謎の映画監督の物語 無の映画監督   作:dwwyakata@2024

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理解出来ない相手を侮蔑する。

人間が持つ最悪の特性の一つでしょうね。


3、違和感

高宮が撮影を終えて自宅に戻ると。

 

石山から連絡が来ていた。

 

石山が連絡を寄越すと言うことは、面白い情報を見つけた時だ。そうでない場合は井伊から連絡が来る。

 

会社で問題が起きた場合は小野寺から来るし。

 

システム面で問題が起きた場合は黒田から来る。

 

なお。日野茜にはまだ個人のメールを教えていないので。

 

その辺りの連絡が来る事は無い。

 

「ちょっと面白いブログを見つけました。 目を通してくれると何よりです」

 

「了解。 確認してみる」

 

「お願いします」

 

石山が面白いと言うことは、相応に面白いものなのだろう。

 

興味が出て来た。

 

石山は今、ネットで「二次元記者」何ていわれている。

 

これは正体がさっぱり分からない事。

 

大手新聞の記事より余程面白いものを書くこと。

 

それでいて正確であること。

 

そして記者としての信念を明らかに持っている事、などが原因である。

 

二次元から来たようだ、という話が拡散され。

 

新聞記者の一部が、揶揄して二次元記者と言い出したら。

 

それが良い意味で拡がってしまった、というものである。

 

まあ実際、今のマスゴミの狂態には誰も彼もがうんざりしていた、というのが事実なので。

 

ある意味石山にとっても褒め言葉なのだろうなとは思う。

 

早速くだんのブログを見てみる。

 

内容はまだ始まったばかりの映画批評ブログだ。

 

たどたどしい文章からして、まだかなり若いブロガーだと判断して良いだろう。

 

個人での情報発信の場が、個人HPではなくなってからかなり経つ。

 

ブームは個人HPから色々と変遷していき。

 

その間にブログが存在していたのだが。

 

ブログはなんだかんだで生き残り。

 

こうやって個人発表の場として存在し続けている。

 

「噂になっている高宮監督の映画を見て来ました。 見る睡眠導入剤とか、クソ映画だけど不愉快ではないとか、頑張って見ても何一つ内容が頭に入ってこないとか色々聞いていましたが、噂通りの代物でした。 一回目見に行った時は、五分ももたず爆睡して、気づいたら映画が終わっていました。 これは凄いと思って他のも見てみました」

 

その後は、素直な感想が並んでいる。

 

とにかく虚無。

 

不愉快ではないけど虚無。

 

内容が最初から最後まで徹底的に理解不可能。

 

正気度がみるみる削られていくので、寝ている方が幸せ。

 

純愛ロマンス映画と銘打っている作品なのに、映画館ではカップルがみんな爆睡していて。

 

起きた後はみんなすっきりしたようすだった。

 

疲れきったサラリーマンらしい人も結構見かけたけれど。

 

みんな映画の間はすごく幸せそうに爆睡していて。

 

映画が終わった後、すごく満足そうで不思議な光景だった。

 

そういった事が。素直に書かれている。

 

これはとてもではないが、人にお勧めできる映画ではないけれど。映画ではないと判断すればお勧めできるかも知れない。

 

そんな事も書いてある。

 

意外に鋭いな。

 

そう思いながら。

 

石山が面白いと判断した理由を読み進めつつ探していく。

 

石山ははっきりいって、今の記者が出来ていない事を全て出来ている存在だ。だから二次元記者とか言われるのだが。

 

そんな石山が面白いというのだ。

 

何か面白い所があるのだろう。

 

実際問題、今までの部分は他の映画批評ブログでも見た事がある内容なのである。

 

別にここまでは、苦笑いすることはあってもはっきりいって面白い内容とは言い難い。少なくとも目が肥えている石山が面白いという事はないだろう。

 

内容を読み進めていくと。

 

最初の内はブロガーがあからさまに、異次元体験を面白がっているのが分かってきたけれども。

 

その内事情が変わってくるのが分かってきた。

 

まずこのブロガー。

 

こう切り出したのである。

 

「かくして一通り高宮監督の作品には目を通したのですが、違和感を覚えたのは私だけでしょうか。 どうもこの映画、なんか妙なんですよね。 まあ映画なのかすら不明ですけれども。 ちょっと違和感があるので、文章に起こして見ます」

 

その後、順番におかしいところを並べていく。

 

それが結構鋭いので感心した。

 

「まず頻繁に入ってくる組み体操ですけど、はっきりいってどうでもいいシーンだと思います。 特に初期の作品だと、やってる役者さんの目も死んでますし。 最近の作品でも、CG加工こそしていますけど、役者さんが明らかに死んだ目で演技をしているのが手に取るように分かります。 執拗に繰り返される組み体操。 ですがこれ、どうも安全なものだけ選んでいるようなんですよね」

 

それが何か不思議なのか。

 

ブロガーはずばり指摘する。

 

「学校とかで組み体操やるじゃないですか。 あれって生徒をルールの枠にはめ込んで、躾ける意味があるんです。 その過程で苦痛を与えて、生徒に上下関係を仕込んでいるんですね。 ところがこの作品における組み体操って、明らかに安全なものばかり選んでいるんです。 意図が違う。 はっきりいってシュールな光景なんですが、それをCGとか演出で、敢えて虚無にしている」

 

ほほう。

 

鋭いじゃないか。

 

石山を見いだしたのも、こういう情報を見たからだったな。

 

意図的に高宮が虚無映画を作っていることに気づいたからだ。

 

いずれ、他にも気づく奴が出てくるだろうとは思っていたけれども。

 

それでもついに出て来たか。

 

「「ミュージカル」と題する作品も同じです。 別に私はそれほどミュージカルが好きなわけではないですけれども、それでも不自然に感じました。 歌も踊りも普通は如何に楽しいものか強調するのがミュージカルの基本なんです。 なぜならミュージカルの主役何ですから。 それなのにこの映画では、ミュージカルシーンを全て虚無にしている。 演出とか全部、虚無に割り振っているんです」

 

その通り。

 

多分石山の記事を読んで影響を受けた、と言う事はあるまい。

 

というのも、見るだけみて、感想を書いているだけだからだ。

 

記事と呼べるものではない。

 

感想文だ。

 

だが、その感想文が。

 

本質を貫いているのである。

 

滑稽な話だ。

 

この人は、映画の専門家などでは無い。ただ映画が好きなだけの、一般ファンである。

 

それが映画ガチ勢を自称するアカデミー賞などを選定する業界人よりも、余程高宮作品の本質を言い当てている。

 

SNSなどでガチ勢とかいう自称をしている人間は、余程の事がない限りガチ勢とは程遠い。

 

この人は、どうなのだろう。

 

ちょっと面白くなってきた。

 

確かに石山が進めてくるのが分かった。

 

「なんだか、高宮監督の意図が分かりません。 映画を撮ろうとしているのか、なんか別のものを撮っているのか……。 いずれにしてもダイスを転がしたら正気度をごっそり持って行かれた感じです。 というわけで、感想はこれで終わりにします」

 

どうやら高宮作品と関わるのは、なんだか精神的に危険だと判断したらしい。

 

以降は無難な作品の批評にまた移っていた。

 

それはそうだろう。

 

深淵を覗けば深淵に覗き返される。

 

今、深淵を覗きかけていると気づいて。

 

慌てて離れたのだ。

 

それは正解だと言えた。

 

すぐに石山にメールを送る。

 

「確認した。 中々に面白いね」

 

「でしょう。 しかしながら、面白いとばかりは言っていられないんじゃないでしょうかね」

 

「……その心は?」

 

「一般映画ファンも気づき始めたって事です。 次のアカデミー賞を取った頃には、もっと気づくファンも増えるでしょうね」

 

来年次のアカデミー賞を取ったとする。

 

邦画で現在、国際的な競争力を持っている映画は、アニメと特撮くらいだが。

 

高宮映画が海外の「権威がある」賞を受賞した場合は。

 

それも過去の話になる。

 

高宮作品は、現在のエドウッド映画から。

 

権威ある人達が認めた権威ある「芸術」に変わるのだ。

 

そのタイミングで全てを明かす。

 

これは敢えて虚無に作っていて。

 

その気になれば面白いのも撮れるんだよ、と。

 

そうすることで、業界の権威は地の底に落ちる事になるだろう。

 

だが。一般ファンが気づき始めると。

 

そのどんでん返しが、通じなくなる可能性がある。

 

SNSで高宮映画を笑って楽しんでいるような層はどうでもいい。連中は同調圧力に流されているだけの藻だ。

 

まあたまに鋭い事を言う奴もいるが。

 

そんなものはSNSの濁流にあっと言う間に流されていくだけ。

 

だが、同調圧力で動くと言う事は。

 

もしもそれが一定の流れをもったときには。

 

侮れない事になる。

 

それを石山は指摘している。

 

高宮もそれは理解している。

 

どうやら、そろそろ事態を加速させるべきだろう。そう判断していた。

 

「分かった。 今の時代劇、次のカンヌに出す」

 

「また随分と急な……」

 

「いや、アカデミー賞は多分取れる。 というか、権威を気取ってる業界人どもは、出さざるをえない」

 

今、邦画には人材が枯渇している。

 

原作をコケにした実写化映画を撮るような監督。

 

原作が無い場合は、文字通り誰得な映画を撮って、自分は凄いとふんぞり返っているナルシスト。

 

アニメ映画と特撮映画は客商売と言う事を理解している。

 

だから国際競争力を持っているが。

 

芸術を作っているとふんぞり返ると。

 

客商売だと言う事を忘れ。一気に傲慢になり果て。作るものも質が落ちる。それがこういう世界の基本則だ。

 

だから、業界人も内心焦っている。

 

やっと自分達が芸術だと思う作品を作り。更に売り上げが爆増している高宮という存在が出て来たのだ。

 

高宮がいなくなれば、連中は困る。

 

出来れば、もう少し依存度を上げておきたかったのだが。

 

そろそろ、次の段階に行くべきだろう。

 

高宮はだから決断した。

 

「海外の賞に出すから、その時に備えて記事を準備しておいてくれる?」

 

「了解です。 そうなるとお上品な映画を取り寄せて散々みないといけないかなあ……」

 

「プロでしょ」

 

「はい、その通りデス」

 

それできちんと有言実行できるのだから、石山は立派だ。

 

確かに二次元記者という言葉が出てくるし、それが揶揄にもならなくなる。

 

今の石山は。

 

もう、石山という存在であって。

 

記者という存在からは逸脱しつつある。

 

さて、伸びをしてから、さきのブログをもう一回見る。

 

この感想は。

 

色々と間違っていない。

 

実際高宮は、敢えて映画を虚無にしているのだ。

 

かといって、このブロガーを同志に加えようとも思わない。

 

いずれ鋭い奴は気づくだろうと、思っていたからである。

 

多少鋭い程度のブロガーなんて、同志に加えても仕方が無い。今後は、更に同志を吟味するつもりなのに、である。

 

いずれにしても、動きは早くするか。

 

幾つかのスケジュールを、頭の中で組み直す。

 

そして、夜の残り時間を

 

そのスケジュール再構築に、全て費やしていた。

 

 

 

チャンバラのシーンが終わって、指導役は大満足した様子で帰った。謝礼金もしっかり出す。

 

たまにこういった指導役にロクな金も払わないような礼儀知らずもいるらしいし。中には映画の原作者にほぼ金を出さないような恥知らずな会社もあるらしいが。

 

高宮は違う。

 

作っているのはオリジナルの映画だが。

 

役者にも謝礼は出すし。

 

こういった専門家にも敬意を払う。

 

それがやるべき当然の事だからやっている。

 

それだけの話である。映画監督だろうが何だろうが、偉いわけでもなんでもない。するべき事はする。

 

どうしてか、時々社会では守られない不思議な話ではある。

 

この辺りで高宮の、映画撮影に関する評判が悪くないという話が出てくる。役者には正気度がなくなるような演技を強要はするが。環境そのものは悪くは無いという話が出てくるのもそれが故である。

 

高宮は敬意を払うべき相手には敬意を払う。

 

それが当たり前だからだ。

 

自分が偉いとも思わない。

 

それが事実だからだ。

 

それらをきちんと認識出来ないと、あっというまに老害になる。それも現実として見て来ている。

 

故に老害にならないために。

 

老害を一掃するために。

 

この業界をひっくり返すために。

 

今動いているのだ。

 

撮影を順番に進めていく。

 

チャンバラのシーンでは生き生きとしていた役者達も、もうボーナスステージが終わった事は理解しているのだろう。

 

目が死んでいた。

 

以降はひたすら哲学的な話が続く内容となる。

 

これが業界人にはウケがいいらしい。

 

この間。高宮映画の哲学的会話をまとめた論文を出した教授がいたらしく。業界人に絶賛されたそうだ。

 

はっきりいって馬鹿じゃ無いのかと思うし。

 

ついでに無駄な努力お疲れ様とも思ったが。

 

それについてどうこういうつもりはない。

 

真面目に論文を書いた学者は、単純に研究のためだったのだろうし。口に出してその努力を馬鹿にしてはならない。

 

如何に高宮の意図が映画をつまらなくするために哲学的な台詞を言わせているのだとしても、だ。

 

学者に責任も問題もないのだから。

 

ただ。論文を書くのに高宮の映画を何度も見ただろう事と。

 

いちいち台詞を全部まとめてそれを調査しただろう事は。

 

大変だっただろうなと、同情してしまう。

 

淡々と午後の撮影を終わらせて。

 

定時で上がって貰う。

 

定時で上がったとは思えない程に役者達が疲弊していたが、それはまあ仕方が無い事だ。

 

酒を飲むなり風呂に入るなりして、自分で解決してほしい。

 

高宮も戻る。

 

家に着くとスマホの電源を入れて。連絡が来ていないか確認した。

 

それなりの数の連絡が来ていた。

 

まず小野寺だが。

 

井伊のアドバイスで、これからはテレワークをするという。

 

ただ、そうなると会社の重役達の監視が出来ない。

 

このため、監視カメラを「防犯のため」という目的で設置。

 

彼方此方に集音マイクも仕込む。

 

「防犯のため」である。

 

これを小野寺に監視して貰う。

 

そして、状況に応じて重役とテレビ会議できる権限を社長と掛け合ってもらうことにする。

 

小野寺が凄まじいやり手である事は分かりきっているようだったし。

 

案外あっさり許可は下りた。

 

ただ、小野寺の新居に、色々金が掛かった。

 

テレビ会議なんて、今時ちょっとした設備で簡単にできる。

 

だが、流石に会社の監視システムを任せるとなるとそうもいかない。

 

なお会議室以外にも、喫煙所などにも監視カメラはきっちりある。

 

それだけ儲かっているのだから、防犯はしっかりしようという風に説得してつけさせたのだが。

 

まあ、会社に残った連中には居心地が悪いだろうなとも、高宮は思った。

 

更に、である。

 

高宮の家に、VPNをつなげ。更に会社の使っている高性能サーバにアクセス出来る環境を作る。

 

これは井伊が設計してくれたが。

 

これで、映画の編集を家で出来るようになる。

 

完全なリモート体勢の完成である。

 

まあ、高宮は会社にいると幽霊と間違われることも多かったので。

 

今後は完全リモートなら、社員も安心できるだろう。

 

業病が大流行したこともある。

 

時代はリモートだ。

 

元々、無駄な通勤でサラリーマンの命を削ることに何の意味があったというのか。

 

今回は業病で多くの人が苦しんだが。

 

リモートという働き方が見直されたのは、本当に大きいと高宮は考えている。

 

残念ながら、まだまだ完全普及には程遠いが。

 

それでも、高宮は率先してリモートを実施し。

 

周囲に示す。

 

これについては、取材を今度石山にさせようと思っている。

 

高宮の映画についての取材は今後幾つかさせるつもりだが。

 

これはむしろ、優先度を上げるべき内容だろう。

 

黙々とメールを確認していき。

 

必要な指示は出しておく。

 

その後は、風呂に入ってゆっくりする。

 

元々タッパが大きい高宮だ。家を何度か変えているうちに、風呂は必然と大きいものへと変えた。

 

比較的のびのびと風呂には入れるので、リラックスは出来る。

 

風呂から上がると、後は夕食。

 

今日はもう適当に出来合いで済ませてしまうが。

 

少し疲れが溜まっているか。

 

夕食を終えた後、肩を揉む。

 

もう少しだ。

 

もう少しで、目的が達成出来る。

 

そう言い聞かせて、疲れている体を叱咤する。

 

しかしながら、無理をするとどうしても後でリバウンドが来るし。最悪取り返しがつかなくもなる。

 

高宮の大望はもう少しで最終フェーズに取りかかる。

 

この腐敗しきった業界を叩き潰す。

 

そのためには、もう少し頑張らないと。

 

だが、高宮は労働は兎も角。頭を少しばかり使いすぎている。どうしてもだから疲労が取れない。

 

糖分を取ってもあまり回復はしない。

 

そういうものだと思って、高宮は半ば諦めてもいた。

 

頭を使いすぎている、か。

 

何でも頭を常時フル回転させている人と、そうではない人がいるらしいと言う話は聞く。

 

そう考えてみると、高宮はある意味生き急いでいるのかも知れない。

 

まあそれはそれで構わないか。

 

生きていて何もなせない人もたくさんいる。

 

何かをなせたというのなら。

 

高宮は、それは意味がある人生だったのだ。

 

そして、これからがその意味を作れるか。

 

ここで止まるわけには行かない。

 

食事を終えた後、大きくため息をついて。ぐったりして。横になる。

 

ねむるには少し早いのだけれども。

 

何とも疲れてしまった。

 

だからぼんやりと、横になって考え事をする。

 

かなり危ない連中が、高宮に集ろうとして始めている。

 

井伊がしっかり事前に処理してくれているけれども。

 

井伊にはかなり危ない橋を渡らせてしまっているなあとも思う。暴力団が絡んでいるとなると、実際問題危険だ。連中は人を殺す事など何とも思っていない。マスコミと同じように。

 

いずれにしても、同志を失う訳にはいかない。

 

井伊が簡単に誰かの手に掛かるような事はないとは思うが。

 

それでも気を付けて貰わなければならないだろう。

 

なんだかんだで。高宮も危ない橋を渡っている。

 

計画がばれたら大変な事になるのも確定だ。

 

いつ何が起きてもおかしくない。

 

それにだけは。

 

常に備えておかなければならない。

 

何度か寝返りをうつ。

 

杞憂であればいいのだけれども。

 

どうにも、不安でならなかった。

 

高宮だって超人ではない。

 

悩むこともあれば、不安だってたくさんある。

 

幼い頃は、周囲と自分が違いすぎる事が色々と怖かった。高宮は今はともかく子供の頃はタッパがあって女子としては腕力も強く、同年代の男子にはまず負けなかったこともあって、虐めを受けるような事はなかったが。

 

それでもあまり周囲の事を好ましいとも思わなかったし。

 

違うと言うだけで、ここまで排斥できる人間という生物に、色々と疑問も覚え。

 

そういう疑問を覚える自分も、色々と恐ろしかった。

 

今になって、そんな記憶が蘇ってくる。

 

上手く行っている。

 

今は間違いなく、人生で一番上手く行っている。

 

だが、このまま本当に上り坂が続くだろうか。

 

それはちょっと何とも分からない。

 

だから、高宮は不安なのだ。

 

何もかもが、一手の間違いから全て終わってしまうのでは無いかと。

 

また寝返りをうつ。

 

ため息をついた。

 

今日は、寝不足になるかも知れない。

 

 

 

眠りが浅く、あまり時間もとれなかった事もある。

 

かなりしんどいと高宮は感じつつも。

 

起きだすと、ルーチンをこなして行く。

 

着替え、食事。

 

顔を洗って最低限の化粧をして。

 

そしてコーヒー。

 

写真をSNSに上げる。

 

最近はコーヒーに何か意味があるのでは無いかとか考察をしている連中もいるようだけれども。

 

そんなものはない。

 

前に石山に馬鹿な考察をしている奴がいると聞いて、それを見にいったことがあるのだけれども。

 

確かに高宮が無作為に上げているコーヒーの写真に対して、変な考察をずっと続けていて。

 

少しは頭を冷やせと言いたくなった。

 

まあ、どうでもいい。

 

コーヒーの写真をいつも通りの時間にあげると、早速拡散されるし、コメントもたくさんつく。

 

もう高宮は。

 

日本でも、知らない者の方が少ない人間になっている。

 

それだけ謎映画の監督として知られてきていると言う事だ。

 

フォロワー数もこの間600万を超えた。

 

一方高宮はフォロー返しもしないとプロフに書いている事もある。

 

フォローしているのは天気予報とか一部のアカウントだけ。

 

はっきりいって。

 

どうでもいいことだった。

 

「この間高宮のアカウント見にいったんだけど、ずらっとコーヒーの写真が並んでいて軽く恐怖だった」

 

「お前、その程度で怖がってたら奴の映画観られないぞ。 ある意味そんなものより何倍も怖い」

 

「そ、そんなにやばいのか」

 

「理解不能という点ではな。 実際には映画館に見にいって、五分起きていられたら凄いと思う」

 

そんな会話が、ちょっとエゴサをしただけでも見られる。

 

まあどうでも良いことだ。

 

さっさと家を出る。

 

最近は朝方がかなり暗くなってきた。ライトをつけて、軽で人が殆どいない道を行く。そのまま無言で車を走らせる。

 

ラジオとかを聞きたがる人間もいるが、高宮はそういうのは一切使わない派だ。

 

車は集中して運転したい、というのもある。

 

音楽とかが聞こえると、はっきりいって集中が途切れる。

 

車は軽でも半トンもある。これは最大級のヒグマに匹敵する重さだ。

 

これがぶつかった時のダメージが致死的なのも当然だろう

 

だから、乗るからには責任がある。

 

故に、運転時は可能な限り静かにする。

 

それが高宮なりのやり方だった。

 

スタジオに到着。

 

井伊が探してきてくれる家を転々としている状況だが。基本的に車通勤が可能な家を探してくれている。

 

それはとても有り難い。

 

流石に映画撮影だけはリモートワークとはいかない。

 

ただこれも。

 

未来はVRの技術が発達したりして。

 

家にいながら、映画を全て作ることが可能になるかも知れない。

 

そうなると、今のこのシステムは。

 

過渡期の徒花なのかも知れなかった。

 

スタジオにつくと、いつものルーチンを開始する。

 

今日はマスコミがスタジオにいなくて快適だったな。そう思いながら、小道具大道具をチェックしていく。

 

一つ、少し古くなっているのを見つけたので、メモしておく。

 

危険はないとは思うが。

 

一応念のためだ。

 

やがて小道具大道具照明音響など、順番にスタッフが来るので。

 

大道具を呼んで、さっきのを伝えておく。

 

すぐに確認するとすっ飛んでいったので、後は任せる。

 

その後は、俳優も来るが。

 

基本的に高宮は、俳優が撮影開始までに何をしようと好きにさせる。

 

日野はストレッチとかして体を動かしているし。

 

他の俳優には談笑している者もいる。

 

だが、いずれにしても。

 

撮影では相応に本気を出して貰う。

 

時間だ。

 

撮影を開始する。

 

そのまま、撮影を開始する旨を告げ、自身は席を確保して座る。

 

なお、今日は石川が来ている。

 

幾つか取材をしていくということなので、好きにさせる。

 

アカデミー賞の事を考えると、幾らでも取材はしてもらってかまわないだろう。

 

何を取材するかは具体的には聞いていないが。

 

いずれにしても、石川は一切撮影の邪魔も休憩の邪魔もしないので、俳優達からは好評のようだった。

 

以前日野の記事を書いたときも。

 

太鼓持ち記事では無いという事で、日野も苦笑いしながらこれでいいと認めていたくらいである。

 

正確な情報は。

 

「見たい情報」よりも、好感を呼ぶ。

 

少なくとも、おべんちゃらを好む輩でなければ。

 

そういうものだ。

 

撮影が開始される。

 

淡々と、哲学的な会話が為されていくシーンを、順番に撮影していく。

 

いずれも退屈にするために撮っているシーンであり。

 

石山は熱心にメモを取っているが。

 

良く眠くならずに頑張れるなと、感心するほどだ。

 

高宮は脚本通りに喋っているかを確認しながら撮影の指揮を執っているから、眠くなるどころでは無い。

 

黙々と撮影を進め。

 

やがて、一段落したところでカット。

 

もう、俳優達は疲労が見えた。

 

五分休憩。

 

そのまま、次の撮影を開始する。

 

淡々と昼までやる。

 

今日は高宮が来ている。

 

それだけで、他のスタジオも相応に音量を抑えているようだ。以前ぎゃいぎゃい喚いていたのを放り出したことが原因だろう。

 

映画監督界隈では。

 

以前の訴訟の件も含め。

 

高宮の事はかなり怖れられている。

 

故に、高宮が撮影に来ていると聞くと。必然的に行儀が良くなるようである。

 

監督は萎縮するかも知れないが。

 

俳優達はそれで助かっているらしい。

 

高宮映画に出るのは出来れば勘弁してほしいが。

 

高宮監督がスタジオにいると空気が良くなる、というのは彼らの共通した見識であるらしく。

 

俳優の間では。

 

高宮はそれなりに、評判がいいようだった。

 

そのまま撮影を続ける。

 

一切表情を見せずに撮影を続けていく映画製作マシーン高宮。

 

だが、その高宮が野望を秘め。

 

苦悩も秘めている事を知っている人間は。

 

殆どいないのが実情だ。

 

これが現実。

 

人間という生物は、99パーセントが驚くほど単純だが。

 

それ以外は意外に精神が複雑に出来ている。

 

性欲と目の前の欲求だけ満たすことしか考えていない99パーセントの人間ほど。

 

自分が理解出来ない相手を、悩みが無さそうだとかいって嘲笑するものだが。

 

はっきりいって、高宮から言わせれば。

 

お笑いぐさも良い所だった。

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