謎の映画監督の物語 無の映画監督   作:dwwyakata@2024

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映画界の、北欧神話のラグナロクにおいて全てを焼き尽くす魔王スルトとなった高宮ですが。

決して無責任に行動したわけではないのです。


1、焼き尽くされた野で

高宮は映画を撮る。

 

また、密閉スタイル、である。

 

高宮のSNSは、あの時。映画界隈の権威を焼き払った時以来、コーヒーの写真を投稿するアカウントに戻った。

 

それ以降は、凄まじい数の拡散と返信がついているが。

 

たまに目を通す以外は、全部無視している。

 

基本的に返信はしないよ。

 

そうプロフィールに記載しているのだ。

 

誰も返信は求めていないだろう。

 

まあたまにしつこく食い下がってくる輩もいるが。

 

そいつについても、相手にしないといずれ根負けして去って行く。

 

それをみて。

 

コーヒーに負けたと、揶揄する輩もいるが。

 

当の高宮が一切何もかもを相手にしないので。

 

炎上しようがない、というのが事実だった。

 

最近はスポンサーの押し売りも減ってきている。

 

なお、ハリウッドに来ないかと言われたことが何回かあったが。それも全て断っている。

 

海外資本に好き勝手にされている上に。

 

近年は作る映画の質が落ちる一方のハリウッドである。

 

何とか、話題性のある監督を牽引したいのだろうが。

 

残念ながらお断りだ。

 

権威を破壊し尽くした高宮である。

 

ハリウッドという新しい権威にすり寄るつもりもない。

 

無論印度映画などの、新興の映画業界にも興味は無い。

 

そういうのは、好き勝手にどんどんやればいいと思っている。

 

だが。高宮は関わらない。

 

それだけだ。

 

まあ高宮は、なんだかんだで資産が増える一方。

 

その資産を巡って、凄まじい数の人間が暗躍している。

 

高宮が三十路の女だと知って。

 

暴力団の幾つかは、イケメンの男をあてがって落とそうと考えているようだが。

 

高宮は自分でも自覚がある程性欲が薄く。

 

男にも女にも全く興味が無い。

 

恋をすればどうこう、という話があるが。

 

残念ながら、そんなものには全く興味が無いのである。

 

フロイト先生残念でした。

 

性欲がなにもかも人間の全てと考えたフロイト先生の理屈は、もうとっくに論破されているが。

 

彼の思想は、現在にも大きな呪いとなって残っている。

 

それを潰すのは、これからの哲学者達だろう。

 

高宮の仕事ではない。

 

そういうことだ。

 

高宮は、既に腐りきった権威を映画業界から焼き払った。

 

それだけで充分である。

 

そういう意味では、高宮には欲望そのものが薄いのかも知れない。

 

そういえば、欲望が強い人間ほど優秀とか言う謎理論もあったっけ。

 

まあ欲望はモチベになるかも知れないが。

 

強すぎる欲望は、自分も周囲も焼き尽くすだけだ。

 

というわけで、高宮は全くそんなものには興味が無い。

 

淡々と撮影をしていく。

 

今とっているのは、路地裏のホームレスの物語。

 

時代が変転していくのを。

 

二十代で社会からドロップアウトしてしまったホームレスの視線から、淡々と描いていくものである。

 

題材としては明るいものではないけれども。

 

様々な時代の移り変わりを、社会から弾かれてしまったホームレスの目線からみていくのは。

 

それはそれでありだと思う。

 

俳優達にも、演技指導はするが。

 

それは最低限。

 

プロなんだから、入魂の演技をしろ。

 

方針を告げた後、そういうだけで充分。

 

後は、劇団で揉まれて来た俳優達が、しっかり演技をしてくれる。

 

それでよかった。

 

今回も、主に新人の俳優を使うが。

 

ホームレス役には、大部屋俳優の一人を起用。

 

この大部屋俳優は、ホームレス役をやらせたら天下一という話もあって。今回実際に出演作を幾つか見て、それで決めたのである。

 

本人は文字通り涙を流して喜んでいた。

 

こういう人が、どうして大部屋俳優なのか。

 

そんなものは決まっている。

 

コネがないから。

 

華が無いから。

 

そんな理由で、単に「上の方」に好かれなかった。それだけだ。

 

時代劇の名用心棒悪役が、ずっと大部屋俳優だったように。

 

実力があれば抜擢されるなんてのは、大嘘なのだ。

 

事実どんな大根でも、普通に生き残っている俳優なんて幾らでもいる。

 

映画業界の後は、テレビ業界を誰かがぶっ潰さないかなと高宮は思っているのだが。

 

自分でやる気がないのだ。

 

そう思うだけで。

 

誰かにやれと指嗾するつもりはないし。

 

強制するつもりもなかった。

 

ただ、そうならないかなと思うだけだ。

 

「はいカット。 次はシーン81。 十五分休憩」

 

少し長めに休憩を入れる。

 

ホームレス役の主人公が、与太者に暴行を受けるシーンの後だと言う事もある。

 

勿論実際には当たっていないふうにするのが普通の撮影なのだが。

 

今回は敢えてモロに入れるようにしていた。

 

ホームレス役の人は、暴行を受けるシーンに慣れていると言う事で、それで快諾してくれたし。

 

攻撃役には、演技指導の上で。

 

どういう風に攻撃をするのか、というのを丁寧に指示した。

 

勿論怪我を本当にしないように工夫はしたが。

 

それでも、攻撃をする方も。

 

受ける方も。

 

相当に消耗しているのは、見て取れた。

 

十五分の休憩の間、スポーツドリンクを飲んでぼんやりする。

 

さて、次のシーンは。

 

そう考えているうちに。十五分が過ぎてしまう。

 

年齢を重ねると。

 

時間はあっと言う間に過ぎる。

 

三十を過ぎると加速は更に早くなり。

 

四十を過ぎるともうあっと言う間だ。

 

そういう話は聞いていたが。

 

確かにその通りだなと思って。苦笑いすらできなかった。だが、高宮はやり遂げたのである。

 

以前映画の題材にした風神のように。

 

あの人の生きた時間は、現在の高宮よりも数年ほど長いに過ぎなかったが。

 

西国無双と呼ばれた最強の武将の親となり。

 

西洋から来た宣教師すらも、文句なしの名将だと絶賛し。

 

そして主君も家族も守り抜いた。

 

だから、高宮も。

 

自分の本懐を遂げることが出来たのだから、それで充分だと判断する。

 

今は、時間がどんどん早く過ぎるようになってきている事は、それはそれでかまわないと考える。

 

ただ、映画を撮ろう。

 

それだけで、良かった。

 

 

 

高宮の映画が公開される。

 

ホームレスが題材と言う事で、懸念される声もあったのだが。

 

封切りが行われてから、流石に凄まじい勢いで客が来た。

 

それで満足していったようだった。

 

「なんというか、もう見る睡眠導入剤だった高宮映画はなくなったな。 毎回確実に当たりを出してくれる。 ペースは落ちたが、今回も感動した」

 

「時代考証みたか? 十七人もやとってやがる。 本当に細かく、時代を丁寧に見ていく作りになってるんだな」

 

「悔しいが面白いな」

 

「何で悔しがってるんだよ。 まあともかく凄く良かったよ。 明日二回目見にいってくるわ」

 

今回も、売り上げ兆越えか、とまで言われているようだが。

 

まあその辺りは高宮には分からない。

 

予算は自分の資産から出しているし。

 

多分黒字にはなるだろう。

 

それで充分である。

 

それよりも、高宮には気になる事があった。

 

配給会社にて雇った。正確には高宮が雇わせた北条。どれくらいできるか。ちょっと興味がある。

 

確か、少し前に映画が出た。

 

新人監督の映画と言う事で、それなりに不安視されていたらしいが。

 

それでも、そこそこにヒットはしたようだ。

 

Blu-rayが来たので、早速内容に目を通す。

 

なんというか、お洒落な映画である。

 

派手な恋愛模様を描いた作品で。

 

下品になりすぎない程度に濡れ場もいれており。

 

まあ若い人には受けそうなないようだな、と思った。

 

ただ、まだまだ伸びしろがあるなとも感じた。

 

テレビ会議を開く。

 

石山だけはいない。

 

今、石山にはある記事を書いて貰っている。

 

本人が入魂なので。

 

テレビ会議には欠席していいと連絡してある。

 

石山が、毎回記事を書く度に数キロ痩せることは、既に同志のうちでは周知になっているし。

 

それであの記事が出ていることも知れ渡っている。

 

だから、誰も文句は言わない。

 

「北条さんの映画についてはどう思う?」

 

「良の中くらい」

 

ずばりと井伊が言う。

 

はっきり言うなあとちょっと呆れたが。

 

まあそれはいい。

 

小野寺は、咳払いすると。

 

無難に言う。

 

「何というか、我々の世代向け、という感じでしたね。 正当派の恋愛映画という感じでした」

 

「ちょっと色々ただれてると思いましたが……」

 

そう苦言を呈したのは日野である。

 

勿論日野も、高宮に接触しようと躍起になっている連中のターゲットになっているので。SPに護衛させている。

 

場合によっては警察にも出て貰っている。

 

これでまるで隙が無くなっているのも事実なので。

 

多少は我慢して貰う他無い。

 

日野は案外倫理関係の思考がしっかりしているようで。

 

まあ派手な男女関係が描かれる北条の映画を見て、そう思ったのは妥当なのかも知れない。

 

黒田が口を開く。

 

「映画撮影に関しては、保守的な人なんだなと感じました。 CGとかは最低限しか使っていませんね」

 

「そういえばそれは気になった」

 

「ひょっとしたらですけれども、かなり古い映画に傾倒している人なのかも知れないですね。 本人の感性は若いですけれども、それでも映画に対する考えは古いのかも知れないです」

 

なるほど。

 

エンジニアからはそんな意見が出るか。

 

一通り意見を聞いた後。

 

高宮は、自分の意見を話す。

 

「とりあえずこれから北条さんに話をして、次回の映画の副監督になってもらおうかなって思ってる」

 

「!」

 

一気に皆の顔に緊張が走る。

 

高宮映画の副監督と言えば、置物で有名だ。

 

あえて副監督に。

 

それはどういう意味か、気になったのだろう。

 

「理由を知りたい」

 

「私は老害になりたくない。 若い人の感性をできるだけ近くで常に感じていたいと思っている」

 

「……」

 

「老害になると、私が焼き払った連中みたいになる。 そうなると、もう芸術家としても批評家としても終わりだ。 だから、私はそうはならない。 もしも決定的に感性が古くなったと思ったら……私は映画監督を引退する」

 

ついでに、これも告げておく。

 

皆、更に驚いたようだが。

 

小野寺だけは冷静だった。

 

「高宮監督は、相変わらずですね」

 

「そう思う?」

 

「高宮監督は、映画を本当に愛していたし、だからこそ映画という文化を私物化してやりたいほうだいしていた人達を心の底から嫌っていた。 だからこそに、自分がそうなりたくはないと今も思っている」

 

そうだ。

 

小野寺は、その意思疎通能力をフル活用して、ずっと助けてくれている。

 

それは今も、だ。

 

小野寺は、今も高宮の心をずばり当てて見せた。

 

別に小野寺はIQが高い訳ではない。

 

井伊などに比べると、まったくというほどだ。

 

だが。それでも。

 

この天から授かった才覚。

 

意思疎通を誰よりもこなせる技術によって。

 

ここまで、色々なものを動かしてきている。

 

それはとても尊い事だと思う。

 

「そういうことなんでしょう、高宮監督」

 

「ありがとう、言いたいことを全て代弁してくれて。 とても助かるよ」

 

「……」

 

「そういうわけ。 北条が若さを失ったら、また次の世代を側において、感性をどんどん取り入れる。 自分のやり方が正しいとか、自分のやり方がスタンダードだとか。 そんな風に思うようになったらおしまいだからね。 新しい技術や感性は、どんどん取り込んでいかなければならない。 そのためにも自分の周囲には対等な同志が必要だし、若い力も必要なのさ」

 

同志には、対等である事は告げてある。

 

何を言ってもいいとも。

 

昔の君主は、言で士大夫を殺さずという旨の発言をしていたのだっけ。

 

もっとも、それがきちんと守られたことは、殆ど無かったようだが。

 

「北条さんの背後関係は洗えた?」

 

「問題なし」

 

「そ、じゃあ後は本人の意思次第だね。 晴さん、よろしく」

 

「分かりました」

 

テレビ会議を終える。

 

皆に告げたことは全て本音だ。

 

高宮は、老害になるくらいなら、映画監督をやめる。

 

醜い老害になっても、映画監督にしがみついている輩を何人も知っている。

 

そういう輩は、ファンを怒鳴りつけたり。

 

自分の息子を身内人事で監督にして、名作の作者を激怒させたり。

 

そういう事を平気でやらかしている。

 

若い頃、どれだけ優れた人間だったとしても。

 

年をとれば、駄馬にも劣る存在になるのだ。

 

それは人間である以上どうしてもそう。

 

老いてもなお盛んなんて人もいるけれども。それは例外中の例外。あくまで特別例なのである。

 

だから、高宮は引き際をわきまえるためにも。

 

先に同志に告げたことを、実施するつもりでいた。

 

そして人間は、器で無い場所に行くとすぐに老害になる。

 

早ければ四十代で簡単に老害になる。

 

高宮はまだ三十路前半だが。

 

それでも油断すれば、あっと言う間に老害に転落するだろう。それが人間なのだと。高宮は知っている。

 

だから、そうならないためにも。

 

早めに、手を打って置かなければならないのだ。

 

 

 

映画の興行収入は上出来だ。

 

流石に前回ほどでは無いが、それでも既に全世界で八千億を超えている。この様子だと、また一兆はいくだろうという話も出て来ており。

 

映画界隈も、既に高宮を。

 

一度全て焼き払ったにもかかわらず。

 

無視出来なくなっていた。

 

アカデミー賞もフランスの映画賞の再興運動もだんまり。

 

それはそうだろう。

 

敢えてつまらなく作っていたという発言を高宮がしたことにより。

 

その権威が地面にめり込んで、掘り出せなくなったからである。

 

新しい映画賞もぽつぽつと出始めているが。

 

それも権威とはなり得ていない。

 

高宮が自費でやっている映画賞に人が来るくらいだ。

 

当面、焼け野原になっている権威が復活する事は無いだろう。

 

そして、インディーズ映画の猛攻は止まらなかった。

 

権威が壊れ。

 

ポリコレにノーが突きつけられたことにより。

 

どんどん新しい表現、新しい技法で作られた映画が出て来ている。

 

ポリコレを露骨に揶揄する映画も出て来ており。

 

それらはSNSに湧いているポリコレ信者を激怒させたが。むしろ、一般視聴者はそれらを歓迎した。

 

ヒスを起こしてわめき散らすポリコレ信者が如何に攻撃的で害悪になっていたか。

 

誰もがそれらにうんざりしていたか。

 

それだけでも、明らかすぎる程だった。

 

大規模な映画会社は、それらの風潮に対して黙り。

 

ただし売り上げは正直だ。

 

鼻息も荒く、過激なポリコレ論で知られる映画監督が出した作品は。歴史的な大爆死を遂げた。

 

なんと赤字1500億である。

 

幾つかのスポンサー企業が倒産したが。

 

それにたいしてポリコレ論者達は、「映画を見る目がない」とわめき散らし。

 

更に傷口に塩を塗りたくるのだった。

 

いずれにしても、もう焼け野原になった既存の権威には。

 

既に誰も寄りつかなくなり。

 

もはや死体にすがる阿呆と、その信者だけが纏わり付き。

 

高宮にとっては、理想的な状況が来ていたと言える。

 

そして高宮は、やはり人前に姿を見せない。

 

いつしかだが。

 

高宮という監督は実際には存在せず。

 

数人の人間が、代わり代わりでやっているのではないかという都市伝説まで出始めていた。

 

これはこれで面白いな。

 

そう高宮は思ったが。

 

SNSにコーヒーの写真をアップした後に、その手の話をしてくる輩も増えたので。流石に今は情報の足が早いなと、苦笑するのだった。

 

まあどうでもいい。

 

映画を発表してから、一段落して。

 

北条が来る。

 

顔を合わせたのは、配給会社ではなく。

 

ある廃ビルの一室で、だった。

 

北条は、なんでこんな所に連れてこられたのかと青ざめていたが。

 

この廃ビル。

 

実は高宮の私物である。

 

撮影に使えるかも知れないと思って、ストックしてあるのだ。

 

なお、冗談みたいな値段で買えた。

 

ちな買ってきたのは井伊である。

 

今回は撮影では無く。

 

面接に使うことにしたのだった。

 

高宮は、まずは自分の事を明かす。

 

それで、何となくだが。

 

北条は、事情を悟ったようだった。

 

「貴方が、高宮監督なんですね」

 

「そういうこと。 それで、貴方に頼みたい事がある」

 

「頼みたい事……ですか?」

 

「次の映画の副監督をやって貰いたい」

 

流石に驚く北条。

 

それはそうだろう。

 

結局なんだかんだで兆越えの売り上げを二回連続で出した映画監督から、副監督を希望されているのである。

 

だけれども、どうしてこんな所で。

 

そういう不安もあるのだろう。

 

不安そうにしながらも、北条は聞いてくる。

 

「どうして私なんですか?」

 

「貴方の感性が若いから」

 

「……」

 

「私は若い感性に常に触れたい。 老害になりたくないからね」

 

そう告げると、何となく理解は出来たようだが。

 

それでも、よく分からないと視線を向けてきていた。

 

「若い人なら、誰でもいいということですか?」

 

「若くて才能がある人がいい。 貴方のはまだ荒削りだけれども、それでも側で見ていたいと思った」

 

「……」

 

「勿論私から盗めるものがあれば盗んでくれていい。 私の映画で副監督は殆どやることがないけれど、側で見ていれば何か得られるかも知れない。 此方としては悪くない提案だと思うけれど、貴方の意思次第」

 

北条は黙り込む。

 

ギブアンドテイクの関係。

 

そうであることを理解したからだろう。

 

それはそれでありだと、受け止めきれるだろうか。若いうちは、潔癖な思想から。こういうのは嫌がるかも知れない。

 

だが、それもありだ。

 

駄目なら、別の若い子を選ぶ。

 

今、インディーズ映画の戦国時代が到来している。

 

権威が崩壊して、素晴らしい映画の定義が完全に崩れたからだ。

 

勿論過去の名作が汚されたわけではない。

 

焼き尽くされたのは、映画という文化を勝手に私物化していた連中だけである。

 

高宮も、そこまで優しい訳では無い。

 

北条が拒否すれば。

 

それまでだったと、思うだけだ。

 

代わりはいる。

 

しばしの逡巡の後。

 

北条は、顔を上げていた。

 

「貴方の目的は、何なんですか。 映画業界の権威が失墜して、今戦国時代になったのは周知の事実です。 アカデミー賞はずっと再興の気配もなく、フランスの映画賞はもはや物笑いの種です。 権威を作っていた人達を、地獄に叩き落とすのが目的だったんですか?」

 

「そうなるね」

 

「老害……だったからですか?」

 

「映画ってのは娯楽だよ。 他の文化もだいたいは基本的には娯楽なんだよ。 それを一部の人間が神格化して、既得権益を独占するようになるとおかしくなる。 古い文化で言うと歌舞伎なんかが分かりやすい。 今では映画が筆頭格だ。 他にも小説やゲームなんかでも同じような事が起きてる。 私はそれが許せない。 文化に貴賤は無い。 誰もが楽しめるものが文化だ。 それを否定する奴は、私が徹底的に焼き払う」

 

それが目的だと言うと。

 

苛烈さに北条は青ざめたが。

 

しかし、やがて顔を上げていた。

 

「貴方が第二の老害にならないため……?」

 

「そういうこと。 だからギブアンドテイク」

 

「……分かりました」

 

ぐっと顔を上げる北条。

 

目の前にいる高宮が、邪神。いや破壊神だと言う事をはっきり理解したのだろう。その上で、判断したらしい。

 

「副監督、受けさせていただきます」

 

「よろしい。 じゃ、貴方の若い感性、啜らせてもらいます」

 

「私も、貴方の映画の撮り方、勉強させて貰います。 史上最高の興行収益を上げた貴方の手腕。 それも低予算映画で……。 大いに参考にさせて貰います」

 

これでいい。

 

こうして、血は循環する。

 

年老いても、老害にならない人はいる。

 

高宮はそうだとは、言い切れない。

 

自分が老害になったとき。

 

映画監督としての自分にとどめを刺してくれる人が絶対に必要だ。

 

北条がそうであるかどうかは分からない。

 

だけれども。

 

それでも、少しでも多く。

 

映画という文化が焼け野原になった今。

 

その焼け野原から、新しい芽が出る手伝いを、高宮はしたかった。

 

ポリコレだのフェミニズムだのの人権屋に食い荒らされた映画業界は、一度焼け野原になった。

 

だが、その後何もしないのはいくら何でも無責任だ。

 

だから高宮がやるべきことをやる。

 

ただ、それだけの事だった。

 

メサイアコンプレックスというような大げさなものではない。

 

くだらない既得権益層を焼き尽くし。

 

焼け野原に種をまく。

 

ただ、それだけの事。

 

勿論それを邪悪と呼ぶ人もいるだろうが。高宮にとっては、知った事では無かった。

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