亜人間恋愛物語   作:d1199

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プロローグ

 しっかりとした石で作られたその部屋は、窓も電灯も無いので圧迫感があった。部屋に漂う魔術の灯りが、部屋の隅で暇そうに転がるアルコールランプを照らしていた。小さな通気孔は閉じられていた。この手の家のこの手の地下室は、他者に悟られない為に、魔力の散失を防ぐ為に、淀みとは歪みでもある為に、意図的に息苦しく作られているのだった。

 キャスターが、目深に被ったフードの影で内に溜めた息を密かに吐いたのは、その部屋の中央で凛と真也が対峙していたからである。

 両手を両腰に添え胸を張った彼は、正面に立つ彼女を見下ろしていた。

 

「危険だから実験を止めろとは言っていない。でもその危険性はすべからく小さくするべきだ」

「だからキャスターに協力を依頼しろって? 遠坂の手で行わないと意味がないって分からない?」

「似た様なもんだろ。同じ家に住んでて何を言ってる」

「ちょっと。キャスターは従者でしょ?」

「王様にだって配下は居るだろ。助けを借りるではなくて、まとめて自分のモノだって思う位の器が必要だと思うぞ」

「キャスターキャスター。他に何か言ったら?」

「あのな。俺が言ってるのは過信が危険だって事だけで……」

 

 腕を組む彼女がムッスリと彼を睨み上げていたので、彼はこう言った。

 

「そうか。悪かった。俺がこう言うのは、凛を心配する一心でキャスターを贔屓してるって訳ではないんだ」

「ふーん、そう。真也君ったら、私が嫉妬してるって思ってたわけ」

「あー、もう。直ぐそーゆー事いう」

「自惚れも大概にしろって言ってるのよ!」

 

「わかった。俺だけ同行する」

「もう結構よ」

「凛ってば」

「実験は一人でやるから。付いてくるなら覚悟する事ね」

 

 工房の扉を開けた彼女は、長く黒い髪をなびかせながら足早に階段を上っていった。彼はどうするべきか眉を寄せた。

 

「何と言うツンツンっぷり。出会った頃を思い出しす」

 

 控えていた青紫のローブが揺らいだ。

 

「マスター。私を贔屓云々の発言は蛇足です」

「いや。即答しなかった時点で、こうなる事は決まってた。もう落ち着くかと思ったけれど女の子は難しいね」

「どうなさいますか」

「キャスターに監視と手伝いをさせても、“ふぅん。キャスターに丸投げして真也君は何もしなかったんだ♪”って笑いながら怒るだろうから、こっそり付いていく。フォローよろしく」

「罵られつつも案じるなど健気ですこと」

「嫌味はいい」

「かしこまりました。それはそれとしてマスター。念の為伺いますが……私を扱いやすい年増だと思っておいでですか?」

 

 彼女はうふふと笑っていたので、彼は頬を誤魔化す様に頬指で掻いた。

 

「……ケーキとか食べたくない? 日頃の感謝の証みたいな」

 

 

◆◆

 

 

 薄暗い部屋の開いた扉から、凛が現れた。

 

「Leben. Leichter Nach mir treffen.」

〈応えよ。我に従い光をなせ〉

 

 彼女の手から顕れた光の球が天上に漂うと、その部屋が明るくなった。キャスターならばワンワード以下である、それを思い出した彼女は、苛立ちを隠さずそこら中にある物 ――小麦粉を収めた袋・酒樽・破損した家具など―― を放り投げ始めた。広間を作り始めた。

 

「あのバカはキャスターっていう評価基準を持ってるから仕方が無いけど、馬鹿にされっぱなしってのも面白くないわ。目にもの見せてやるんだから。じゃないと事ある毎にキャスターって言われちゃうじゃ、な、いっ!」

 

 放り投げられた木製の扉が、もわりと埃を立てた。彼女は、黒いシルクに包まれた刃渡り二〇センチほどのナイフを床に置いた鞄から取り出した。黒猫の血とドクニンジンの汁が染み込んだ銀色の刀身と木製の柄には、古い神々の名が刻まれていた。それは魔法陣を描く道具である。彼女は、実験の成功率を上げる魔法陣を構築する事にしたのだった。順手に持っていたそれを放り投げると、パシと音を立てて逆手に持ち直した。

 

「キャスターが作った物だからデキは非常に良いんだけど古っ臭いのよね。最初のシンボルは、と」

 

 彼女は、アインツベルン城の基部である地下室の床に、それを斬り立てた。イリヤに許可を取ってまでここにやってきたのは、魔術協会に悟られない様に、大規模な魔術実験をする為である。

 

(最初に魔法陣だと宣言する魔法円を描いて……)

 

 彼女がこの城の基部を選んだのは、大地に走る霊脈を魔法陣の基礎とし動作を安定させる為だった。

 

(次に安定と調和を意味する六芒星を……)

 

 六芒星の先端に鉱石を意味するシンボルを描いた彼女は、それに照応する鉱石を置いていった。使う鉱石は、霊力を高めるカクタスクォーツ・高次元へのアクセスを意味するカコクセナイト・幸運と勝利を呼ぶカーネリアン・精神力を引き出すロッククリスタル・精神と身体のバランスを整えるハウライト、そして彼女の誕生石であるアメシストだ。

 

「あとは術式の要素を繋ぐシンボルを……よし、完成っと。召喚式も霊脈の吸上げ式も組込まずに済むのは助かるわ」

 

 多数の術式を組込む複雑な魔法陣は、調整が難しくまた脆くなるのだった。

 

「……」

 

 気配を感じた彼女は唐突に部屋をキョロキョロと見渡した。

 

「隠れてないで出てきたら?」

 

 その空間は沈黙していた。知覚できる存在は無いと悟った彼女は作業を再開した。

 

「どうしてこういうときだけ言うことを聞くのよ。偶には黙って言うこと聞けって言うのよ。事ある毎に私に背くんだから。ふん」

 

 コートを脱いだ彼女は、魔法陣の中心に立った。時刻は、彼女の所属惑星である天王星が照応する日曜日の午前二時だった。その左手には魔力を再充填したハート形のペンダントがあった。右手にあるのは宝石剣だ。目を瞑った彼女は、呼吸を調え精神を調えた。それは、切っ掛けの呪文である。

 

「Ad alba〈応えよ〉」

 

 実験のテーマは並行世界へのアクセスだ。聖杯戦争時は他所の世界から魔力を持ってきただけだが、それを一歩進め、並行世界への知覚を狙うのだった。

 

「Sunt et in patera aurea.」

〈我が内に金色の杯あり〉

 

 振動と意味と言う力を持つ呪文は、詠唱者が体内に構築した結界を補強するのである。

 

「Et disrumpam me. Et inebriatus est in meo sanguine: Et dolores mei comedent. Est malediceret satisfactionem.」

〈其は我を裂き、其は我の血を浴び、其は我が痛みを喰らいて、其は呪いを成す〉

 

「Ego occurrit. Ego occurrit. Ego occurrit.」

〈満たせ、満たせ、満たせ〉

 

 発動した魔法陣は、各鉱石が持つ意味を引き出し重ね合わせた。つまり今の彼女は、六つの鉱石の庇護を受けていた。

 

(仕込みは完了っと……始めますか)

 

 彼女はかざした宝石剣に念を籠めた。

 

「Ad alba〈応えよ〉 ……っ!?」

 

 《キィ》という動物の鳴き声があった。

 

「ちょっと。なによこれ ――」

 

 凛はハート形ペンダントから放たれる光に塗れていった。

 

「え、ちょっと! なんでこうなるのよ!」

 

 鳥の羽が舞っていた。

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