謎の映画監督の物語 無の映画監督   作:dwwyakata@2024

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1、素に迫れば素に近付く

ホラーというものは。コメディと紙一重だ。

 

これについては、色んなクソ映画を見てきた小野寺には断言することが出来る。

 

クリーチャーだとか幽霊だとかがバーンと出て来て脅かすだけのものは、ホラーとしては下も下。

 

人間心理の底をくすぐって来るような映画が一番怖いのだけれども。

 

それはそれ、なのだろう。

 

例えばゾンビ映画は、ホラー映画に分類されることがあるが。

 

正直小野寺は、違うのでは無いかと思っている。

 

あれはゾンビ映画というジャンルであって。

 

別にどんだけゾンビが出て来ても、グロテスクなシーンがあっても。

 

それはホラーとは違うのではないか。

 

そう思えている。

 

また、ホラーを謳っている映画でも。

 

色々なシーンで外してしまうと。

 

それが全く怖くなくなり。

 

逆に笑えるシーンになってしまう。

 

それに、結構怖いと評判の映画でも。

 

怖くない人には全く怖くなく。

 

むしろ笑いにつながってしまう。

 

ホラー映画とか、ホラーゲームとか。ホラー小説でもなんでもいい。

 

ホラーを怖がる人は、多くの場合出てくる幽霊だのを怖がっているのでなく。

 

その作品の雰囲気にやられてしまっている。

 

そのケースが多いように思える。

 

まあそれはそれだ。

 

座っている小野寺の横に積んであるアルティメットコメディの五作目のDVD。本格ホラーと業界人が大絶賛した作品だが。

 

当然客入りはガラガラ。

 

一応DVDもBlu-rayも発売されたが。

 

小野寺のような超物好き以外は見向きもせず。

 

たしか千数百本程度しか売れなかったと聞いている。

 

それでも税金で映画を作るための補助金が出るのだから、世の中は分からないものである。

 

今、見終わったのもその作品で。

 

あらゆる意味で、ホラーとしてはつまらなすぎる。

 

一応幽霊に扮した俳優とかは出てくるのだが。

 

ともかくことごとくつまらなくなるようにツボを外している。

 

SNS等に流れてくる評いわく。

 

これで恐がれる人間は希少種だろう、だそうだ。

 

小野寺もそれについては全面的に同意するが。

 

役者は結構頑張って、意味不明な脚本を理解しようとしているし。

 

頑張って演技をしている。

 

それでも、あらゆるシーンで幽霊が出てくる所はシュールきわまりない。

 

シュールだったら笑えそうなのだが。

 

笑わせてさえくれない。

 

ともかく、えもいわれぬ疲労感を覚えた小野寺は、横にこてんとなると。あーとかうーとか唸りながら。

 

しばらく周囲を転がっていた。

 

家には誰もいないとはいえ。

 

学校では美人とされている小野寺である。

 

それゆえに、こんな姿は見せられない。

 

ただでさえスクールカーストがクソなのである。

 

今の学校で素の姿を出すなんて、バカのやる事だ。

 

「んー」

 

ぼやきながらスマホをとる。

 

着信音だ。

 

今日は休日。

 

朝から高宮映画の分析をしていたのだが。丁度親友から連絡が来ていた。

 

親友も高宮映画に興味を持ってから、真面目に分析をしているらしい。

 

小野寺と話があうので助かる。

 

学校では、小野寺とはあまり話すことはなかったが。

 

学校外では今でもこうやって結構濃厚にやりとりをしているし。

 

実は家に入れたことがある他人はこの親友だけだ。

 

「今いいか」

 

「OKー。 それでどうしたの」

 

「今高宮監督の五作品目をチェックしてな」

 

「ああ、うちも丁度見終わってSAN値を別の意味で削られたところ」

 

それは災難だったなと、他人事のようにいう親友。

 

まあそれはそれでいいか。

 

親友は淡々と言う。

 

幾つかのシーンに、不自然な点があるという。

 

いや、全てが不自然だと思うのだけれども。

 

しかしながらこの親友は相当に頭が良い。

 

名門大学出を売りにしていながら、すっかり老害になってしまってバカ丸出しになった芸能人などもテレビに出ているが。

 

そういうような輩よりも余程出来る。

 

「順番に言うと、五分十七秒のところだ」

 

「はいはい、どれどれ……」

 

調整して、そこを見る。

 

この映画では、幽霊にブッ殺される被害者俳優がたくさん出てくるのだが。

 

人をバリバリ殺す幽霊がいるにも関わらず、逃げる事もせずにシュールな会話をひたすらに続ける。

 

業界人達はこれを現在日本の風刺だとか抜かしていたが。

 

実際にそれについて、高宮自身はノーコメントを貫いている。

 

映画館で見た時は、確か開始して五分くらいで、既に客は寝始めている者すらいたくらいなのだが。

 

このシーンでは、なんか哲学的な話をしていた若者二人の首が、揃ってねじ切られる。

 

普通だったら残酷シーンになりそうなのだが。

 

シュール極まりない展開になっている。

 

そして首がねじ切られて倒れても、会話を死ぬまで続けるのだ。

 

もしもこんなシーンに遭遇したら、やった殺戮幽霊の方が困惑してしまうだろう事疑いない。

 

「このシーン、ちょっと間違うとコメディになるし、或いは普通に怖いホラーになってしまうんだが、此処を見て欲しい」

 

「どれどれ……」

 

「ここだ」

 

写真がSNSで送られてきて、矢印がつけられている。

 

CGで加工されているという。

 

要するに、意図的に加工までして。

 

持ち味を意図的に殺しているというのだ。

 

「つまりコメディでもホラーでも無く、敢えて無にしている。 これをやったのは間違いなく高宮監督の指示だろう」

 

「そうなるとやっぱりわざとやってる……?」

 

「そうだとみて良い」

 

「……」

 

他にも十数カ所、似たような場所を見つけたという。

 

幽霊役の役者が後半ではとうとう困惑し始めている様子が露骨に分かるようになりはじめる。

 

それだけ現場でも、意味不明な脚本でSAN値が削られていたのだろう。

 

ちなみにこの幽霊役の役者。

 

翌年に純愛ドラマのヒロインに抜擢されて有名になっている。

 

この映画のことを話したがらないのは。

 

恐らく世間での評判を知っているのと同時に。

 

それ以上にこの映画の撮影でSAN値をゴリゴリ持って行かれたトラウマがあるのだと小野寺は見ている。

 

たまに後半でも頑張って殺戮幽霊をしているシーンがあるが。

 

これは単に撮影順が最初の方だっただけだと、小野寺は分析していた。

 

「少しでも気を抜くと怖くなったりギャグになるシーンを、恐らく後からの特殊効果やCGで念入りに潰して虚無にしている。 この映画監督、実は相当に計算して作業をしているとみていい」

 

「……なんでそんなことするんだろう」

 

「さあな。 本気でホラーを作ろうと思えば、出来る筈だ」

 

「……」

 

だとしたらもったいないなあ。

 

そう思う。

 

意図的に良い映画を作るのは、本当に難しい。

 

良い監督を連れて来て。

 

良い役者を連れて来て。

 

どれだけ予算を掛けても。

 

駄目な映画はどうしても出来てしまう。

 

現場では大まじめに作っていても、それは同じ事なのだ。

 

映画ファンなら、絶対にそういう映画に遭遇する。

 

クソ映画を好んで見る小野寺だが。そういう良い監督が作ってしまったクソ映画は何本、いや何十本とみてきた。

 

普段は名作を作る監督ですら、たまにとんでもないのを作ってしまう。

 

そういうものなのだ。

 

そういう世界なのに。

 

意図的に、クソ映画を作り続ける。それも、一歩間違うと普通に怖かったり笑えてしまうようなシーンだらけなのに。

 

それらを全て的確に潰している。

 

これは逆に匠の仕事である。

 

「同じように、コメディだって作れる筈だ。 この映画監督の経歴を見たが、どうにも謎が多いな」

 

「そこまで名門では無い芸大の出なんだよねこの人」

 

「ああ、そうなる。 だがな……」

 

動画が出てくる。

 

それはどうやら、ネットで探してきたものらしい。

 

本人がバババとキーボードを叩いている動画だ。

 

まあ、キーボードを叩くのが早い人なんて幾らでもいる。

 

ただ、その様子が極めてシュールだ。

 

何処かの職場。

 

あるいは映画配給会社のオフィスだろうか。

 

そこで一人でデスクにはりついて、もの凄い勢いで仕事をしているのである。

 

それも、周囲に誰も寄せ付けていない。

 

「かなりアングラなサイトで見つけてきた。 この配給会社の社員が撮影したものだそうだ」

 

「なかなかの仕事ぶりだね」

 

「噂もある。 なんでも高宮監督は、映画の撮影が終わると、後は自分一人で映画を完成させるそうだ」

 

「はあ!?」

 

ちょっとそれは初耳だ。

 

今の時代、CGをふんだんに映画に使うのは当たり前だし。

 

編集作業だって、一人で簡単ポンにできるようなものではない。

 

勿論例外はある。

 

超低予算の映画とかなら、話は別かも知れないが。

 

それはそれ、これはこれだ。

 

高宮の映画は、シリーズが毎回億前後の金が掛かって作られている筈であり。

 

その映画の規模だって、二時間弱ほどはどの作品もある。

 

それを毎回単独で編集している。

 

聞いていて、頭がクラクラしてきた。

 

それは人間業なのか。

 

それも、高宮は多作で知られている。

 

まだ二十代なのに、既に九作品目だ。

 

それもデビューしたのは芸大を出てからすぐである。

 

普通だったら、こんなハイペースで映画なんて作れない。今も、「アルティメットコメディ」シリーズの十作品目の撮影をしているらしく。

 

それについては、配給会社の方でアナウンスしていた。

 

誰も喜んでいないが。

 

クソ映画のマニアですら、高宮の映画は見ていてSAN値がもりもり持って行かれるとか。

 

睡眠導入剤としておぞましく強力だとか。

 

酷評の嵐なのだ。

 

「つまり、元々つまらなく作った映画を、更に自分一人で編集して、虚無にしてるってこと!?」

 

「そうだとみて良い」

 

「……人間?」

 

「さあな。 どっかの深淵から這い出てきた邪神でももう私はおどろかん」

 

それについては小野寺も同意だ。

 

更に腰が抜けるリーク情報についても教えてくれる。

 

「脚本も高宮監督が一人で書いているらしい」

 

「え」

 

「脚本には毎回正体不明の冗談みたいな名前のペンネームを持つ人物が上がっているが、あれはブラフで、全部高宮監督が書いているそうだ」

 

「何から何まで計算尽くで、しかも仕上げは全部自分でやってると」

 

そういうことだと、親友はいった。

 

くらっと来たが、なんとか持ち堪える。

 

いろんなクソつまらないクソ映画を見てきた。

 

見ていて怒りを覚えるもの。

 

ホラーだというのに笑ってしまうもの。

 

見終えた後、疲労困憊したもの。

 

色々なものがあったが。

 

見終わって真相を知った後、恐怖を感じた作品は始めてかも知れない。

 

「大丈夫か」

 

「ちょ、ちょっとやすませて」

 

「ああ、そうしろ。 私もこれは驚異的だと思ったからな」

 

通話終わり。

 

どっと冷や汗が流れて。

 

どっと疲れが押し寄せてきた。

 

高宮葵。

 

本名のまま映画監督をしているこの新進気鋭といわれる人物は、一体何者なのか。

 

深淵から這いだしてきた邪神ではないのか。

 

そうとさえ感じて。

 

小野寺はぞっともう一つ震えていた。

 

 

 

つまらん学校の授業を終えて、帰る。

 

家が逆方向だからと、一緒に来ないかと誘ってきたクラスメイトに返す。

 

家が大変だという話はしてあるので、流石にしつこく誘っては来なかったが。

 

まあそのうち埋め合わせをしてやるか。

 

スクールカーストのクソみたいなお気持ち地獄では、ある程度機嫌をとってやらないといけない。

 

そうしないとすぐ虐めが開始される。

 

そういう事実がある。

 

はっきりいって、猿の同類がやるような虐めに荷担するのも、それに巻き込まれるのも嫌である。

 

というわけで、回避手段は用意しておかなければならなかった。

 

自宅で、ごろんと横になると。

 

大きな溜息が出て来た。

 

何者だ。高宮葵。

 

あの後、親友に見せてもらったデータを元に、色々調べて見た。

 

高宮はそもそも露出が極端に少ない人物で、言うならば自己顕示欲がほとんどというほど存在しない。

 

自己評価が低い人なのかと思った時期もあったのだが。

 

多分これは、本人の体質的な問題なのではないだろうか。

 

いずれにしても、恐らくだが。

 

クソ映画を意図的につくり。

 

それでいながら業界人の心を鷲づかみにしている手腕は、生半可なものではないということだ。

 

はっきりいってスペックは自慢の親友に負けていないのでは無いのか。

 

そうとさえ思え始めていた。

 

ネットで高宮を馬鹿にしているアカウントを結構見る。

 

これなら俺の方がもっとマシな映画を作れるとほざいていた素人もいた。

 

だが、そんなのは論外にしても。

 

いずれにしても、これは舐めてかかれる相手ではないし。

 

見ていて別の意味で怖いと感じるようになってきていた。

 

頭を振って、意識を集中し直す。

 

高宮という存在が怪物に思えてきたが。

 

そんな事では駄目だ。

 

客観的な分析には、自分すら律する冷静な心が必要だ。

 

そもそも人間は。特に近年の人間は、あまりにも客観性を軽視しすぎていると小野寺は思う。

 

高校生ですらそう感じるのは、恐らくスクールカーストか言う主観で作られたおぞましい邪悪な代物を間近で見てきたからだろう。

 

これなどは客観性皆無のお気持ち地獄であり。

 

自分達がどれだけ邪悪な事をしているかという客観性など微塵もない。

 

本物のクズしかいない。

 

だから小野寺は加わらないようにしているのだ。

 

客観性を失えば、スクールカーストを構築して、猿山のボスになっている連中と同じになってしまう。

 

それだけは避けなければならない。

 

無言で小野寺は頬を叩くと。

 

色々と高宮の作品に関する情報を仕入れていく。

 

現物というか。

 

映画のDVDは全て持っているので、一次資料は全て手元にある状態だ。

 

これが大変ありがたい。

 

レビューなどはたくさんみるが。

 

殆ど参考になるものはない。

 

多数のクソ映画を見ていて。

 

小野寺ではとてもかなわないなあと思わされる人ですら。高宮の作品に籠もっている狂気には気付けていない。

 

これは実に恐ろしい事だと小野寺は思う。

 

自分だけが気付けた、というと。

 

何かの陰謀論者になってしまうが。

 

親友にとんでもない知恵者がいて。

 

その知恵者が分析した結果を、理解した上でそう判断している。

 

だから、それについてはいい。

 

問題は、その先である。

 

しばらく考え込んだ後。

 

検索の方向性を変えてみる。ただレビューを探すだけでは駄目だ。そう判断したからである。

 

実際問題、高宮の作品がつまらないのは客観的な事実だ。

 

好意的な評価も、ごくごく希に見つかるが。

 

それはどちらかというと本人が何が起きても一切合切承認欲求を見せつけないし。謙虚に振る舞っていることに対してであって。

 

高宮の映画作品に対して、ではない。

 

ともかく、学校の宿題とか片付けると。

 

後はぼんやりと、高宮の意図について考えてみる。

 

勿論高宮のSNSアカウントは知っている。

 

いつも朝の同じ時間にコーヒー。それもインスタントの奴の写真を上げて。それに対するコメントだけをしている。

 

たまに炎上が起きた時などには、夜にも写真を上げる事もある。

 

このためbotとか時計とか言われている恐るべきアカウントだが。

 

アカウントの説明に、映画などに対する質問には答えません。返信もしませんと明記されているので。

 

此方に何か質問を送っても、返事はまずこないと判断して良いだろう。

 

しかもこの高宮のアカウント。

 

フォロワーはうん万単位でいるのに。

 

フォローしているアカウントは、天気予報くらいである。

 

この天気予報は信用できるのでは無いか。

 

そういう噂が流れて、その天気予報のアカウントのフォローが爆増したという事もあるらしい。

 

変な意味で、ネットでは影響力を持っていると言える。

 

「このコーヒーに意味があるとか?」

 

自分で呟くが。

 

深淵を覗き込んで、深淵に覗き返されたのでは無いかと思って、はっと我に返る。

 

必死に首を横に振って、恐怖から逃れようとする。

 

私は正気だ。

 

そう言い聞かせようとするが。

 

中々難しかった。

 

呼吸を必死に整えて、なんとか平常心を取り戻す。

 

そして気付けた。

 

高宮の作品はコメディと言っているが。

 

実際にはホラーなのではあるまいか。

 

作品そのものは一切合切怖くも何ともないが。

 

この事実に気付いてしまったときに、とんでもない恐怖に襲われてしまう作品なのではないか。

 

そう感じてしまった。

 

心臓が痛い。

 

恐怖で飛び跳ねるようだ。

 

親友にSNSから連絡を入れる。

 

親友は、淡々と応じて来た。

 

「しばらく高宮監督の事は考えるな」

 

「やっぱそれがいいよね……」

 

「ああ、それがいい。 ちょっとこれは、中々手強い相手だと思う」

 

「うん……」

 

親友のアドバイスは的確だ。

 

これにどれだけ救われたことか。

 

昔は勉強を見てもらった事があるが。

 

中学時代に、既に大学レベルの高等数学を楽々と解いていたし。既に四カ国語をぺらぺら喋っていた。

 

読み書きが出来るだけでも四カ国語で、話すだけなら七カ国語いけるという。

 

そういう奴だ。

 

それが手強いと言う程なのだから。

 

まあ相当に厳しい相手なのだろう。

 

高宮の事はしばらく忘れる。

 

そして、寝る事にした。

 

何もかもが不意に楽になった気がする。

 

明日からは、分かりやすいクソ映画を見よう。

 

そう思うと、小野寺の心からは枷が外れ。

 

一気に楽になったように思えた。




SAN値チェック!

成功!

ちっ。成功しやがったか。
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