謎の映画監督の物語 無の映画監督   作:dwwyakata@2024

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近年だと某ゲームの映画とかでも話題になりましたが、現実にも意識ばっかり高くなった批評家の評価がまったく「現実」と結びつかないと言う事は幾らでもあります。

映画に関係無く、この傾向はあるかと思います。

元は娯楽だったものがいつの間にか権威を得てしまうと、それは身内で評価されることを求めるようになっていく。

残念ながら、それは芸術というものが持つ宿痾なのかもしれませんね。


浸食する深淵
序、触手は全てを食い荒らす


二度目のアカデミー賞を取ってから、高宮映画への客足は更に伸びた。

 

アカデミー賞で興味を持った人間もいるのだが。

 

既にSNSなどで、評判は知り尽くされていた。

 

「不愉快にならないクソ映画」。

 

「見る睡眠導入剤」。

 

それが高宮作品への評価であり。

 

見にいった人間の大半が、それに関して全く異論をもたないようだった。

 

最近では映画マニアや、クソ映画レビューを書いているネットブロガーですらも、高宮映画には匙を投げ始めている。

 

とにかくレビューを書くのが大変だ、というのだ。

 

まず寝ずに見るのが本当に大変。

 

普通の人は開始三分で寝るのだ。

 

それを必死に起きて最後まで見ても、何一つ残らないのである。

 

虚無だけが其処にある。

 

だから、正気度が一気に地に落ちる。

 

その状態で、何も残らず。

 

何を書けば良いのか。

 

必死に映画を見続けても、とにかく何一つ頭に入ってこない。それで頭に来ればまだ記事だって書けるだろうが。

 

それすらもさせない。

 

というわけで、映画レビュー泣かせとして、高宮映画は既に有名になってきていたし。

 

SNSでは、高宮作品を見にいって快眠しようとか言う妙な運動まで始まっている始末だった。

 

まあ今の時代、本当に皆疲れきっている。

 

二時間千五百円で爆睡出来るのだったら、それはそれで美味しいのかも知れない。

 

睡眠障害は、既に国民病だ。

 

心療内科や精神科には、今では予約を入れないと行く事が出来ないし。

 

そうしないと、治療も受けられない。

 

睡眠障害というのはそれほど厳しい病気なのだ。

 

それでいながら偏見もまかり通っている。

 

故に、である。

 

快眠を約束してくれるというのは。

 

それだけ良いことなのかも知れなかった。

 

というわけで、アカデミー賞受賞後に放映された「ミュージカル」と自称するナニカは、相変わらず多くの客足を集め。

 

映画館はたくさん助かった。

 

そして映画館の従業員もである。

 

何しろ客が一切騒がず大人しく寝ているだけなので。

 

後は起こして回るだけでいい。

 

映画上映後に、汚れなどをチェックする作業は従業員にとって結構大変なものなのだけれども。

 

高宮映画の場合、露骨にそれが無く。

 

子供ですら騒がずすっきり寝てしまうので。

 

各地の幼稚園や保育園で採用されているという話まで出て来ている。

 

なお、迂闊に見ると保育士まで寝てしまうので。

 

注意が必要なのだそうだが。

 

高宮は単純にまとめられたデータを見て、頷く。

 

確実にフェーズは進行してきている。

 

今、高宮の映画は邦画で圧倒的な一強状態になっている。ただし、アニメ特撮映画を除いてだが。

 

世界的な競争力を持つアニメと特撮は完全に別格。

 

だが、今の映画業界ははっきりいって穀潰しが上層部を牛耳っている状態。

 

この穀潰しどもを黙らせるには。

 

アニメや特撮レベルまで、売り上げを上げなければならない。

 

いずれにしても、現状のアニメと特撮を除く邦画に対しては。

 

高宮は、潰す以外の事を思っていない。

 

そうすべきだし。

 

それ以外に道だってない。

 

穀潰しが権威を握り。

 

何もかもが完全に娯楽から乖離した映画なんぞになんの意味がある。

 

芸術を気取って誰も楽しくない代物を作り。

 

それを理解出来ない凡夫が悪いなどと嘲笑う連中に。

 

娯楽であり文化であるものに関わる資格など無い。

 

言葉は厳しいが。

 

それが高宮の本音だ。

 

無言で、売り上げについて確認したあと。株価の推移も見る。

 

アカデミー賞を取ったことで、高宮のいる配給会社の株は更に上昇。実は早い段階から株を買っておいたのだが、既に価値は五十倍以上に跳ね上がっている。

 

まあ大株主ではないが。

 

現在高宮のいる配給会社の株は、色々と凄まじい事になっており。

 

文字通りの安牌である。

 

ただし、今後の展開次第では簡単に暴落もする。

 

だから、気を付けなければならなかったが。

 

なお、これらの情報は石山が集めて来た。

 

相変わらず記者とは思えない情報収集能力だ。

 

既に新聞記者というのは蔑称になりつつある言葉だが。そういう意味でも石山は完全に別物。

 

石山という魔物であって。

 

記者とは別と考えるべきかも知れなかった。

 

一通りデータを見た後、軽く今後の戦略を練る。

 

次の映画は勿論撮るが。

 

それ以外にもやっておく事がある。

 

既に高宮は、個人資産を相当蓄えており。それを知っている連中から、連日変な電話が会社に掛かってくるようになってきていた。

 

これに対しては、対策が必要だと判断。

 

まあ不動産だの何だの、金に群がる蛆虫どもだ。

 

反社とつながっているような連中だって多い。

 

そして、急成長した配給会社には。その手の連中への対策が出来る人間が不足していた。

 

社長と久しぶりに話す。

 

今回は、井伊もテレビ会議に来て貰う。井伊については、社長も知っている様子だが。露骨にびびっていた。

 

まあ高宮がどこかから見つけてきた怪物。

 

あっと言う間に別の会社の映画監督を社会的に抹殺した手際の持ち主。

 

それ以降も、あらゆる汚れ仕事を引き受けている。まあ怖がるのも当然か。

 

「高宮くん。 顧問弁護士を雇うというのは本当かね」

 

「ええ、というか配給会社にいなかったのがおかしいくらいなんですが」

 

「そ、それは……そうだな。 もううちも大企業だし、それくらいは……」

 

「というわけで、既に手を回しています」

 

井伊に目配せ。

 

頷くと、井伊はすぐにリストを提出。

 

それを皆で見た。

 

テレビ会議は本当に楽だ。

 

紙の書類なんて無駄なものを人数分印刷しなくてもいい。

 

こうして一気に皆で情報を共有することが出来る。

 

呻いたのは専務である。

 

かなり高い、と思ったのだろう。

 

今回、井伊は法律事務所一つを囲うつもりだ。

 

専属契約、というやつである。

 

あまり大きな事務所ではないが。

 

それでも所属している弁護士は十人ほど。

 

そのうち三人が、うちの専属になる。

 

こうすることで、法律関係に関してうちの会社はぐんと強くなる。ただし、これらの弁護士が買収されないように気を付ける必要がある。

 

「経歴は確認済み。 下手な大手よりも実績はいい」

 

「そ、そうか」

 

「会社が大きくなれば必要な人材も増える。 弁護士は必要経費」

 

「……し、しかしもう少し安くならないのかね」

 

専務が精一杯の抗戦を試みるが。

 

高宮が咳払い。

 

それだけで黙り込んだ。

 

以前は反発する気もあったらしい専務だが。此奴が、この配給会社で一番状況が見えている。

 

もはや、高宮に逆らえる存在は。

 

この配給会社にはいないのだ。

 

社長も含めて、である。

 

そうやって、時間を掛けて会社を乗っ取った。

 

此処はもう高宮の私物である。

 

勿論、私物だからって社長に靴を舐めさせたりするつもりはないし。経費を私物化して好きかってするつもりだってない。

 

あくまで自分の計画の土台として使うだけだ。

 

会社にいる他の映画監督に圧力かける気も無い。

 

まあ、経営陣に関しては。

 

こうやって恐怖を定期的に与えて。正気度を失わせておくつもりではあるけれども。

 

ここは高宮にとって都合がいい活動拠点であればいいし。

 

心地よければそれでいい。

 

だから、そういう風にテラフォーミング……高宮フォーミングとでもいうのか。

 

そうするだけの事である。

 

「分かった。 確かに変な電話が掛かってきていて、電話口の人間も困り果てているのは事実だ。 その内タチの悪い団体とかが会社に押しかけてくる可能性もある」

 

「そういうことです。 弁護士を雇って抑止力にしておきましょう」

 

「……」

 

社長は同意。

 

専務もしぶしぶ同意した。

 

というか、だ。

 

そもそも高宮が言い出す前に、やっておくべき事だろうにこれは。

 

こんな事を言わないと出来ないという時点で、此奴らに「大企業」をまわす能力はないと判断出来る。

 

何とも情けない話ではあるが。

 

それにしてもどうしようもない。溜息ばかり出てしまう。

 

テレビ会議を終え。

 

井伊に後は軽く話をしておく。

 

「それで法律事務所は大丈夫?」

 

「判例を見る限り、かなりいい仕事をしている事務所」

 

「お……」

 

「ただ同志には引き込めないと思う。 恐らく理解は得られない」

 

先読みしたように井伊が言うので。

 

そうかと、少し落胆してしまった。

 

まあいい。

 

次だ。

 

幾つか、先に手を打って置くべき事がある。

 

映画の興行収入は中々に稼げているが。

 

それにともなって、そろそろ本格的にスポンサーの押し売りをしようとしてくる輩が増えてきているのだ。

 

まあ弁護士をやとって対応させるつもりではあるが。

 

それにしても、高宮と連絡が取れないと聞くと、電話口でどなり散らす輩も出て来ている。

 

それらについては全て録音して警察に提出済だが。

 

相手が大きめの企業になると、簡単に警察が動く事もない。

 

まあコレばかりは仕方が無いだろうとも思うが。

 

それにしても、である。

 

高宮という名前だけほしくて。

 

金儲けのネタにしたがる輩が、どれだけ多い事か。

 

金になる芸術には、蛆虫とダニが集まる。

 

これは昔からそうだ。

 

映画という文化は膨大な金を生む。

 

クズが集まってくるのもまあ、仕方が無い事なのだろう。

 

スポンサーの言う通りの映画なんて作っていたら、それこそゴミになる。

 

映画にしてもゲームにしても、大手企業の作る商品が、急につまらなくなったりする事があるのだが。

 

これはスポンサーが過去の成功体験を生かすように強要し。

 

挑戦をするのを避けるように指示する事が原因となるケースが多い。

 

金が動くとそういう事が普通に起きるようになる。

 

勿論その先に何があるかは。

 

創作というものに興味があれば、誰でも知っていることだ。

 

確かになにか凄いものを作る為に、潤沢な資金を出せるスポンサーというのは必要だけれども。

 

それに依存しきってしまうと、創作は駄目になる。

 

これもまたジレンマだ。

 

高宮は低予算映画で稼ぐという荒技でそれを乗り切っているが。

 

その稼ぐという行為自体が、クズを呼び寄せる。

 

難しい話ではあった。

 

幾つか手を打った後。

 

次の映画の撮影の準備を進める。

 

また、映画会社の広報で連絡をしておく。

 

法律事務所との専属契約の締結について。

 

これについては、大企業となった事もあり。今後は社会的な責任を果たす必要があるためだという事を記載したが。

 

効果はてきめんだった。

 

高宮自身は、以前も名誉毀損を仕掛けて来た相手を、一瞬で社会的に屠った実績があった。

 

だが高宮のいる会社は、そこまで法律に強くないと言う事は、何処かで知られていたのだろう。

 

結果として、翌日から。

 

ぴたりとクズみたいな電話は止まった。

 

まあそれはそうだろう。

 

対抗策を練られてしまえば、後はどうにもならない。

 

この国では、ヤクザは結局の所警察には勝てないのである。

 

警察は上層部が腐敗しているが。

 

それでも、他の国よりまだまだ全然マシなのだ。驚くべき話ではあるのだが。

 

数日を過ごし。

 

そしてふらっと撮影予定のスタジオを見に行く。

 

この間の「ミュージカル映画」も相変わらずの評判で。

 

客はそれなりに入ったが。

 

その一方で、良い評判は一切聞かない。

 

よく眠れるという評判は相変わらずだ。ミュージカルなのに、である。

 

ただ高宮がミュージカルだと言えばそれはミュージカルなのだ。

 

映画館は困惑しつつも、ミュージカルとしてそれを放映せざるを得ず。

 

高宮映画だと言う事がわかっている客は。

 

みんな二時間ぐっすり眠って満足して帰っていく。

 

そんな不可思議な映画を。次も撮る。

 

それだけである。

 

スタジオは何回か使ったものだが。

 

視察に行くと、スタジオのオーナーが自ら出迎えに来た。

 

映画監督なんか幾らでも来るから、オーナーなんてわざわざ来ない事が多いのだけれども。

 

それでも来たという事は。それだけ社会的な影響力が大きくなっている、という事である。

 

それに高宮の姿は、知っていればそれなりに目立つ。

 

タッパはあるし不審者全開の姿だし。

 

まあ、それで高宮だと分かれば。理由さえあればすっ飛んでは来るだろう。

 

媚びる様子が露骨なオーナーを見てげんなりするが。

 

そのまま、次の映画のセットを見せてもらうことにする。

 

次は「本格時代劇」の予定だ。

 

チャンバラである。

 

とはいっても、高宮が撮るチャンバラである。

 

トチ狂ったものになるのは最初から決まっている。

 

なお。大部屋俳優の星として有名な、十万回斬られた人が存命だったら出て貰おうと思っていたのだが。

 

残念ながら既にあの世に旅立ってしまった。

 

それだけは、ちょっと悲しかった。

 

もっと早くに有名になっていれば、出て貰えたかも知れなかったのだが。

 

「高宮監督、それでどうでしょう。 うちのスタジオとの長期契約などはできませんでしょうか」

 

「それはうちの井伊に話をしてください」

 

「は、はい……」

 

一刀両断である。

 

こいつもオーナーなら、既に知っているだろう。

 

井伊が恐ろしく手強い相手だと言う事は。

 

同志に迎えた人材には、恐ろしい程凄い待遇を用意する代わりに。

 

この手の輩には徹底的に容赦が無い。

 

高宮の方針を井伊は良く理解している。

 

まあ高宮と同等かそれ以上に頭が良いのだから、当然とは言えるだろうか。

 

スタジオを自分で見て回る。

 

セットを丁寧に確認している後ろに、きんぎょの糞をしているオーナーは。ある意味滑稽だった。

 

スタジオの関係者が此方をちらほら見ている。

 

高宮は昔からこうだったので。

 

今こうなったわけではない。

 

とにかく恐ろしくマイペースで、まるでつかみ所がない。

 

だから、オーナーもどうしていいか分からないようだった。

 

「とりあえず次の撮影でも使わせて貰いますけれど、出迎えとかは結構です。 セットなどの確認は一人でやりますし」

 

「……はい」

 

「それでは失礼します」

 

そのまま、スタジオを後にする。

 

井伊にメールをした後。

 

小野寺に連絡を入れておく。

 

弁護士達との顔合わせを任せたのだ。先に話を聞いておく必要がある。

 

メールも即座に戻ってくる。

 

変なローカルルールを作ると、メール一つ飛ばすのにも大変だったりするのだけれども。

 

小野寺とは普通に個人メールでやりとりしているので、その辺りは問題は無い。

 

「三人とも生真面目な弁護士で、好感が持てましたね。 裁判に勝つ事が弁護士の仕事とか抜かして、どこからどう判断しても極悪人な犯人を平気で野放しにするような人達とは違うようです」

 

「それなら結構。 ただ、弁護士になると言う事は相応に頭が良いことも事実だから、猫を被っているかが不安かな」

 

「はい。 しっかり見ておきます」

 

「頼むよ」

 

小野寺の意思伝達能力は天賦の才能だ。

 

任せてしまって大丈夫だろう。

 

さて、次だ。

 

石山は大きな記事を書いたばかりで疲弊しているだろうし、今は連絡するのは酷か。

 

黒田は今回の件にはあまり関係がない。映画を作るときなどに協力して貰うが、それ以外では自由にさせてあげたい。体内がただでさえメタメタなのだから。

 

一つずつ確実に手を打っていく。

 

ただ、それでもまだまだ計画の成就へは遠い。

 

確実に進めていると思う時こそが危ないのだ。高宮は、此処こそが気合いの入れどころだと。

 

己に言い聞かせ直していた。

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