらうマスコミと。判断能力なんかかけらも無く、客観性ももっていないマスコミは。
どっちも不要だ。
これらが売れなくなるのは高宮にとってはとても良い事である。
実際、分が悪いと判断したのか。
一つの雑誌。
まあある大手新聞の映画評論部だが。
それが廃刊すると。
雪崩を打って、幾つかの雑誌が廃刊していった。
ただし、それによる動揺は一切起きなかった。
それはそうだ。
既にネット記事による映画評価に殆どの客がシフトしていたからである。
これについては新聞と同じ流れ。
同レベルの品質の記事を見るのだったら。
そりゃあ無料のものを選ぶに決まっている。
当たり前の事が、当たり前に起きただけの話だ。
高宮は、石山という逸材を見つけ。
それを加速させた。
この崩壊作業のために、石山を雇ったのである。
古い権威の中には、マスゴミが最大のものとして存在している。
これを根元から破壊する。
それは、今回の計画の重要部分であり。どうしても、達成しなければならないことだった。
石山には、どんどん映画レビューを書いて貰っている。
あくまで高宮のいる配給会社の映画に関するレビューだが。
どれもこれも無料公開のレビューであるにも関わらず。
もはや、どの雑誌の映画レビューも歯が立たない出来になっていた。
石山は業界からもはや失われたのか、最初から存在しなかったのか分からないプロ意識を大まじめに持っていて。
大まじめに記事を書いている。
だからこそ、映画のレビューを書くときは、最低でも十回は通しで見ているようであり。
そのためにレビューは毎日出るまでにはいかなかったが。
それでもその精度の高さは驚かされるものだ。
更に、である。
黒田に協力して貰い、ボイスロイドを使った公式動画まで作成。
これはボイスロイドの販売会社とも契約しての事であり。
エンジニアである黒田は、CGが本職なんだけどとぼやきながらも。繁忙期では無いからと手伝ってくれ。
そして瞬く間に、再生回数五十万をたたき出した。
かくして、映画関係のマスコミの崩壊は始まった。
ここからが、本番だ。
幾つかの記事を見た事で高宮は、石山は信用できると判断。
石山を同志に加える事を決めた。
黒田も真面目に働いてくれている。
故に、今後は同志に加える事を検討する。
いずれにしても、である。
石山も加えて、テレビ会議で話をする。
まず最初に、高宮の最終目標を軽く石山にも共有する。石山は流石に驚いた様子だった。それはそうだろう。
そもそも現状の業界の壊滅が狙いも同然なのである。
映画監督としては驚くべき目標だろうし。
何よりも、今の時代はこういう事を真面目に考える人間もいない。
何かを為そうとする人間は、まず笑われる。そして否定される時代である。
それを乗り越えて何かを為せる人間もいるにはいるが。
だいたいの場合は運かコネがそれには大きく関わってくる。
信念で何かを為した人間なんて、ほぼ実在しないのが今の時代である。
「金持ちは能力が全てにおいて優れている」なんて言説が堂々とまかり通るのも、その現状が理由だろう。
実際にはそんなことは一切無いことは歴史が証明しているのだが。
今は既得権益層があまりにもガチガチにあらゆる全てを固めてしまっている。
故に、そういう言説が出て来てしまう。
そして誰もやる気を無くし。
人材の枯渇は更に加速していく。
それだけである。
ある意味、石山もそういった風潮の犠牲者であるとも言えた。
「記事は、駄目ですよね……」
「流石にこれは駄目。 プライベートにも抵触するからね」
「分かりました。 くう……記者魂がうずく!」
「記事書く度に体重減ってるんでしょ。 少しは静養しなさい」
例の入魂の記事以来。
やはり石山は相当に気合いを入れて記事を書いているらしい。
一切記事に介入してこないスポンサー。
酷評バッチこい。
これだけでも、記者にとっては夢のような相手だろう。
勿論ただの悪口などを書くような記者や。毒舌と暴言を取り違えているような輩だったら、高宮は評価なんてしていない。
そして、記事に対して正当な評価を与え。
給金も約束通りの額にした。
実際問題、高宮の配給会社の株は右肩上がり。給金を出すのも全く問題が無い状態になっている。
さて、此処からだ。
井伊に話を振る。
「人権屋とかの動きは?」
「現状ではなし。 そもそもケチをつけようがない、というのが理由」
「まあ、それもそうだね」
高宮も、俳優のオーディションには気を遣っている。臑に傷ある人間は基本的に使わないし。
そもそも素行も調べてある。
流石に撮影中に犯罪をやられたら困るが。出来ないように精神を疲弊させてもいる。そもそも、高宮の映画に出ている俳優は、みんな生気を使い果たしたかのようだと周囲に言われていて。
過酷なロケをさせられているのでは無いかと一時期噂になったのだが。
あらゆる出演俳優が、ロケが過酷なのでは無かったと断言し。
更に映画の内容を見て、ほぼ全員が理由を悟ったという事もある。
以降、その噂は消えた。
先手先手であらゆるまずい状況が出現する事は潰してある。
それが高宮のやり方だ。
最初は一人でそれをやっていたが。
最近は知的活動を、IQなら自分以上の井伊に任せる事が出来る様になって来ている上に。
ついでに井伊は最近はSPをつけるようになって来ていて。
周囲も、一切手出しが出来ないようになっている。
これでいい。
マスゴミも近年は、何回かの訴訟沙汰もあって。
怖くて扱えないと言う事で、完全に高宮からは距離を置き始めている。
ただ、何かすっぱ抜いてやろうと画策している連中はいるので。
油断は出来なかった。
飛ばし記事を出してきたら即座に告訴してやるつもりではあるが。
それでも、変な飛ばし記事で炎上するケースは今でも珍しく無いし。
炎上で会社が潰れるケースだって珍しくも何ともないのだから。
「いずれにしてもSNSの監視は続行。 何かあったら即応をしてほしい。 忙しい場合は事後報告でOK」
「了解。 必要に応じて叩き潰す」
「それでいい」
井伊の言葉は苛烈だが。
正直それくらいで良いのである。
愚者は感情でわめき散らして、自分の理屈を相手に通そうとするとかいう話を聞いたことがあるが。
その理屈だと、確かに愚者はSNSに多い。
正確には、悪目立ちする連中の多くが愚者であり。
特に悪目立ちする連中は、屁理屈にも長けている、というべきか。
まあどっちにしても。
そんな「愚民」を相手に、大志を潰されるわけにはいかない。
大まじめに大志をかなえようと思っている高宮は。
まだまだ、こんなところで躓けないのだから。
後は地盤としている会社か。
この間、高宮のいる会社はとうとう「中小企業」から、「大企業」へと変化した。
これは資本金で判別されている事なのだが。
要するに資本金の多寡で、「企業」というものの規模を判断する仕組みが存在している。
戦国時代や江戸時代でいう石高で国力を判断するシステムのようなものである。
まあ石高ほど万能で分かりやすい判別法ではないのだが。
それはそれだ。
この大企業は、現在ほぼ高宮の掌中にあり。
事実上支配下にあると言ってもいい。
何回かの事件で、既に高宮に依存する体質が出来ている、といえる。
ここで調子に乗ったら全て終わりだ。
人間は器にない場所に行ってしまうと、壊れるケースがある。
そうならないためにも。
高宮は、気を引き締めなければならない。
「うちの会社の様子は」
「高宮監督に対する悪口は一切聞こえてきませんね。 その代わり、一切合切手綱を握れるとも思っていないようです」
「それでいいかな。 元々、うちの会社は自由に映画を作れる、というのがウリだったっんだよ。 それで中小ながらも、マニアックなファンがつく配給会社だったんだから」
うちの会社にいる若手の映画監督は。
みんな、売り上げ度外視で好き勝手に映画を撮っている。
中には意識が高い映画を撮る者もいるが。
四苦八苦しながら、自分の理想を表現しようとしている監督だって少なくない。
そういう人間に機会が与えられる。
それこそ、健全な競争社会というものだろう。
そして高宮の何故か不快では無いクソ映画という不可思議なものが流行っている事もあるだろう。
うちの会社の他の監督の作品も。
それなりに売り上げは伸びてきているらしい。
あまり世間的には高い評価は得られていないようだが。
それはそれだ。
娯楽作品としてはどうしてもレベルがあまり高くないから。
仕方がない事なのだろう。
「皆には、今後も好き勝手にやれる体制が必要だ。 重役達が変な気を起こさないように、監視を続けてね」
「分かりました」
小野寺がこくりと頷く。
問題はスポンサーか。
スポンサーを名乗り出ている企業が幾つかある。
高宮の映画に関しては、特に多くなってきている。
だが、それでもだ。
そもそも不快では無いクソ映画という妙な代物で。中毒性があって映画館に来てもすぐに寝てしまうのに。
何故か何度も客が来るという尖りすぎた代物だ。
スポンサーも困惑しているらしく。
映画を見た後、出仕を躊躇う会社は多い様子だ。
それで別にかまわないと高宮は考えている。
というのも、スポンサーがつけば。
当然そのスポンサーの意向に沿って色々と映画に口出しはされるのだ。
その結果、ろくでもない映画になってしまうケースはある。
何かしらの要素が原因で、クソ映画が出来てしまうケースは古くから存在していて。それにはスポンサーが余計な事をした、というのも理由としてはメジャーな一つなのである。
勿論堂々と高宮はそれを言うつもりは無いが。
周知の事実だ。
高宮のSNSは、今日も朝にコーヒーの写真をアップしていて。
それに対するコメントをつけている。
それでファンは安心するし。
アンチも何もつけいる隙が無い。
「後は、今年もアカデミー賞を取っておきたい所だけれども」
「今年はどうでしょうね」
「確かにあまり話題性がある映画はなかった」
小野寺と井伊が口々に言う。
二人とも、一応高宮の腹心だ。
ということもあって、映画に関する知識はどうしても増えるようになってきている。
それで映画について調べてもくれているようだが。
確かに今の時点では、話題性のある邦画はあまりない。
シリーズ化しているアニメ映画は今年も順調に高い収益をたたき出しているけれども。
それらはアカデミー賞とはまるで無縁の位置にいる。
映画を作っている側もアカデミー賞には興味が無いし。
意識高い系の連中にとっては。
それこそどれだけ自分達が好きな映画の何倍も稼ぎを上げていても。
ゴミかカスくらいにしか考えていない。
面白い映画ではあることがおおい。
まあ失敗作も少なくはないが。
はっきりいって、邦画を支えているのはもうアニメ映画である。たまに特撮が大ヒットする事もあるが。
それはあくまで国内での話。
国内での評価基準を勝手に決めている意識が高い連中にとっては。
アニメ映画なんて作ってる人間は、それこそ自分とは違う生物、くらいの認識であるのだろう。
いや、そうであることを堂々と口にしているのを聞いたこともあったっけ。
前にアカデミー賞の審査会場にこそっと紛れ込んだときに。
ゲラゲラ笑いながら、業界人どもが口々に馬鹿にしているのを聞いた。
あれは、本当に愚かしいと思ったし。
此奴らは族滅しなければならないとも感じさせられた。
だから今高宮は。
こうして力を蓄えている。
「そうなると、放って置いてもまたアカデミー賞は来るな」
「……三回が、目標だったか」
「うん」
井伊に対して、答えておく。
三回アカデミー賞を取ることで、映画界隈、特に意識高い系の業界人は。高宮にたいする依存度が高くなる。
後は国際的な賞が必要になってくる。
彼方も腐敗が酷い。
見ていても退屈極まりなかったりする「芸術的映画」が、賞を取ることが珍しくもない。
創作の基本は娯楽である。
それを忘れてしまっている。
そっちもちゃぶ台返ししたい所だが。
いずれにしても、まだ少し力が足りないか。
「国際賞に出るのは、アカデミー賞を三回取ってから、の予定だったか」
「そうなる」
「分かった。 此方でも、準備をしておく。 いずれにしても来年か」
井伊は、来年もアカデミー賞を取れると確信しているようだ。
まあ高宮はそこまで楽観的にはなれない。
いずれにしても、もっと業界が高宮に依存するようにしていく。
その結果。
いつの間にか、主従が逆転する。
大望を果たすのはその時だ。
ちゃぶ台をひっくり返して、一気に形勢を変える。
それで高宮の望みはかなう。
今の映画業界にとっては、文字通り大魔王となることだろう高宮は。
いや、破滅の邪神か。
どっちでもいい。
「それで、日野さんはどうします?」
「ふむ」
小野寺が言う。
彼女は笑顔だが。日野も同志に加えられないか、というのである。
ただ日野は、はっきりいって高宮を怖れていても、志を同じくするとは正直思えないのである。
彼女は劇団出身で。そして劇団出身でありながら俳優としてあまり優遇されなかったという不運もある。
業界に対してはあまりいい印象を持っていないだろうが。
それでも映画業界を丸ごとひっくり返す、等という話を聞いて。
それを真に受けるかというと、かなり疑問が残る。
此処にいる面子は、みんな何処かしらねじが外れている。
それに対して、日野はあまりにもまともすぎる。
これについては、此処にいる全員が意識を共有している事だろう。
「日野さんはこんな秘密結社めいた事をやってるわれわれとは、正直相容れないと思いますねえ」
はっきり言う石山。
確かに高宮も同感だ。
小野寺も、分かっていて言った雰囲気がある。
「では、しばらく日野さんについては様子見と言う事で。 後は黒田さんですね」
「黒田は非常に有能。 だけど体が……」
「良い医者を紹介しても、すぐには全回復は無理でしょ?」
「無理。 カルテを見たけれど、十年単位で治療には時間が掛かる」
医療に関する知識もある井伊はそう断言。
では、やむをえないだろう。
「なら、黒田さんについてはしばらく様子見と言う事で。 解散」
テレビ会議を切る。
さて、アカデミー賞はそろそろだ。どうせ茶番とくだらない駆け引きが老害どもの間で行われているのだろう。
その過程には興味も何も無い。
老害共が気がついたときには、既にその手から権威も力も離れ。高宮と力の差が逆転している状況が来ていれば、それでいい。
幾つか。今のうちに高宮も手を打って置く必要があるが。
それは井伊と連携していけばいい。
伸びをして、後は様子見に徹する。次の映画については、既にオーディションなどの手続きも終わり。
撮影の準備の最終段階に入っている。
今は、休むのが。
高宮の仕事だ。